今年7月、来年の7月に桂三枝が文枝の名跡を継ぎ、六代桂文枝を名乗ることが発表された。
2009年の元旦に産経新聞が三枝⇒文枝、きん枝⇒小文枝のW襲名という大誤報をかっ飛ばして2年半後、その半分が現実になったというわけだ。(もちろん後からどうなろうと誤報は誤報だ)
・「桂三枝さん、師匠の名跡「桂文枝」襲名へ きん枝さんも「小文枝」に」(2009/01/01/産経新聞/ウェブ魚拓)
どうも魚拓がアクセスしづらかったので、Internet Archiveも。
・「桂三枝さん、師匠の名跡「桂文枝」襲名へ きん枝さんも「小文枝」に」(2009/01/01/産経新聞/Internet Archive)
・「産経新聞の大誤報! 桂三枝の「文枝」襲名は事実無根だった」(2009/01/07/日刊サイゾー)
・「“文枝ではイスからこけにくい・・”「六代 桂文枝」襲名会見 全文掲載」(2011/07/16/NHK「かぶん」ブログ)
私は三枝があまり好きではないけれど、そんなこととはもちろんまったく無関係に、もし誰かが「文枝」の名跡を継ぐのであれば、それは三枝しかいないとも思う。
大阪大空襲以来長く上方に絶えていた定席の寄席の復活を上方落語協会会長として達成した(天満天神繁昌亭)こともそうだし、吉本興業という会社をここまで大きくしたこともそうだ。文枝一門の総領弟子であり、桂文枝一門家系図を見ればわかるように、現在の一門の大半を三枝とその弟子が占めているという状況でもある。

桂文枝一門家系図
これでは大名跡を継ぐことへの圧力はどうしても三枝に行くだろうし、逆にそういう話があれば誰も反対のしようがないだろう。
要は本人の意思次第と。
この記事によれば三枝が「三枝」であった期間は45年。そこまで長く名乗り育てた名前を捨てることは愛着なり恐怖なり、いろんな思いがあったに違いない。
過去の選挙出馬騒動など漏れ伝わってくるところだと三枝は功名心が強い人物らしいが、それでもやはりそれだけでは「文枝」の名前を継ぐ決心にまではいかないだろう。それでも選んだ「文枝」への道。状況はすべて彼を文枝にする方向へと流れていた。六代桂文枝がこれからどんな噺家になるのか1から見ることができるのだから、これは僥倖と思って見守りたいと思う。
さてこれからは誰が「三枝」を継ぐのかといったことも、まあ近い将来ではないだろうけれど、三枝の弟子たちの間では念頭に置かれることになるんだろうな。
いや別に、こういう話をしたいのではなかった。
先代の文枝のこと。
文枝といえば、私の印象は「素人名人会」の審査員をしていたことが一番強い。「素人」名人会ではあったのだけど、素人相手だろうと厳しい(つまりは真剣な)審査をしていたような気がする。
小さい頃に見たその印象が強いのか、どうも苦手だ。
もっと言うと、どうも私は文枝が怖い。(^^;;;
先日、YouTubeで文枝の「たちぎれ線香」を見たら、その晩、文枝が夢に出てきた。なぜか私が新弟子として文枝に入門する。文枝はとても厳しくてかなりいじめられる……というそれだけの困った夢。(^^;
イヤな夢を見たと飛び起きちゃったよ。
で、まあこれも縁なんだろうと、その夢を見た日に見た「たちぎれ線香」の印象的だったシーンをここに貼り付けておこうと思う。
これと米朝の「たちぎれ線香」を比べて、米朝のわかりやすさ、文枝の粋を感じていた。(YouTubeには米朝の「たちぎれ線香」がなかったので吉朝のものを貼り付けた。このシーンは米朝と同じに語っている)
ちなみに「たちぎれ線香」というのはこういう噺。⇒たちぎれ - Wikipedia
突然、素行を理由に100日間の蔵住まいを余儀なくされた大店の若旦那がようやく100日間後に蔵を出た。番頭から、恋仲である小糸(置屋の女将の娘)からずっと手紙が届いていたが80日目に途切れたと聞かされる。天満の天神さんに参詣すると告げて置屋に向かう若旦那。玄関先で応対した女中が女将に彼の来訪を告げるシーン。
「女将さん、若旦那が来てはります」
「何を言うねんな。若旦那がお越しになるはずがないやないか」
と、文枝は噺す。
これが米朝(吉朝)の噺し方はこう。
「え? 私に『若旦那』だけではわからんやないかいな。……何やて? あのお方が来はるわけがないやないかいな」
確かにそうなのだ。置屋という仕事柄、「若旦那」という言葉だけですぐに誰のことなのかわかるわけがない。まして来るはずがないと思っている相手ならなおのこと。
このへんのリアリティを、米朝は絶対に欠かさない。米朝の噺は親切すぎて怖いくらいだ。
文枝にはおそらく、そういうリアリティよりも重視するものがある。
米朝の噺は(文枝に比べれば)理が勝ったもので、文枝はもっと「粋」な噺こそが身上だったのだろう。
だから私のような素人には米朝の噺の方がわかりやすい。
玄人にどう映っているかは知らないけれど。
昔の印象、そして長じてから聞いた噺も合わせて、どうにも文枝の噺が取っつきにくいのはこのあたりにあるんだろうなあ。
おまけ:
私は文枝だけではなく文枝一門が苦手で(それぞれ別の理由で)、米朝一門、松鶴一門のような親しみが感じられない。あやめくらいか。小枝は落語を聞いたことがない。(^O^)
しかし玄人の見方はもちろんずいぶん違うわけで(当たり前)、談志は三枝、文珍を高く評価している。
なるほどなあ。
おまけ2:
「たちぎれ線香」というネタは枝雀が追い求めたネタだった。
その話をこのブログは素敵な文章で書いていた。
・「「たちぎれ線香」 桂米朝」(古典芸能・覚え書き)
突然食いたくなったものリスト:
- とんかつ定食
本日のBGM:
Intuition /TNT

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