「たいしんのラーメンのページ」というページに、この方が所有されている貴重なラーメン関係の文献が紹介されている。その中のいくつかは内容も少し掲載されている。
その中に、1998、1999年の年末に週刊誌『FRIDAY』誌上で掲載された「ラーメン・オブ・ザ・イヤー」があった。
関東、関西で当時の「ラーメン通」が評価し、それぞれトップ15店が選ばれている。
貴重な資料なので、この中から関西のトップ15店を転載させていただきたい。
本の最近のブログ記事
とても好きな本を御紹介する。
といっても。これまで何度も紹介しているのだけども。(^^;
先日、友人と話していて話題になったのでまた紹介しておこうと。
ただこの本はもうとっくに絶版になっていて、これまで紹介した時も「こういう本がありました」以上の意味はあまりなかった。
ただ今回Amazonを覗いてみると、今はマーケットプレイスで古本が手に入ることがわかった! これで遠慮なく紹介できる。
まあ紹介といっても前と同様、以前に書いた紹介文を再掲するだけだけどもね。
残念ながら本そのものがどうにも見つからないのだ。(^^;
なので新しいことが書けない。prz
その本は辻静雄『ソースの本』(婦人画報社)。

『ソースの本
ソースと言ってもウスターソース類のソースではなく、フランス料理の、あのソースのことね。
著者の辻静雄は辻調理師専門学校を育てた人。
海老沢泰久『美味礼讃』は彼をモデルにして描かれている。
以前書いた、この本についての紹介を挙げておく。
2003/12/01
以前D氏と話していると、辻静雄という人物について、お互い別のルート?から好きになっていることを発見?(変な言い方?)
この人の素性について私はあまり知らなかったのだが、なんとあの辻調理師専門学校の創立者だった。(名前とかから容易に想像がつきそうなものなのだが……(^^;)
海老沢泰久が『美味礼讃』という本でこの人の伝記を書いていて、D氏はそれを読んでこの人が好きになった(んだったかな? 単に「スゲェ」というだけなのかもしれないけれど)のだという。
私の方は、10年程前にたまたま読んだ『ソースの本』(絶版らしく、Amazon.comに登録されていない)という本で、彼を知った。
この本は辻静雄氏自身の著書で、その名の通りソースの作り方について書かれたもの。
読んだ当時『ひえたろう』に書いた感想を引っ張り出してくると……。
『ソースの本』辻静雄 婦人画報社
フランス料理の味はソースで決まると言われるだけあって、ソースは非常に重要な位置を占める。数も多く、300種類以上とも600種類以上とも言われているそうだ。この本の初版発行は昭和40(1965)年だから、ヌーベルキュイジーヌなどの影響を考えると今ではもっと多くなっているだろう。
しかしながらその多彩なソースも、結局はいくつかの基本ソースのバリエーションといえる。本書はその基本ソースの作り方、その際の注意点、料理の例などを紹介する。
プロではなく一般向けなので、(時間的にも経済的にも)無茶なことを書いていないのがいい。とはいえやはりソースはそんなに簡単に作れるものではなく、ある程度の手間ヒマが要求され、どれだけ省略しても(例えば白い出し汁の代わりにブイヨンを使うなど)1~2時間はかかってしまう。著者も再版あとがきの中で「ソースというのは、時間のかかるもの、手間のかかるものなので、読者の皆さんが果して、私の記した通りの作り方をそのままやってみて下さるのか、少し心もとない感じです」と心配している。
……
フランス料理のソースの作り方のテキスト。一般向けながらやたら本気。これはとても凄いことで、職人向けにいくら本気のことを言ってもそれは当たり前だけども、基礎もできてない素人相手によく書く気になったというものだ。
著者の情熱に脱帽。静かな情熱に心打たれる1冊。
これであなたが毎日食べる食事の水準が少しは上がる。
なんか偶然っぽくて、楽しい。
『美味礼讃』も読みたくなってきたな。
来るか、辻静雄ブーム。(^^)
2003/12/14
先日書いた辻静雄氏のこと。
そのときも書いたが、全く偶然に古本で手に入れ、著者の情熱に感動した『ソースの本』(婦人画報社:昭和40(1965)年:絶版)の一部を御紹介。かなり長いが、「本気」度合いを堪能してみて。で、気が向いたら自分で作ってみて。
もちろん別の所ではちゃんとした(?)フランス料理のソースもたくさん紹介されているが、ここではちょいと身近な「ソース・マヨネーズ」を。
作り方、そしてそのソースについての説明がある。
この後、このソースを使った料理をいくつか紹介する(一番下の「若鶏冷製・マヨネーズ・ソース」以降)のだが、それはここでは割愛した。
オリーブオイルについての言及のあたりなんか、昭和40年という年代を感じさせるなぁ。(^^;
この本は単なる料理本ではなく、ある意味「思想書」ですね。
a・ソース・マヨネーズ
材料
マヨネーズの材料をごらんになるとすぐおわかりになると思いますが、マヨネーズの味を決定している材料は、油です。この油(サラダ・オイル)がおいしくなければ、どんなに上手につくったマヨネーズでも、土台からして味のよいものとはいえません。
- せともののスープ皿に卵黄を入れ、塩、胡椒、酢(まず全体の分量の三分の一)芥子を加えて、手早くかきたてます。
この段階で、卵黄と他の味をつける材料を完全にときあわせてしまうこと。- 次に、この中へ、サラダ・オイルを少しずつ(最初は小さじ一杯ぐらいずつ)たらしながら、全体によくまざりあうように、泡立器を使ってかきたてていきます。
- これを10回ぐらいくりかえしたら今度は油をたらす量を大きくしていきます。大さじで少しずつ入れていってもよいし、これをくりかえしていくと、少しかためのマヨネーズができあがってきます。
- 今度は、このかたさをゆるめるので、酢を小さじ一杯ぐらいたらしてみてください。
少しやわらかくなったら、また油を入れはじめます。
もうここまでくれば、あとは油と酢を交互に入れていってもかまいません。- これで油と酢を全部入れ終ればマヨネーズはできあがりますが、仕上げにレモン汁をたらすと香りもよくなります。
サラダ・オイルのかわりに、実はオリーヴ油をつかいたいところですが、日本ではとても高価なので、そうザラに使うわけにはいきません。ふつうサラダ・オイルといっても、市販されているものは、棉の実、大豆、トウモロコシ、菜種などを原料としたものですが、このなかでトウモロコシと棉の実などのものがおいしいようです。
☆
卵黄も大切な材料です。マヨネーズとは、油と酢(水分)を合わせてつくるものなので、本来なら、水と油がまざりっこはありません。それを、まぜてしまうわけですが、このときに卵黄が、水と油をまぜる役目をしているわけです。
油をよくかきたてますと、小いさな粒子になります。これを小さくすればするほど、よいわけで、このためには、できるだけ力強く泡立てで、かきたてるのです。こんなところから、女の人よりも男の腕の方がマヨネーズづくりには適しているともいえるわけです。
さて、こうしてつくった極く小さな油の粒子に、卵黄の衣をかぶせるわけです。だから、こまかい油の粒子に卵黄の衣がかぶさり、その上から、酢(水分)がもうひと膜、かぶさっていることになります。
こうした卵黄の働き、つまりお互いにまざり合わない油と酢(水分)を結ぶ働きを乳化剤の働きをしているといいますが、この卵黄の仕事を考えれば、卵黄は新鮮な方が卵黄中の油の粒子がこまかく早く小いさな粒子になるわけです。
冷蔵庫から出したての卵を使うのがいけないというのは、卵黄が凍っていると、卵黄をこまかくときほぐすのが、やりにくいからです。
酢はマヨネーズの材料として大切なものです。私たちほ今日まで日本のマヨネーズ・メーカーのつくり出す味にならされてきていましたので、マヨネーズといえば、すっぱいものという先入観をもっていました。しかし、アメリカのマヨネーズ(例えばダーキー社Durkeyなど)の味を一度知ると、もうあのすっばいマヨネーズはどぎつくて、親める味ではないということがわかるはずです。
酢の分量は、ここでご紹介したぐらいのところまでなら、できあがったマヨネーズは、それほど、どぎつい酢っぱさということはないと思います。
ただ、酢といっても、いろいろあります。できることなら、フルーツ・ビネガー(例えばリンゴ酢)をお使いください。
塩、胡椒、洋がらしも大切な要素です。しかし、塩と胡椒以外は、それぞれ、あとは好きずきの問題ですから、自分の味を出すことをお考えになることでしょう。
☆
マヨネーズの保存は、できるだけ極端な温度を避けること、例えば夏なら室温で涼しいところ、冬ならちょっと、あたたかいところということにしてください。
何故かというと、マヨネーズは水と油がくっついたものですから、いくら卵黄が乳化剤の働きをしているからといっても、やはり無理があります。
三十度以上のところとか、九度以下のつめたいところへおくと、分離しやすいのです。
ポリエチレン入りのマヨネーズが分離しやすいのは、どうしても、手でさわるからです。ビンなら外側からさわられるようなこともありませんので分離しにくいこともあります。
しかし、ビンでもよく冷える冷蔵庫に入れておいたりすると(反対に高温のところでも、同じことです)分離します。
マヨネーズが分離すると、なぜいけないのでしょうか。それは、もちろん、見た目にもつぶのできたような、いり卵のできそこないみたいになり、おいしくないことも勿論ですが、それ以上に、食中毒の原因にもなります。
マヨネーズの構造は、まず油のこまかい粒子、その上を卵黄、そして一番外側に酢がとりまいているということはすでにおわかりかと思います。もしこの状態、つまり酢が一番外側にあれば、殺菌力が強いものですから、たいていの菌は、酢に殺されてしまいます。だから、ビン入りなら、一年ぐらいもつわけです。
ただし、味はどんどんおちていきます。もし、マヨネーズが分離すると、油も卵黄も酢も分れてしまうことになりますので、殺菌力は全体に行きわたらなくなり、その上、卵黄のようにくさりやすい材料が入っているものですから、バイ菌がいくらでも増える原因にもなります。
いずれにしても、あまり長くおくのは禁物で、たべる分量ぐらいずつ、つくるのが最も賢明な方法だと思います。
もし失敗したら、それはそのまま、置いておいて、別に、最初から新らしい材料で、マヨネーズをつくりはじめます。
これでいちおう、失敗しないマヨネーズがつくれたら、さきに失敗して分離してしまったマヨネーズをこれに少しずつ加えて、よくかきたてていきます。
こうすれば、油のこまかい粒子、卵黄、酢といった具合に、また、マヨネーズとして正常な状態になっていくわけです。
若鶏冷製・マヨネーズ・ソースPoulet de grain sauce mayonaise……
しかしこの本、私は名著だと思っているのに、ググッても全然引っかからない。まあ1965(昭和40)年の本だし絶版だし、引っかからなくても不思議じゃないといえば確かに不思議じゃない。
でもいい本だから、誰かが言及していてもこれまた不思議じゃない。
ところがググってみても引っかかるのは本屋のサイトのリストばかり。
そんな中、たった1人だけ、この本について言及している人を見つけた。
山本益博だった。(^O^)
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山本益博さん(料理評論家)の「辻静雄先生」の話 フランス料理に興味を持ったのは、本屋でふと手に取った本がきっかけだった。当時、ガソリンスタンドでアルバイトをしていたのだが、みんなのご飯を作るのに、ハンバーグのソースをちゃんと作りたいと思い、適当に「ソースの本」を買った。ところがその本が非常に面白く、それで著者の辻静雄という人に興味を持った。そして、もう25年以上前になるが今でも忘れはしない、神田の三省堂で見つけた本が「パリの料亭(レストラン)」という本だった。あまりの面白さに何度も何度も読み返した。『その日の夕方、私は一人でレストラン「ラ・セール」の隅の方に席を取ってもらい…』という書き出しは、今でも諳んじて言えるほど。これはラ・セールへ行って鴨のオレンジ煮を食べなくちゃいけないと思い、1年間アルバイトでお金を貯め、パリへ行った。そうしたら、メニューに鴨のオレンジ煮は二人前からと書いてあった。仕方なく小鳩のロースト・アンドレマルロー風というものを食べてきたんだけど、そんなことがきっかけになって、料理の本を書く仕事を始めた。 |
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── 益博さんが初めてパリへ行かれたのは? パリに魅せられたのは今から26年ほど前、当時はまだ24才でした。それ以来、もうかれこれ100回以上はパリへ出かけています。 キッカケはやっぱり「食」ですね。自炊を始め、それに凝りだしてハンバーグのソースを作ろうと、レシピを求め道玄坂の書店へ行ったんです。そこで出会ったのが「ソースの本」。作者は辻静雄氏。 僕は、この辻静雄という人物に興味を抱き、著書を探しているうちに三省堂書店で「パリの料亭(れすとらん)」という著書と、運命の出会いを果 たしました。 この本の端書きに綴られていたパリのレストラン、料理、そして料理人。それを自ら体験したいと思って、パリへ出かけるようになったのです。 |
まあ同じ話を別のところでしているだけなのだけども、どうやらこの本が山本益博が料理評論の世界に入るきっかけになったらしい。
これはこれで、なかなか凄いね。
追記:
このエントリを書いた後に試しに探してみたら、あっさりこの本が見つかった。
奥付を見ると、私が買ったものは1970(昭和45)年の第16版だった。売れていたようだ。
ソースの元になる基本のだし汁をちゃんと紹介しながらも、一般向けらしく、「これはあくまで、料理にお金と時間をかけてもよいときだけということにしておいてください。いちいち、そんなことをしていたら大変ですから、スープの素をどんどん使ってください」と書かれていて、読者が自分の本気度に合わせた読み方ができるように気を使っている。
巻末にはホテルオークラの小野正吉へのインタビューも収録。
そのインタビューの中で、フランスのように仔牛をふんだんに使えないことが困るという話があった。戦前はずいぶん豊富に使っていて、しかも質も戦前の方がよかったという。だから昔の方がおいしかったという人もいると。これはなかなか興味深い。
突然食いたくなったものリスト:
- カニクリームコロッケ
本日のBGM:
黒豆の煮方のロック /桃井かおり
ちょうど2年前のこと。
「『最新ラーメンの本 関西版』の話」というエントリを書いた。
東京を中心に活動しているラーメン研究家・石山勇人が監修する『最新ラーメンの本』という雑誌があり、その関西版Vol.1が刊行された時に書いたものだ。
ちなみに『最新ラーメンの本』の首都圏版は2007年9月に発売以降、年末と言わず発売されていて、2010年の年末までのわずか3年でVol.7を数える。それ以来首都圏版も発売されていなかったらしい(間に『最新つけめんの本』刊行)が、この年末は、[2012首都圏版シリーズ]として、なんと「東京・埼玉」「神奈川・多摩」「千葉」に分冊して発売された。
#分冊というのはどうなんだろうね。ちなみに去年それまでの「関西版」を「大阪」「京都&滋賀」「兵庫」と分けた『ラーメンWalker』は、今年はシレっとした顔で『ラーメンWalker 関西』に戻している。ちょっと欲どしすぎたんじゃないかと思う。……閑話休題。
対して『最新ラーメンの本』関西版は、Vol.1からちょうど2年経ったこの年末にVol.2が発売された。
とまあ、そういうことらしい。
で、『最新ラーメンの本 関西版 Vol.2』。
あのエントリで私はVol.1についてはかなり厳しい意見を書いた。ダメなところはダメだと言おうということで。
で、そういうことを書いたからには良くなってたら良くなってるということもちゃんと書かないとダメだよねということで、このエントリを書こうと。
……と思って念入りに読み出したら、どうにもまたダメなところが気になってしまった。(^^; やはりこれも書くべきなんだろうな。しかしあくまでもいいものを作ってほしいがためだということはわかっていただきたい。
- こういう表紙。

『最新ラーメンの本 関西版 Vol.2』 - 掲載されている写真は前よりずっとよくなったように思う。
- 実物よりデカいんじゃないかと思わせる写真もあって、微笑ましい。(^O^)
- 前回のエントリで、監修の石山勇人氏という人物自体を大々的にフィーチャーするVol.1の姿勢について、「この本は「ラーメンを宣伝する本」ではなく「石山勇人を宣伝する本」」だと書いた。しかし今回は前回に比べればそういう色がずいぶん引っ込んだように思う。
Vol.1の「だ・である」調文体から「です・ます」調に変わっている。小見出しの「東京発の「二郎系」が関西を圧巻中!」というのは、まあ日本語としては「席巻中」の方が正しいんだろうな。(^^;
『最新ラーメンの本 関西版Vol.1』の巻頭総論
どの文字よりも「石山勇人」という文字が、どの写真よりも石山勇人の写真がデカい。
『最新ラーメンの本 関西版Vol.2』の巻頭総論 - また、「石山勇人を宣伝する本」だという話の延長として、前回は「例えば明らかな広告ページである「エースコック×石山勇人 「ベジポタ」カップ麺開発プロジェクト」というページが、この本では目次の中に堂々と登場する。広告扱いではなく記事扱いなのだ。好き放題。……」と書いたが、今回の「エースコック×石山勇人 鶏のちカレーラーメン」の広告はちゃんと広告扱いになっているし、広告とはっきりとわかるページレイアウトになっている。もちろん目次にも入れられてはいない。
- ただしこれについてはまだ微妙さを感じるところもある。Vol.2にはなぜか他の記事とは完全に孤立する形でコラムが掲載されている。「石山勇人の勝手に御麺!」というタイトルでカレーが採り上げられているのだが、これがかなり不自然。「……福島の『JET』や関大前の『諭吉』、南森町に支店を出した『麺乃家』などは、「カレーつけ麺」をメニューに掲げている。……今までならキワモノ扱いされたかもしれないカレーラーメンやカレーつけ麺だが、関西ラーメンの人気を牽引する実力店が挑戦しているとなると見過ごすわけにはいけない」(文末の「いけない」というのは原文ママ)とあるのだが、「関西ラーメンの人気を牽引する実力店」って。諭吉は石山氏がかなり気に入っているのか他のところでもよく話に出してくるのだけど、去年4月にオープンしたばかりでまだ知名度も低い新店をこういう文脈に使うのは変だ。麺乃家は確かに今は亡き『KANSAI一週間』のラーメン大賞を取ったほどの人気店ではあるが、ここは主人がもともとカレー屋だったこともありカレーは昔から手がけている。だからこれまたこの文脈にはそぐわないだろう。つまりそもそもこのコラムでなぜカレーを採り上げるのかという理由に、かなり「とってつけた」感が滲み出ているのだ。そしてコラムの締めの文章がこれだ。「東京ほど確立されたラーメンの土壌やしがらみがない分、関西のラーメンはより多様化が期待できるというのが私の持論。関西の文化として発展を遂げたカレーうどんをそのまま受け継ぎ、さらに発展した麺料理へと独自に昇華させていってもらいたい。そう願うのは、きっと私だけではないはずだ」。この抽象的な締め方を「とってつけた」といわずに何という。(^^; 普通に見ればこのコラムは実質的に「エースコック×石山勇人 鶏のちカレーラーメン」の導入的な扱いになっている。このコラムそのものにこの商品はまったく出てこないけど、この不自然さをそれ以外で説明できない。で、やっぱりこのコラムはちゃんと目次に記事扱いとして載ってるんだよねえ。だから、この部分は前に比べて良くなったと断言できるのかどうか、判断に迷う。
- いや実際のところ、東京で「プロ」のラーメン研究家として活動している石山氏が関西のラーメン事情を語るのに一番求められる、彼にしかできない、彼だからこそできることというのは、まさにこの、「東京ほど確立されたラーメンの土壌やしがらみがない分、関西のラーメンはより多様化が期待できるというのが私の持論」という部分をちゃんと語ることだと思うんだよね。東京にはどういう「確立されたラーメンの土壌やしがらみ」があるのか、それがあるとどういう制限があるのか、それがなければどういう自由と可能性があるのか。私の実感では、ラーメンの「多様化」の波はいつも東京から入ってくる。関西はそれとは違う展開もあるという程度で、こと「多様化」で関西が東京を凌駕しているようにはまったく見えない。少なくとも関西にいる私には。なので両方のラーメン事情を見た石山氏には、「いえ、両方見た立場からすればこうなんですよ」ということをわかりやすく解説してほしい。せっかくの関西についての「持論」なのに、関西版でそれを書かないでどうする(首都圏版に書いても需要はないでしょ(^O^))。大崎氏や石神氏と違い関西にちゃんとメディアを持っているのだから、石山氏にとってこれは非常に大きなアドバンテージだと思うんだ。ちゃんと活かしたらいいのに。
- Vol.1から店情報や地図をケータイで見ることができるようになっていたが、独自のシステムを使っていた。Vol.2ではぐるなびラーメンを利用している。
- 巻末の50音インデックスは前回同様、「ラーメン●●」や「麺屋▲▲」という店でも「ら」「め」に入れずにちゃんと「●●」「▲▲」で検索できるようにしている。これは非常に実用的で好感が持てる。またVol.1の「エリア別INDEX」がなくなり、代わりに「路線図インデックス」になった。鉄道路線図に店を落とし込んだもの。これはこれで便利。ただ「エリア別INDEX」をなくす必要はなかったんじゃないかとも思う。いっそこういう本は、インデックスを5種類くらい作ったらいいのに(終了時間別とか)。
- 細かいことをいえば、50音インデックスにはクーポンの有無以外にエリアも記載してくれたらもっと便利かな。
- 前回同様にPAPUA氏、としむね氏を迎えた座談会はかなり内容のあるものになったと思う。前回はどうも話が噛み合ってなかった。
- 前回は「関西ラーメン3賢人が選んだこの冬絶対食べたいラーメンランキング」という特集(ラーメン店別ランキングBest10の他、ジャンル別[塩・醤油・つけ麺・味噌・白湯]でそれぞれ3店、のべ25店を紹介)があり参考になったのだけど、Vol.2ではこれがなくなったのも残念。代わりに(?)3人がそれぞれ注目店を3店ずつ紹介している。
- 今回は本全体を通じて、関西のラーメン事情について「歴史」にはあまり触れずに「現状」に重点を置いているように思う。対談だけではなく本人の文章の中でも。これはよかったと思う。この人が語れるのはこちらのはずだし、こういう本はそういう役割のはずだ。前回は関西版の初号ということで、歴史にも触れざるを得なかったのだと考えておこう。
- 近年の新店の中でトップクラスの露出度・注目度であったはずの宮田麺児をことさらに持ち上げていないところは見識だと思う(他店と同列)。これはやはり東京の人だからだろうか。
- というか、取材そのものを石山氏がしているわけではないだろう。編集会社はVol.1では東京と奈良の2社だったが、今回は東京の会社1社になっている(前回の東京の会社とは違う)。ライターはどうなのかな。いずれにせよ見識は見識。
- 巻末の方に、「キムラ君と僕。~編集部員ヨシオカ(関東在住)のときめきメモリアル~」という1ページのコラムがある。書いているのは石山氏ではなく「ヨシオカ」なる人物。おそらくは奥付に記載されているスタッフの中で、発行人、監修者、広告、販売以外では唯一Vol.1とVol.2の両方に名前が載っている吉岡啓雄という人だろう。今回は「編集チーフ」とある。コラムについているプロフィールによると、埼玉県出身のヨシオカ氏は「今回、5回目の来阪となる」という。編集チーフであってもこのくらいの来阪回数か。うーむ……。
- 今回の掲載店のうち石山氏はどのくらい取材しているのかな。これは単なる疑問。この本の中で石山氏自身がやたら諭吉の話題を出しているところを見ると、もちろんこの店には行ったと思うのだが、あまりにこの店のことばかりを出して他の新店の話が出てこないのが逆に気になる。実際に取材した店は意外と少ないんじゃないかと勘ぐったり(本当のところはどうかわからない)。とはいえ彼はあくまでも「監修」という立場なので、全部の店に足を運んでいる必要はない。
- 個別の店の紹介文は全部読んだわけではないのでたくさんは書けないが、少し目を通した中で気になったことをいくつか。
- 前回、虎一番の記事の中の、
という部分について、2000年が「関西のラーメン事情に魚介文化がまったくなかった頃」だなんていうのは事実ではないし同じ本の中ですら時系列の辻褄が合っていないということを指摘したが、今回もその記述は残っている。中華料理に長年勤しんだ店主が、魚介系ラーメンのパイオニア・新宿『麺屋武蔵』の影響を受けて開業したのが2000年。関西のラーメン事情に魚介文化がまったくなかった頃だ。 - Vol.1とVol.2の両方に掲載されている店もたくさんあるが、これらの店は今回はほとんど取材をしていない。前回の写真、文章を流用するだけ。といってもこういうやり方は他の本・雑誌でも普通にやっていることだから、ことさらにこの本がどうというわけではない(むしろそれが、続けて出すことのアドバンテージでもあるのだろう)。よくわからないのが、どの本・雑誌も前回の文章をそのまんまコピペするのではなくほんのちょっとだけ変えることだ。事情はよくわからない。最初の文章を書いた人へのギャラの問題なのか、単に全く同じ文章を載せるのは気が引けるのか。いずれにせよ変えるのはほんの少し。例えばちょっと目についた麺屋楼蘭の記事はこうだ。
丼の中の豊かな調和はラーメンの域を超えた芸術品
数種類の味噌をブレンドし、魚介の香りがアクセントになっているWスープに合わせる。あっさりした中にも豊かなコクを持つのが「焦がし味噌ラー麺」だ。特筆すべきは、丼の中でのバランス。スープを飲むごとに、麺をすするごとに、違った味わいを見せる。計算され尽くしたこのハーモニーは、必食。(Vol.1)
これでもかなりアレンジしている方。もっとそのまんまのものもたくさんある。丼の中で調和する芸術的な佇まい
数種類の味噌をブレンドし、魚介の香りがアクセントになったWスープに合わせる。手間暇かけて手掛けた「焦がし味噌ラー麺」は、あっさりした中にも豊かなコクを持つのが特徴。さらに特筆すべきは、スープと麺のバランスのよさ。スープを飲むごとに、違った味わいを見せる。計算され尽くしたこのハーモニーをぜひ味わってほしい。(Vol.2) - というわけで、虎一番の記事も前回とほとんど同じように踏襲されているというわけ。
- 結局、この本に限らずこうやって一度取材した店のデータを使い回していくと、リライトする方も単純作業になってしまう。そして質が落ちていく。なんせその店の取材をしていない人が、誰かが書いた前の文章の言い回しを少し変えるという作業を繰り返すんだから。劣化はあっても新たに加えられる情報はない(あったらそれはそれで怖い)。そんな仕事にライターも力が入るわけがない。
- で、そういう仕事をしているとこういうことをやらかす。これは麺屋えぐちの記事。
血筋の良さに甘えない実直な味づくり
大阪の名店、醤油の『カドヤ食堂』、豚骨の『天神旗』という畑の異なる2軒に学び、満を持して開業を果たした話題のお店。淡海地鶏を濁らすことなく丁寧に炊いた清湯スープに、煮干の香りを沸き上がらせるパンチの効いた味作り。キレイに浮かぶ鶏油の甘味も加わり、ルーキーらしからぬ風格のある一杯を提供している。(Vol.1)
「パンチの効いた」を「パンチ力の効いた」にした理由を問うつもりはないが、何じゃその「味の異なる2軒」って。違う店なんだから味が異なるのは当たり前のことだ。元々の記事を書いた人は恐らくちゃんと、カドヤ食堂と天神旗がどういう店なのかわかった上で「畑の異なる2軒」と書いたのだ。しかしこれをリライトした人間はおそらくこの2軒のことを知らない。単に醤油ラーメンの店と豚骨ラーメンの店ねと思っただけだ。で、単に前の文章の言い回しを変えるだけという単純作業であるにもかかわらず、こんなすっトボけた文章を生み出してしまう。取材していないんだから必然的と言えば必然的な劣化。繰り返すがこのへんはどのラーメン本も抱える問題点だ。名店に学んだ店主が実直な味づくりを実践
醤油ラーメンの『カドヤ食堂』、豚骨ラーメンの『天神旗』という味の異なる2軒に学び、満を持して開業を果たした店主による話題の店。淡海地鶏を濁らすことなく丁寧に炊いた清湯スープに、煮干の香りを沸き上がらせるパンチ力の効いた味作りがポイントだ。キレイに浮かぶ鶏油の甘味も加わり、血筋のよさに決して負けない、風格のある一杯に仕上がっている。(Vol.2) - Vol.1の巻末には、同時期に発売された『最新ラーメンの本 首都圏版』に掲載された256軒の店の名前・住所・電話番号と1行コメントが収録されていたが、Vol.2でははなくなってしまった。これは残念。
- 前回に比べて特集の見せ方が垢抜けたと思う。編集者とデザイナーの腕かな。
- 凄いなあと思うのは、店データ。店名・メニュー・住所・連絡先・営業時間・定休日・席数、駐車場の有無といったデータはどの本にもある基本データとして、Vol.1に引き続いての開店月データ(これも貴重なデータ)の他に、Vol.2から「製麺所」と、メインに紹介するメニューの「麺重量」が入るようになったこと。もちろん製麺所を「非公開」にしている店もあるけど、公開してるところも多い。自家製麺も数年前に比べればびっくりするくらい多く、隔世の感だ。↑で掲載2回目の店は取材していないと書いたけど、少なくともこのデータに関しては取材しているということね。
- とはいえ非公開の店も多く、公開しているところをみると、妙に麺屋棣鄂と宝産業(釧路製麺)が多い。これと、この両社がこの本に広告を出しているのとは関係があるのかないのか……。貴重なデータなので問題ないけど。
- 「非公開」のところは少なくとも自家製麺ではないということではあるのだろう。
- オオタメンがんばれ。
- 住吉が自家製麺ってのには驚いた。ずっと栄大号だと思っていたので。麺の量が145gと意外に多いのも驚き。あれだけ太いと少なく感じるんだよなあ。……なんて見方ができるのはとてもいい。これはこの本だけの楽しみだ。
- 数年前、どれだけの人がどの製麺所の麺を使ってるかなんてのに興味があっただろう? これだけでも関西のラーメン文化の深化を感じるよ。
- しかしほんと、自家製麺の店が増えた。製麺機はそんなに安いものじゃない。にもかかわらずこれだけ自家製麺が増えたということは、製麺機会社がかなり儲かっているということ。関西はいい市場に成長したわけだ。大和製作所のDM頻度なんて凄いからねえ。
- これだけたくさんになるとヘッタクソもたくさんいるはず。(^O^) 製麺所よりもいい麺を作っている店がどれだけあるのかな。
- で、店データの話。スープの「あっさり ── こってり」度の指標というのはこの本だけではなくどの本も載せたがるね。これってほんとに要るのだろうか。この御時世、禁煙かどうかの情報の方がよっぽど需要があるように思うけど。汁なし麺にも「こってり4」とか書いてるし。(^O^)
- この雑誌にはエースコックが広告主としてついており、上記「エースコック×石山勇人 鶏のちカレーラーメン」は1ページ広告を出し、それの関連コラムまで本記事の中に押し込んでいる。これに対して意外にも(?)同じエースコックの「それゆけ!大阪ラーメン」については本記事でもまったく言及がなく、意外といえば意外だった(一応、半ページ分の広告が入っている)。え? うん、そう。あの「大阪ラーメン」のことね(「もうズブズブやん。(大阪ラーメン)。」参照)。話題的には関西ローカルで、しかもメディアも巻き込んでおり、さらにスポンサーであるエースコックの商品だということになればこれはまあ、「関西版」としては何かやりたくなるよね。しかしそれをやっていない。宮田麺児にしてもこの大阪ラーメンにしろ、「あえて」話題に出さない「見識」だと理解しておこう。単に「知らない」ということはさすがにないだろう。うん。
- あるいはこういうことかもしれない。この「それゆけ!大阪ラーメン」の半ページ広告にはパッケージ写真も間に合わず(シルエットに「?」となっている)発売日も確定していない(「2011年12月発売予定」とある)。この状態では大々的に押すことはできなかった、とか。(ヨシオカ氏のキムラ君云々のコラムの場所がとてもアヤシイ(^O^))
- ちなみに同時期発売の『ラーメンWalker 関西2012
』には「それゆけ!大阪ラーメン」の1/4ページの広告が入っている。入稿締切がこちらの方が遅かったようだ。こちらではパッケージ写真が登場し、発売日も「12/5発売」と確定している。
- どういう理由にせよ、とにかく結果的には『最新ラーメンの本 関西版 Vol.2
』が示す「関西の今のラーメン事情」は広告でも話題でもなく、ラーメン店が実際に出す丼の傾向なのだというシンプルな姿勢となっている。意図はどうあれ、これはいいことだと思う。
突然食いたくなったものリスト:
- インデアンカレー
本日のBGM:
素敵にジングルベル /伊藤さやか
今読んでいる本の話。といってもまだ途中だし、「積ん読解消運動」に入れるほど話じゃなくて、そこに出てきた話についてちょっと寄り道で考えたことを。
今読んでいるのは『市民のための疫学入門』という本。

疫学の入門書として「名著」と複数の人に勧められた。
この本の中に「診断学」というものが紹介されている。
その中で出てきた話。
病気には「診断」がつきものだ。
医者が人を診断し、その人が病気であるかないかを判断する。
そしてそれとは別に、実際のところ本当に病気の人と病気でない人が存在する。
つまり「病気の人を病気だと診断する」、「病気の人を病気でないと診断する」「病気でない人を病気だと診断する」、「病気でない人を病気でないと診断する」の4種類の診断結果が生まれることになる。
このうち「誤診」は「病気の人を病気でないと診断する」「病気でない人を病気だと診断する」の2つ。中でも「病気の人を病気でないと診断する」を「見逃し」と呼んでいる。
残りの2つは正しい診断ということになる。「病気の人を病気だと診断する」、「病気でない人を病気でないと診断する」というもの。
「病気の人を病気だと診断する」割合のことを「敏感度」という。「病気でない人を病気でないと診断する」割合のことを「特異度」という。
実はこの「敏感度」と「特異度」は別々に存在するわけではなく、お互いにトレードオフの関係にある。「敏感度」を上げようと思えば「特異度」が下がり、「特異度」を上げようと思えば「敏感度」が下がる。
言い換えれば、病気をなるべく見逃さないようにしようとすれば病気でない人も病気と疑ってしまう可能性が高まる、と。「ここまでなら病気だとは疑わない」というハードルをどこに持って来るかという話。
これは必ずしもどちらを優先するべきというものではなく、目的によってこの閾値(カットオフ値というそうだ)は変えられる。例えば癌の早期発見などは「見逃さない」ことが優先になる(もちろんコストとの兼ね合いはある)。
……この話って、冤罪の話と似てると思った。
この場合は「真犯人を捕まえる」「真犯人を捕まえない」「無実の人を捕まえる」「無実の人を捕まえない」の4つ。
「真犯人を捕まえる」(真犯人を逃がさない)ことを優先するか「無実の人を捕まえない」(冤罪を少なくする)ことを優先するかという話。
真犯人を逃がさないことを優先して多少の証拠や手続きの不備に目を瞑れば冤罪は増えるし、冤罪をなくすために適正手続にこだわれば犯罪者を野放しにする恐れがある。
これも診断学の話に出てきたように、トレードオフの関係になる。どうしても。
「あんな悪いヤツは別件逮捕でも何でもして捕まえろ」なんて話は日常会話でもよく聞く話だ。これは「真犯人を逃がさない」を優先していることになる。
ではこのカットオフ値はやはり目的によって変えられるべきか。
ここがこの話と診断学との最大の違いなのだろうと思う。
この話の場合、優先すべきことは決まっている。
真犯人を捕まえることと冤罪の話で最優先されるべきは、現行の法精神からして常に「冤罪を少なくする」ことだという点。真犯人を逃がさないことはあくまでもその上で追い求められること。
だから現行の体制の中で「あんな悪いヤツは別件逮捕でも何でもして捕まえろ」というのは絶対に認めちゃいけない。誘惑はあるだろうけど。しかし誰か(あなたも)が「この、明らかに、間違いなく、絶対に犯人」と考える人を捕まえるのに適性手続を軽視することは、別のところで「無実の人を捕まえない」確率が下がることを意味する。それが自分でないなんていう保証はどこにもない。宝くじを「当たるかもしれない」と思って買うくらいの感覚があるのなら、「自分がいつか冤罪をかけられるかも」というくらいの危機感くらいは持っていい。
いやそう実感できなくても「それやっちゃうとえらいことにつながりかねない」という判断はできるはず。
診断学の場合はそのカットオフ値は目的によってかえるべきものだったが、この話の場合、それを変えるとすればそれは法体系内の話ではなく政治の話になる。
人は自分が当事者でないと、まるで自分がそれを裁く側にいるかのように、メタな視線から政治的な視点を持ってしまうものだ。そして「あんな悪いヤツは別件逮捕でも何でもして捕まえろ」と思ってしまう。思ってしまうのは仕方ないが、それを当然のこととして世論にしてしまうことは絶対に避けるべき。
「感じちゃうのが自然なので、それでいいじゃん」でいいのならすべての差別が肯定される。
「感じちゃうけどこれもダメだよな」という視点を、やはり持つべきだと思う。これがトレードオフ。そしてこれを考えるのが「理性」というやつだから。
突然食いたくなったものリスト:
- ジンジャーエール(ビン)
本日のBGM:
カルメン /斉藤晴彦
先日、ここで紹介した『焼肉の誕生』とタイトルが似ているが、こちらは「とんかつの誕生」を終着点とし、明治維新以降の西洋料理受容からその日本的展開を経て、和洋折衷の「洋食」の到達点「とんかつ」へと結実していくまでの歴史を紐解いている。つまりサブタイトルの「明治洋食事始め」こそが本書の内容を指す。
本書で追われる「とんかつ誕生」までの過程を、著者がきれいにまとめてくれている。
「……結論を先取りしていうと、そこには次のような「ドラマ」があったのである。(1)牛肉から鶏肉、そして豚肉への変遷、(2)薄い肉から厚い肉への変遷、(3)ヨーロッパ式のサラサラした細かいパン粉から、日本式の大粒のパン粉への変遷、(4)炒め焼きからディープ・フライへの変遷、(5)さらには、西洋野菜の生キャベツの千切りを添えて、(6)予め包丁を入れて皿に盛り、(7)日本式の独特なウスターソースをたっぷりかけて、(8)ナイフやフォークではなく箸を使って、(9)味噌汁(豚汁・しじみ汁)をすすりながら、(10)米飯で楽しむ和食として完成する ── これだけの食の変遷に、六〇年の歳月が費やされたのである。外来の食べ物を、このような執念で吸収・同化していった食の文化は、他国ではあまり例がないであろう。」
これらの段階を事例を交えて追っていくのが本書だ。この文章でこの本の要約は完璧だといえる。
ただ、『焼肉の文化史』『焼肉の誕生
』というハードめの歴史考証的作品とほぼ同時に読んだためか、残念に思う箇所もいくつか見受けられた。
(とはいえ多くの知識がちりばめられており、いろいろな知識と示唆を得ることができた)
例えば『焼肉の文化史』『焼肉の誕生
』で多くの紙幅を割いている「日本にも連綿と肉食の習慣があった」という考証を読んでしまうと、当時の庶民の肉食に対する感覚について、もう少し丁寧な取り組みがあってもよかったのではないかとも思う。
逆に、『焼肉の文化史』『焼肉の誕生
』の方が、メジャーな感覚としての庶民の肉食への忌避感をこの本ほどは伝えていないなあという気もするのだけども。
1871(明治4)年、明治天皇が肉食をし、天武天皇の殺生禁断から1200年にわたる肉食禁止を解禁した……これはたしかに大きな「事件」だっただろう。
そしてこの事件の記述の後、天武帝以降いくつも出された禁令に言及する。
しかし単純に考えて、禁令がたくさん出されるということはそれを破る人がたくさんいたというわけだから、ちゃんとした史料の提示もなしに
「しかし、家畜を食べるのは騎馬民族の習慣で、古代からの日本にはなく、渡来人がもたらしたものであろう。したがって、当時の日本人にとって、肉食禁止はあまり苦痛にならない禁令であったと思われる」
と書かれても、ちょっと納得はできない。
大宝律令のような体制でさえその基盤の公地公民制度はたった40年であっさりと崩壊したわけで、天武天皇の殺生禁断が1200年継続したとか、ちょっと現実的に「ない」話だろう。
もちろん明治天皇の肉食というデモンストレーションの説明としてそういう建前が言及されたことは納得いくとしても、考証側がそういう制度的な話だけを持ち出しても仕方がないと思う。
結局、この「制度」を強調するから、実際に江戸時代に「薬食い」などと言ってそれなりに盛んだった獣肉食とのきれいな整合性を保てなくなる。
それは恐らく、
「……このように、鳥獣肉を抵抗なく食べる人からまったく食べない人までおり、また鳥獣の種類によってもその対応は人により異なった。日本には、肉に対するタブー感を異にするさまざまな人々が暮らしてきたのである」(『焼肉の文化史』)
という視点が希薄だからだろう。そしてこの本のこういう視点の欠落が、読み進む中で感じる「引っかかり」の1つの原因になっているのだと思う。
いずれにせよ、明治天皇による肉食のデモンストレーションは象徴的で、新政府の目的は庶民への肉食の普及にあった。その理由は主に「滋養」。彼我の体格差、文化の格差について、肉食(あるいは西洋料理)の普及によって日本人の劣等感を払拭しようとしたわけだ。
この話はなかなか興味深かった。というのも、これも『焼肉の文化史』で出てくる話になるが、政府は大正あたりから戦中まで、さまざまな形で内臓食の普及活動を行っている。まずは栄養、経済という理由、そして単純に食糧不足からのものだった。
明治時代には肉食、大正・昭和時代には内臓食を政府が主導した……ということはつまり、当初は民間(の多数派)ではそれが思うように進んでいかなかったということだろう。だから政府がわざわざキャンペーンを張らなくてはいけなかった。
「とんかつの誕生」「焼肉の誕生」はつまり、それらの前提となる文化が民間に根づく過程なのだ。
ついでにもう1つ、『焼肉の文化史』の記述との絡みで興味深かったのは、肉の偽装……と現代風に言っては問題なのかもしれないが、ある肉を別の肉であるとして売るという話。
書かれているエピソードを古いものから3つ並べてみる。
「牛肉の需要が増えてくると、とんでもない事件が起きる。一八九〇年(明治二三)に、東京で、馬肉を牛肉に混ぜて売る業者が摘発される。警視庁は、市内の肉屋の検査にのり出す。このような悪徳業者は後を断たず、安い牛鍋には馬肉が混入された。そこで、馬肉と牛肉を、簡単に見分ける知恵者が出てくる。皿に盛られた肉を壁にぶっつけて、付着しやすいのが馬肉だという。この噂話に、牛鍋屋で試す若者が続出する」(『とんかつの誕生』) この話は夏目漱石『三四郎』にも登場する。
「……焼き鳥には鶏のモツが使われたが、1897年の読売新聞によると、「浅草あたりでは犬の肉を利用して鳥と称する」焼き鳥が、車夫や馬方などの下層の人々を相手に売られたとある(弘文堂『大衆文化事典』1991年)。焼き鳥の素材は、さらに変化し、牛豚のモツが使われるようになる。そうなると、この料理の愛好者は都市の庶民層にまで広がり、酒のおいしいつまみとして定着する」(『焼肉の文化史』)
「一九三二年(昭和七)一一月号に、添田さつきの「カツは上野か浅草か」という記事がある。誕生したばかりのとんかつへの庶民の反応、昭和初期のとんかつ屋の様子、主人と客のやりとりなどが、長文でおもしろおかしくつづられている。
「とんかつ時代 ── とんかつをビフカツに仕立てたり、兎をもちひてチキンカツで候と誤魔化さなければ通らぬ時代もあった。実質がとんであり兎であつても、ビーフでありチキンである名の下に安心して食ってゐたのだから、まことに以てお目出たい話といはねはならぬ。ところが、今度はとんかつ時代になると、猫も杓子もとんかつ、とんかつ。とんかつでなければ夜も日も明けぬ。 ── といふこととなって来るからおそろしい。まア、考へやうに依ては、とんかつがとんかつで通る時代が来たのだから、公明正大、青天白日で、結構な次第であるが、又一面、とんかつの過大価値を強ゐられるやうな気がしないでもない」という書き出しである」(『とんかつの誕生』)
いつの時代もそんなものよね、とも思うが、これはそのまま、それぞれの肉の価格の相対的な関係を示している。つまり明治中頃では[牛>馬][鶏モツ>犬][鶏モツ>牛モツ][鶏モツ>豚モツ]、昭和初期は[牛>豚][鶏>兎]だったということだ。(高いものを安いものと偽る理由はないので)
こういう関係の認識はなかなか侮れない、ということをこれまた前回の話で書いた。
つまり、私たちはつい今の感覚で[牛>豚>鶏]という目で見てしまいがちだけども、実は終戦後まではそうではなかったという話。

小売価格の推移 単位:円(戦前は100匁、戦後は100gあたり)
1941年の価格は大都市での統制価格であり参考
(『焼肉の文化史』より)
この資料でいえば少なくとも1911(明治44)年以降、終戦後ブロイラーが導入されるまで、鶏が食肉の王者として君臨していたということになる。牛と豚を比べれば、豚がやや安いというところか。1951年には牛と豚が逆転すらしている。
いずれにせよ終戦後まで鶏は最高級だったし、今のように牛が圧倒的に高いという価値観は芽生えていない、というのがこのデータが語っているところだ(牛が他を圧倒し始めるのは1961(昭和36)年以降のこと)。
ところがこの著者はあっさりとこう書く。
「明治後期は、「とんかつの誕生」に向けての最も大切な時期となった。というのも、明治後期以降、都市化の急速な進行のなかで、サラリーマンなどを中心に、日本化された洋風料理が浸透しはじめたからである。そして、それまでの「ビーフカツレツ」や「チキンカツレツ」に対し、大正期にかけ、「ポークカツレツ」の人気が急上昇する。牛肉よりも豚肉の方がはるかに廉価であり、庶民は、より気軽に食べることができ、親しみが湧いたのであろう。さらに、豚肉の普及により、西洋料理よりも遅れて、中国料理も注目され始めた」
「牛肉よりも豚肉の方がはるかに廉価」との根拠はどこにあるのだろう。
いや、私もこの表だけをタテに、事実と違うじゃないかと言い募るつもりはない。しかしもしこういうことを書くならせめて、当時の洋食店のメニューを提示してビーフカツレツ、チキンカツレツ、ポークカツレツの価格差を一目瞭然で示すなり、当時の肉の小売価格を示すなりしてくれれば、あっさり納得させることができるはずだ。
それもなしにこんなこと書かれても、正直、推測で書いているとしか思えない。これは事実の把握という以上に、主張の根拠を示すかどうかという、論者としての姿勢の問題。
あるいは「とんかつ」誕生直後のエピソードとして、こんなことが書かれている。
「一九三二年(昭和七)頃に、東京上野の「楽天」、浅草の「喜田八」が、相次いでとんかつを売りだす。道行く人は見慣れないこの料理の名前に戸惑い、「とんかつとは、何かね? 聞いたことのない料理だな」と首をかしげて素通りする。当初はまったく人気がなかったようだ。楽天では、「鉈切(なたぎ)りの分厚いとんかつ」と、看板に添え書きをしたくらいである。口の悪い客からは、「下等な肉で硬くて、庖丁で切れないから、鉈で切るのだろう」と、皮肉を言われる始末。
ところが、恐る恐る集まった客から、額を突きあわせて食べる雰囲気が、江戸っ子の好みにぴったり合うと評判になる。それからは、人気は高まる一方で客が引きも切らなくなる。このエピソードから、上野の楽天や浅草の喜田八こそ、とんかつの元祖とする説もあるのである」
えええええ? 「額を突きあわせて食べる雰囲気が、江戸っ子の好みにぴったり合うと評判になる」だって? これで納得する人がいるんですかい? ここで評判になるとしたら、「うまい」か「安くてうまい」かしかないじゃないだろうか。食べ方で評判になるんだったらとんかつである必要なんか全くないじゃないか。
せっかく本書が1冊かけて追ってきた「洋食の王様」とんかつが人気を獲得した理由が「額を突きあわせて食べる雰囲気」だとは、いやなんというか、「正気ですか?」と言いたくなる。
この著者にはどうもこういうクセがあるらしい。おそらくは引用文献からそのまま引っ張ってきたのだろう。資料文献の内容に疑問があれば自分で調べてそこを埋めるという姿勢ではなく、未消化のものをそのまんま解決せずに右から左へ持って行っているだけの部分が多いように思える。。
また、とんかつ(や洋食)の話なのにウスターソースの話がたったの1ページ半しか書かれていないことはかなり不満。私自身がソース好きであるということを差し引いたとしても、「洋食」とソースの関係の重要性からしても、この扱いはあまりに不当だと思う。
著者はもともと日清製粉の社員で、小麦粉に関する著書も複数ある。となればソースの重要性は充分認識しているはずで、この扱いはどうにも腑に落ちない。
さらに腑に落ちないのは、そのわずか1ページ半の記述ですらかなりいい加減なことだ。引用となると結構長くなるが……、
「明治三〇年代に、ポークカツレツの人気が高まるのは、ウスターソースの登場に負うところが大きい。ウスターソースをたっぷりかけた洋食の魅力に、庶民は引きつけられたのである。洋食はウスターソースによっていっそう米飯とマッチし、少量のおかずで、多量のご飯が食べられることになった。
このソースのルーツはイギリスであるが、日本製は日本風に改良した独特のソースである。リー、ペリンズという二人の薬屋が、インドで不思議なソースに出会う。その味が忘れられずに試作を操りかえす。一九世紀の中頃に、イギリス南西部のウスターシャー州で、味の再現に成功する。
調合は秘伝とされるが、ソイソース(醤油)・モルトビネガー・糖蜜・ライムジュース・タマリンド・チリーペッパー・クローブ・ガーリック・アンチョビーなど、二十数種類の香辛料を混ぜあわせ熟成させたものである。フランス料理では、このような単純なソースは一切もちいない。このことから、イギリス料理には、ウスターソース一種類しかないという皮肉をいう人もいる。
ところで、明治の中頃までは、カツレツに適したソースはまったく存在しなかった。本格的なフランス料理のソース類は、多くの日本人にとっては奇妙な風味で、米飯の味と合いにくかった。カツレツに、食塩・コショウ・醤油をかけてもおいしくない。醤油が定着していた日本人の食卓に、これに代わる洋風のソースが必要とされた。
一八九八年(明治三一)の全国醤油大会で、イギリスのウスターソースが注目され、一九〇〇年(明治三三)に、日本独特のウスターソースができあがった。しかし、本場のウスターソースとは似ても似つかない、醤油を洋風に作りかえた洋風醤油であった。当時は、新味醤油・洋醤・西洋醤油と呼ばれたらしい。これが明治も後期になると、コロッケ・とんかつ・ライスカレーなどの洋食の普及に伴い、日本式のウスターソースの人気は急上昇し、爆発的に普及していく。第二次世界大戦後には、野菜や果物の不溶性固形物を多くしたとんかつソースが現れる。濃厚で粘度が高く、どろりとしている。味の種類を変えた甘口や辛口もでき、お好み焼きから焼き肉用まで、さまざまな和風ソースも出ている」
前半に出てくるリー&ペリンズ社はウスターソースの元祖企業でありしかも現在も続いている(ただし最近ハインツに買収されてもうイギリスにはない)ことから数多くのところで語られている。私も何度か読むことがあったが、こんな記述に出会ったのは初めてだ。
「リー、ペリンズという二人の薬屋が、インドで不思議なソースに出会う。その味が忘れられずに試作を操りかえす。一九世紀の中頃に、イギリス南西部のウスターシャー州で、味の再現に成功する」だって??
このあたりのくだりは、リー&ペリンズ社のウェブサイトに行けば書いてある。
ただし現在はオリジナルのサイトは削除されハインツのサイトの下に統合されてしまっているのでInternet Archiveへのリンクを貼っておく。
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The story of Lea & Perrins® famous Worcestershire Sauce begins in the early 1800s, in the county of Worcester. Returning home from his travels in Bengal, Lord Sandys, a nobleman of the area, was eager to duplicate a recipe he'd acquired. On Lord Sandys's request, two chemists?John Lea and William Perrins made up the first batch of the sauce. Lea and Perrins were not impressed with their initial results. The pair found the taste unpalatable, and simply left the jars in their cellar to gather dust. A few years later, they stumbled across them and decided to taste the contents again. To their delight, the aging process had turned it into a delicious, savory sauce. |
私も英語が弱いのでアレだが……。
| 1800年代の初め、ウースターでのこと。ベンガル総督のサンディスが、持ち帰ったレシピを再現してほしいとリー、ペリンズという2人の薬屋に依頼する。2人はそれを作ってみるが、最初に作ったものはまったく口に合わず瓶に入れたまま棚に放置した。数年後にそれに気づいて試してみたら、熟成されてすげーうまいソースになってた! |
という感じだろう。私がこれまで見た文献でも話の骨子はだいたい同じだ。もっと詳しく書いているものもある(たいてい「サンデー総督」となっているので、そうなのかも)。
「リー、ペリンズという二人の薬屋が、インドで不思議なソースに出会う。その味が忘れられずに試作を操りかえす。一九世紀の中頃に、イギリス南西部のウスターシャー州で、味の再現に成功する」
とはずいぶん違うじゃないか。
また、
「一八九八年(明治三一)の全国醤油大会で、イギリスのウスターソースが注目され、一九〇〇年(明治三三)に、日本独特のウスターソースができあがった。しかし、本場のウスターソースとは似ても似つかない、醤油を洋風に作りかえた洋風醤油であった。当時は、新味醤油・洋醤・西洋醤油と呼ばれたらしい」
という記述も、全国醤油大会の話は一体何のことかわからないし、1900年にできたウスターソースについても一体どれのことなのかはっきりと書いてほしいものだ。
1884(明治17)~1885(明治18)年に売り出さされたヤマサ醤油による「ミカドソース」には本当に醤油が使われていたが、これはとっくに姿を消していたし著者は1900(明治33)年だと断定しているのでこのソースの話をしているのではない。
1900年当時発売されていた国産ウスターソースは三ツ矢ソース、日ノ出ソース、矢車ソース、白玉ソースくらいだったと思われるが、さて、どれを指して「醤油を洋風に作りかえた洋風醤油」と言っているのか。
この当時のウスターソースについて醤油を材料にしたという話は私の知る範囲では知らないし、あったとしても少なくとも「醤油を洋風に作りかえた洋風醤油であった」と言い切れるような多数派ではなかったはずだ。
この調子で1ページ半というわずかな記述すらほとんど中身のない内容に終始している。
こういってはナンだが、著者はソースにはまったく興味がないのだろうな。
というわけで、史料として役には立つが、私にはさほどよい本のようにも思えないというのが最終的な感想。
話の中に「河金丼」というものが出てくる。
「一九一八年(大正七)に、東京浅草で、屋台洋食を始めた河野金太郎がつくったとされる」というこのメニューは、カレーライスとカツレツを一緒に盛りあわせたもので、カツカレーの元祖といわれている。
本書で書かれているとおり、「とんかつ」が誕生するのは1929(昭和4)年、東京上野御徒町の「ポンチ軒」の島田信二郎が売り出したものという。
つまりカツカレーの誕生はとんかつの誕生より早い。
「河金丼」に載っていたカツとは何なのかというと、とんかつの前身となったポークカツレツだった。
ではポークカツレツととんかつの違いは何か。
「「ポークカツレツ」は、薄い肉に衣をきせて炒め焼きにする。ソースをたっぷりかけて、ナイフとフォークで切りながら食べる。一方「とんかつ」は、分厚い豚肉に、塩・コショウで下味をつけ、コムギ粉・溶き卵・パン粉をきせて、てんぷらのように揚げる。付け合わせに刻み生キャベツを添える。箸で食べやすいように、庖丁で切ってから皿に盛る。好みのウスターソースやトンカツソースをたっぷりかける。味噌汁と米飯がよく調和する。」
という。
となると、両者の大きな違いは豚肉の厚さと加熱の仕方ということになるだろう。
もしこの定義が正しいとすると、現在も残っている河金の「河金丼」に載っているカツは、おそらく「とんかつ」ということになるのだろうな。
1枚ごとに炒め焼きしてると、時間がかかって仕方がないしね。
面白いのはカツカレーは誕生の時は「丼」だったということだ。
恐らくカレーライスにカツを載せたのではなく、カツ丼にカレーをかけたという感覚だったのではなかろうか。
(なお、この本ではカツ丼の誕生は1921(大正10)年説と1913(大正2)年説が紹介されている。前者はグレービーソース、後者はウスターソースだったようだ。いずれも早稲田の学生による発明とされている。もし1918年発売の河金丼が「カツ丼にカレーをかけた」という発想だったとしたら、カツ丼の元祖はそれ以前に登場していた1913年のソースカツ丼だってことになるかもしれないね)
しかしカツ丼についてはこの2つの紹介にとどまっており、私たちが現在見るような、玉子でとじたものの元祖については語っていない。このへんはどうにも弱いなあと思う。
この「とんかつ」物語では、西洋料理⇒洋食の流れというのは、まず政府が導入を進めた西洋料理がどうにも庶民には普及せず、しかしまったく拒否されたわけではなく当初は「高嶺の花」という形で、そしてゆっくりと確実に浸透してゆく。それがだんだん日本社会に受容、同化され、米飯との相性を獲得する(=「洋食」となる)ことで爆発的に普及する。日本の西洋料理の受容はここに完成する……となっている。
つまり西洋料理に関しては当初「本格」が導入され、それがやがて「折衷」のものが圧倒的に普及したということになる。
これもまた私には興味深い話だった。
西洋文化(文明)という異文化の受容は、その分野ごとにさまざまなドラマを生んできた。
自分が少し知っている中では、建築。
西洋建築はまず、「擬洋風」という形で日本に取り入れられた。あるいはコロニアル様式という西洋にはない(「コロニアル」は「植民地風の」という意味)建築が現れ、そして本格西洋建築が現れる。最初に折衷が出てきて、そこから本格が現れる。
あるいはロック音楽。
何度か書いた「日本語ロック論争」が象徴的で、これは結局、ロックを本格として受容するのか折衷として受容するのかという論争だった。最初は本格(英語)が現れたが、そこから折衷(英語混じり日本語)が本流となった。
それぞれ順番もその後の展開も違う。「異文化の受容」といってもそれはさまざまな過程を持つ。一定のパターンはあるかもしれないが「正解」があるわけではない。
このあたりが(恐らく当たり前ではあるけれど)私には興味深く感じられた。
マヨネーズについても面白い記事が載っている。
「『女鑑』(一九〇四~〇五年〔明治三七~三八〕)には、カレーの味噌汁・牛乳入り汁粉・ハムの粕漬・刺身のマヨネーズかけ・マスタードつきのカバ焼き・牛乳入りのマグロぶつ切りが紹介されている。」
先日紹介した『むらさき』(河又株式会社編)には、こんな記述があった。
「30年代に、工業化を主体とする経済成長で太平洋ベルト地帯への人口集中が進み、集合住宅や核家族の増加で、伝統食との断絶がおこった。新聞には「小学生の子供が、御飯にマヨーネーズをかけて食べる」といった苦情が掲載された」
ここでいう「30年代」とは昭和30年代のこと。
いずれにせよマヨラーの歴史は古い。
突然食いたくなったものリスト:
- カレーライス
本日のBGM:
時からの誕生 /黒木香
前回と同様、「積ん読解消運動」と言いながら図書館で借りた本なので積ん読の解消にはならない。
これらの本は、このブログにもたまにコメントやブコメをくれる摂津国人さんのブログで紹介されていたもの(「「焼肉の文化史」「焼肉の誕生」佐々木道雄」)で、読んでみたいと思っていた。
読み始めるとなかなか時間が取れず、かなり時間をかけてしまった。

現在、通説として世に出回っている「焼肉史」について、その根本から見直し、資料的根拠を洗い直して真実の焼肉史を再構築すようという挑戦的な試み。
ここでいう「通説」、すなわち現在広く出回っている「焼肉史」とはどういうものか。
|
日本では肉食文化が育たず、明治になって牛肉食が紹介されはしたものの、あまり普及しなかった。そのため、肉を直火で焼く料理法は知られていなかったし、牛・豚の内臓は食べずに捨てていた。一方、朝鮮では肉食を禁じなかったために、肉食文化が発達し、庶民も焼肉を食べ、内臓の利用法も熟知していた。朝鮮が植民地化されると、こうした文化伝統を持った朝鮮人が日本に渡ってきた。 日本が敗戦を迎えて食糧難になると、日本に残った朝鮮人たちは、日本人が食べずに捨てていた牛や豚の内臓を調理して売ったが、こうしてホルモン焼きが始まった。朝鮮では内臓を煮込むのが主体で、焼いて食べるのは在日が始めたものだ。これが当たって朝鮮料理店が次々に誕生し、精肉の焼肉も始まって、焼肉が日本社会に普及した。 焼肉こそは在日が作り出した文化である。 |
このような説がこれまで数多くの文献でくり返し語られ、流布されてきた。
しかし、と著者は言う。
「私のように朝鮮半島や日本の食文化について勉強している立場から見ると、疑問を感じざるを得ない部分が数多く見られる。例えば、日本では内臓を食べなかったとか、朝鮮では庶民も焼肉を食べたなどとあるが、これらはあり得ない話である。
あり得ない話を論旨に取り込んで作られた「焼肉史」を、そのまま信じることはできない。やはり自分の頭で、納得できるようにしておかなくてはならない」
そして実際に資料を集めはじめて驚いた。
この通説を支持する資料がほとんど見つからないどころか、反証する資料ばかりが出てくるではないか。
「これまでの「焼肉史」は正さなくてはならない」
そう感じたという。
筆者のこの気持ちは、私も少しわかるつもりだ。
私がこのブログで関西のラヲタさんたちに「関西つけ麺史を作ろう」と呼びかけて協力を仰いでいるのも、やはり「このままこれが『関西つけ麺史』として定着していいのか」という気持ちからだ(リンク先参照のこと)。
仕事としてのレベルは著者には遠く及ばないが、その気持ちの欠片くらいは理解できる。
著者は「通説」を検証し、その多くが根拠のない思い込みに基づくものであることを、多くの文献から導き出す。
興味深かったのは、有名な「ホルモン=放るもん」説がこの「通説」の形成に少なからぬ影響を与えていたということだ。
「ホルモン焼き」「ホルモン料理」などと使われる「ホルモン」という言葉はもともと内分泌腺から出される物質、特に性ホルモンを語源としており、その連想から「ホルモン料理」といえば玉子、納豆、山のイモ、動物の内臓などを使った「強精料理」を意味した。今で言えば「スタミナ料理」が近い。
そして戦前には大阪の「北極星」の宣伝などにより「ホルモン」は牛豚の内臓を指すよう変遷していった。
ここからが興味深い。1970年代、「ホルモン=放るもん」説が忽然と登場する。大阪弁で「捨てるもの」を意味する「放(ほ)るもん」が「ホルモン」の語源である、というあの説だ。おそらく誰もが一度は耳にしたことがある説だろう。
元々日本では牛豚の内臓は食べられておらず捨てられていた。その捨てるもの(ほるもん)を内臓食のうまさを知っていた在日が安く仕入れ戦後の闇市でホルモン焼として売り出した。これが今日の焼肉文化へと続く、つまり焼肉文化は在日が作り、育てたのだ……と言われるようになった。
しかし著者は既にこの本で日本に連綿と続く内臓食の歴史を紐解いている。捨てるものに価格統制が行われるはずはない。
「ホルモン」の語源も明らかになっている。
結局、「ホルモン=放るもん」説は言葉遊びによる珍説にすぎなかった。
ただ、この説は単なる言葉遊びの俗説と切り捨てるにはあまりに影響力があった。
このストーリーが魅力的なため、「ホルモン=放るもん」説を根拠に、だったら日本では内臓は捨てられていたのだ、というのが通説になっていったのだ。
この珍説に合わせるために、歴史の方が変えられてしまった。
いわゆる「神話の現実化」の一例と呼べるかもしれない。
「通説」とこの本で論じた内容の対照表がある。
| 1 | 日本では肉食文化が育たず、明治になって牛肉食が紹介されはしたものの、あまり普及しなかった。 | 日本には太古から連綿と続く肉食文化が存在した。ただ、牛馬などの家畜は、農耕の仲間であったことや仏教の影響で、食べることがタブー視される傾向が強かった。牛肉食は明治以降に公然化し、さまざまに発展した。しかし、肉の供給能力の不足のために、肉食は一部の富裕層と都市住民に限られた。 |
| 2 | そのため、肉を直火で焼く料理法は知られていなかった。 | 魚を直火で焼くように、肉も直火で焼くことが昔から行われてきた。戦前の料理書には、直火式の焼肉料理がたくさん収録されている。 |
| 3 | 牛・豚の内臓は食べずに捨てていた。 | 戦前の内臓は現在よりもはるかに有効利用されており、捨てるものではなかった。しかも戦中には、不足する肉と同様に内臓も販売統制された。 |
| 4 | 一方、朝鮮では肉食を禁じなかったために、肉食文化が発達し、庶民も焼肉を食べ、内臓の利用法も熟知していた。朝鮮が植民地化されると、こうした文化伝統を持った朝鮮人が日本に渡ってきた。 | 李氏朝鮮時代は原則として屠牛禁止の時代であった。牛馬は農耕の大切な手段であり、食用家畜ではなかったが、王宮や一部の特権層では肉や内臓の料理が作られ、肉食文化が発達した。しかし、肉の供給には限りがあることもあり、庶民は肉類とは無縁の生活をしていた。「庶民も焼肉を食べていた」という話はあり得ない。 |
| 5 | 日本が敗戦を迎えて食糧難になると、日本に残った朝鮮人たちは、日本人が食べずに捨てていた牛や豚の内臓を調理して売ったが、こうしてホルモン焼きが始まった。 | 戦前の日本では、内臓は捨てるものでなく、都会にはモツ料理を食べさせる店がたくさんあった。戦後のやみ市ではこれらが復活し、ホルモン焼きブームが起こった。朝鮮系の内臓焼肉はこの流行を追ってブームとなるが、この隆盛によって、朝鮮焼肉がホルモン焼きの元祖と勘違いされるまでになった。 |
| 6 | 朝鮮では内臓を煮込むのが主体で、焼いて食べるのは在日が始めた。 | 朝鮮では内臓焼肉は珍しいものでない。李氏朝鮮時代には宮廷料理であり、植民地時代にはスルチプ(一杯飲み屋)でも供された。現在では韓国に内臓焼肉の専門店がたくさんある。また、日本でも古くから内臓焼肉が作られてきた。 |
| 7 | これが当たって朝鮮料理店が次々に誕生し焼肉も始まって、精肉の焼肉が日本社会に普及した。 | 精肉の“焼肉”も内臓の“焼肉”も起源は朝鮮半島にあり、1940年前頃に日本に伝えられた。戦中に一時断絶するが戦後に復活し、精肉の焼肉は朝鮮料理店で、内臓焼肉は朝鮮系の飯屋や飲み屋によって再開された。そして、その後に、この両者が互いの焼肉を取り入れることで、今日の焼肉店の原型ができた。“焼肉”がブームを迎えると、他の朝鮮料理系の店(冷麺店、飯屋、飲み屋)も焼肉店にくら替えした。 |
| 8 | 焼肉こそは在日が作り出した文化である。 | “焼肉”の元になった精肉の焼肉と内臓焼肉は、いずれも朝鮮半島に起源がある。この焼肉を、在日などが、日本の料理文化に適合させながら発展させた。 |
『焼肉の文化史』はこの対照表で示されることを丁寧に論証した本だと言っていい。
見てわかるように、この本の多くは「通説」の否定のために費やされている。
そしてその後出版された『焼肉の誕生』では、「では、どういう歴史だったのか」ということに重点を置いて語られる。
話は前後するが、これらの本でいう「焼肉」とは何か。
(1)おかずの一品としてではなく、肉を主体に食べる料理である。
(2)複数の人がコンロを囲んで焼き、歓談しながら食べる形式を持つ。
(3)店舗料理として発達した。
(4)朝鮮の焼肉料理に起源がある。
「この4つの特徴をすべて備えたものが焼肉といえる」という。
このような焼肉は、いつ、どこで誕生したのか。
「焼肉は、朝鮮の焼肉料理が「客がみずから焼いて食べる」形式を獲得することによって誕生した。したがって焼肉誕生の歴史とは、「客がみずから焼いて食べる」形式をいかにして獲得していったかをあきらかにすることにある。」
場所は大阪・猪飼野。
ここに朝鮮半島から伝わったカルビ焼きとプルコギが「朝鮮食堂に取り込まれ、焼肉食堂に生まれ変わる。そしてプルコギとカルビ焼きは、流行中のジンギスカンの影響を受けて、「客が自ら焼いて食べる」形式を獲得する。これがすなわち焼肉の誕生であった」。1930年代中頃のことだという。
「焼肉の誕生地は大阪・猪飼野であったが、この誕生に直接携わったのは朝鮮人たちであり、満州や朝鮮に広めたのも朝鮮人たちであった。つまり焼肉は、日本の大陸侵略時代に朝鮮南部から大阪・猪飼野に移住した人々が生み出し、広めたものであった。したがって「焼肉は日本で誕生した」というのは少し的外れであって、それよりは「日本の大陸侵略時代に大阪・猪飼野に移り住んだ朝鮮人が作り出した」とするほうが、より実態に近いように思われる」
そして戦後、精肉も内臓も扱う店舗が現れ、今日私たちが知っている、「ロースとカルビと、テッチャンとハツ」といった注文ができる焼肉屋となっていく。
この2冊は内容的にも重複しているところも多く、続けて読んだので『焼肉の誕生』はかなり早く読むことができた。
かなりの労作で、貴重な史料が多く掲載されている。
「ホルモン=放るもん」説の影響は大きく、2冊とも、日本での内臓食の歴史にかなり多くの紙幅を割いている。つまり「戦後まで日本では内臓は捨てられていた」との説を否定することにかなりの努力が割かれたということ。
単なる言葉遊びから始まった俗説が、やがて通説を作り世界観まで固定してしまっていたわけで、笑えるようで笑えない、何とも考えさせられる事実だ。
著者は『焼肉の文化史』の中でこう言う。
「食べ物の話では、事実確認をせずにしたり顔をして発言する人が特に多いような気がする。食べ物はすべての人が日常的に接し、したがってだれでもが一家言を持ち発言できる。それは正しいのだが、知識人がその権威をもとに未消化な知識をひけらかすことはやめてもらいたい。知識人が話すと、本来は不確かな説であるものが、真実と信じて引用されたりすることが多くなる。そしてそれが繰り返されると、有力な説として定着してしまったりすることもある。
知識人は肝に銘じて、このようなことに関与しないようにしてほしいものだ」
自分が知識人かどうかは別として、なかなか耳の痛い言葉だ。
ついついやってしまうんだよね。こういうこと。
しかしそれでもやはりこの言葉はここに掲載し、戒めとしたい。
少し気になるところも。
明治維新以前から日本では肉食(あるいは内臓食)が行われていたということと、それがメジャーであったかどうかというはずいぶん違う話で、しかも日本人の肉食(あるいは内臓食)への禁忌感について、もう少し突っ込んだ考察があってもいいのだろうと思う。同時期に読んだ『とんかつの誕生』(岡田哲)には明治期の肉食への庶民の歓迎と忌避が多く描かれている。肉食そのもののがどう受容され、その中で内臓はどうして置き去りにされたのかは興味を惹くところ。著者の言う、内臓に関わった人たちが被差別民だったからというような理由だけで説明がつくとは思えないのだ。
検証はほとんどが文献によるもので、料理書の記述も多く引用されている。
しかし料理書に載っているにもかかわらずほとんど家庭では作られない料理はたくさんあって、特に西洋料理の料理書ではそういうものが多かったという話もある。
このあたりは料理書に載っているというだけでは少し弱く、料理書と実際の家庭料理との関わりについても考察があってよかったのではないかと思う。
挙げられる資料の中には戦前の家庭では内臓は捨てていたと考えられる記述もあり、これについてはちゃんとした言及が必要ではないかとも思った。
この本で知ってへぇええと思ったのは、戦前からの肉の価格推移についての資料。

小売価格の推移 単位:円(戦前は100匁、戦後は100gあたり)
1941年の価格は大都市での統制価格であり参考
ずっと鶏肉が1番高いのだ。
戦後、アメリカからブロイラーが導入されるまで、日本では鶏こそが最高級の肉だったわけだ。
このあたり、言われればなるほどなのだけど、虚を突かれた感じがした。私たちはやはり、自分の知識の範囲内の尺度でしかものを見ていないというのがよくわかる事実だ。
牛と豚の比較では、ずっと牛>豚という関係が続くものの1951年には一度逆転している。ただし1960年にはまた同じになっており、ここから牛の価格が他を圧倒していく。

現在、いろんな地方で豚など鶏ではない串焼きのことを「焼鳥」と呼ぶ。
この現象の理由を私は知らなかったのだけども、この本でその疑問が解けた(これはこの本で初めて解明されたわけではなく、単純に私が知らなかっただけ)。
屋台では、料理屋などから出る鳥のおとし(不要な部分)を貰い受けて「焼き鳥」が作られていたが、それがやがて豚や牛の内臓、犬の肉までが使われるようになる。
上述のとおり鶏は高級であったため、「焼き鳥」もまた高級なイメージがあったようだ。そして鳥のモツだけではなく牛豚(内臓)を串焼きにしたものも含め「焼き鳥」と呼ばれるようになった。
「焼き鳥には鶏のモツが使われたが、1897年の読売新聞によると、「浅草あたりでは犬の肉を利用して鳥と称する」焼き鳥が、車夫や馬方などの下層の人々を相手に売られたとある(弘文堂『大衆文化事典』1991年)。焼き鳥の素材は、さらに変化し、牛豚のモツが使われるようになる。そうなると、この料理の愛好者は都市の庶民層にまで広がり、酒のおいしいつまみとして定着する」
のだと。
現在でも鶏以外の串焼きを「焼き鳥」と称する地方があるのは、こういう事情から発生しているのだろう。
なお、「関東地方では今日、ヤキトンの名が盛んに使われている」という。
また、本の中に直接の言及はないが、戦後くらいまでは日本でも犬肉が食べられていたことも伺うこともできる。
突然食いたくなったものリスト:
- レインボーラムネ
本日のBGM:
在広東少年 /YELLOW MAGIC ORCHESTRA
「積ん読解消運動」と言いながら図書館で借りた本なので解消にはならない。(^^;
大阪には現在、醤油を醸造している会社は1つしかない。淘汰と企業合同の末に残った大阪唯一の醤油会社が大醤。
寛政12年(西暦1800年)創業の河又を前身にしている。当時大阪で1位だった河又と2位だった泉一が合弁して作ったのが大醤で、その後泉一が河又に所有する大醤の全株式を河又に売却して河又の100%子会社となった(泉一は不動産管理会社に)。
この河又・大醤グループの創業200年を記念して刊行されたのがこの『むらさき』という書籍。図書館で見つけた。間違いなく寄贈本だろう。
しかし内容はいち中堅企業の社史にしてはなかなか充実していて、社内の資料だけではなく各時代の風俗など、特に食文化の変遷が記されていて面白かった。(残念ながら参考書籍は本文中に紹介されるだけであまり多く挙げられていない)
興味深かったところをメモしておいた。
「……独立して最初の使用人として、丁稚を自分の出生地である大和国の宇智郡三在村から雇い入れた、寛政12年庚申8月付けの書簡が残っている。三在村月見寺から出された「宗門送り一札」で、「此、豊吉と申もの、代々真言宗で、当寺の旦那であることに間違いなく」と身元を保証した後、今後は貴寺(泉州堺・蓮光寺)の帳面に書き入れてやって欲しいと、要望している。」
これが寺請制度というやつか。これを見る限り身元保証の精度として有効に働いていたようであるし、となると当時は寺には逆らえなかったんだろうなあと想像させるなあ。
「三年酒」という落語のネタにも出てくるが、寺が保証しないといえば困るわけで、ある程度寺は大きな顔ができたってことなんだろうな。
「……刺身に醤油溜りをつけると、生魚が美味しく食べられることがいつごろから分かったのか不明だが、堺の魚問屋(屋号・ととや)に生まれた千利休は、魚については、誰よりも精通していたと思われる。
当時は製氷技術が無かったから、野菜の「精進もの」に対して、魚は「生臭もの」といわれ、その臭さをいかに取るかが工夫され、溜り醤油や生妻が使われたとみられる。そして、醤油の持つ香りと甘みが、美しく切り揃えられた刺身に合うことが、人々をとりこにした。」
「 大坂の雑喉場(ざこば)や江戸日本橋に魚市場ができると、そこで醤油溜りが売られた。生の魚介類の美味しさは漁夫が知っていたが、腐敗しやすいために、古くは味噌酢、蓼酢などで酢をきかしたり、干し魚、焼き魚で食べられていた。魚市場の発達が生食を可能にした。やがてタイ、ヒラメ、マグロ、イカ、エビなども、刺身で食べられるようになった。」
なるほど、よく「日本人は生魚を食べる」云々と言われるけども、生魚を食べるためには(漁民はともかく)流通の裏付けがなくてはいけないわけだ。鮮度を保たなくてはいけないから。「魚市場の発達が生食を可能にした」というのはなるほどだ。
「田沼時代、商品経済が進展し、自由化が進むと貧富の差が広がった。
これが天候不順による天明の飢饉と重なり、天明7年(1787)5月に大坂・堺で大規模な打ち壊し(米騒動)が起こった。騒動は東漸し、地方から窮民が流入した江戸では、5月19日に米穀商が襲われ、夜になっても治まらず幕府は、今日の機動隊に当たる、旗本の弓隊、鉄砲隊からなる御手先を出動、切り捨てを許可した。」
やっぱり「発砲許可」みたいなのが必要なんだよね。そりゃいくら武士だって町人を許可もなく切り捨てちゃいけなかったんだよね。
「紀伊の湯浅、広村から移住して始まった銚子や、野田の醤油は江戸中期から石数を増やし、江戸に入る石数が伸びた。幕府も地回り経済保護に努めた。」
湯浅はわざわざ江戸にまで手を広げていたんだね。
「明治になり、職業自由となるや、それまで1人1業から兼業ができるようになり、河又は味噌醸造も始めた。」
醤油屋が味噌を作れないということは、江戸時代の「1人1業」という制度は結構キツかったということだよなあ。どの程度までが同業と認められたんだろう。
「第二章 近代産業への脱皮(明治期)
(II)今野清泊の純粋培養
機械化は、人力に頼っていた醤油製造を大幅に改善したが、醤油の醸造過程は微生物の醗酵によるものであり、この面での改善もまた必須であった。
明治になって、伝統産業の醤油醸造を近代科学の目で見直そうという動きはまず、日本にやって来た青い目のお雇い学者が、温度計を使って醸造過程を記録することから始まった。
しかし醸造現場では、よい醤油醸造の基となる「友麹」(植継ぎによる継代)の選抜手法が、導入されたくらいで、これというものはなく、相変わらず、旧来の杜氏と蔵人による名人芸に頼った醤油造りが行われていた。友麹は、よい菌も植継がれる代わりに、すでに混在している汚染菌も継代され、これが優良菌の繁殖を妨げることが多かった。
河又の技師長今野清治は、選抜した優良菌を純粋培養で増やし、醤油麹を培養するという画期的な手法を、我が国で初めて実際の醸造現場で行い、成功した。
大阪高等工業学校(大阪大学工学部の前身、明治28年設立)が明治34年、全国で初めて醸造学科(醗酵工学科、応用生物工学科の前身)を設け、坪井仙太郎が顕微鏡を使って麹菌を選抜し、優良菌を純粋培養するという、西洋でも最先端の技術を教えた。その薫陶を受けた第4回生の今野清治(こんのせいじ)(秋田県仙北郡刈和野町、現西仙北町出身)が、明治38年卒業と同時に河又に入社した。
直ちに新設の河又醤油醸造試験所の所長として醤油の麹菌の純粋培養に着手したが、同年秋には早くも優良麹菌を発見し、それを用いた仕込みで良好な成果を挙げた。
それまでは、蒸した大豆と妙って挽き割った小麦を混合したものを麹蓋(こうじぶた)(内のり、縦約45cm、横約30cm、深さ約3cmの木箱)に盛り込み、麹室の棚に並べて置くとかびが発生し、これをもとに麹を増やしていった。よい蔵というのは、優良な菌の胞子が浮遊している蔵で、当然、蔵には蔵グセがあり、汚染菌が侵入しやすいクセを持つ蔵もあった。
友麹というのは、前回でき上がった麹の一部をとっておき、これを種麹として使うやり方で、自然発生に俟(ま)つやり方よりはやや改良された手法であるが、良い友麹を維持するのは、親方である杜氏の最も重要な仕事で、良い醤油をつくる最初の難関でもあった。
しかし、いかに長い経験と優れた勘があっても、優良な友麹を安定して供給することは至難の業であった。よい蔵に良い麹菌が住み着いているというが、自然界のことであるから、いろいろの種類のかびや細菌も同じように付着・浮遊している。有用麹菌そのものが年をとり、生殖能力が低下したり、あるいは、けかび、くものすかび、青かびなどで汚染されたりすると、味も悪く、色もどす黒く、異様な臭気が出たりする。
純粋培養というのは、優良麹菌を選抜し、単胞子から育成する作業を繰り返し、純粋株を固定することで、肉眼的には、シャーレ(まるい蓋つきのガラス皿で、ペトリー皿ともいう)に展開した培地に希釈、懸濁(けんだく)(液体内に微粒子の浮遊する状態)させた麹の胞子を撒き、発生して来る麹かびの聚落(しゅうらく)(集団、コロニー)の形や色などで区別し、更には顕微鏡下でその形態を調べるなどして、多種類の麹かびを種類分けし、単離し、醤油麹としての生理的な特性を比較し、その優良株を無菌的に植継ぎ保存することである。
このような作業で選抜、純粋化した最優良菌を河又菌と命名、のちに発見者の名を冠して今野菌と名を変えて、希望者に惜しみなく頒布した。
河又菌を種菌として使うことにより、麹作りが容易になったことは勿論のこと、繁殖力が旺盛で有害菌の侵入を防止し、仕込み後に強烈な蛋白質分解作用を起こして独特の風味を醸成し、完全な糖化作用を行うことで、酵母菌による適度のアルコール醗酵を誘発し、豊醇な香気を生ぜしめるなど極めて優れた特色を持っていた。
今野清治は河又の技師として在籍のまま、明治43年弟繁蔵、謙吉と共に京都に今野商店を設立し、のち大阪に移転してから、モヤシ(種麹)製造部と機械製造部の二部門に拡充し、全国展開を図った。優良麹菌は、北は東北から南は九州までの需要を充たすため、粉末にして小袋に詰めて郵送した。
この発見は、今日の品質管理の原点ともいうべく、種麹を使用した同業者に大きな喜びを与えたばかりでなく、広く醤油の品質の改善と向上に大きく貢献したことは言うまでもない。
機械製造部では、河又の機械化と併行して多くの特許を取得し、大正10年4月、今野商店創立10周年を記念して創刊した雑誌『醤醸界』(大阪市西区)を通して醸造機械・器具を販売した。
今野清治は、この雑誌に多くの論文を発表したが、昭和初年までに同誌には醤油技術者の論文59件、酒造関係者の論文46件が掲載された。
今野清治は、昭和8年11月13日に他界し、その早世を惜しまれたが、志は遺族に受け継がれ、今も大阪の今野商店(今野繁社長)と、実家のあった秋田県西仙北町刈和野で秋田今野商店(今野憲二社長)として、麹菌の研究と全国へのモヤシの供給が続けられている。」
長いが、これはかなり凄い話だ。
確か醸造を研究している友人から、こういう「こうじ屋さん」があるという話は聞いていた。これはなかなか凄い技術らしい。
「明治元年には、すでに大阪に15、6軒のスキヤキ屋があり、『大阪新繁盛誌』(明治8年)には牛肉屋の絵が載せられた。明治4年谷町で乳牛飼育が始まり、同年上本町の大貧院で養豚所が設置された。しかし大阪では、牛肉の芳香が好まれ、豚肉より上等とみられた。戦前には正月や忌日には牛を避けカシワ(鶏肉)が食べられた。
大阪府内で、は明治12年に屠殺場を設置して以来、明治18年には、全国の消費量の8割を占め、全国一のスキヤキ王国になった。」
「明治元年には、すでに大阪に15、6軒のスキヤキ屋があり」とはなかなか意外。しかも大阪は「明治18年には、全国の消費量の8割を占め、全国一のスキヤキ王国になった」だって。これまた意外だ。大阪は現在、フグの全国消費量の6割を消費しているらしいが、それよりも格段に圧倒的。
「西洋式の食品工業もおこった。明治5年に渋谷庄三郎が堂島でビール製造を開始、同年240石が消費された。明治8年に紙・砂糖製造所設置、明治14年に米人が川口で製氷工場をおこし、同20年には、京都深草でフランス風の直立円窯が築かれ西洋陶器を製造した。明治22年には天満で島田孫一が日本初のガラス食器の量産を始めた。同年摂津製油が日本で初めて英国式搾油機で油の量産をしている。同25年には神戸で日の出ソースが日本初のソースを製造した。同29年には大阪の山田鉄工所が、ラムネ製造機械を製造した。明治中期には麺類の機械生産が可能になった。」
最初にソースを製造したところについてはいろいろ説?があるが、この本は日の出ソース説を採っている。
「大正11年に複線全通した南海・難波~和歌山間で、急行の運転が始まり、大阪高野鉄道が南海電鉄と合併して南海高野線となり、空前の土地ブームとなった。」
あらま。白状するが、実は私は南海高野線がもともと大阪高野鉄道であったということを知りませんでしたよ。言われてみれば確かにもう1本の方は「南海本線」だし、扱いが同等じゃないような気がしてた。(^O^)
日本の鉄道は歴史的に寺院への参詣(観光)のために敷設されたパターンが多いらしいが、ここもまさにそういうことだったんだろうね。
ただググってみると「大阪高野鉄道が南海電鉄と合併して南海高野線となり」というのは間違いで、このとき大阪高野鉄道が合併したのは高野大師鉄道(未開業)。この後高野山電気鉄道となり、1947(昭和22)年に当時国策で関西急行鉄道と合併させられていた旧南海電鉄と合併(分離譲渡)することになる。
「大正時代に、工場労働者やサラリーマン層が生まれ、市電や郊外電車の発達により、都市には、これらの人を受け入れる大衆食堂や中華料理、洋食屋などが増え、関東大震災後には、上方料理屋が一斉に東京に進出した。
……
大阪では、明治42年にキタの大火で1万1300戸が焼け北区の広範囲が焦土となり、大正元年のミナミの大火で、難波新地の4500戸が焼けた。この二つの火事の後、レンガ建ての明治調からコンクリートの大正調に移り、路面電車が整備され、郊外電車のターミナルと連絡した。」
大災害が起こると文化の断絶はやっぱり起こるんだよね。
ただそのこと自体は必ずしも悪いとは限らない。
「大正7年の米騒動で、日本人の食生活が見直され、代替えのパン食や麦飯が奨励され、西洋食の料理講習会や調理法が雑誌で紹介された。一般家庭でも天プラやコロッケ、トンカツ、ライスカレー、マヨーネーズが普及した。一方、製氷やビールが大衆化され、大量生産されるようになった。
……
製氷は、トロール漁業による遠洋漁業を可能にし、飲食店や家庭用冷蔵庫(非電気)が、食材を豊かにした。明治末には大阪市の中心部にガス供給が可能になり、大正になってからガス調理器が普及し、「ガス、水道あり」は都市生活の便利さを表す指標になった。」
江戸時代に魚市場が整備され生魚が食べられるようになったというのが前にあったが、明治から大正にかけて製氷が行われるようになり遠洋からの魚の調達が可能になったと。ググってみると遠洋漁業奨励法が1897年(明治30年)3月に公布されているけれど、最初はラッコやオットセイのような海獣類だったようだ。いずれにせよ明治末くらいまで日本人の大半は遠洋の魚の味を(特に生では)知らなかったんだろう。
ちなみに「マヨーネーズ」というのは原文ママ。他の箇所もこう書かれているからこれはこいう表記なんだね。ちょっと馴染みが薄いけど。
「大正ロマンから昭和モダンの時代になり、街並みは赤レンガから、コンクリートとガラスの貸しビルや会社ビルが建ち並び、歩道をモボ、モガが闊歩した。ラジオが普及し、流線形の電気機関車が走った。機械産業については明治の機関車製造から、米GM自動車工場の大阪進出と撤退があり、阪神間では川崎や川西が航空機製造に向かった。」
これの前は「レンガ建ての明治調からコンクリートの大正調に移り」とあって、ここでは「大正ロマンから昭和モダンの時代になり、街並みは赤レンガから、コンクリートとガラスの貸しビルや会社ビルが建ち並び」となっている。これは別に矛盾というわけではなく、時代ってのはこうやって移り変わっていくってことなんだろうね。
「我が国で初めて登場したキタのターミナル・デパート阪急は大食堂を実現した。460席のテーブル、400人の給仕、380人の料理人が超スピードで調理した。人気のメニューは天どんに親子どんぶり、チャプスイ(雑炊で広東料理の一種)、洋食はカレーライス、ビフテキであった。
一方、ミナミの難波・高島屋は、階上にフルコースの本格西洋食を出す一方で、地下食堂に600席の大衆グリルを用意した。」
「460席のテーブル、400人の給仕、380人の料理人」って、ちょっとスタッフ多すぎないか。(^^;;;
しかし高島屋の地下に食堂があったとは、まったく知らなかった。
「串カツが、酒のアテとして登場し、この竹串に小さな肉片を挿して揚げ、ウスターソースがいっぱい入った鉢にひたして食べた。二度つけ禁止であった。西洋野菜のキャベツは食べ放題であった。串カツはサラリーマン相手の駅前飲食街や、婦人目当ての芝居茶屋にもあらわれ、戦争前の、モダンな庶民のつかの間の幸せを演出した。」
昭和初期から串カツは二度つけ禁止だったんだねえ。
「30年代に、工業化を主体とする経済成長で太平洋ベルト地帯への人口集中が進み、集合住宅や核家族の増加で、伝統食との断絶がおこった。新聞には「小学生の子供が、御飯にマヨーネーズをかけて食べる」といった苦情が掲載された。」
昭和30年代には既にマヨラーがおったのね。(^O^)
「騒動は、昭和48年石油輸出機構(OPEC)加盟のペルシャ湾岸6カ国が、原油公示価格を21%引き上げると一方的に決めたことから始まった。すでに6月に11.9%引き上げられており、さらに追い討ちをかけるようにエクソンなど国際石油資本が、日本への石油の供給削減を通告。灯油、ガソリンは勿論、日用品、薬品、文房具などの品不足が噂され、買いだめが始まった。
10月31日早朝に尼崎市のスーパーで洗剤、トイレットペーパーを買うため売り場とレジの間を主婦が何度も往復するようになったのが買いだめ騒動の最初だといわれる。同日の某紙夕刊に、トイレットペーパー2年分を買いだめした主婦のことが掲載されるや、翌日は全市に広がった。」
トイレットペーパーの買いだめが尼崎から起こったとは知らなかったなあ。
「戦後も、しばらくは原料不足が続いた。国内需要の絶対量が足りないため、GHQも政府も、アミノ酸液の添加を指導した。
昭和30年代になると速醸法実現のため、各社が戦前に引き続いて研究に、取り組んだ。醤油の「うまみ」成分であるグルタミン酸は、生成に一定の期間がいる。仕込み初期に、発酵を早めるために熱を加えると、グルタミン酸の生成が阻害される。
しかし初期に冷醸してグルタミン酸を十分に生成したあとからなら、温醸しても質に変化がないとか、別に既製のグルタミン酸を加えるといった方法で、速醸の実現をはかった。
こうして、醸造場に冷暖房が設備され、冷却仕込みで味を損なわないで醸造期間短縮が可能になった。」
「仕込み初期に、発酵を早めるために熱を加えると、グルタミン酸の生成が阻害される」というのは「へええええ」の事実だった。
「花見や温泉行は、本来個人的な行事であった。これが、会社や職場ぐるみで出かけるようになったのは、大正から昭和初期にかけてで、郊外電車の発達と宿屋の充実が背景にある。」
なるほど、確かにそうだろうな。
世の中には「社員旅行史」なんてものはあるのだろうか。
……ぐぐってみたらなかった。しかし「修学旅行史」を見つけたよ。(^O^)
突然食いたくなったものリスト:
- きつねうどん
本日のBGM:
Nervous But Glamorous /REBECCA

『米朝よもやま噺』桂米朝(朝日新聞社)
桂米朝がラジオ番組で語り朝日新聞大阪版夕刊に連載されたものを本にまとめたもの。やんわりとした語り方まで伝わってくるようだ。
「人間ひとりひとりが辞書です」という言葉をある本で読んで納得したことがあるが、人間国宝・桂米朝はそれこそ芸の百科事典のような人だ。
少しでも多くの言葉を残してほしいと思う。
語られる噺は自分のこともあるが、多くが昔の大阪、そして芸人のこと。やはり一番目を引くのは芸人の話だ。
師匠、兄弟弟子、「四天王」、弟子にとどまらず、先輩、仲間、そして後進の芸人について、多くの思い出を語っている。
数多くの興味深い話が並ぶ中気がつくのは、亡くなった弟子については正面切って取り上げていないことだ。
いや、まったく話をしないということじゃない。話の途中で枝雀、吉朝、歌之助などの名前が数多く登場するので、避けているわけではない。ただ、1回の話のメインには決して持ってきていないということ。
逆に、存命の弟子や孫弟子については多く1回のメインとして語っている。例えばざこば、小米朝(米團治)、小米、歌之助(米朝の弟子で故人である歌之助の弟子)、吉弥、そして千朝に至るまで、激励を込めた愛情深い言葉が綴られている。中でも小米朝の話が多くなるのはまあ、仕方ないよね。(^O^)
正面切って語るには、やはり弟子の死というのは人間国宝とはいえ辛いものなのだろうなと勝手に推測する。枝雀の話はもっと聞きたいなと思うけれど。
語り口調、ソフトカバーの軽い本だけれど、貴重な情報がたくさん詰まった寶箱のような本だ。
印象に残った芸人の話に、こういうのがあった。
「南天さんが戦後間もなしに、昔のごひいきにばったり会うた。旦那は自分も焼け出されてるのに、ひいきにしてた芸人に何かやらなんだら気が済まんのやね。着ていたええコートをそのままやった。それ着て別の客に会うたら、そのコートを1万円で買うてくれた。それで家1軒買うた。わらしべ長者みたいな話やね。
けど、儲かった話はそれぐらい。ずっとつつましく暮らしてはったなあ。師匠のおかみさんに「あんたなあ、来世は金持ちのぼんぼんに生まれてきなはれや」と言われたそうや。食べるために芸をするんやのうて、道楽で存分にやりなさいとね。しかし、南天さんは貧乏を楽しんでたように思うなあ。今わの際に、「面白う生かしてもろた」と言わはった時の笑顔、いまだに忘れられへん」
こんな話も、いかにもおじいちゃんにしてもらう話という感じでいいなあと思った。米朝は大阪人みんなのおじいちゃんだからね。(^O^)
「大阪が水の都ということは、橋が多いということでね、「江戸八百八町」に対し、「大坂八百八橋」と言うた。小咄にあるんやけど、大阪には橋(はし)が無いと言うんです。みんな橋(ばし)やからと。戎橋、天神橋、天満橋、淀屋橋……ほら、橋(ばし)ですやろ。ところが、皮肉な人があって、大阪中を調べ回った。そんなら一つ、橋(はし)が見つかった。高津さんの境内にある「梅の橋」。見に行くと、小ちゃくて三足半で渡れるくらい。あとは、住吉さんの反橋(そりはし)ぐらいかな。
京都は逆に橋(はし)が多い。三条の大橋とか四条の大橋、五条の大橋……。大阪にも十三大橋がありますが、これは明治末にできたもんですからな(1932年に今の形に架け替えた)。
昔、橋のクイズというのがあってね。例えば、「宮と宮との間にある橋は?」答えは京橋。桜ノ宮と森ノ宮との間にあるから。「向こう側へ渡れない橋は?」これは築港の桟橋なんや。渡ったら海にはまってしまうさかいな。
昔の橋のクイズをもう一つ。「下に水が流れてない橋は?」。正解は阿倍野橋。交通のための橋やから。川が減った今では、あんまりおもろないな」
自らの芸の話では、怪談についてこんなことを言っている。
「私はなんで殺されるのか、殺してしまうのかという説明に15分はかけました。ある程度、化けて出るのも無理ないなあと思わせることが必要なんです。なんや知らんがとにかく殺されてしまったというのでは、恨みも何も起こらんさかいね。この理由づけが、一番大切なところなんですな。」
上方落語の合理的な精神を、なるほど表している言葉だと思う。
また、孫弟子である吉弥について語ったところに、バリエーションに富む一門60人を抱える大師匠の指導ぶりがほんの少しだけ顔を出す。
「「軽業」という前座噺を、あさ吉と、吉弥の下のよね吉には稽古したんやが、彼にはわざと付けなんだんや。2人の稽古を見てるからできるはずやと思うて、東京の鈴本演芸場に私と枝雀が出た時、前座の吉弥に「『軽業』やってみい」と言うた。これがよう受けてましたよ。
他人(ひと)の稽古や高座を見て覚えるのも大事なことです。内弟子には落語会の手伝いによう行かせました。帰ってくると、私がお客の入りから、誰が何をやってどこで受けてたかと訊くもんやさかい、吉弥もボーッとは見てられへんかったやろな。
お酒を飲みながら報告を聞いているうちに、芸談になります。かなり専門的な話になることもあるんや。例えば、伏線の張り方なんか、一度仕込めばそれでええのに、中にはくどい者もおる。お客はアホやないんで、一言言うたら記憶に残ってるんです。吉弥も時々、子供相手に「寿限無」をやることがある。丁寧に喋ると子供でも馬鹿にするんやてね。ところが、ちょっと難しくやると、逆に皆が喰いついて来よる。そんな呼吸が分かるようになったら芸人も大したもんや。」
突然食いたくなったものリスト:
- たこせん
本日のBGM:
One And Only /ラ・ムー
#やっぱり積ん読解消運動は力尽きるっぽい。(^^;;
さて、これも随分長い積ん読だった。10年は寝かせてたんじゃないかな。

『5000年前の男 ― 解明された凍結ミイラの謎』コンラート・シュピンドラー著 畔上司訳(文春文庫)
先日の『アジアの帝王たち』(植村清二)に引き続き、この本も品切れっぽいね。アマゾンにも在庫表示はない。
この本は1988年初版発行。日本語訳は文庫版の前にきっとハードカバーが出たんだろうけど、それを伺わせる記述がこの本にはない。あるいはいきなり文庫で出たのかもしれない。
この本の原書は1993年に発行されている。
この本の主役、「5000年前の男」が発見されて2年後のことだ。
1991年9月20日、アルプスの標高3210mの地点、オーストリアとイタリアの国境にあたる岩場に挟まれた窪地で登山者が遭難遺体を発見した(表紙写真)。当初は数十年前の遭難者の遺体だと思われたが、実はこれが、5000年前の男のものだった。遺体はミイラ化しており、そしてきわめて珍しいことに、携行品がほぼ完璧な形で残っていた。
この発見は世紀の大発見となり、世界を驚かせた。
この本はこのミイラを調査した考古学者による(学会ではなく)一般への報告書にあたる。
1991年といえば日本はバブル末期。まだまだ日本中が浮かれていた時期だ。
その頃にそんなニュースがあったのかといわれれば、……あったのだろう。私には「なんとなく、そんな話を聞いたよ」くらいのうっすらとした記憶しかないけれど。
しかし改めて聞けば、これが凄い発見だということくらいはすぐにわかる。
まず古い。5000年前ってあなた。
そしてその姿、携行品(副葬品じゃないよ)がほぼ完璧な形で保存されている。
さらにそれが、標高3200mという高地で、氷に固められた形で残っていたということ。
凄いわ。
後でわかったことではあるが、現地の気候からして、この遺体はこの時本当に「たまたま」地上に顔を出したのだそうだ。5000年のうちこの6日間(1991年9月)だけしか発見のチャンスがなかったことになるという。まさに奇跡的な大発見だったのだ。
そして著者コンラート・シュピンドラーはこう書いている。
「この「遺跡」は考古学上非常に珍しい状況を呈している。なぜなら、行き倒れの人の「遺跡」だからだ。考古学は通常、墓の中の死人ばかりを研究している。死者の世界ばかりを扱っているのであり、いわば「墓地考古学」と呼んでもいいくらいだ。」
普段着……かどうかは正確にはわからないが、少なくとも生きて暮らしていく上で着ていた服装、持ち歩いていた物と一緒に出てきたという点が埋葬された遺体とまったく異なっており、これもまた「大発見」たるゆえんだ。
本書ではまず遺体の発見から収容までの動きをドキュメント風に紹介する。この部分がやや冗長に過ぎる感もあるが、これだけの大発見では何がどこでどのような配置で見つかったか、発見当時どういう状態だったか(つまり「発見者」がどういう行動を取ったか)というのは非常に重要で、実際にシュピンドラーの部下はこれだけ調査するのに半年を費やしている。
そこから調査がどういう形で進められるようになったか、回収された遺物の説明、そこからわかること、あるいは推理されることなどを紹介する。
この「推理」がまた面白い。
遺物に含まれる植物、花粉、石、動物の毛皮、それを縫った糸……さまざまな手がかりから「彼」の年齢、性別はもとより行動範囲、属していた文化圏などを絞り込んでゆく。
そして「彼」の最期に何が起こったのかを再現してみせる。
その中では彼の「新石器時代の成年男子」としてのたしなみ、行動力が生き生きと描き出される。
この部分がこの本のキモになるところだが、長大すぎて紹介するのが難しい。
ここはやはり読んでいただきたい。ごめんね。
この発見は大センセーションを巻き起こし(例えばその証拠に米『タイム』誌の「世界の有名人トップ25」にまで名を連ねている(「エッツィ」という愛称で))、それは実にさまざまな形となって現れた。
中には下世話なものもあった。特に「彼」の性器が一見なくなっているように見えることについて、さまざまな表現がなされた。
シュピンドラーはそれに強く抗議している。
その抗議の文章の中に私は心を打たれた。正直、この本で描かれる数多くの発見以上に、この部分こそが私の印象に残っている。
「性器に関する記述はこの辺で打ち切るとするが、マスコミのあまりの行き過ぎ、逸脱に対しては、断固として抗議したい。氷河地帯における悲劇的な死と、その後の奇跡的な保存条件によって、われわれは、そして今後の世代は、この遺体を研究対象として調査してゆくことになるが、このような成りゆきは、新石器時代に生きた彼にとっては思いも寄らぬことであり、彼の宗教観とそぐわないところが多々あるかもしれない。
チロル州知事パルトルが言ったように、自分から進んで学問のために献体したわけではないのだ。だからなおさらわれわれとしては、現代社会の倫理・道徳規範と対決しながら彼を保護せねばならぬ義務がある。
一九九二年にインスブルックで開かれたシンポジウムでも「たとえどれほど学問的関心が高まろうと、倫理の限界を超えてはならない」と主張されている。死後も彼の尊厳を守らねばならないのだ」
昔このブログでも紹介したことのある、奈良の文化財保護の功労者土井實氏が、古墳を調査する時に「これは墓であり、被葬者への礼を忘れてはいけない」と言っていたことを思い出した。
これが真に学者らしい態度なのかどうかはわからない。
しかし人間としては正しい態度なのだと思う。
この本の中でこれが一番印象に残ったといえば、著者は不本意かもしれないけどね。(^O^)
あと、翻訳もよかったと思う。少なくとも言葉で引っかかって読み進められないということがなかった。(ただ「フリント」という言葉を素材としてと火打ち石としてと両方に用いているのはいいのかどうかよくわからいけれど)
上述の通りこの本が書かれたのは「彼」の発見からわずか2年後のこと。発見から20年経った現在、ここには載っていない数多くのことがわかっているはずだ。
新たにどんなことがわかったのか、できればこの本と同等くらいのわかりやすさで示してくれていればいいのだけど。
……って、もしあってもまた10年積ん読にしとくんだろ!ってツッコミはナシの方向でひとつ。m(_ _)m
突然食いたくなったものリスト:
- 熱いほうじ茶のお茶漬けと厚切りのたくあん
本日のBGM:
ワルキューレの騎行 /ワーグナー
昔、1日1冊の勢いで本を読んでいた時期がある。
しかしそれがペースが落ち、図書館で借りても延滞を繰り返すようになり、最近では1年に10冊も読まない年もあったかもしれない。
原因はだいたいわかっている。
ネットだ。
以前は読書に費やしていた時間の多くがネットサーフィン(って表現、もう聞かないよねえ(^O^))に費やされているのだ。
ネット上にも有益な情報はたくさんある。
そう思っているし、それはある意味正しいのだけれど。
書籍ほどのクォリティに迫れるかというと、そう楽観も出来ないというのが実感。
もちろんそれは分野にもよるのだろうとは思う。
しかしなかなか、ね。
にもかかわらず、やっぱり読まない。
しかし本屋に行くのは好きで(古本)、前よりは足を運ばなくなったものの、ふらりと立ち寄っては面白そうな本を購入してしまい、しかし家に帰ると買った瞬間の高揚は止み、また積ん読の山に放り込んでしまうという悪循環。
かくして占有体積だけは増えていき、ここ数年とても困った状況が続いている。
というわけで、どうせ長くは続かないと思いつつ、「積ん読解消運動」を起こす。
頑張って読んでいこう。
そして未読を減らし、処分するものは処分する。
目的はこれだ。
#私の友人は、引っ越しだったかで蔵書の仕分けをしているときに、
「この人生では読まない」
という選択肢を設けていると言っていた。
素晴らしいと思う。
しかし私はなかなかそこまで割り切れない。できることなら一度は目を通したいと思っている未練が捨てられない。
というわけで久しぶりの読書。

『アジアの帝王たち』植村清二(中公文庫)
文庫に入る前の初版は昭和31年だというから1956年か。既に55年前に出た本ということになる。その割には読みやすかった。所々に「何て読むの?」という漢字が出てくるが、まあ読み方がわからなくても意味はわかるし(^^;、そういう時こそネットが役に立つのだ。文体そのものはさほど古くささを感じさせず、普通に読み進められる。
#文庫版初版は1988(昭和63)年。
本書は題名どおりアジアの歴史的帝王の事績について紹介したもの。
紹介されるのはアショカ王、秦始皇帝、唐太宗、成吉思汗、忽必烈汗(クビライカン)、チムール、アクバル大帝、アッバス、清の康煕帝と、中学の世界史だけでも何人かは登場するし、高校の世界史なら全員の名前を習っているはず。
そのくらいのメジャーな人物ばかりであるが、その事績についての知識はどのくらいあると問われれば甚だ心許ない。
つまり、教科書の記述、世界史の設問以上の知識はほとんどないといっていい。
もちろん歴史の教科書に躍動する歴史物語を期待するのは間違っている。吉川英治『三国志』をむさぼり読んだ後、あまりにもあっけない教科書の三国時代の記述に拍子抜けした人も多いだろう。
しかしそういうことをやっていると全く時間が足りなくなるというのは受験勉強をしたことがある人ならみんなわかるはず。
というわけでこの本も、そういう教科書の行間を埋めてくれる貴重な内容になっている。
そう、貴重。
この本が出て60年近くになろうというのに、アショカ王やアッバス、アクバル大帝の業績をちゃんと教養として伝えてくれる書籍、物語がこの本の他に私たちの前に現れただろうか。
西アジアから東アジアに渡るこの大きな大陸の中での帝王たちの興亡物語は空間的にも規模的にもダイナミックで、しかもそれが自分が知っている断片的な知識と一致すると何とも楽しい気分になる。
もちろんこの本も、1冊にこれだけの数の帝王たちの業績をまとめ切れているわけではない。そんなことは不可能。しかしそれでも、それぞれの帝王の来し方、輪郭を手軽につかめるだけでも僥倖だと思う。
ただし、例えば秦始皇帝の焚書坑儒など多くの帝王の虐殺行為などについても「情勢からしてやむを得なかった」的な記述が多く、これについては(もし仮に最終的には受け入れざるを得ない結論だったとしても)読者にも批判的検討の余地はあると思う。
以下、興味深かった記述。
「マウルヤ帝国の政治はすべて王の独裁であった。その下には地方を管理するものと、首府を官吏するものと、軍隊を管理するものと三種の官吏があった。地方官の主な任務は土地を測量することと、道路を建設することと、人民にとって欠くことのできない運河の水を平等に分配することであった。…」
地方官の任務は、課税対象の把握、インフラ整備、公共財の分配であったと。
「アショカ王の仏教保護の事業として最も有名なものは仏典の結集である。……アショカ王の結集はその第三回に当る」
「この伝説にはかなり疑わしい点があって、そのまま事実とは考えられない。「マハ・ヴァンサ」はセイロンに伝わった南方伝説を記録したものであるが、北方伝説には全くこの結集のことを語っていない。五世紀や七世紀にインドの仏蹟を巡拝した法顕や玄奘も、第一結集や第二結集の遺蹟については記述しているが、第三結集に関しては全く触れていない。何よりもアショカ王自身の刻文に一切これに関したことが見えない。またカターヴァットフそのものも、その内容からいってアショカ王よりも後の時代にできたと思われる点がある。そこでヴィンセント・スミスなどは、第三結集が行われたにしても、それはアショカ王の晩年のことであろうといい、わが宇井伯寿博士などは、結集そのものの行われたことさえ否定されているのである」
始皇帝は「医薬・卜筮・種樹などの実用的なものを除いて、民間にあった「詩経」「書経」をはじめ諸子百家の書籍を悉く差出させて焼き捨てた」と。なるほど、卜筮は実用的なもので、残すべきだと当然に考えられたのだな。
「今でもなお一部の人々は、現在の長城が始皇帝の時に築かれたというように考えているらしい。しかしそれが誤解であることはいうまでもない。「史記」によると秦の長城は臨洮(甘粛省岷県)に起り、遼東に至ったとある。その正確な位置を示すことはむずかしいが、遼東・遼西・右北平・上谷・雁門・雲中等の諸郡をその内に含んでいたのであるから、現在の長城よりは相当北に走っており、また黄河の北を包む一翼の存したことは確かである。漢代は西方に延長されたほかは大体秦代の旧に依ったようであるが、漢末から五胡の進入に及んでこの長城は全く廃れた。南北朝時代になって北朝の皇帝は頻りに長城を築いているが、その中北周の皇帝の築いたものは、西は雁門より東は碣石に至るとあって、これがやや現在の位置に近い。隋もこれに連なって西に築いて突厥を防ぎ、唐代はほぼこれに依っている。降って明代にも蒙古の侵入を防ぐために、幾度か工事を起したので、殊に名将戚継光(セキケイコウ)が多くの望楼を築いたのは有名である。現在最も壮大を極めている八達嶺(ハツタツレイ)附近の長城は、大体この頃に建造されたものである。秦の長城の構造は不明であるが、崔豹の「古今注」に土色が紫であったために紫塞と称したとあって、多分版築の土塁であったろうから、その遺址が全然湮滅してしまったともいえない。既にスタインは玉門関や居延の附近で漢代の長城の址を発見している。秦の長城も将来いつか発見される機会があるかも知れない」
私は「現在の長城が始皇帝の時に築かれた」と思ってましたよ。(^O^)
「成吉思汗(ジンギスカン)が政治上軍事上の偉大な天才だったことは疑問がない。彼が蒙古民族の統一を指揮する最上の適任者だったことも否定出来ない。しかも彼の周囲には、更に多くの小成吉思汗があった。彼は畢竟その中から選ばれた代表者に過ぎないのである」
「忽必烈(クビライ)が即位して間もない頃、諸臣劉秉忠は上書して政治の根本方針を論じたが、そのはじめに、
「馬上を以て天下を取るも、馬上を以て天下を治むべからず」
という名言を吐いている。しかし忽必烈は劉秉忠の言葉をまつまでもなく、早くその意味を体得していた。彼は部下の諸将を戒めて、
「人の家国を取るは百姓の土地を得んと欲するなり。もし尽く百姓を殺さば、徒らに地を得るも何の用をか為さん」
と言っている。これを成吉思汗が、
「人生の最大の快楽は、敵を破ってその財宝を奪い、その馬に乗り、その妻や女を後宮に納れるにある」
と言ったのに比べると、周囲に敵を受けて生死の争闘を繰り返した創業の時代と、父祖の事業を継いで帝国に君臨した完成の時代とで、おのずから気分の相違もあろうが、成吉思汗の峻厳と忽必烈の寛大とは、何よりも著しい対照を示している」
「全体、チムールの時代まで中央アジアで文字に現された公用語は、学問の方面ではアラビア語、文芸の方面ではペルシア語であって、一般の民衆の用いていたトルコ語は、ただ日用の事がらだけに限られていた。ところがチムールの活動と共にトルコ民族の勢力があらゆる方面に広まり、この王朝の終りに近くなると、東方トルコ語(チャガダイ語)による文学がはじめて現れて来るようになった。そしてそれは初期には簡単な宗教文学の類に過ぎなかったが、へラートの君主であったフサイン・バイカラ(チムールの四世の孫)の宰相であったミル・アリ・シル・ナヴァイは、トルコ語で詩や文章を作ったばかりでなく、これをベルシア語と比較してその優劣を論じ、トルコ文学の祖と呼ばれている。
チムール王朝の文化は、他のアジアの諸王朝と同じく、少数の貴族の嗜好と趣味に基づいたものであって、民衆の中に根を張ったものではない。そのために王朝が衰えて分裂すると、その学問や芸術もまた建築と同じように崩れ去ってしまった。ただこの時代に起ったトルコ語文学は、トルコ民族の生活感情にはけ口を与えたものだけに、長く民衆の中に残り、現代のウズペグ文学やオスマンリ・トルコの文学にも大きい影響を与えている。この点から見ればチムールの事業ほ、中央アジアの文化史上にやはり重要な意義を持っているといってよいであろう」
公用語と土着の民族の言葉との文化的な拮抗というのはどこでもあるのね。
「……金(チン)の国号を同音の清(チン)に改めたのは、この時であった」
突然食いたくなったものリスト:
- 助六寿司
本日のBGM:
旅から旅 /井上陽水
しばらく中断していたが、もう少し続くこのシリーズ。
90年代の関西ラーメン本を見て、当時のラーメン観を読み解きましょうという奥の深いシリーズだ。読み解いたところでどうなる。(^O^)
以前のはこれ↓。
・90年代のラーメン本3(『ぴあBOOK ~大阪・兵庫・京都・滋奈和~ 本当においしい店(1) ラーメン101店』)
・90年代のラーメン本4(『ぴあランキン'グルメ シリーズ2』)
さて今回は……。

『うまラーメン 関西版』京阪神エルマガジン社
data
発行:1997/12/24
情報:- 現在
掲載範囲:大阪・京都・神戸のみ(とはいえ明石など市外も含む)
内訳:大阪60、京都39、神戸29
掲載店数:128(しかし表紙には「123軒」とある。おそらく特集ページの「冷麺」で紹介した5軒を数に入れていないから)
掲載店数が実際より少なく(「冷麺」の店舗を除いたから)書かれているのは面白い。
これは今とは随分違う。今ならなるべく数を多く見せようとする。だから最近では店の数ではなく杯数を書くことが多い。1店舗でも2杯紹介したら2とカウントできるからだろう。もちろんこの時代でも表紙に大きなフォントで「123軒」と書くからには情報量を誇る意図は見えるものの、そこまでガツガツはしてなかったということなんだろうな。まるで19歳の時に21歳と上にサバ読みした中原理恵のようだ。<違うか
これも非常にオーソドックスなラーメン本。
巻頭特集的なものはなく、いきなり本編に突入する硬派な1冊だ。ただ巻末の50音順索引に加えて、「深夜ラーメン」として営業終了時間別の索引を置いているのがなかなか秀逸。そしてそれは当時の「飲んだ後のシメの1杯」としてのラーメンの位置付けがどれだけ強固だったかを示している。こういう時間別インデックスは最近のラーメン本には見られないけど、今でもあると嬉しいなあ。特に深夜と昼のアイドル時間。15:00~18:00あたりで開いてる店のインデックスはいざという時かなり役に立つと思う。
この本は写真がとてもいい。写真で「うまそう!食いたい!」と思わせる店がたくさんあった。いいカメラマンがいるんだね、ここには。(やっぱりホワイトバランスが狂ってたりピントが合ってないのもあるんだけど)
なお、この『うまラーメン』には約3年後の2000/09/30に改訂版が出ている。

『うまラーメン 関西版 改訂版』京阪神エルマガジン社
data
発行:2000/09/30
情報:2000/07~08現在
掲載範囲:大阪・京都・神戸・和歌山・奈良
内訳:大阪64、京都38、神戸32、和歌山6、奈良2
掲載店数:142
『うまラーメン』オリジナル版の発行(1997/12/24)以降に、関西ラーメン界には大きな「事件」が起こった。それは1998/01/01にテレビ東京系で放映された番組『TVチャンピオン 日本一うまいラーメン決定戦』で、和歌山の井出商店が「ラーメン日本一」に選ばれたことだ。これをきっかけに和歌山ラーメンの知名度は上がり、一気に「ブーム」の様相を呈する。火付け役となった井出商店はラーメン博物館にも出店し、全国的にその名を知られることになる(※)。そういう経緯を踏まえて(のはず※※)、改訂版では京阪神に加えて和歌山・奈良の店も収録されている。おそらく和歌山なんて目に入ってなかったんだろうね。それが外部(東京)から評価されて初めて、逆輸入的に和歌山ラーメンの再評価が行われたと。
※ちなみに「関西縦断ブログ旅」(2008/10頃放映)で、お金を持ってない桜・稲垣早希ちゃんにラーメンを食べさせてくれたのがこの井出商店。
※※この本の井出商店のページにはしっかりと「TV番組で日本一の称号を受け、新横浜ラーメン博物館では最高2時間待ちという記録を樹立した」と書かれている。
まあこの「改訂版」は2000年の本だから「90年代のラーメン本」という今回のシリーズとは外れてしまうのだけども、オリジナルは1990年代ということで、参考出品程度にはご紹介しておこうかなと。
『うまラーメン』(1997/12/24)には掲載されており、『改訂版』(2000/09/30)で消えた店、および『うまラーメン』では掲載されておらず『改訂版』で初めて現れた店は以下の通り。
| 大 阪 | 消えた | 赤坂ラーメン、一級ラーメン京橋本店、金龍ラーメン2号店、好房、剛力ラーメン、湖陽樹、北海ラーメンサロマ湖、焼賣太樓、レストランバーシンガポール、麺屋 神連、双龍らーめん、大来軒 天五店、樹、薬膳麺房 茶茶、つるめん、白龍、ニンニクラーメンはなみち、ハマムラ、中国料理春一番、火乃國、向日葵、豚子、楽天食堂、ラーメン專科力雅 |
| 現れた | 赤れんが、市の、一作、一品香、博多一風堂長堀店、河童ラーメン本舗 千日前店、老舗らーめん北新地 神虎、尾道ラーメンきむら、金龍ラーメン道頓堀店、夢真黒門らーめん、月光仮面、五苑 本店、喜多方ラーメン坂内小法師あべの橋店、らーめん古潭ホワイティ店、長浜ラーメンごん太、元祖豚骨ラーメン作の作、尾道ラーメン十六番、小洞天、大洋軒、藤平 屋敷店、土佐っ子、とっかりII、pig's power らーめん豚子、鱶鰭家 心斎橋店、らーめん武里音本店、尾道ラーメン山長、友翔、らぁめんやさん、れんげラーメン | |
| 京 都 | 消えた | ラーメン海王本店、虎角、新進亭、ラーメン太七、東京ラーメン |
| 現れた | 一番ラーメン、ラーメン小昼、しるそばたか 八条屋台店 | |
| 神 戸 | 消えた | 天一軒、本家ラーメン2国 |
| 現れた | 翁介、皇蘭、とんこつしぇからしか、竹家ラーメン、日の丸軒らぁめん。、楓林ラーメン、尾道ラーメン宝竜、宮っ子ラーメン | |
| 和 歌 山 | 現れた | 井出商店、ラーメン本町、正善、○京 中華そば本店、○三、○高新内(アロチ)本店 |
| 奈 良 | 現れた | 彩華、新新 |
掲載店は見開き2店(1ページ1店)か見開き1店(2ページで1店)となっている。
見開き2店の場合の記事の文字数は13文字×12行=156文字くらい。
見開き1店の場合は18文字×21行=378文字、17文字×22行=374文字くらい。

『うまラーメン 関西版』見開き

『うまラーメン 関西版 改訂版』見開き
多くの店の記事が写真&記事の流用。まあ改訂版だから。
ラーメン日本は火事になる前。「カウンター席で店員さんが手際よく作るのを見ていると、絶対食べたくなるキムチ焼めし600円。まさにオープンカウンターの魔力といえる」まさにその通り。チャーハンをおいしそうに作る店はそれだけで心が躍るね。(^O^)
ほう、紅鶴ラーメンは豚骨なのに化学調味料使ってなかったんだ。
今宮戎一休は現在無鉄砲大阪店がある場所にあった。本店は玉出にある。「大阪で初めてタマユ(玉湯)を登場させた店」とある。ほう。でも、今でもあんまりないよね。(^^;
よってこや寝屋川外環店はこの店がおそらく1号店。現在は「寝屋川製麺所」として公式サイトの西日本地区の筆頭に名前が挙がっている。他の雑誌もこの店を扱っているし、これが「本店」扱いのはずだが、公式サイトではそういう扱いではないみたい。なお運営会社であるイートアンド(大阪王将から社名変更した)についてのWikipediaの記述(「イートアンド - Wikipedia」)ではよってこやについて「1998年より、営業開始」と書かれているが、1997/12/24発行のこの本に載っているし公式サイトの会社沿革には「1997年4月 よってこやラーメン事業部を設立、自社ブランド「よってこや」での展開開始」とあるので、やっぱり97年開店と考えるべきだろう。「元祖唐揚げ」とか「門外不出のスープ」なのにどうしてチェーン店なんだとか、いろいろツッコミどころがあった。(^O^) 大阪王将系なので餃子がおいしいよ。
もっこ 阿部野橋店は店名の上に「浪花の中華そば」というマクラコトバがついて、マークも○に「も」。知ってる人は知ってるけど、「神戸の中華そば もっこす」と瓜2ヶだった。フォントが違うだけ、みたいな。ラーメンそのものも似ていたし、店内にラムネが置かれているところまで同じ。単なるパチモノなのかのれん分けみたいな関係があったのかどうなのか、ググッてもよくわからんよ。ちゅうか、2つ並べてググったら、出てくるのは過去に同じようなことを書いた時のうちのサイトばかりだ。

もっこ阿倍野店

資料画像:もっこす石屋川店
「3年以上も追い炊きを続けた、店の財産ともいえる豚骨スープ……」という記述があるのだけど、この店は(この本掲載時点で)3年もあったの? それすらよくわからないんだなあ。「改訂版」にも掲載されているから、少なくともその後さらに3年以上は存在していたということになる(何故か丼は例のラーメン横丁めん丼に変わってた。フラグだなあ……)。しかし結局この店は、向かいにふくちあんラーメン系の福福らーめんができて、その後閉店してしまった。
この店はこの『うまラーメン』を持っていけばチャーシューメンを半額にしてくれた。この本を持って食べに行ったのは懐かしい思い出だ(それがなかったら行くことはなかっただろうなあ)。最終ページに押された、サービスを受けたことを示すハンコがなかなか貴重品だ。(^O^)

これにつられてノコノコ行ったわけ。
住之江の「浜口」交差点にあった九州ラーメンは看板に「九州ラーメン」としか書いていなかったが、一応「王」という屋号があり、95年の『本当においしい店101』でもそう書かれている。しかしこの本では九州ラーメン。さすがにこんな大事なことを確認しないはずはないと思うので、このあたりが本によってまちまちなのはちょっとよくわからない。単に店側もどうでもよかったのかもしれない。
神座 千日前店「世間のスープと明らかに違うのは、スタッフ全員コック帽をかぶった洋食の出身だからか」なんか変な根拠だ。
ちなみに「オリジナル版」から「改訂版」までの間に、神座は今のオリジナル丼に変更した。

1997年の神座

2000年の神座
大阪で初めてのつけ麺専門店つるめん本店ではこのとき、つけ麺を「ツケダレラーメン」という名前で出している。しかも480円! これと「人気を二分」しているのが油そば730円。なんだこの値段の差は……。(^^; しかしこの店は関西では早すぎた店だったなあほんと。
つる万両は門真にあった店。「全国的に有名なラーメン店『こむらさき』のレシピを、唯一譲り受けることが許された店」だと。正直、大したことなかったんだよなあこの店。(^^; チェーン店並の大店舗だった記憶がある。そしてこの本に広告を出している2店のうちの1つでもある。ちなみにもう1つは天下一品。天下一品はこの本発行の時点(97年)時点で160店舗の大チェーンだった。もちろん当時すでにウェブサイトを完備。これと列んで表表紙裏というかなり高価だと思われる場所に広告を出している。こんな天下一品と違ってつる万両はこの門真の店1店だけだったと思うけど、どういう資本背景があったんだろうなあ。その広告によるとオーナーは吉野出身だそうだ。まさかダイワハウス関連とか……いや、これは妄想。広告を見ていくと、こんなことが書かれている。「つる万両の旨味を知らずしてラーメン通とは言えない」。うむ。そうか。つる万両亡き今、関西のラーメン好きは永遠に「ラーメン通」となる道は閉ざされた。麺は自家製(無かん水)。看板の文字は榊莫山先生の筆になるものだというこの無駄遣い気合いの入れよう。

ピンクレディーのB面のコーラスがビーチボーイズってくらいの無駄遣い。<伝わらんか。(^^;
しかしこむらさき云々という話は本当なんだろうか。こむらさきといえばこんな地域違いの場所に住んでいる私でも名前を聞いたことがある(京都に同名の店があったけど、それは別もの)くらいの有名店なんだけども。疑問なのは、「全国的に有名なラーメン店『こむらさき』のレシピを、唯一譲り受けることが許された店」のうちの、「譲り受けることが許された」と「唯一」というところ。「唯一」ってのも、これだけ有名なのにって思うし、そんな貴重な店なのに「門外不出の味とされた『こむらさき流』ラーメンを『つる万両』が大阪風にアレンジ」って。それはアレンジしちゃいかんだろう、きっと。(^^; まあなんというか、よくわからない店だった。
この本には大阪と京都の間の余りページで「うま冷麺」という1章を設けて5軒を紹介している。ラーメン界の「準主役」としてこの時代は冷麺が認識されていたのだ。おそらくこれが今ならつけ麺だろうか。あるいはつけ麺はすでに準主役を飛び越して主役級になったので、今この位置にいるのは油そば/まぜそばあたりかもしれない。これもまた時代の刻印。またここで紹介されている「冷麺」は5つともいわゆる「冷やし中華」であり、韓国冷麺は全くない。
四条大宮の京一は「好みにうるさいが、これ、と決めたらずっと通い続ける初老の男性の率が高いのもこの店の特徴」って、何か変な説明だよなあ。(^O^)
ラーメン横綱 吉祥院店は、この2年前の『本当においしい店101』では「本店」とされていた店。2年前に「支店数16店舗を誇る京都では大御所的存在の店」だったのが、この本では「現在では直営18店舗を持つ大御所」となっている。2年で2店舗。フランチャイズはやらず、直営店だけの横綱はほんとに地味ながら着実な増え方をしている。
ラーメン親爺「スープの材料は極秘だが、他とは違う独特の食材の使い方をするなど、ラーメンにかける情熱は計りしれない」って、それじゃあ確かに計り知れないよなあ。(^^;
京都と神戸の間の余りページは「取り寄せラーメン」。興味がないのでこれはよくわからないよ。
三宮の四宮軒には「店内禁煙」の記述。つまりわざわざ特記する事項だったわけだ。確かに昔はラーメン店でタバコなんて当たり前だったよなあ。食べ終わったラーメンの、丼の底に少し残ったスープに「ジュッ」っとタバコを入れて丼を灰皿代わりにするような光景は、頻繁にはなかったけどもさして珍しい光景でもなかった。そう考えると時代は変わったねえ。
神戸らーめん第一旭「醤油ベースの澄んだスープは濃い口だがさっぱり。古(いにしえ)の支那そばに近い味がする」この説明でどのくらいの読者が味が想像できたのだろう。これで通じると思ったライターも凄いと思うんだ。
杏花村の話は面白く興味深い。「日本にいると本場の味を忘れてしまうと心配していたが、本国の友人に「香港には香港の、上海には上海の、中国料理があるんだから、神戸には神戸の中国料理があっていい」と言われて以来、神戸の中国料理を追及している。「本場では砂糖は入れないが、日本人は甘いのが好きだからうちでは入れてる」……」
麺についての記述を集めた。
この頃になると自家製麺の店が増えてくる。ただ、雑誌側にも知識がないのか自家製麺のことを「手打ち麺」と表現している。製麺機を使っている限り、基本的には自家製麺だろうが製麺所だろうが作業工程は同じなので、自家製麺を表す言葉として「手打ち麺」という言葉を使うのは間違いだと思う。もし手打ち麺という言葉を使うのだとすれば、製麺機を使わない麺という意味で使う方がまだ実態と合っているのではないかと思う。あるいは狭義には北方から伝わった、両手で麺を2本、4本、8本、16本……と伸ばしていくやり方を、南方から伝わった、竹桿を使って生地を伸ばし、包丁で細く切ってめんにする方法と区別するために使うこともあるかもしれない。いずれにせよ「自家製麺」を「手打ち麺」というのはどうにもこうにもおかしい(今から考えれば)。
自家製麺の店が増えたとはいえやはり製麺所派が多数ではある。それが当たり前とした上で「特注麺」という言葉にプレミアム感を持たせているところが時代かなあ。
また、この本での特徴は、玉子麺、かん水少なめ、そして極細麺をアピールする店が多いことが挙げられる。玉子麺は高級感があるようだ。またかん水は健康のことを考えてということらしいが、ラーメンの麺に含まれる微量の炭酸カリウムや炭酸ナトリウムを「ひかえめ」にしたところでどの程度の差があるかなあ。私には無意味な差別化にしか見えないけれど。
まんねん「少し縮れた麺は特注で、シコシコとした食感がたまらない」
赤坂ラーメン「特別に仕入れる麺」
一級ラーメン「一級らーめん専用の麺を喜多方で特注生産している」
九州ラーメン博多「特注の細麺」
薩摩ラーメン 四天王「特注の麺」
らーめん33「わざわざ製麺所に作らせているという卵入りの太麺」
信濃路「特注の細麺」
向日葵「麺は、関西の沖縄こと大正の製麺所で作られた平麺」
シンガポール「特製細麺」
京都一休軒「一休軒用に作らせた麺を使い、本場の味を忠実に再現している」
江洋軒「特注の太麺」
自家製麺の店も増えるけど、雑誌側は「自家製」にさほどのアドバンテージは見つけられていないようだ。この本で「自家製」が最も売り文句的に使われているのは「自家製チャーシュー」だ。
ラーメン専科力雅「店の2階で作る手打ち麺は、ご主人自慢のコシの強いもの」
ちりだラーメン「毎朝粉から練り上げる自家製麺は透明感とコシのある細麺」
ラーメン旭屋「自家製の細麺」
楽天食堂「平べったい全蛋麺はもちろん自家製」
みよし「麺も細めでもちろん自家製手打ちだ」
豆市「麺はご主人自ら作る卵麺」「ワカメを練り込んだ麺が自慢の五目ラーメン800円も試すべき。麺の色と味は感動的だ」
杏花村「卵をたっぷり使った自家製の全蛋麺で、口当たりが滑らかで、不思議と伸びない」
神戸元町別館牡丹園「30年来同じ職人が作る自家製麺は、うまみ、歯応え、喉ごしすべてが申し分ない」
愛愛 東門店「ほどよくコシがある麺も自家製で、台湾の縮れ麺と違い、少しストレート系」
龍園「もちろん麺も手作り」「中華麺500円は普通に麺をゆでるのでなく、玉ネギなどの野菜で取っただしで麺を煮込んで味付けする」「麺はモチッ、だしは野菜の甘みたっぷりで絶品」
芦屋ラーメン庵「ツルツルした少し細めの自家製手打ち麺」
「自家製手打ち麺」ねえ……。
また、全国的なご当地ラーメンブームと、自前でご当地ラーメンを持たない大阪の特徴からか、「本場」から直送というのも1つの大きな売りになっている。
一休「こだわりの麺は博多から取り寄せ」
会津喜多方ラーメン 蔵「喜多方の豊かな地下水、地酒を使って打った平打ち太麺を現地から毎日直送」
横浜ラーメン名物屋「麺屋もと誰をわざわざ中華食材の豊富な横浜から仕入れていたり」
めんくい 心斎橋店「尾道でも有名なラーメン専門店「朱華園」から直送された平麺」
火乃國「麺は地元熊本でも評価の高い富喜製麺所から取り寄せている。厳選された小麦と卵、沖縄産の黒糖を、阿蘇の伏流水で丁寧に練り込んだ生麺は、コシがあり、なおかつ添加物が一切入ってない。麺自体にうまみがありスープとの相性も抜群だ」
熊本ラーメン 味千 京都1号店「本場熊本の本店に注文次第、麺とだしが送られてくる」
「本場そのままの味」が最上とされた時代ですな。このあたりは本当に時代を感じる。
かん水少なめはこの時代の特徴なのか単なる編集者の趣味か……?
北野八番亭「使う素材にかなりこだわり、麺はかん水少なめ、卵のつなぎでシコシコ」
もっこ 阿部野橋店「かん水少なめの手打ち細麺」
つる万両「麺は、かん水を全く使わないため、消化が良くて胃もたれしない」普通のかん水を使った麺は消化が悪くて胃もたれしますかそうですか。
サカイ みその橋店「健康を考えてかん水を抑えた麺を使用している」
で、玉子を使うともっとえらいみたい。(^O^)
揚子江「卵を使った極細麺」
ラーメン樹「麺の製造元だけに麺には自信があり、あえて細麺を使用。伸びにくいように卵白を多めにし、丸一日寝かせて熟成させている」
龍虎「麺も卵の風味たっぷり」
丸玉食堂 東店「ここの麺は卵と塩で練ったもので、横幅はあるが薄平たいので軽い食感」
で、「特注」だの「自家製」だの「手打ち」だの「直送」だのの環境的な話ではなく麺そのものの特徴を記述することも多くなってくる。
よってこや寝屋川外環店「水分量が多い多加水麺を使用しているのでツルッとしたのどごしが味わえる」
味仙「細めでコシのある麺」
ラーメン海王 本店「最高級の小麦粉を使っている白い麺」
麺の茹で方に言及するところも、少しではあるが出てきた。
新福菜館本店「太めの麺は差し水を4~5回差してコシを出す」
ラーメン親爺「麺もゆで具合が均一になるように、大鍋で泳がしてゆでるという細やかな心配り」
サロマ湖「麺、スープの素ともに旭川の親類縁者からの直送」「大鍋を使用し泳がすようにゆであげる」
このあたり、量は少ないけれど麺に対する多面的な見方が出てきたと思う。
魚介系など和風のスープついての記述はまだ少ない(がある)。
北野八番亭「スープは地鶏と北海道の羅臼昆布をベースに取った醤油味、豚骨味の2種類」
双龍ら~めん「スープは豚骨、鶏ガラに昆布を加えたアッサリとした醤油味」
会津喜多方ラーメン 蔵「豚骨をベースにして、昆布、煮干しの風味を生かしたあっさり味のスープ」
マンサクラーメン「鶏ガラ、豚骨、昆布、野菜などが混ざり合っただし」
四宮軒「利尻昆布や醤油などで味付けされたスープ」
満天「日によって、だしのうまみとなる鶏は、丸鶏だったり、鶏ガラだったりするが、カツオ節と昆布を使うため、スープは和風味のあっさり仕立てに」
女性客関連の記述もあるにはあるが、『ランキン'グルメ』ほどのこだわりはないみたい。
麺屋 神連「……豚骨味にもかかわらず、意外なほどあっさりしていて食べ終わった後も口がすっきりしている。だから、豚骨好きな人はもちろん、「こってりしたのはちょっと苦手」という女の子にもおすすめだ」
北野八番亭「女性が1人でも気軽に入れる明るく清潔感あふれる店内」
本家2国「ちょっと女性客が少ないのが悩み。「女の人大歓迎。チャーシューを少し多くするかも」という店長の狭間さんの言葉を確かめに行こう」
これらの他に、この本の記事で目立ったのは「自家製チャーシュー」「自家製キムチ」「自家製メンマ」「自家製ニラ唐辛子」のような「自家製」のフレーズ。
特に「自家製チャーシュー」は多く見られる。
いずれにせよこの本には「自家製麺」「自家製チャーシュー」「自家製キムチ」「自家製メンマ」「自家製ニラ唐辛子」というフレーズはあるが「自家製スープ」という言葉は見られない。
これはこの時代のラーメンが、やはりスープ偏重であった証拠だろう。
スープに「自家製」という言葉が使われないのはそれが当たり前だから。ラーメン屋は麺を含めて他のものを外注することはあってもスープを外注することは有り得ない、それこそがラーメン屋の仕事だ……と認識されていたということだ。まあ実際にはこの時代も業タレはいくらでもあっただろうけど、それでもよほどの店でない限りスープを取る真似事くらいはしたはず。
突然食いたくなったものリスト:
- チーズバーガー
本日のBGM:
不条理なKissを忘れない /チャゲ&飛鳥

なぜ日本人は落合博満が嫌いか?
えええっっ?
みんな、嫌いなの??
そうなの?
まじかー。
突然食いたくなったものリスト:
- スパムおにぎり
本日のBGM:
HIDARIMEが感じてる /チャゲ&飛鳥
「90年代のラーメン本3」に続いて、私が持ってる90年代のラーメン本を読んでいくシリーズの2回目。
今回はこれ。

『ぴあランキン'グルメ シリーズ2』(ぴあ)
data
発行:1997/01(記述がないが、1~3月の間のはず)
情報:1997/01/15現在
掲載範囲:大阪・兵庫・京都・滋賀奈良和歌山
内訳:大阪70、兵庫39、京都21、滋奈和8
掲載店数:136……とあるが、どう数えても138
表紙には「読者投票だけ! これが本当の人気店!」との文字。
「日本初!! 読者採点グルメランキングマガジン シリーズ2」となっている。ラーメンだけではなく、この1冊に「(1)ラーメンベスト100位 (2)ベスト20位京都 (3)夜景のきれいなみせ店ベストテン」が収録されている。もちろん私がこのエントリで言及するのは(1)ラーメンベスト100位ね。
前書きの「ランキン'グルメとは」の説明には、こうある。
| この本は読者のみなさまから投票してただいた『読者採点シート』をもとに、今、本当に人気のあるお店、求められているお店をランキングして紹介する日本で初めての読者採点型グルメマガジンです。ランキングの基準は簡単明解、みなさまからの投票数のみです。ですから、一票でも多くの票を獲得したお店が上位にランキングされることになります。なお、得票数が同じ場合は、採点された星の数を合計して順位に反映させています。つまり、この本を見れば、マスコミや料理評論家が喧伝する「うまい店」ではなく、実際にお金を払った人がさまざまな意味で「いい」と思った店がたちどころにわかるようになっているのです。 |
ここで念が押されているとおり、このランキングは「うまい店」ではなく、「実際にお金を払った人がさまざまな意味で「いい」と思った店」なのだ。ここは間違ってはいけない。とはいえどうしても間違ってしまうのだけれども。(^O^)
とにかくこれはあくまでも人気投票。
他のラーメン本とはコンセプトが全然違う。
こういう本なので投票数を集めることに非常に熱心だ。
巻末には「こんなにある『ランキン'グルメ』への投票方法!」という説明があるのだが、これが何とも時代を感じさせる。応募シートをハガキでとかFAXでとか書いている一番最後に「なんと、インターネットでも投票できるぞ!」とあり、「パソコンをお持ちのアナタ。インターネットを使ったことのあるアナタ…」と。97年初旬といえばまだWindows98も発売されておらず、高速ネット環境の普及の原動力になったYahoo! BBのサービスが開始される2001年にもまだまだ遠い。単に「パソコン」と読んだ時はそれはまだネットとは無関係のスタンドアロンパソコンを指していた。そういう意味で「インターネットを使ったことのあるアナタ」とは時代を感じさせるとても素敵なフレーズだ。
で、そういう応募方法でかき集めたデータを集計したラーメンランキン'ですよ。
「応募総数3284票! 候補528店の中から選ばれた」「ベスト100位&読者クチコミ36店」だそうな。こういうコンセプトの本だから投票数は生命線だと思うが、さて、応募総数3284票という数が多いか少ないか。
これはなかなか難しい話だと思うよ。
1位の天下一品総本店が174票、100位の上海が4票。なお1ケタ得票は60~64位が9票、65~72位が8票、73~76位が7票、77~81位が6票、82~92位が5票、93~100位が4票。
うーん。
これ、やっぱり少ないよねえ。そう言い切っていいと思うんだよ。
つまり、人気投票であるにもかかわらずデータが少ない……これ、致命的だよねえ。(^O^)
ちなみに同じシリーズで昔ちらりと見たことのある居酒屋ランキングでは村さ来が1位だった。……そういうことだ。
とまあ、そういう前置きがありながら、1997/01時点でのベスト100はどんな店か。
| 順位 | 店名 |
| 1 | 天下一品 総本店 |
| 2 | 神座 千日前店 |
| 3 | 薩摩っ子ラーメン 空心町本店 |
| 4 | 新福菜館 |
| 5 | 麺蔵 加納町店 |
| 6 | 夜鳴きや |
| 7 | 彩華ラーメン 上本町店 |
| 8 | 第一旭 たかばし本店 |
| 9 | 金龍ラーメン 道頓堀店 |
| 10 | 芦屋ラーメン庵 |
| 11 | めん馬鹿一代 |
| 12 | ラーメン横綱 吉祥院店 |
| 13 | もっこす |
| 14 | 青葉らあめん |
| 15 | 三馬力 |
| 16 | 四宮軒 |
| 17 | 揚子江ラーメン |
| 18 | 龍虎 |
| 19 | 二両半 都島店 |
| 20 | 古潭 なんばCITY店 |
| 21 | 天天有 |
| 22 | 火無夷 天満店 |
| 23 | 神戸ラーメン第一旭 三宮本店 |
| 24 | ますたに |
| 25 | 新進亭 |
| 26 | 信濃路 |
| 27 | 元町ラーメン |
| 28 | 一番星 |
| 29 | 元祖安さん |
| 30 | 金ちゃん 本店 |
| 31 | 九州ラーメン 福将軍 |
| 32 | タンポポ |
| 33 | 博多長浜ラーメン みよし |
| 34 | らんたん |
| 35 | 味千 |
| 36 | 味仙 |
| 37 | 十六番 |
| 38 | 双龍らーめん |
| 39 | 大阪の味ラーメン喜らく 新梅田シティ店 |
| 40 | 力雅 |
| 41 | 鳳ラーメン |
| 42 | 尾道ラーメン めんくい |
| 43 | 天竺園 |
| 44 | ラーメン屋敷 藤平 |
| 45 | 天佑 |
| 46 | ちりめん亭 長居店 |
| 47 | こむらさき |
| 48 | 玄屋 |
| 49 | らいよはうす |
| 50 | ラーメン日本一 |
| 51 | 洞魔麗 |
| 52 | ラーメン芳珉 |
| 53 | 皇蘭 JRなんば駅前店 |
| 54 | 剛力ラーメン |
| 55 | 今日しかない |
| 56 | 喜多方ラーメン 蔵 |
| 57 | ほそかわ |
| 58 | らーめん朱 梅田店 |
| 59 | ラーメン宝来 |
| 60 | ラーメン新心亭 |
| 61 | 本家ラーメン2国本店 |
| 62 | 白らーめん南蛮亭 二切店 |
| 63 | 淡水軒 |
| 64 | ちりだラーメン |
| 65 | アベノ日本一 |
| 66 | マキノ家 |
| 67 | 鳳林 |
| 68 | 大来軒 本店 |
| 69 | 珍遊 |
| 70 | 友屋 |
| 71 | 九州ラーメン博多 |
| 72 | ラーメン日本 池田本店 |
| 73 | 博多ラーメンげんこつ 豊中店 |
| 74 | 紅鶴ラーメン 本店 |
| 75 | 白龍 |
| 76 | ラーメンあかつき |
| 77 | 天龍 |
| 78 | ニンニクラーメン天洋 九条店 |
| 79 | 拉州 |
| 80 | 親爺 |
| 81 | かっさんラーメン |
| 82 | くりやん |
| 83 | じゅんちゃんらーめん 緑橋店 |
| 84 | まるしげ 中華そば店 |
| 85 | レノンののれん |
| 86 | 宮っ子ラーメン |
| 87 | 小洞天 |
| 88 | 天宝 |
| 89 | マンサクラーメン |
| 90 | 一級らーめん |
| 91 | 屋台 |
| 92 | 華楽園 |
| 93 | 真琴 本店 |
| 94 | 九州ラーメン 王 |
| 95 | 都飯店 |
| 96 | 浜ちゃん |
| 97 | 藤っ子ラーメン |
| 98 | まるやま |
| 99 | 京都一休軒 |
| 100 | 上海 |
93~100位の店の得票数は4票だから、(もしやろうと思えば)ランキングに食い込むことはちょっとした組織票だけであっさり可能だろう。ネット未発達の時代のほほえましさとも言える……かな? いやいや、ネットが発達していようが何だろうが、サンプルサイズの小さいアンケートってのはどれも悲しいのだ(「本当の悪趣味を教えてやろうっっ!」みたいな)。
ぴあという一流情報誌にしてこれなんだから、まあ関西のラーメン市場は当時からこうだったということね。他は知らないけど。
このランキングについて編集部の総評は、
| 栄光の第1位は京都に総本店を置く“こってり”の「天下一品」、3位には“ニンニク”で有名な「薩摩っ子」と、関西圏で幅広く展開している超有名人気店がランクイン。そして「神座」が堂々その間に食い込み、長蛇の列はダテではない証明となった。総体的に、「新福菜館」「夜鳴きや」をはじめ京都のラーメン店への評価が非常に高く、“京都恐るべし”の印象が強い。 |
という。確かにこの時代、関西のラーメン界は京都が頭ひとつ抜けて強かった。
ランキングに入る店が大阪の方が多いのは単に大阪の人口(つまりは市場規模)ゆえだろう。
一般投票によるランキングがどうしても知名度勝負になることは仕方ないのだろうなあ。1日1杯とか食べる人の票も、年間1杯しか食べない人の票も同じ1票なわけで。こういうランキングも1つの姿であることは間違いないのだけれど、かといってこれを誰が求めているのかというのが難しいよなあ。世の中にラーメンマニアとそうでない人がいるとして、マニアはさすがに求めてない。かといって圧倒的多数(と思われる)のマニアでない人たち(年間1杯しか食べない人みたいな)にとってこのランキングは有用なのかという話。おそらくだけども、そういう人はあまり情報を持ってないから、自分たちよりもラーメンを知っている人たちに人気がある店が知りたいんじゃないかなあ。とすればこのランキングはやっぱり参考にならないのではないかと。
とにかく複雑だ。
さてさて、こういう形式で掲載店を決めるタイプの雑誌だから、取材対象の店は編集部の意図とは関係なく決定される(はず)。通常のラーメン本であれば取材を断られれば何も語らなければいいだけのことなんだけど、ランキングとして結果が出てしまったからにはランクインしてるのに載ってない店があればそれなりの理由を書かなくちゃならない。
というわけで、この特集の最後には取材拒否された店とその「理由」のリストが載っている。
| 順位 | 店名 | 理由 |
| 13 | もっこす 石屋川店 | お店の都合により辞退させていただきます |
| 15 | 三馬力 | 投稿はとてもありがたいが、ランキングということについて、納得のいかないことも。今回は辞退させていただきます |
| 24 (23位と表記) | ますたに | お店の都合により辞退させていただきます |
| 37 (35位と表記) | 十六番 | 投稿はとてもありがたいが、今回は辞退させていただきます |
| 53 (51位と表記) | 皇蘭 JRなんば駅前店 | 閉店しました |
| 65 (60位と表記) | アベノ日本一 | 調査によると閉店している模様です |
| 80 (77位と表記) | 親爺 | お店の都合により辞退させていただきます |
| 92 (82位と表記) | 華楽園 | お店の都合により辞退させていただきます |
順位表記がいい加減なのは、前述通りサンプルサイズが小さいため同じ得票数の店がたくさんあるから。例えば華楽園は5票獲得していて、82~92位は全て5票なのだ。前書きによれば「得票数が同じ場合は、採点された星の数を合計して順位に反映させています」とあるけども、おそらく最初は同順位にしていたんじゃないかな。その時点でこの表を作ったんだろう。しかし最終的に取材拒否した店が軒並み同数得票店の中で一番順位が低くなってるのは興味深い。(^O^)
なおこの本ではランキングに入った100店だけではなく、他の店も紹介されている。
「得票数は少なかったものの、採点シートに5つ星がつけられていたり他店にない際立った特徴を持っていたりするお店や、読者の方の特に熱い思い入れがあふれるお店については「読者クチコミの店」としてテーマ別に紹介」するということだ。
というわけで「ベスト100位&読者クチコミ36店」だと。
ただ、実際に掲載されている「クチコミ」店はどう数えても38店なんですけど。(^^;
これについてはどうも「後で2店ねじ込んだ」臭さが漂う。ランクインしている和歌山の2店が中途半端な形で最終ページに追いやられているところが何とも不自然だ。(^O^)
紹介文の文字数は基本は10文字×11行=110文字で、レイアウトによって125文字くらいまである。1ページに2、3、4店のパターンがあるが、全て文字数は同じ。
この本のようにさほど文字数が多くない記事だと、文章が改行されることはほとんどない。にもかかわらず文頭の字下げって必要なんだろうか。これはこの本だけじゃなく、結構多くの本で見られる。

見開き
結構詰め込んでるようにも見えるけど見開きでA3サイズになるので結構余裕がある
いかにもぴあだなあと思ったのは、ショップデータの中に「CARD」欄があるところ。クレジットカードが使えるかどうかね。律儀にラーメンの回にも当てはめなくてよさそうなもんだ。一応見てみたら、掲載138軒中、カードが使用可能な店(もちろん当時)は2店。いずれも北京料理の王府 ひらのまち(大阪市)と大廣(奈良市)。要るかこの欄。(^^;
京都の味千の写真キャプションに「味付きのゆで卵がご愛敬」とある。「何がどうご愛敬なの??」と同誌の写真を確認してみたら、なんと、今ではかなりポピュラーになった「半熟煮玉子」トッピングは皆無で、それどころか半熟玉子がまずトッピングにない。玉子をトッピングしている店のほとんどが固ゆで玉子をそのまま何の加工もせずに(切るだけで)トッピングしている。つまり当時は味をつけたゆで玉子そのものがかなり珍しいもので、ライター氏にはこれがかなり珍奇なものに思えたようだ。
同誌掲載の店でゆで玉子を味付けしているのは心斎橋の味仙と下鴨の味千のみ(いずれも固ゆで卵)。偶然にも似た名前の店だけど、味仙は台湾ラーメン、味千は熊本ラーメンだから出しているラーメンの種類という共通性ではない。味仙は材料の多くを台湾から送ってもらってもらい「現地の味を再現」しているそうで、これを日本の「ラーメン」と別源流と考えるなら、この時点で今につながる味付けのゆで玉子を出していたのは(少なくともここに掲載されている関西の138軒中)たった1軒ということになる。
そりゃ珍しがられて「ご愛敬」とも言われるわ。
単に「味付きのゆで卵」としか呼ばれていないのも、このトッピングがまだ全然普及しておらず「味付け煮玉子」「味付けゆで玉子」みたいな呼称もなかったことを物語っている。
しかしこのようにライター氏が「なんじゃこれ?」と奇妙に思った味つけゆで玉子トッピングは、「半熟煮玉子」に進化して2000年代に爆発的に普及するのであった!! (^O^) おそらく現在ではゆで玉子をトッピングとして出す店のうち半数以上が半熟で出しているはずだ。
上記の「味付けのゆで玉子を出していたのは138軒中たった1軒」というのはこの本に掲載された写真で確認したもので、必ずしも各店のメインメニューではないとは思う。しかしとありあず数えたところによると掲載全138軒中、玉子をトッピングしているのは11軒。そのうち東京ラーメンだけが生玉子で他の10軒がゆで玉子。そのすべてが固ゆで玉子で、10軒のうち1軒がうずら玉子(大来軒の山賊ラーメン)で、残り9軒のうち7軒までが、味付けしていない普通の固ゆで玉子だった。
これをきっかけに90年代の玉子トッピングに興味を持ったので、他の本についても玉子トッピングはどういうものだったのかを調べてみた。しかしこれ載せるとまたエントリが長くなるのでそれは次回以降に持ち越すことにしよう。
ここからは個別記事への感想。
1位の天下一品 総本店はこの時点(1997/01)で「全国に130店以上」のチェーン展開だそうだ。圧倒的な知名度ですな。公式サイトによると、2010/11/19現在で220店舗になっている。
金龍ラーメン 道頓堀本店の「本支店」欄には相合橋店が書かれていない。前回紹介した『本当においしい店101』(1995/07)にもなかったし、この後できたんだなあ。そのあたりの前後関係がわかってないや。
ラーメン屋敷 藤平は『本当においしい店101』にはヤング藤平として登場した店。「純和風の一軒家を店舗にした、「ヤング藤平」に変わるお店がココ」とある。推薦者からの口コミが「お店は新しいけど味は本店と全く同じだ!」というのは推薦者も編集部もホメコトバだと認識しているようだが、さて……。(^^; 「本支店」の欄には中津の藤平本店しかなく、この後10年ちょっとで起きる膨張⇒破綻という目まぐるしい展開はまだ予想できなかったよなあ、誰にも。
神戸の麺蔵は、ここでも「すっかり定着したキムチラーメンの考案者がココ」とある。ふううむ。
らいよはうすの名前からは『本当においしい店101』ではあった「2号店」の文字が消えている。「中津のビルのガレージで屋台を開いて大人気になったあのお店が、すぐ近くに店舗を構えて4年」だと。なるほど、だからはじめは「2号店」と呼んでたのね。納得。この記事にも「食前酒」の文字がある。雑誌としてはこういう他の店とは違う点は積極的に紹介したいものだから、おそらくメディアに出るたびに紹介されているはず。だから実際に行ってありつけないとガッカリするね。(^^;
じゅんちゃんらーめん 緑橋店は行ったことがない。しかも残念ながらもうなくなっている。だから想像するしかないのだが、「ラーメン以外の中華メニューも豊富に揃ってます」とあり、『本当においしい店』でも「中華の一品料理を麺に載せた」となっているわけで、これはどちらかといえば「店名に『らーめん』とつけた中華料理屋さん」と考えるべきじゃないかなあ。だから「エビチリもフカヒレもある。ただモノじゃない!」という推薦者(一般投票企画だからして)の言葉は、それが中華料理屋だと考えたら何ら驚くことはないんだよねえ。
小洞天「合成保存料など一切使わない手作りの餃子も人気」とある。店で手作りする餃子に保存料を入れる店の方が珍しいと思うんだが。自分のところで作って自分のところで消費するということは、どのくらいで在庫がなくなるかの予想が立つし保管環境も把握できてるわけで、そんなのに保存料を入れなくちゃいけないとしたら、どれだけ仕込みするのがイヤなんだよと。(^O^) しかも餃子は冷凍が効くわけで。だからそんなのをウリにしなくていいじゃないの。さらにわざわざ「合成」と限定しているのはどうしてなんだろう。
剛力ラーメンはいろんな創作メニューがある。中でも見た目にもインパクトのあるマヨネーズラーメンが、どうしても絵づらとして雑誌社の受けがいいので使われてしまう。で、これ目当てに行った人が「なんだ、見かけ倒しだなあ」とガッカリしてもう来なくなる……という悪循環があるような気がしている。正直、大したことないんだマヨネーズラーメン。(^O^) このメニューがこの店の知名度を上げたことは間違いないとは思うが、このメニューでこの店を評価されるのは気の毒だと思う。なんとも複雑な話だ。(^O^)
名前は書かないが、「料理の本を500冊ほど所持して研究したというこの味、1度試してみる価値あり」という店があった。この店はランキングには入っていない「読者クチコミ」枠の店で現在はすでに閉店している。ラーメンって難しいよね。
鳳ラーメンは「人気の豚骨スープのラーメンには防腐剤や添加物、化学調味料などを一切使っていない」と。バブルを過ぎて『美味しんぼ』も通過した日本は、ラーメンでさえこのあたりを「使っていない」ことがすでに売りになっていたってことね。
博多ラーメン げんこつ 豊中店この時点で支店は川西店、和歌山店、宝塚店の3店(計4店)みたい。第1号店の伊丹店は1993年オープンだから、まあそんなところかな。ここから広がっていく。ちなみに現在は21店舗あるみたい。
紅鶴ラーメン 本店は『本当においしい店101』で「現在、麺は特注しているが、今後は水にこだわって製麺の方にも力を入れていくそうだ」とあったとおり、自家製麺になっていた。
二両半 都島店を見ててふと気づいたけども、ここには「半ちゃん焼めし定食」があるんだねえ(今もある)。この名前、引っかかるよなあ。(^^; ⇒これね。まあリズムなんだろうけど。
こむらさき「抹茶ラーメン」とかある……。
ラーメンあかつきの店長は「彩華」で修行したのか。へえ。
京都一休軒の「アトピーの人でも安心して食べられる天然素材100%の「純豚骨ラーメン」」ってコピーはかなり危険な言い切りじゃない? 原因も特定されていない疾患だぞ。「天然素材100%」が何だというのだ。
天天有「1玉120gとボリュームもあり」というところには時代かなあ。それとも今でもラーメン1玉90gみたいなところもあるかな。
東京ラーメンの定番トッピングである生玉子は当時では珍しかったようで、写真キャプションには「卵をプチッとつぶして混ぜたスープの味わいが……」とある。しかし「プチッ」ってあんた。どんな擬音なんだよ。(^^;
麺についての記述はどうかな。
金龍ラーメン 道頓堀本店「コシのある自家製の麺」
芦屋らーめん庵「麺はこだわりの自家製麺」
大阪の味 ラーメン喜らく 新梅田シティ店「麺は喉ごしのよい自家製ストレート細麺を使っていて、スープとの絡み具合もマル」
ラーメン宝来「シコシコとした食感がたまらない自家製麺は卵の入った中細麺」
尾道ラーメン めんくい「地元直送の独特のコシと歯ごたえのある麺」
喜多方ラーメン蔵「喜多方の自社工場直送の平打ち・ちぢれ麺」
古潭 なんばCITY店「麺は太めで、食べるのが遅い女性も、コシのあるまま最後までおいしくいただける」『本当においしい店101』の阿月本店と同じく、目的のはっきりした麺。
龍虎「麺、チャーシュー、メンマなどの食材もすべて自家製で基本的に無添加」何だよこの場合の「無添加」ってのは??
一級らーめん「麺は、スープにぴったりのものをと、社長自ら全国を廻って探し当てた喜多方産だ」
九州ラーメン博多「チャーシューほか、すべて自家製でがんばってます」
上海「添加物を一切使わない無農薬の小麦粉を打った細麺」『本当においしい店101』では国内産小麦粉を使っていると書いていたので、無農薬の内麦なんでしょうな。このあたりも『美味しんぼ』現象的なものを見るけど、実際はどんなもんか。
ちりめん亭 長居店(長居店はもうない。新大阪店はまだある。現在大阪府下には4店舗ある)「極細と平打ちの2種類のちぢれ麺でおなじみの店。機械打ちとはいえ、独自の多加水製法によって30時間も熟成させた完熟麺のため、非常にコシのあるシコシコした食感が味わえる」と、全記述の9割近くが麺の説明で費やされている。これは異例。しかし「機械打ちとはいえ」という記述や、他の店の紹介で出てくる「手打ち」という記述からして、このライターにおそらく一般的な製麺がどういうものなのかの知識はないと思われる。このあたりも2000年代にラーメン界が麺重視に変わってきた状況とのギャップが感じられる。ちなみにちりめん亭はモスバーガー系のチェーン店。
浜ちゃん「長浜直送の極細麺」
麺屋 神連「48時間ねかして作っているという自家製麺」
力雅「スープや麺から、チャーシュー、キムチまで、すべて自家製というこだわり派」「コシが自慢の手打ち麺」
鳳ラーメン「自家製麺には卵の殻が入っていてカルシウムたっぷり」別にラーメンの麺でカルシウム補給しようと思ってる人もいないと思うけどねえ。……それにしてもどうして卵の殻を入れるんだろう? 雑菌のことを考えるとさすがに製麺に使った生卵の殻を入れてるわけじゃないと思うけど……。
かっさんラーメン「コシのある玉子麺」
九州ラーメン福将軍「添加物が一切入っていない細麺」
紅鶴ラーメン本店「天然水で作る自家製麺は極細ながらもしっかりとしたコシがあり、歯ごたえも抜群です」
マンサクラーメン「横浜直送のちぢれ麺」
ラーメン専科四季「特注の玉子麺」
ラーメン食堂とん太「オリジナル生麺」
レノンののれん「麺は特殊な浄水器の水でゆでるので、麺そのものの味が引き立ってる」「引き立ってる」ってなんだよ(^^;と思うけど、しかし茹でに使う水にまで言及しているのはこの店しかない(既に閉店してる)。その意味ではなかなか珍しいけども、 しかし「特殊な浄水器の水」なんて表現で納得できるのか。(^O^)
翁介「自家製麺」「1度来られたお客さんの好みや麺の堅さや味は忘れないように心がけています」という主人の言葉。「お客さんの好みや麺の堅さ」ってところはいかにも昔ながらっぽくてよい。ちなみにこの店は1948年創業の老舗。
楓林ラーメン「オリジナルのレシピで作らせる麺はコシが強く、ツルッとした喉ごしがいい」
寅さん「麺は25軒もの中から生の状態で噛み比べて選んだもの」正直、あまり意味がわからん。できれば茹で上がりの状態で比べて欲しいなあ。客は生を食うわけじゃないんだから…ってまあ、客にはわからない微妙な違いがあるのかもしれないねえ。
らんたん「かんすいや化学調味料を一切使わない粘りのある麺」かん水まで使わないとはなかなか凄い。
味千「麺は熊本から取り寄せるなど、本場熊本仕込みのご主人のこだわりが味に生きている」
天龍「やや太めのむっちりした麺」
藤っ子「大釜で泳がすようにゆがく麺もグー!」グー!
麺の茹で方については神座 千日前店の「麺はやや堅めにゆでて、食べる間にベストの状態にと細かく気を配っています」という店員のコメントがあった。なるほど、神座のラーメンは白菜を鍋で茹でて熱々の状態で出てくるからそういう気遣いも有効かもしれないな。
大阪の味 ラーメン喜らくまで自家製麺をアピール。
95年の『本当においしい店101』に続いて「自家製麺」をアピールする店は多いとは言わないがやはりある。しかし麺そのものをアピール点にしている店はこの時点(1997/01)でもまだごく少数だ。この時点でもまだラーメンは「スープ」であり、それにトッピングで店の個性を出す、というのがだいたいの定番紹介になっている。
しかも自家製麺であっても、これが「こだわり」という文脈で語られることも少ないように思う。あるいはコストダウン的な印象が強かったのかもしれない。麺のこだわりはむしろ、「麺は、スープにぴったりなものをと、社長自ら全国を廻って探し当てた喜多方産」(一級らーめん)や、「長浜直送の極細麺」(浜ちゃん)のような記述になっている。
前回に続いて、魚介系のスープについての記述。
剛力ラーメン「鶏ガラやホタテ、かつお節、大根、レモンなど、常時数十種類の素材をコトコトと煮込こむ、奥の深いスープが自慢だ」(「煮込こむ」はきっと「煮込む」の誤植)
支那そば 大正「豚骨と鶏ガラに、昆布や野菜を加え、3時間煮られる」
東京ラーメン「豚骨と鶏ガラを煮込んだベースに、昆布やしいたけを細かく刻んで炊いただしなどを加えた」
この他に『本当においしい店101』(1995)にはなく、この本で登場する特徴が2つある。
それは「タクシー運転手信仰」と「女性に人気/1人でも入れる」。
特に80年代くらいをピークに90年代までは食べ物に関して「タクシー運転手信仰」とも呼べる認識が世の中には存在した。タクシー運転手はおいしい店を知っているというお話。当時はそれなりに根拠があったはずだが、現在では雇用情勢の変化で業界そのものが変質したしうかうか路上駐車もできなくなったりで、こんなことはほとんど言われなくなった。
この本ではほんの少し登場するだけだが、後に紹介する本ではこの信仰が爆発しているので(^O^)、一応、この本に出てくる記述も紹介しておこう。
第一旭たかばし本店には「何より店の前に列ぶタクシーの列がおいしさの証だ」
支那そば 大正「タクシーの運転手や近所の主婦などで連日大賑わいだ」
で、女性について。
当時は牛丼屋と同じくラーメン屋は女性客があまり行かないということになっていたわけだが、ということは人口の半分を占める女性客は大いなる未開拓市場ってことで、古今、多くの店が女性客を取り込もうと工夫を重ねてきた。
しかもこの本はぴあが作っているわけで、そのあたりの視点があって当然。
ただ実際には女性客に関する記述はそんなに多くない。
これもまた、次回以降に紹介する本で爆発する。(^O^)
だいたいのパターンとしては「女性客が多い」とか書くことで「女性客も来ている(ので気軽に来てね)」と間接的にアピールするという感じ。
支那そば 大正「ウチは女性の1人客も多いことが嬉しいですネ」
新福菜館「見た目よりあっさり味。女性の方にどんどん食べていただきたいですね」
彩華ラーメン上本町店「女性ひとりでもふらっと気軽に来ていただける店です」
芦屋らーめん庵「こってり風に見えますが、食べると意外にあっさり味。女性ファンも多いんですよ」
大来軒本店「あっさりした塩味の海賊ラーメンは、パスタより栄養満点、女性におすすめです」
らいよはうす「「これくらいなら女性でも十分食べられるサイズなので、ぜひお試しを」
上海「女性には野菜満載の『五目あんかけそば』も人気」
古潭 なんばCITY店「麺は太めで、食べるのが遅い女性も、コシのあるまま最後までおいしくいただける」
ラーメンあかつき「見た目よりあっさりしているので女性客にも好評だ」
ちなみに「女性1人の客が多い」みたいな店でも、店内写真に女性が写ってることはまずない。(^O^)
あと、少し気になったのは「無添加」「合成保存料不使用」みたいな言葉があまりにいい加減に使われていること。
「無添加」ってのは何を添加してないのか。「添加物」? じゃあ添加物って何? 例えば麺に卵を入れるのは添加物なのかどうか。かん水は添加物かそうでないのか。そのあたりの線引きが全くできてないようだし、もしそれができていたとしてもじゃあ添加物が入ってたらどうなのかまでの共通認識がないと「無添加」という言葉に意味はないよね。店が商品コピー的にいい加減なことを書くのは好ましくないものの仕方ない部分はあるとして、伝える側がそのまんま真に受けてどうするんだと思ったりもする。
あと、重なるけど、
「アトピーの人でも安心して食べられる天然素材100%の「純豚骨ラーメン」」
というのは非常に危ないコピーだと思う。
アトピーは命にはかかわらないかもしれないけれど、やはりこういう↓話と同じ問題を感じた。
(有)池田養鶏場の美味もみじ卵 美味さくら卵のサイトすごいひどい
http://d.hatena.ne.jp/ohira-y/20101030
このあたり、90年代はまだまだイノセントだったのかなあ。
突然食いたくなったものリスト:
- 月餅
本日のBGM:
I Shot the Sheriff /Eric Clapton
「90年代のラーメン2」で少し紹介したラーメン本を1冊ずつ読んでいこうというエントリシリーズ(になるといいが)。
大阪(関西)のラーメンは2000年代になって大きく花開いたと思う。
今振り返ってみれば、90年代以前の大阪は、ことラーメンについては「暗黒時代」だったとすら思っている。
とはいえリアルタイムでそんなことを考えていたわけではなく、その時代なりにウマいと思うラーメンはあったし、作る側も食べる側も伝える側も、その時代なりに誠実に行動していたのだと思う。
そういう雰囲気(のほんの一部)を伝えているのがラーメンガイド本だと思う。
まあ今のガイド本を見てもわかるとおり、ラーメンガイド本などというものはさほど信頼を置いていいものでもないし、その程度のものだという認識はあるけれど、それでもいくらかの時代の空気は伝えているはずだ。それに広告記事についても、当時まだビジネスモデル的に確立しておらず今ほど非道くはないように思えるし。
あと、たくさん見ていけばその分信頼性も少しは上がるんじゃないだろうかとも思うんだ。
というわけでこのシリーズでは一応、私が持っている90年代のラーメンガイド本全部についてやるつもり……ではある。
今回は、これ。

『ぴあBOOK ~大阪・兵庫・京都・滋奈和~ 本当においしい店(1) ラーメン101店』(ぴあ)
data
発行:1995/07/10
情報:1995/04/30現在
掲載範囲:大阪・兵庫・京都・滋奈和
内訳:大阪59、兵庫11、京都25、滋奈和6
掲載店数:101
世の中にはこれより古い本が存在するとは思うんだけど、今現在私が持っているラーメンガイド本の中では一番古いものなので、これからご紹介する。
「前書き」に編著者にあたる「ぴあまんぷく研究会」についての説明がある。
それによると、「小社ぴあのグルメ誌編集者をはじめ、グルメ記者や食べ歩きを趣味とする人たちで構成された、おいしいものには目がないという集団です」と。解ったような解らないような。(^^; とりあえず表紙には「編集協力:ぴあまんぷく図鑑 ぴあNIGHT ぴあMAP」とあり、情報誌専門会社ならではの情報濃度を謳っている。
#今の『関西Walker』『KANSAI一週間』(もうない)と違って、当時の関西の花形情報誌は『ぴあ』『エルマガジン』だった。
律儀な本で、全ての店に1ページを割いている。店によって2ページ取ったり半ページになったりすることがない。紹介文は14文字×21行=294文字内外で、1ページ1店だけあって現在のラーメン本に比べて多くの文字数が当てられている。

見開き
大地図はなく、個別記事に最寄り駅からの地図が入る。データ蘭には住所、電話番号などの基本情報以外に、「ボリューム」「麺の太さ」「麺の堅さ」「スープの濃淡」「ラーメンメニューの種類数」が表で示されている。
巻頭には「ぴあまんぷく研究会特別座談会 関西ラーメンマニア会談」という特集が組まれており、「ラーメンマニア」だという4人の対談が掲載されている。
メンバーは古谷文乃(大阪パフォーマンスドール)、いのうえひでのり(演出家、劇団☆新感線主宰)、宮下健二(前ぴあ関西版編集長)、山村光春(フリーライター、構成作家)。
こういう対談って正直さほど面白いと思わないんだけど、それはリアルタイムでの話で、15年という時を経た今読むとむしろこういう形式の方が当時の空気が伝わってくる気がする。
話題がやはり古いというか、今であればとりたてて言挙げするほどのこともないようなことがあったり。例えば「行列のできる店ってけっこうありますけど……」みたいに始まる話題は、やっぱり行列のできる店がようやく出てきたこの時期だからこその話題だろうし、高菜やニンニク入れ放題の店がどうとか。
「“道頓堀ラーメン戦争”って最近よく言われてますが、道頓堀のあの3店(金龍ラーメン、神座、薩摩ッ子ラーメン)も、それぞれ行列になったりしますよね……」
とか、ああああほんと時代だよねえ。
この3店は今でも健在でそれぞれ順調に営業を続けているし、それに加えて今では他にも数多くのラーメン屋が開店し、「戦争」は激化しているが、それでも今、これを“道頓堀ラーメン戦争”と呼ぶ人はいない。
あまりにメジャーになりすぎて、しかも観光地ということもあり、ラーメンマニア(^O^)が相手にするようなものではなくなってしまったのだ。
このあたりがラーメンそのもの進化や市場の広がりの結果なんだろう。
しかしこの「会談」がなかなか凄いのは、終わりのこんな会話。
いのうえ:昔、博多で、ある店のウワサが流れて、「どうもあの店のダシの中には猫の頭が入ってるらしい」って…。
古谷:ウワァー! いやあ!
いのうえ:でもその店のラーメンはその時すっごくうまくて。
古谷:いやあ、いやですよー。
いのうえ:で、ある日、どうも衛生局の取り調べが入ったらしくって。何ヶ月か営業停止になってね、その後味が落ちたっていう話がある(笑)。
古谷:イヤダー。うそでしょう。
一同:(爆笑)。
いのうえ:うまけりゃ猫の頭が入ってようといいじゃないか!っていうお話です。
古谷:でも猫ちゃんは……。
いのうえ:うまいラーメンにはいろんなモンが入ってるんです!
こう言いっ放したまま、「会談」は終わっちゃう。(^^;;;;
いのうえひでのりらしいっちゃらしいけど、さすがに今ならこんな話題は(実際に「会談」で出たとしても)カットだろうし、もし企画上載せたとしても何らかのフォローが入るよねえ。
あとこの対談で、ある豚骨ラーメンの店への評価を「ちょっと味にムラはあるけど、本物に近い味を出してます」なんて言い方をしてるのも興味深い。これは時代……どころか今もまだそういうことをいう人が沢山いるみたいだけども、まずどこか(九州だとか北海道だとか)に「本物」があって、それにどれだけ近づけるかっていう勝負という認識が、かなりあったと思う。しかしこれって天井が決まったつまらない勝負だよねえ。最大限での賞賛でも「本場そのまま」あたりなわけで。
なお、この時点(1995/04/30現在)で京橋の剛力ラーメンはつけ麺(¥750)を出している(メニュー名も「つけ麺」)。これは知らなかった。つけ麺を看板に掲げてはいないものの、大阪でつけ麺を出した店の嚆矢かもしれない(少なくともこの本に掲載されている店でつけ麺を出しているのはここだけ)。どういうものを出していたのかはよくわからないけど。
以下、個別記事への感想。
揚子江は「今では毎日400~500食も出る」って。凄いな。
らいよはうすは「2号店」となっている。他にも店があったのか……(この疑問は次に紹介する本で解決する)。全てのメニューに食前酒の白ワインがつくとあり、これは違う雑誌でも何度か読んだが、実際に行った時にはそんなの見たことない。もうやってないのか頼んだらくれるのかはわからないけど。出してくれるなら光龍益みたいにセルフで入れるようにしてくれたらわかりやすいのになあ。
ヤング藤平「今や、大阪のラーメンもトンコツ味が主流。九州ラーメンとは一線を画す大阪のトンコツラーメンがあちこちで生まれている」とある。これがいわゆる「関西ライト豚骨」ってやつだねえ。ヤング藤平はしかしすぐにラーメン屋敷 藤平にリニューアルされる。
大来軒「札幌ラーメンの店が急増した70年代初めに…」なるほど。
薩摩ッ子ラーメンは95年の時点で「大阪に29軒、奈良に1軒」の店舗とある。これも凄いねえ。この時代、大阪では“トンコツ、ニンニク”というのはラーメンの圧倒的なトレンドだったんだよなあ。
公式サイトがないらしいので現在何店舗あるのかわからないが、これより増えてはいないように思う。それに公式サイトがないということは、現在はそれほど積極的にフランチャイズ展開をする気もないということなのだろう。
昭和40年代、全国で最初に吹き荒れた「ご当地ラーメンブーム」は札幌ラーメン。90年代はまだその名残が残っていて、この時代に既に「老舗」となった北海道ラーメンの店がいくつか顔を出している。赤れんがもその1つ(今でもやってる)。この時代から今でも変わらず営業時間は11:00~14:00のランチタイムのみ。西山製麺の麺を使っていることを誇っている。味噌ラーメンの浪花天神ラーメンは94年11月オープンながら(既に閉店)、これも西山製麺の麺をアピール。
会津喜多方ラーメン蔵 三津寺通店には、「おいしいラーメンとして全国的に有名な喜多方ラーメンの店が新大阪に続きミナミにも登場」とある。ということはこれが大阪2店舗目ということなんだろう。札幌、九州と続いたご当地ラーメンブームは80年代後半に喜多方ラーメンという“第3の波”が起こったってわけ。「地ラーメンの真打ち、喜多方ラーメン ついにミナミに登場!」というキャッチフレーズには、目新しいラーメンへの期待がうかがえないでもない。一時期この蔵は関西にもたくさん店舗があったように思うが(記憶では八尾や泉北、スーパーのフードコートなどで見かけた)、公式サイトを見る限り、現在、大阪では2店舗を残すのみのようだ。札幌、九州とは違い、喜多方ラーメンの個人店はこちらで見かけたことがない。見るのは坂内小法師、蔵、大安食堂といったチェーンばかりだ。
ちなみにこの三津寺通店は現在心斎橋つけめん 一燈行となっている。
ニラの薬味を最初に考案したのはアベノ日本一 宗右衛門町店だそうだ。へええええ。「以前は阿倍野の都ホテルの前で屋台を出していたが、関空の開港に向けての区画整理でやむなく屋台をたたみ、ミナミに店舗を構えることになった」。現在はこの宗右衛門町店もたたみ、阿倍野の外れに店を出している。
神座 千日前店の写真を見ると、この頃はまだ汎用の丼を使っている(現在はカラフルに「神座」の文字がちりばめられたオリジナルの丼)。この丼が奈良の天理スタミナラーメン(通称天スタ)のものと全く同じで笑ってしまった。どっちが早いかといえば、天スタだろう。天スタでは今でも屋台店などではこの丼を使ってるようだ。

さて、どちらがどちらの丼でしょう?

正解:上が天理スタミナラーメン、下が神座(当時)
この時代に無茶苦茶パワーがあったのが、金龍ラーメン。今でも、一時の勢いはないが堅実に商売している。ちょうどこの頃は近くの神座、薩摩ッ子ラーメンとともに「道頓堀ラーメン戦争」と呼ばれたという話は、この本の巻頭特集にも出てくる。
大きな地図で見る
A神座 I金龍 E薩摩ッ子
金龍はその中でも最も古く、創業は82年くらいだっただろうか(うろ覚え/神座は86年)。金龍の勢いを伝える話として、この本には凄いことが書いてある。「屋根に横たわる巨大な龍が目を引く道頓堀本店では、昼夜を問わず客足が絶えることなく、1日に5000杯を売り上げたこともあるほど」と。(゚Д゚) ごごごごせんばいッ!? ろろろろしあんるーれっと!? いくら24時間営業とはいえ、本店支店合わせてではなく、道頓堀本店1店舗だけでですよアナタ。
ほんまかいな。(^^;
当時はチャーシューメンもなくてメニューは1杯600円のラーメンのみ、しかも立ち食いなので回転はいいとしても、それでも単純に割り算しても10分で35人て計算っすよ。(^^;

今とほとんど変わらない当時の店構え。これで10分35人が1日中……?
凄すぎる。……まあこれの真偽はさておき、大阪に住んでて、ミナミで飲んで金龍でシメを食べたことが1度もない人なんていなかったんじゃないかというくらいの勢いがあったことは確かだ。だからトンコツでキムチ、ニラ唐辛子、ニンニクをトッピングし放題という金龍のスタイルは、良くも悪くも大阪人の「ラーメン」のイメージを定着させたんだよね。
自家製ラーメン 樹のバン麺の値段は400円だ。15年経った現在は450円。この良心に泣きたくなるね。
彩華ラーメン 上六店は「天理「彩華」の直営店として大阪に登場、今やすっかりおなじみの店」と紹介されている。奈良の彩華ラーメンそのものは68年創業、上六店は92年にオープンしている。もともと屋台から始まった店で、大阪の人間はわざわざ天理までラーメンを食いに車を走らせるという行為そのものを楽しんでいた。ラーメンも大阪にはない白菜の入った(後に「天理系」とか呼ばれるスタイル)ものでそれも新鮮だった。そういう知名度があっての上六店のヒットだったんだろう。
ラーメン日本に本店があったとは知らなかった(新地/この時点で既に閉店している)。
鳳ラーメンは1983年創業の高槻での豚骨ラーメンの先駆け。それも「関西の味覚に合った」薄めの「関西ライト豚骨」。ここも自家製麺。ググッてみたら、結構ファンはついていたはずなのに去年閉店してしまったようだ。閉店前はかつてのファンを嘆かせる変わり方だったらしい(⇒食べログ)。
三宮の三馬力の評判は非常にいい(「兵庫」カテゴリの一番最初に紹介されている)のだが、残念ながらかなり早くに閉店してしまっている。私は食べたことがない。非常に残念だ。「ここでは「中華そば」と「ラーメン」をあくまで異質のものと考え、それぞれ別々のスープと太さの違う特注麺を使って別メニューにしている」という。その解釈を味わってみたかった。
麺蔵は「キムチラーメンを始めたのはここが最初だそうで」と書かれている。「だそうで」というところが編集側の疑念を表してるが(^^;、いやマジで、「ほんとなの?」とは思うよね。(^^;
神戸らーめん 第一旭 本店は現在の神戸本店。ちなみに元町にあるのが元町本店、三宮にあるのが三宮本店。……三田屋本店かよ。(^O^)
もっこす 石屋川店はいくつかあるもっこすの支店の中でも一番有名だけども、大倉山本店に比べても圧倒的にメディア露出が多い。どうしてなんだろうなあ。
芦屋らーめん庵「ひと際長い行列のできる店としても有名だ」とあるのが時代を感じさせる。“2号線ラーメン戦争”と呼ばれたのもこの頃だっただろうか。
本家2国はこの時すでに西明石店、伊川谷店、須磨店、長田店、玉津店があったんだけど、この後ここがたどった道を思うとやっぱりなんか、切なくなるねえ。
阿月本店は、関西では珍しい“甘味処のラーメン”。おそらく現在京阿月と言っている店なのだと思う。残念ながらこの本に掲載されている店舗(大丸京都店の北側)は既にないようだが、ラーメンを食べさせる店舗はまだあるようだ。甘味処にラーメンというのは関東では珍しくないよね。どうしてなのかなあ。何か起源があるのだろうけど。紹介文にはこんな記述がある。「一時代前に全国的ブームとなった、あっさりスープと細めの麺が特徴の、いわゆる京ラーメン。その元祖が、実は京都の和菓子店、「阿月」だったと知る人はほとんどいないのではないだろうか」。確かに知らなかったが、それ以前に“京ラーメン”という存在も、ましてや全国的ブームになったという事実を、私は知らない。(^^; ……そうなの?
こむらさきは熊本ラーメンでも鹿児島ラーメンでも天下一品でもない。「オーナーのおじいさんがラーメン屋さん、お父さんがフランス料理のシェフだったことから、ここのラーメンはその2つを足した“フランス風ラーメン”とでもいった趣がある。スープはコンソメベースのあっさりタイプで、豆板醤がピリッと効いた超個性派」だと。ややこしい名前ではある。(^O^) 食べたことはないんだけど(今はもうない)、白菜、豚バラ肉が入ったルックス、コンソメ、豆板醤というデータからは神座の味が簡単に浮かんでしまうが、違ったのだろうか。
鳳林「熱いものは熱く出すのが料理の基本」いい言葉だ。
第一旭たかばし本店には「全国にチェーン展開しているが、この「たかばし本店」の味だけは……」といった記述がある。正直、“第一旭”の名称やチェーン店のややこしさはワケわからん。「Wikipedia - 京都ラーメン」には以下のような記述があるが、これ読んだところでワケがわからんことは少しも解消されない。
| ……現在、直営店は、南インター店、亀岡店の2店のみで、本店、城陽寺田店は直営ブランドの独立採算店、それ以外はFC店である(その他、「第一旭」とは別に、「たかばし」というブランドも有しており、直営で別展開している)。そのため、本店、城陽寺田店は、厳密にはチェーン店には含まれない(よって、厳密に言えば、本店は旧本店になるのだが、「第一旭」では、1号店であるとの意味も含めて、そのまま本店の呼称を使っている。現在チェーン店の体制として、いわゆる本店機能を有しているのは、南インター店である)。FC店は質にかなりバラツキがある。また、過去の様々な経緯により、本店の許可を得ずに「第一旭」を名乗っている店も少なからず存在する(味や見た目はほぼ同じ系統である)。 |
なお上述の神戸らーめん 第一旭の公式サイトの会社沿革にはこうある。
昭和22年 京都高橋に旭食堂を初代創業 昭和29年 第一旭に商号変更 昭和42年 現社長が京都高橋にて伝授 昭和46年 第一旭 神戸本店設立 昭和50年 麺工場設立 昭和57年 第一旭 三宮本店設立 昭和59年 有限会社 アサヒフーズ設立 FC開発事業を展開 FC展開店名として「神戸ラーメン第一旭」を呼称 神戸本店を「神戸ラーメン第一旭」神戸本店 三宮本店を「神戸ラーメン第一旭」三宮本店 昭和60年 新工場完成 平成 8年 工場移転 平成11年 神戸本店を移店 平成12年 「神戸ラーメン第一旭」元町本店設立 平成15年 「神戸ラーメン第一旭」を第一旭に統一 |
横綱本店は、この時点で「今や支店数16店舗を誇る京都では大御所的存在の店…」とある。公式サイトによると現在は全国で30店舗。ほう、横綱のチェーンは全店直営なのか。この本には吉祥院にある店が「横綱本店」として紹介されているが、「Wikipedia - 京都ラーメン」によると、「現在は、特定の店舗を本店とは位置づけていない」そうな。
ところでこの本(1995)では「21年前の創業」と書かれている。しかし公式には創業は1972年、店舗営業開始が1977年なので計算はどうやっても合わない。(^O^) いずれにせよ店舗営業開始からこの本発行の1995年までの18年で16店舗に広がり、そこから15年間で14店舗増えて30店舗というのは、何とも堅実な増え方じゃないか。しかも直営店のみで。
次に、麺についての記述をピックアップしてみた。
2000年以前のラーメンは極度にスープ偏重だったという印象がある。とはいえ麺にこだわる店や「自家製麺」の店が皆無だったなんてことは思っていない。
このあたり、実際はどうだったのか。
というのも以前、「『最新ラーメンの本 関西版』の話」で書いた、
|
石:自家製麺を関西で注目させたのは『麺哲』あたり? P:そうですね。 と:正確には『麺哲』の庄司さんが店長を勤めていた『秀次郎』です。 石:そうすると大阪に自家製麺の概念を持ち込んだのは、庄司さんなんですね。 |
みたいな乱暴な記述が気になってて。何というか、確かに90年代まで大阪のラーメンは暗黒時代だったけど、かといって決して未開の地ではなかったんだよという気分。
まあこれにはとしむね氏によるこんな↓フォローがちゃんと入っているし。
| と:古くから自家製麺を扱うお店は色々あったんですけど、もっと麺に注目しろって言ったのは『秀次郎』だったんですよね。 |
いずれにしても1990年代までの関西の麺事情というのは気になる。
というわけで、麺についての記述を集めてみた。
くりやん「コシのある歯ごたえ抜群のオリジナル麺」
古潭「麺はやや太め。ゆで上がりにサッと打ち水をしているから麺がしまり、スープも食べやすい温度に下がるというワケ」写真を見ると大鍋に平ザルで茹でている。いいねえ。今もそうなのかな。

古潭の麺あげ
らーめん朱 梅田店「麺はやや堅めの極細麺で、もちろん注文に応じてヤワ、カタ、バリカタといかようにもOK」
大阪の味ラーメン 喜らく「喉ごしのいい特製の細めの麺」
らいよはうす 2号店「堅めの細麺」
ヤング藤平「麺は心もち細めのストレート麺。博多の麺とは歯ごたえも喉ごしも異なる」
火無夷「麺は、3つの生地を製麺機のロールに通しサンドイッチ状に重ねることによって、独特の歯ごたえを作り出したオリジナル」これはなかなか凝ってるねえ。他の本には麺に使う水も大神大社の御神水だという記述もあるし、この店の麺はかなり気合いが入っていたようだ。
赤れんが「札幌の「西山製麺」から取り寄せている太めでコシの強いちぢれ麺の歯ごたえも抜群」
浪花天神らーめん「こだわっている麺は、この店のマネージャーがとことんほれ込んだ札幌の「西山製麺」直送の太麺を堅めにゆでて出している」
味仙「麺は特注の玉子麺」
会津喜多方ラーメン蔵 三津寺通店「会津の美しい水と、最高級の小麦粉、さらに地酒を加えて練りあげた麺は、平打ちのちぢれ麺」「最高級」(おそらくは灰分を基準としたグレードとして)の小麦粉を使ったところでおいしい中華麺ができるとも限らないとは思うけどなあ。
ちりだラーメン「麺は店の奥にある製麺機で毎日作られるコシのあるストレート麺」これは当時としてはなかなか先進的だったと思うんだけど、記述はこれだけであっさりしたもの。
尾道ラーメン めんくい 心斎橋店「麺は尾道から送られる特製平麺で、スープとうまくなじませるのがポイントだとか」
神座 千日前店「中華風の細麺は少し堅めにゆでられており食べる間にスープを含んでベストの状態となる」「中華風の細麺」って何じゃろ?
金龍ラーメン 道頓堀本店「麺は製麺が追いつかなくなりやめていた自家製麺を、全店舗で復活」
小洞天「麺はスープと調和する細めのストレート麺」現在は麺屋棣鄂の麺なのかな。
自家製ラーメン 樹「生麺類の製造卸を営んでいる製麺所が2年前にオープンしたラーメン店。毎日店の奥で作られる麺は卵白がたっぷり入った、かなり歯ごたえのある細麺」
龍虎「麺は手作りで、温度や湿度を計算して、一番おいしく食べられる状態になるまで丸一昼夜寝かせたスグレモノ」「手作り」という表現(今なら自家製麺だよねきっと)、「スグレモノ」というフレーズ、時代だなあ。メインコピーが「温度や湿度にまで気づかう手作り麺はトンコツスープとの相性がバツグン」。自家製麺だろうが製麺所だろうが、製麺をやるのに温度や湿度に気を遣うのは当たり前のことなのにわざわざこう書けちゃうということは、ライターにも読者にもそんな知識はなかったということだろうか。
信濃路「麺は特注のコシのある細麺」
尾道ラーメン十六番「きしめんを細くしたような独特の麺も、もちろん尾道から取り寄せたもの」そういえばこの時代は平麺がほとんどないんだよね。ほとんどが九州ラーメンの細ストレートか札幌のちぢれ麺か。だからまだ「平麺」という表現そのものがメジャーではなかったのかもしれない。
青葉らあめん「コシのある細めの麺は歯ごたえたっぷり」「歯ごたえたっぷり」って何だよ??
九州ラーメン 博多「コシのある細麺」
一級らーめん「麺は玉子麺で特注のもの。コシが強く細い麺なので、スープによくなじんでおいしい」
剛力ラーメン「麺は東京の青梅で作られている天然水使用の玉子麺」
マキノ家「麺はコシがあり、喉ごしがいい特注品」
ラーメン専科 力雅「店の2階で作っている手打ち麺はタンパク質をたっぷり含むようにと、卵がふんだんに入っている。シコシコとコシがあって、スープにぴったり」とある。そしてこの時代としては極めて珍しいことに、製麺風景が写真で紹介されている。写真は麺が裁断されて出てくるところで、使っているのは普通の製麺機だと思う。しかしコピーには「手打ち麺」とある。この時代の雑誌は自家製麺を「手打ち」と表現することが多い。こういう写真があるということは目の前で製麺風景を見ているはずなのに、製麺所ものとどういう違いを考えて「手打ち」としているのだろうか。

かなり年季の入った製麺機
二両半「麺は細めでコシが強く、スープの絡みもよい」
彩華ラーメン 上六店「麺はこのスープに合う自家製の細麺を使用」
れんげラーメン「麺は、濃い味になじむように細めの麺を使用」
光洋軒「今も当時の製法のままに製麺業者に作らせているという麺は、しっかりとしたコシのある太麺で、食べる人の好みによって好ききらいが極端に分かれそうな独特の食感を持っている。ちょうど沖縄そばをイメージすると近いかもしれない」当時は“高井田系”“布施系”なんて呼び方もなかったし、こんな太麺は他になかったから麺について表現するボキャブラリーもなかったってわけだ。今、この麺を沖縄そばに例えるような人はまずいないだろう。
長浜ラーメン 浜ちゃん「博多直送のコシのある細麺」
中国小吃 上海「麺は国内産小麦粉を使った手作りもので、木箱に入れて冷蔵保管するといった気の使いよう」いやまあ、保管はそうでしょう。国内産小麦粉を使ってるそうだが、上海料理ならひょっとしたらかん水を使ってないかもしれないなあ。どうなんだろう。
博多ラーメン 一休「麺は、福岡から仕入れている細めでコシのあるストレート麺。それを堅めにゆでて使っている」
天下善「麺は特製の玉子麺」
中国料理 天馬「卵たっぷりのしこしこ細麺」
白ラーメン 南蛮亭 2号店「麺はコシの強い細麺を特注。2年ほど前までは太い麺を使っていたが「好みの変化に合わせて細めになった」という」」
ラーメン日本「特注の細い麺」
鳳ラーメン「トンコツのとろりと白っぽいスープに自家製の細麺がなじみ…」
紅鶴ラーメン(現在は閉店)は「現在、麺は特注しているが、今後は水にこだわって製麺の方にも力を入れていくそうだ」とある。(コストではなく)こだわりを実現するために自家製麺に移行するという志向は、この時代の関西にもちゃんとあったということ。
四川ラーメン 都「特製の細麺は堅めでシコシコとした歯ざわり」
中華のポパイ「風味を引き立てるため一晩寝かせて使う特製手打ち麺」
真琴 本店「特注の中華風細麺」だから、「中華風細麺」って何じゃい?
長浜ラーメン ごん太「博多直送の手打ち細麺」
かっさんラーメン「コシのある玉子麺」
長浜ラーメン とん吉「「ヤワで使える麺はままあるが、ハリガネならやはり本場もの」と、福岡から毎日取り寄せる」
芦屋らーめん庵「自家製手打ち麺の“ツルみ”を生かすことを第一に考え、試行を重ねた末にたどりついた味だという。麺は打ってから30分ほど寝かしたものを使う。“コシ”と“ツルみ”の両者がもっとも活きる頃合いだからとか」麺についての記述がかなり多い。しかし自家製麺を「手打ち麺」と表現するのはどんなもんだろう。また、「麺は打ってから30分ほど寝かしたものを使う」というのはよくわからない。次から次へと打ちながら営業しているわけでもないと思うし。あるいは30分ほど麺帯の状態で寝かせてから打った麺ということだろうか……?
天佑「製麺業者に製麺用の歯をわざわざこの店専用に作らせており…」「麺は少し細め。製麺業者に製麺用の歯をわざわざこの店専用に作らせており、トンコツスープとうまく絡まるように工夫されている」今なら番手や形状を書くよね。あと「歯」も今なら「刃」と書くかなあ。
神戸らーめん 第一旭 本店「自社工場で作る細麺」
天津「無添加の生麺」
阿月本店「場所柄、買い物がてらに立ち寄り、おしゃべりしながらのんびりと食す客が多いということから、麺には時間が経ってものびにくい工夫がされている」なるほど、これは目的がはっきりしていて特徴的だ。
らんたん「仕上がりがほどよい堅さの麺は業者に特別に注文しているもの」
味千「コシのある麺は熊本より仕入れたもの」
天下一品総本店「自家製の麺」
天宝「麺はコシのある極細麺」
玄屋「麺は細めで和風」え?「和風」?? 和風の麺ってのは結局、何じゃい????? 何度か出てきた「中華風」という言葉といい、当時は和風の麺、中華風の麺というのが存在したのだろうか? あるいは無かん水だったりするのかなあ。かん水が入ってないのを「和風」と表現した、みたいなことはありそうではあるけれど(それが「和風」かどうかは別として、「中華麺ではない」という意味で)。でも現在の写真を見る限りかん水は入ってそうだしなあ……。
麺については自家製麺が案外多くて驚いたが、それでもたいていの場合はスープや具(特にチャーシュー)に多くの紙幅が割かれている。自家製麺にさほどアドバンテージを与えておらず、北海道ラーメンなら西山製麺、九州ラーメンなら地元から直送される麺にプレミアム感を感じているというイメージがある。
太さについても今なら雑誌でも普通に顔を出す「切刃」「番手」などという表現はもちろん出て来ず、「細麺」程度の表現にとどまっている。
そんな中、好みに応じて麺のかたさが注文できるかどうかには比較的注意が払われている。この時代は関西でもラーメンの主流は九州のとんこつラーメンだったから、ラーメンといえば何でもかんでも「かため」の麺を注文するのが「通」といった認識があったようだ。
麺そのものへの評価はせいぜい「特注」「特製」という程度。つまりこの言葉は「(製麺所に)手間をかけさせている」という記号で、これは「おいしさ」に直通しているという発想だ。
そしてもう1つ、興味深いのは「卵麺」がヨイという認識。
この2つを合わせて「製麺所に特注した極細の卵麺」あたりが最上級の賛辞になっているように読める。
卵麺か。
確かに使わないよりもコストはかかるように思うが……。卵を何のために使うのか、使えばどうなるかについての記述はないなあ。ただ1つ、ラーメン専科 力雅の記事だけは「タンパク質をたっぷり含むように」と書いているが、ではタンパク質がたくさん含まれればどう製麺に影響するのかは、やっぱりこの記述ではわからない。だいたい「卵麺」ってどういう卵を使った麺のことをいってるんだろう? これは純粋に、「用語」としてよく知らないんだ。全卵なのか卵黄、卵白どちらかなのか、粉なのか。このあたりの区別はされているんだろうか。どうもされていないような気がする。って、それは今もそうか。(^^; いずれにせよこの当時は一言「卵麺」といえば高級っぽく感じるでしょ、という以上の意味でに使われていた言葉ではないように思える。
さてもう1つ、魚介系のスープについても記述を探してみた。
これも前掲「『最新ラーメンの本 関西版』の話」にも紹介した、
| 中華料理に長年勤しんだ店主が、魚介系ラーメンのパイオニア・新宿『麺屋武蔵』の影響を受けて開業したのが2000年。関西のラーメン事情に魚介文化がまったくなかった頃だ。 |
あたりの記述が気になっているので。もちろんこの記述は嘘っぱちではあるけれど、「実際どうなのよ?」というのをあぶり出してみたいので。
というわけで、昆布、かつお節、煮干し……などの魚介系について言及されている部分を集めた。この本ではあまりなかった。
好房「スープを一口すすると、なんとなく懐かしい味がするのは、スープのベースに、トンコツ、鶏ガラに加えて、かつお節を使っているからだ」あえて書くと言うことはさして多くはなかったということではあんだろうな。
会津喜多方ラーメン蔵 三津寺通店「スープは鶏ガラとトンコツをベースに、煮干や野菜などもたっぷりと使い、天然の甘みが生きたあっさりとした上品な味を出している」
自家製ラーメン 樹「昆布、かつお節に、にんじん、たまねぎなどの野菜、チャーシューの煮汁、土ショウガ、鶏ガラなどからとっただしにしょうゆを加えたスープは、やや辛めの味付けのあっさりタイプ」
中国料理 天馬「鶏ガラ、トンコツ、中国ハムを5~6時間煮込んだだしで、昆布、野菜、香辛料としょうゆを煮詰めた味ベースをのばしたコクのあるスープ」
次は1997/01頃(^O^)発行、ぴあの『ランキン'グルメ』の予定。
突然食いたくなったものリスト:
- 包み餃子
本日のBGM:
Tears By The Firelight /STORMWITCH
Twitterである本の話をポロリとしたら、もうちょっとkwskと言われ、大昔に書いた書評(というより感想文)を探したら見つかってしまった。
いつ頃書いたものか覚えていないが、内容からして1995年あたりだと思われる。
もう15年前の話だ。
よほど腹が立ったと見えて、かなり筆が乗っている。(^^;
我ながらよくもまぁそこまで言うなあと思ったので、ここに載せてしまう。
その本は『神と仏とサイエンス―生化学者の井戸端宗教学』。著者は(株)龍角散の元会長・藤井康男氏。既に故人となっている。これを書いた頃は社長だったらしい。
文中の「村井君」というのはオウム真理教の幹部で1995年4月に刺殺された村井秀夫のこと。
なおこの出版社の佼成出版社は立正佼成会系の出版社。
本書はとっくに絶版になっているので、おそらく皆さんの目に触れることはないだろう。
|
『神と仏とサイエンス―生化学者の井戸端宗教学 藤井康男著 ダルマブックス 佼成出版社(未読了) 著者は(株)龍角散の社長で阪大理学部卒(理学博士)。村井君の先輩なわけね。仏教に関する本だそうだ。第2章までしか読んでない。あまりに時間の無駄。無根拠無思慮無理解無分別無見識無脳。愚書以前。 結局、著者の視点は「現代日本バンザイ」の1点であり、そしてそれを生み出した「日本文化・バンザイ」だと。そしてそれは戦後民主主義のおかげであり、それを支えたのは日本人の宗教観なんだと。で、その源流を遡ると聖徳太子の政策にまで行き着く……そういうことを言う。初めに言いたいことありきで、その論理展開はこじつけだらけ(そりゃそうだ。聖徳太子の政策が戦後民主主義的だったなんて。はっは)。牽強附会(辞書を引いてみよう)。現代人の感覚を古代人にそのまま当てはめるのは全く無意味だ。そんなものから出発して正しい認識が得られるはずがない。不覚にも見切りが遅く、103ページも読んでしまったので腹が立つから問題点をいちいち挙げてやる。 聖徳太子は中国のいいところをどんどん取り入れたが、科挙は取り入れなかった、だから偉い、のだそうだ。何故かというと、「科挙などというものは悪名の高いもので、今日の偏差値どころではない。官吏登用試験の最たるものであるが、やたらに大勢が受験してその中で東大の試験ではないが、大量に落とす。そして最後に一人だけ残すというような試験であるから、そういうことは、もう試験のための試験としかいえない」。なーに言ってやがる。科挙は一定のラインを超せばみんな合格した(最後に1人残すようなもんじゃない)。それに科挙の開始が何年かは知らないが、それを始めた隋が成立したのは聖徳太子が摂政になる3年前だ。新制度の弊害(試験が自己目的化したり、受験で人生狂わせる)がそんなに早く現われていたとも思えない。何? 聖徳太子は偉かったから将来科挙がこういう問題を生むことを予想できたんだよって? いやいや。だとしたらなおさらその対策を打った上で採用すべきだったのだ。あなたの意見からすればね。だって科挙は一定の血筋以外にも広く人材を求めようという「民主主義」的なものだったんだからさ(当事者にはそんな認識はもちろんないが)。龍角散の入社試験はどうやってるの? さらに聖徳太子は天皇から権力をはぎ取ったという。天皇に与えられた役割は宗教上の祭主の役割と文武両官の最高位の任命だけなのだと(要するに日本国憲法と同じと言いたいようだ)。これもちょっと胡散臭いが資料がないので反論しない。だが、「太子によって政治と権力を奪われた天皇は、なっても旨味がないという空疎な地位になってしまった。そのために」「天皇を殺して自らとって代わろうとした者が一人も出なかった」てのは問題だぞ。だったら天皇家の抗争の歴史は何なんだ? 壬申の乱はなぜ起こった? 両統迭立なんてものがどうして出てきたというんだ。みんななりたかったからじゃねえか。それに天皇家乗っ取りを企てた(と思われる)足利義満や、「新皇」を名乗った平将門なんての(これはちょっと違うか)はどう解釈するんだ。 天皇に残された数少ない(?)役割である大嘗祭は、天皇が「国民を代表して」「執り行な」っただと。スゲーなこのウソ。右翼に刺されるぞ。「代表して」ということは複数の人間(ここでは「国民」)にその資格があるという意味になる。大嘗祭は天皇だけの特権だ。大嘗祭とは天皇即位後初めて行なわれる新嘗祭のことで、新嘗祭は年に1回初穂を神様に供えて神様と共にそれを食す祭り。大嘗祭はそれプラス皇位継承の儀式(いまだに「謎」とされる密儀)も加わり、それによって天皇と皇祖神が一体になり、天皇たる資格を得る(現人神になる)。大嘗祭はいわば「皇位=統治権」の継承儀式なのであって、そんなもの国民を代表してやったりしない。もしも無理矢理それを主張したいんだとすれば、明治4年の大嘗祭の時に「国民は自分の村の神社で産土神を祀れ」という告諭を根拠にすべきだろうが、まあこれだって聖徳太子とは関係ないやね。 まだある。「日本の歴史を見ると、天皇が直接、政治を把握しようとすると、決まって国が乱れる。それが過去に二度ある。後白河法王の源平の戦いの時と後醍醐天皇の建武の中興」だと。ここでは象徴天皇制がベストだと言いたいようだが、ワケのわからん根拠を持ってくるな。桓武天皇はどうだ、醍醐天皇はどうなんだ。なぜ「決まって」などと簡単に断言できる? 武家政権だってそれが交代するときには国は乱れる。結局政権交代に伴って起こる争い以上の意味はないじゃねえか。「天皇親政」はダメだという根拠も、こんなところに求められちゃ、説得力ないねえ。 で、聖徳太子は天皇家の宗教として神道を定めたという。あなたねえ。日本の天皇はたいていの場合、神道と仏教のどちらも敬ってきたの。二者択一の問題じゃない。そういう土台があったからこそ神仏習合が進んだのだ。明治以前は天皇の葬式だって神仏習合だぞ。 歴史・宗教認識に関しても、間違いだらけ。 「ヒンズー教徒というのは、ウシを神聖な動物として崇める」から食べない、「イスラム教徒はブタを神聖な動物として敬」っているから食べないだと? ヒンズー教徒はいいとして、イスラム教徒がブタを食べないのは不浄だからだ。そんなこと中学生の教科書にだって載ってるぞ。こんなことも知らない人間が「宗教学」などと大風呂敷を広げてはいけない。 正倉院の宝物を見て、「奈良の大仏が造られる頃には、日本はまさにアジアの一中心国家になっていた」などという。まあいかにも日本バンザイ的で、劣等感を持っている人には喜ばれそうだが、同然のことながら当時のアジアの中心国家は中国であり、日本はそこに集まった宝物などを持ち帰った周辺国家の一つにすぎぬ。日本にどこの国の人間が学びに来たのか? 「秦の始皇帝でも、劉備玄徳でも、皆お姫様と心中したり、お姫様のために王位を追われたりしている」という。この2人とも、そんなことした? 私が無知なだけか新しい学説が出たのか。皇位と王位も、厳密にいえば違うよ。 まだある。ごめん。M・ウェーバーなんかを出してきて、「禁欲的宗教がなければ資本主義は成立しない」と。「ヨーロッパでカソリックにとらわれていた国は資本主義化が遅れている。プロテスタントに代わった国から資本主義が発達した」。それがドイツだった。「そして同時に変な形であるが、ヘンリー8世」「が、自分の妻を取り替えたくなったためにローマ法王に離婚を頼んだが承知しなかったために癇癪を起こして、カソリックの傘下から脱してイギリス国教という一種のプロテスタントを作ってしまった」。だから産業革命は「イギリス、ドイツでスタートし、カソリックにとどまったスペイン、イタリア、フランスなどは、出遅れてしまった」のだという。実際は産業革命はドイツよりフランスの方が早い(確かにドイツの方が発展は早かったが)。それにこの説明を見る限り、カトリックの方がよっぽど禁欲的だ。カトリックが現世享楽的などと書いているが、離婚を認め金儲けを良しとする宗教と、それをダメとした宗教、どちらが現世享楽的なのか。利子をとることを認めなかったキリスト教は10世紀頃にはそれを認めることになるが、それでもまだ偏見(利子=悪)は根強く残る。それ故に『ベニスの商人』のシャイロックが「強欲」「高利貸し」「悪」「ユダヤ」として描かれることになったのだ。しかし利子を取ることを悪とすれば資本主義は立ち行かない。そこでそれを認めて「市民」層に受け入れられたのがプロテスタントではないのか(資本主義との関連もわからない。だいたいプロテスタンティズムは資本主義の精神に「合致」してはいるがそれが原動力になったかどうかは不明だ。ウェーバーの説も仮説に過ぎぬ/なお、プロテスタントでもルター派は利子を認めていない)。不労所得を認める宗教と認めない宗教のどちらが「禁欲的」だというのか。全然説得力なし。ウェーバーをちゃんと読んだことはないが、あなたはちゃんと読んだの? どうも聞きかじったことだけを勘違いして理解しているように思える(わざとか?)。「キリスト教についてはあまり詳しくないので軽々しい発言は避ける」などとしながらもこんないい加減なことを言う。カトリックは「懺悔することがなくなると、わざと懺悔する種を作るために悪いことをする」なんてことも書いてある。凄いね。ついでにいうと、「宗教学」のくせに知らないのだろうが、「懺悔」って言葉は仏教用語だぞ(「さんげ」と読む)。カトリックでは「告解・悔悛」、プロテスタントでは「悔い改め」だ。 「清少納言の時代に、宮廷で使われていたのは漢文である」。「日本では大和言葉がその時は使われなくなってしまって、当時の宮廷の教養は漢文が支配的である」と。話し言葉と書き言葉の区別もつかんのか。「ところが面白いことに日本の場合、大和言葉は残るのである。なぜ残るのかというと、天皇の祝詞だけは大和言葉でないと、これはどうしようもない。だから天皇の祝詞に残ると同時に和歌に残る」と。何これ? 因果関係とか相関関係などという観念がないんだな。これはどうしようもないわ、確かに。ところが面白いのはおまえの頭だ。韓国は中国語になったか。「天皇の祝詞」ってのも意味わからんし。 九州の隠れキリシタンの話で、マリア観音などを例にしてキリスト教が仏教と混じって日本化されたなどとデタラメを言う。マリア観音はもちろん、キリスト教弾圧を避けるためにカムフラージュとして用いられたものだ。いえいえ観音様を拝んでるんですよ、という具合に。偶像崇拝のことを言ってるんだなんて逃げは通用しない。マリア像は日本だけじゃなくて世界中にある(血の涙を流すマリア像なんて有名だよね)。 本当はまだまだある。これ以上あげつらう精神的余裕とスペースがないのでやめるが、こういう人物を社長にして、龍角散の社員はちょっとかわいそう。……あーあ、書いてみるとこんなに長くなっちゃった。ま、怒りの量を示していると思って下さいな。 誤解しないでもらいたいが、私は別に著者に知識がないから怒っているのではない。自分の主張したいことを通すために何も知らない人にいい加減な知識を植えつける、牽強附会の姿勢が気に入らないのだ。宗教・論理・学問をあまりにバカにしている。自分が頭悪いのはいいが、他人をその仲間に引き込もうとするな。 この出版社の名前からして、ひょっとしたら宗教団体・立正佼成会と関係があるかも。どちらにしろ早く絶版にした方がいいぞ。 |
最後あたりは個人攻撃に走っていて我ながらいただけない。言い過ぎだ。
謝罪します。ごめんなさい。
突然食いたくなったものリスト:
- クッキーに紅茶とブリリアントな午後
本日のBGM:
私ヤヨ /ハルメンズ
YouTubeを探したら初音ミクのしかなかった。(^^;; この歌詞は女の声で歌ってもなあというところもありつつ。
本日(2010/10/08)19:00より、USTREAMで「関西ラーメンサミット」という番組が配信される。
10/8(金)に「関西ラーメンサミット」をUSTREAMで生中継!!
http://news.walkerplus.com/2010/1005/17/
この↑サイトによると、番組は2部構成で、出演者、内容はこう↓いうことだそうだ。
|
第一部(19:00~20:00)の「サミット版ラーメングランプリ」では、過去に某企業でスープの開発にも関わっていた鉄道アーティストの小倉沙耶氏、関西のラーメン食べ歩きブログ「としむねの部屋」が好評の細井俊宗氏、ラーメン本も出版するラーメンコーディネーター福島康和氏と、豪華パネリストが関西エリアの選りすぐりのラーメン店を紹介。そして、ノミネートした店の中から番組視聴者の投票でグランプリを決定する。 そして第二部(20:00~21:00)は「関西のスープ&麺座談会」では、スープに合うオーダーメイド麺を提案する製麺所「麺屋棣鄂(テイガク)」の知見社長、関西のうどん&ラーメンに精通した、日本コナモン協会・関西麺類研究所所長の沖山欣也氏らをゲストに迎え、関西らしい一杯について、熱いトークが行われる。 (略) 関西ラーメンサミット 配信日時:10月8日(金)19:00~21:00 配信URL:http://ustre.am/m0oG(関西ウォーカーTVにて配信) |
先日(既にバックナンバー)の『関西Walker』2010年19号に掲載された「炎の総力特集! 関西ラーメングランプリ」との連動企画らしい。メンツかほとんど重なっている。
小倉沙耶って女性は「鉄道アーティスト」だそうだ。
ごめん、鉄っちゃんじゃないので知らなかった。m(_ _)m
あとの人は1部、2部ともとりあえず知ってる。
中でも今回、私が注目というか、興味を持っているのが福島康和という人。
皆さんは彼のことを知っているだろうか。
私も知らない。(^^;
しかし、彼の書いた本なら知っている。
この人は随分昔から関西のラーメン関係の雑誌やテレビの企画に顔を出している。
『関西Walker』2010年19号では、彼のことを
|
無添加命のラーメンコメンテーター 福島康和氏 50歳。自らラーメン本を出版するほどのラーメンマニア。酒もたばこものまず、ひたすらラーメンのおいしさを見極めるストイックな姿勢は、「ラーメンソムリエ」と称されることも。 |
と紹介している。
ググってトップに出てくるテレビ大阪「ハイヒールの関西グルメアワード2008」での紹介文はこうだ。
| 年間1200食のラーメンを食べたラーメン博士。またの名をラーメンソムリエ。人気ラーメン本を続々出版中。うまいラーメンを出す店を3秒で見抜く、その○秘テクを披露! |
年間1200食!? すげえなあ。
1日3~4杯か。それが毎日。
ほんまか。関西にそんなにラーメン屋あるんか......。
凄い。
いやまあ、それはいい。
これに限らず福島氏を紹介する時に必ず登場する「ラーメン本を出版」という話。
テレビ大阪の方の紹介では「続々出版中」とまで書いている。
ここで引っかかる人も多いかもしれない。
ラーメン本自体さほど多く出版されていない関西の現状を考えれば、これを「全米が泣いた」的な大げさの装飾語とあっさりスルーすべきかもしれない。
しかし、その(2008年の)数年前、彼は本当に「ラーメン本を続々出版」していた。「人気ラーメン本」だったかどうかは別として。
彼は2000~2002年の3年間にわたり年に1度ラーメン本を出版していた(『伝説のラーメン』『感激のラーメン』『最強のラーメン』。これ以前にも『ラーメンポッポッ200杯』というのを1998年に単著で出している)。
ラーメン業界は移り変わりが激しい。当然、ラーメン本の賞味期限も非常に短い。だから現在、彼の本を読んだことがある人はもう随分少なくなっているんじゃないだろうか。
いいきっかけ(?)だから、そういう人のためにこの3冊の本について書いておきたい。
前述のとおり、その3冊とは『伝説のラーメン』『感激のラーメン』『最強のラーメン』という。それぞれ2000/11/20、2001/10/01、2003/01/11の発行となっていてそれ以降は出ていないと思う。

右奥から『伝説のラーメン』(2000/11/20)
『感激のラーメン』(2001/10/01)
『最強のラーメン』(2003/01/11)
これらの本は非常にいい要素とかなりガッカリな要素が混在しており、なかなか評価に困る、個性的な出来になっている。
まあ、今とは違ってネットもさほど発達しておらず、まだまだ「足」での情報収集・取材がものをいったこの時代に、しかも個人でこれらの本を出してしまうというのは大変なことだったと思う。それも3冊も。4冊目以降が出ていないということはさほど儲からなかったのだろうし、とすればこの本の出版は個人的情熱に負うところが大きかったのだろう。その意味では素直に凄いと思う。

最初の2冊は「直販商品」となっている。事情は解らないが、あるいはほとんどスポンサーなどの買い取りだったりしたのだろうか
また、かなり早い時期に純情屋や一信を紹介していたことも、私自身は評価している。
また、店紹介の記事とは別の、特集記事にもいいものがあった。
それぞれどういう特集が組まれたかというと、
最初の『伝説のラーメン』は初号らしく地味。
・いろんな人に聞くうまい店アンケート。2号目の『感激のラーメン』は、
・横浜ラーメン博物館の紹介。
・お取り寄せラーメン。
・付録:ラーメン採点ページ
・アンケート。3号目の『最強のラーメン』は、
・「ラーメン店を開業したいと考えている人に!」独立開業シミュレーション。
・巻末付録:ラーメンカード。ミシン目で切り取れる、ショップカードみたいなもの。「重たい本を持って行かなくても、もう大丈夫!」ということで、本の分厚さの40%ほどを割いている。
・「小宇宙それが器」ラーメンの丼あれこれ。正直、最初の2冊(『伝説のラーメン』『感激のラーメン』)の特集はまったく面白くない。しかし3冊目の『最強のラーメン』(2002年発行)誌上で行われた特集はどれも充実したいいものだった。ラーメンの丼に注目したのも面白い。
・「有名店の舞台裏」
●とっかり(製麺を中心に麺工場の写真多数、茹で行程も)
●本黒門ら~めん(製麺、スープ作り、チャーシューの仕込みなどを密着)
●来来亭(社員教育)
・「つけ麺の魅力はやっぱり麺」(各店のつけ麺の紹介)
・付録:ラーメン採点ページ

7ページにわたる丼特集

アップにしてみた。双喜文・竜・雷文

同 鳳凰・こうもり・唐子

同 京都 夜泣きやの丼の、珍しい前向き竜
また、1970年創業の老舗とっかりの店主、鷲見氏の製麺作業を公開したのも凄い。2000年代以降に登場した「自家製麺」派の若手ラーメン店主たちから今でも尊敬を集める鷲見氏だが、その製麺行程をこれだけ詳細に紹介したのは凄い。だいたい、そんな需要ないからね。(^O^) 業界人は別として。これは2002年のことだもの。今ならまだわからないでもない。ちょっとしたラーメン好きですら加水率がどうとかいう話くらいは聞きかじっている。しかしこの時代は大阪にはまだ「麺」ムーブメントは来ていない。(とはいえすでに麺ブームの兆しはあった。火付け役となった秀次郎は2001/08に創業している)

頑固オヤジがおれた ── 。「とっかり本店」鷲見秀法店主
こんなにたくさんの製麺機の写真を見て喜ぶ読者が当時どれだけいたのだろうか。(^O^) (この見開きの手前にさらにもう2ページある)
さらに麺茹で行程(下段赤枠内)も追っているということは、福島氏が麺は茹でまで含めて非常に大切な行程であるということをちゃんとわかっている証拠だろう。
この特集を2002年の段階でやったのが凄い。
そしてこの時点ですでにつけ麺を特集している。
紹介されていたのはあじゅち屋、本黒門ら~めん、純情屋、大勝軒、ほんまの老麺屋。今となっては「どうしてこの店が、つけ麺で?」という店もあるが、それだけまだタマ数がなかったということで、その先進の気質が伺える。
......と、ここまでは非常にいい要素。しかし前述のように、これらの本にはかなりガッカリな要素もある。
3冊も出したのは凄いと書いたが、こういう本を作るのに一番大切なのはもちろんお金。つまりスポンサー。こういう本だからほとんどのスポンサーは必然的にラーメン関連業種となるわけで(だって、ラーメンに興味がある人が読むんだもんね)、当然、そのスポンサーへの配慮というのは必要になってくる。
これはどの本でも当然抱える問題で、そのあたりの解決の仕方が、その本の質を決める大きな要因になる。
今時の本なら広告枠ももう少しうまく滑り込ませるのだろうけれど(「PR」とつけたり)、これら3冊は普通の編集記事の中にそのまんま入れ込んでしまっていて、その客観性を疑わせてくれる。
また『伝説のラーメン』『感激のラーメン』の巻頭で特集されたアンケートも、あまりに集計数が少ないため数票で上位に食い込めてしまい、スポンサーの組織票がそのまんま反映されてしまっている。(例えば熊取にある一代元南大阪店[現麺虎]が大阪5位とか、どんたく摂津店が1位とか、京都は来来亭長岡京店が1位とか、いくらなんでもそれはないでしょ。(この3店はこの本に広告を出している) いや、嘘をついているとは思ってなくて、むしろ正直すぎるだろうと。その程度の組織票に影響される程度のアンケートなら載せない方がましだ。
こういうことをすると、普通の記事でも福島氏が本当に薦めたいと思って書いているのかどうかが全くわからなくなる。福島氏の本はどれもこの部分が非常に曖昧になっていて、正直かなり苛立たしい。(例えばさっきのアンケートの大阪3位は純情屋だが、客観的に見てそれは絶対ありえない。(^O^) 1度純情屋の大将に聞いたことがあるが、これに対してカネを出したことはないそうだ。......でも疑っちゃうよね(^O^) )
発売していた当時も、結構うさんくさい選店だなあと思ってた記憶がある。「厳選」なんていわれても信用できるかよ、と。(^O^)
ただ3冊目の『最強のラーメン』は広告がほとんどなく(来来亭のみ)そのせいか選店もなかなか面白くなっており(一応、選店基準は『伝説のラーメン』『感激のラーメン』のアンケートの票を1pt、ラーメン店主がウチ以外にもう1店と推薦した票を3ptとして上位100軒を選んだという。前例から考えてどこまで信頼できるかはよくわからないが)、また上述のように特集も面白い、「名作」と呼べるものに仕上がっていたと思う。
4冊目以降もこういう感じで出ていれば面白いことになったかもしれないと思うけれど、本を面白くしたのが「広告が少ない」からだとしても、おそらくそれがまた短命の理由にもなったのだろう。世の中って難しい。
使ってる写真は結構いい方かな。結構ばらつきがあるけど。
毎年、適度に使い回しもしている。
......という感じ。
まあ全体としてはいいも悪いもあって、この3部作は情熱と打算と妥協が交錯する、なんとも「人間的」な作品だったというべきかもしれない。
なお、紹介している店舗数は『伝説のラーメン』102店、『感激のラーメン』150店、『最強のラーメン』100店。
このあたりは時代を感じさせるね。
#ちなみに最近出た同判型の『噂のラーメン 2011 関西版』に掲載されている店舗数は296店。
この3部作以外の福島氏のことは正直よく知らない。
ただ、PAPUA氏などに比べればかなり胡散臭い匂いがプンプンしてくることは確かだ。(あのルックスだしねえ。(^^; )
とはいえしかし、今のところ関西でラーメン情報で食べている人はこの人しかいないと思う。一番有名なPAPUA氏だって本業は別にある。
なので今回、福島氏がどのようなことをしゃべってどのような店を紹介するのか興味深い。
たまにテレビで見ることもあるけど、時間も短いしそういう時はラーメンそのものが主役だから、なかなかわからないんだ。
この番組は第1部だけで1時間もあるのだし、どちらかといえばテレビよりはラジオ的なゆったりしっかりしたノリなんだろうと思う。
ただ、この番組も『関西Walker』がカネを出している番組なわけだし、『関西Walker』が毎年年末に出している『ラーメンWalker』はネット広告「グルメWalker」のユーザー企業ばかり掲載してたりするような結構あからさまな雑誌だし......というわけで、まあ雑誌が広告で成り立っている以上は当然の制約があるとはいえ、その中で、現在の福島氏はどういうポジションを取っている人なのか、非常に楽しみに聞こうと思っている。
3冊目の『伝説のラーメン』(2003/01/11発行だから実質は2002年)には老舗に混じってその後大阪のラーメン界を盛り上げるたくさんの店が登場している。
洛二神、龍旗信、金久右衛門、麺や輝、五大力、天神旗、秀一らあめん、一信......。
ラインナップ含めても、節目になる号だったような気がするんだが、節目で折れるとは。
_/ ̄|○⌒
これが3部作最後となった『伝説のラーメン』のちょっと切ないラストページ。これ以降出ていない。

「左のURL」は既に消滅している
※私は『伝説のラーメン』以降、このシリーズの続編が出たことを確認していない(一応ネットでは調べてみたが)。なのでこれを「3部作」と呼んできたのだけれど、それは私が把握していないだけかもしれない。ひょっとしたら本当に「続々出版中」なのかもしれず、ひょっとしたら今頃「10部作」が完成しているのかもしれない。もしもそうならかなり失礼なことなので、情報があれば教えてください。そうならその旨を書き加えて必要なところは修正します。m(_ _)m
で、もしも『伝説のラーメン』以降の本を持っている人で、もし不要だったらくれると嬉しい。(^^;
突然食いたくなったものリスト:
- ミルメーク・ココア
本日のBGM:
かえせ!太陽を /麻里圭子
えっと、映像の方は何のこっちゃよくわかりません。(^^;
『スクエア最新図説化学』という第一学習社が出している高校化学の副読本がある。
ひと昔前の「マイナスイオン」商品ブームの際、世に踊る「マイナスイオン」と高校化学で習う「陰イオン」を生徒が混同しないようにと5年前、この副読本に「マイナスイオン」を説明するコラムが掲載された。
これは↓現行版に掲載されているコラム。5年前のものもさほど変わらないのだと思う(推測)。

| 宣伝などで見かける「マイナスイオン」は、高等学校の化学で学習する陰イオンや陽イオンとはまったく違ったものである。陰イオンや陽イオンが、水溶液や融解液や結晶中での存在であるのに対して、マイナスイオンは、空気中に存在するとされている。その実体は、微小な水滴と陰イオンになりやすい原子団からなると説明される場合もあるが、化学的に十分な解明には至っていない。 また、生体への影響についても、十分な検証がなされているとは言いがたい(p.45参照)。 |
このコラムに教育現場からは大きな反響があったという。さまざまな商品がさまざまな論理で展開する「マイナスイオン」の洪水に、現場も戸惑いを感じていたのだろう。
この反響の大きさに驚いた編集者が他にもないのかと調べてみたら、あるわあるわ。(^O^)
そこで「その道の専門家に,ニセ科学の実態をご紹介いただくとともに,なぜ人は騙されてしまうのか,どうすれば騙されないですむのかを,総体的に説いていただくしかない」と、山形大学准教授である天羽優子氏に執筆を依頼したのだという。
その経緯は第一学習社のWebサイト内の「担当者が語る! 私のイチオシ教材 >【理科】スクエア最新図説化学」で紹介されており、天羽氏による見開き特集記事「特集「ニセ科学に惑わされない!」」(『三訂版 スクエア最新図説化学』p.44-45)もこのページでダウンロードすることができる(PDF:2,373KB)。
#上記「マイナスイオン」コラムの最後にある「p.45参照」というのはこの特集の右ページのこと。
この特集が、非常にイイ!ので是非読んでいただきたい。
ニセ科学そのものではなく「ニセ科学宣伝」に論点を絞った汎用性の高い話題を選び、実例(「物質のミクロな構造を変えると主張する」「生物化学的な効果があると主張する」「生理学的な効果があると主張する」「科学的な実験の結果があると主張する」)とその読み解きを具体的に示した後に、「ニセ科学宣伝を放置するとなぜいけないのか」「だまされないために」という2つのコラムを設けている。
前半の実例もそうだが、特に後半の「ニセ科学宣伝を放置するとなぜいけないのか」「だまされないために」が素晴らしいと思う。
#以下、引用内の強調表現は全て引用者(hietaro)による。
「ニセ科学宣伝を放置するとなぜいけないのか」では、「一個人としてニセ科学を信じるのは確かに自由」としながらも、個人としてはニセ医療を信じたために死に至る/子供の命を奪うというケースもあるとし、また社会的資産が無意味なことに浪費されたり社会全体の判断力を低下させるという弊害がある......つまり個人と社会両方の観点から「ニセ科学宣伝を放置するといけない理由」があるとする。
また「だまされないために」では、まず「ゲルマニウム」を引き合いに出し、ネット上で「ac.jp」「go.jp」と指定して検索してみると「宣伝用」と「学術」では全く違う使われ方をしていることが簡単に判るという事例を示す。
続いてダイエット法や健康法など人間の欲望と結びついたニセ科学宣伝について「現実には、楽でお手軽な都合のいい問題解決方法など存在しない」と釘を刺す。また「善意」「無知」という悩ましい問題にも触れ、よかれと思ってやったことでも、不適切な方法であればやはり悲劇が起こる(客観的事実は変わらない)ということもしっかりと示している。
これらを「当たり前じゃないか」という向きもあるだろうが、これをはっきりと言うことが教育だと思う。
そしてニセ科学が広まる理由として、「自分で経験した因果関係(だと思ったこと)を信じたがるという人間の性質」があるという。人間はもともとそういうものだということをはっきりといい、しかし「経験したことを何でも信じていたら、間違えて損をすることが増える。そこで、信じたい気持ちをちょっと押さえ、冷静に自然観察を積み重ねて、本当の因果関係を確認したものを信じることにしようという生活の知恵が、すなわち科学である」と、科学はその人間本来の弱さを補うための知恵であることを示す。
さらに天羽氏は「合理的で客観的な判断をするという能力がもともと人間に備わっているわけではないので、科学的な考え方は、後から意識的に訓練して身につけることになる」と、科学的思考があくまでの人が後天的に身につけた道具であることと、それを身につけることの重要性を示す。
そしてこのコラムはこう結ばれる。
「技術は人間の役に立つ。一方、科学は、人間の真実を認識させる。科学が示したことが、人間にとって楽しく、都合のよいものばかりとは限らない。たとえば、エネルギー保存の法則は、ただでエネルギーを手に入れたいという願望を否定してしまった。科学の方法論を学ぶと同時に、不都合な客観的真実と向き合う心の強さを育てていく必要がある」
これは天羽氏が以前、どこだったかのブログ(kikulogだったかな?)で書き込んでいたこの言葉とも通じる。
| 思い通りにならない自然の、都合の悪い真実と向き合う心の準備が出来た人にしか、科学は受け入れられないんですよ。 |
科学は必ずしも人間に対して好意的ではない。
世界は人間に都合のいいようにできているわけでもない。
これは一言で言えば、「科学観」だ。延長すれば世界観にも通じるだろう。
「科学」はこの、必ずしも私たちに好意的ではない世界を受け入れられるかどうかを私たちに突きつけるものなのだ ── というどうしようもなく厳しい話を、天羽氏は高校生にしてしまう。
いやあ、いい。
この天羽氏の記事は、具体例から始まり「考え方」「リテラシー」「科学観」が示されている。これらは若いうちにつかんでいるべき根っこだ。
この特集はたったこれだけのスペースにそれがふんだんに詰め込まれている。
私が高校時代にこんなのは何一つ教えてもらわなかった。これは受験勉強をする上ではさほど必要ないのだ。
だから今、これが高校生の読む副読本に掲載されていることが素晴らしいと思う。
どの程度伝わるかは判らないけれど、伝わる人には伝わるし、それは何も示されなかった私の時代よりも効率がいいはずだ。
天羽氏GJ! 第一学習社GJ!
で、予測。
天羽氏、菊池氏がほめられると気に入らない(しかしその名前で毎日ググッて巡回している)SSFS大先生は、近日中に上記の天羽氏による特集記事か、第一学習社のページ、あるいは私のこのエントリへの批判(^O^)メッセージを「ホームグラウンド(自称)」に上げる。
どんな批判をするかなあ。
基本的には「天羽氏はこれだけダメである。この記事でも○○という視点が抜けている。こんなのを書く人間も、それをほめる人間もその程度」くらいが基調になるかな。でもそんなことすぐ考えつくしねえ。
あ、トレンドとしては「天羽氏は科学では立証責任が(略)という珍奇な説を主張している人物です。それを盲目に受け入れている取り巻きが何も考えずに天羽氏の科学論を持ち上げています云々」なんて感じで「立証責任」の話と結びつけるのも有り得る。
あるいは第一学習社の「マイナスイオン」コラムに対して、「ドライヤーに触れないなんて」なんて破壊力ゼロのいいがかりをまだ続けるかな。
「5年前にようやくやったとは、問題意識が薄すぎます」とかもあるかな。
あとこれは毎度毎度のSSFS大先生へのメッセージ。
SSFS大先生はこのエントリを絶対に見るだろうから、見たら以下の2つに絶対に答えてね。
「あと亀@渋研Xさんの新しいドライヤーはいかんせん安すぎ。それで効果がなくてもしかたないし、あったらめっけものです。」
という言葉と
「「マイナスイオンドライヤーなんてのは、存在しなくても誰も困らないもの、の典型」(#940)という軽率な表現なんか、2000万人から3000万人が使っている製品の利便性をまったく無視しています。」
との発言に代表される、「これだけ売れているのは効果があるから」という言説との言葉の整合性を示してね。
もう1つは「ほたるいかのかきつけ」さんの「SSFSさんへ」に答えてね。
突然食いたくなったものリスト:
- 焼きサンマ&ビール
本日のBGM:
Nosferatu /BLOODBOUND
まだまだやるのよ。
これは先日アップした、この1年間(2009/05~2010/06)に出版された1800冊以上に及ぶ新書のタイトル(「タイトル鑑賞(ここ1年の新刊新書)」)についていろいろの考えるのシリーズなり。
今回は「流行」をテーマに見ていきたい。
新書はかなり共時的というかファッション的というか刹那的というか、その時々に売れさえすれば、数年経って全く役に立たなくなっても構わないという、「旬」の話題を採り上げる傾向が強い。
で、逆にいえば新書でたくさん扱われているものが「旬」の証と考えることもできるわけだ。
というわけで、新書に見るこの1年の「旬」。
この1年の新書の中で、一番流行った流行ワードは「脳」。
流行しちゃえば言葉自体が一人歩きするから火付け役の「脳科学」「脳トレ」あたりへの直球ど真ん中ばかりではなくて、「どうしてここに『脳』?」と思わせるタイトルもあるが、むしろそれが流行というもの。
「『脳』ブーム」はダテじゃありませんよ。
しかし茂木健一郎氏は儲けてらっしゃる......。
| 歯と脳の最新科学 | 堀準一 |
| 幸せはすべて脳の中にある | 茂木健一郎、酒井雄哉 |
| 脳を丸裸にする質問力 | 増田剛己 |
| 笑う脳 | 茂木健一郎 |
| 思考脳力のつくり方 仕事と人生を革新する四つの思考法 | 前野隆司 |
| 耳で考える >脳は名曲を欲する | 養老孟司、久石譲 |
| 脳トレ神話にだまされるな | 高田明和 |
| 脳に効く「睡眠学」 | 宮崎総一郎 |
| 脳に悪い7つの習慣 | 林成之 |
| うつ病の脳科学 精神科医療の未来を切り拓く | 加藤忠史 |
| ソーシャルブレインズ入門 <社会脳>って何だろう | 藤井直敬 |
| 脳は鍛えるな! 海馬を元気にする食事と運動 | 酒谷薫 |
| 「耳の不調」が脳までダメにする | 中川雅文 |
| 科学でわかる男と女の心と脳 男はなぜ若い子が好きか? 女はなぜ金持ちが好きか? | 麻生一枝、東雲水生 |
| 「セロトニン脳」健康法 呼吸、日光、タッピングタッチの驚くべき効果 | 有田秀穂、中川一郎 |
| [七田式]子どもの『天才脳』をつくる33のレッスン | 七田厚、(協力)七田チャイルドアカデミー |
| 脳を鍛える1分間トレーニング | (編著)保坂隆 |
| なぜ、脳はセックスで活性化するのか? | 大島清 |
| コンビニ食と脳科学 | 加藤直美 |
| センスのいい脳 | 山口真美 |
| イカの神経 ヒトの脳みそ | 後藤秀機 |
| 一流アスリートの「身体脳力」 | 二宮清純、富家孝 |
| プロフェッショナルたちの脳活用法2~育ての極意とアンチエイジング | 茂木健一郎、NHK「プロフェッショナル」制作班 |
| 「脳の栄養不足」が老化を早める! | 溝口徹 |
| ヒトは脳から太る 人間だけに仕組まれた"第2の食欲"とは | 山本隆 |
| ストレスに強い脳、弱い脳 そのカギはセロトニンが握っていた! | 有田秀穂 |
| 人の気持ちがわかる脳─利己性・利他性の脳科学 | 村井俊哉 |
| あるとき脳は羽ばたく | 茂木健一郎 |
| 本番に強い脳と心のつくり方 | 苫米地英人 |
| 天才脳は「発達障害」から生まれる | 正高信男 |
| 共感する脳 | 有田秀穂 |
| 脳のなかの匂い地図 | 森憲作 |
| 30歳からの「東大脳」のつくり方 | 石浦章一 |
| 女脳はまっすぐしか走れない | 米山公啓 |
| 脳にウケるおもしろ雑学 | 坪内忠太 |
| 脳に効くことわざ | 吉村達也 |
| 七田式 脳が冴えわたる!大人の日本語ドリル | 七田厚 |
| ミラーニューロンの発見―「物まね細胞」が明かす驚きの脳科学 | マルコ・イアコボーニ、塩原通緒 |
流行といえば大河ドラマ。これなんかほんとに、国を挙げての「流行」だよねえ。
ちなみに2009年大河ドラマの「直江兼続」がタイトルに入っている新書は、「今まで語られていなかった!? 古史料が明かす本当の直江兼続」(小菅宏)の1冊のみ。あからさますぎる。(^O^)
| わが夫 坂本龍馬 | 一坂太郎 |
| 龍馬を継いだ男 岩崎弥太郎 | 安藤優一郎 |
| 坂本龍馬 手紙にみる真実の姿 | 外川淳 |
| 誰が坂本龍馬をつくったか | 河合敦 |
| 坂本龍馬の10人の女と謎の信仰 | 平野貞夫 |
| 岩崎弥太郎と三菱四代 | 河合敦 |
| 岩崎彌太郎 「会社」の創造 | 伊井直行 |
| 坂本龍馬を英雄にした男 大久保一翁 | 古川愛哲 |
| 坂本龍馬の「私の履歴書」 | 八幡和郎 |
| 坂本龍馬 本当は何を考え、どう生きたか? | 加来耕三 |
| 25通の手紙で読む 龍馬の肉声 | 木村幸比古 |
| 「龍馬」を読み解く100問 | 大石学、佐藤宏之 |
| 明治維新を突き動かした坂本龍馬の「贋金」製造計画 | 竹下倫一 |
| ネイティブはこの「5単語」で会話する | 晴山陽一 |
| はじめての坂本龍馬 | 齋藤孝 |
| 龍馬が望まなかった戊辰戦争 | 星亮一 |
これも「流行」といえばいえるかな。政権交代に伴って、民主党、鳩山、小沢に関する新書がたくさん出た。この時点で菅直人本が1冊も出てないところがいかにも新書らしいのかもしれない。
政治家自身が著した本が多いのも新書の特徴なのかな。
| 友愛革命は可能か ― 公共哲学から考える | 小林正弥 |
| 民主党選挙のヒミツ | 土田ひろかず |
| 民主党政治の正体 | 渡辺喜美 |
| 民主党代議士の作られ方 | 出井康博 |
| 日本よ、永遠なれ 止めよう、民主党政権の独裁と暴走 | 山谷えり子 |
| 民主党が日本経済を破壊する | 与謝野馨 |
| 新版 民主党の研究 | 塩田潮 |
| プライド・オブ・YEN日本の誇りを賭けた「鳩山」のクーデター | 杉山隆男 |
| 鳩山家四代 | 梶原英之 |
| 鳩山由紀夫と鳩山家四代 | 森省歩 |
| 鳩山首相、こうすれば日本は晴れる! | 中原圭介 |
| 鳩山一族その金脈と血脈 | 佐野眞一 |
| 小沢一郎50の謎を解く | 後藤謙次 |
ちなみに2009年、生誕100年だった太宰治本は意外にも少なくてこれ↓だけ。新書は流行を「作る」ものではなく流行に「乗っかる」ものだというのがよくわかる。(^O^)
| 太宰治の女たち | 山川健一 |
| 若いうちに読みたい太宰治 | 齋藤孝 |
| 女が読む太宰治 | 雨宮処凛、井上荒野、太田治子、香山リカ、佐藤江梨子、辛酸なめ子、平安寿子、高田里惠子、津村記久子、中沢けい、西加奈子、山崎ナオコーラ、筑摩書房編集部編集 |
こういうキーワードへの見事な乗っかり具合いが新書らしさなんだなあ。
そしてあくまでも実用・手軽というのが新書の身上ですな。
| うまくいく婚活、いかない婚活 | 多賀幹子 |
| 一分間婚活マスター | 樋口康彦 |
| 毒男の婚活 | 原口博光、岩崎大輔 |
| 必勝婚活メソッド―「お見合い」という婚勝 | 山田由美子 |
| 「離活」――終わりの始まりを見極める技術 | 原誠 |
| オトコの婚活 | 泉直樹 |
| たった1通で人を動かすメールの仕掛け ビジネス、人脈づくり、婚活...これで落ちない人はいない! | 浅野ヨシオ |
| 「婚活」の会話にはツボがある! 男のための話し方トレーニング | 大橋清朗 |
| 婚活貧乏結婚してはいけない人を避ける方法 | 露木幸彦 |
| 「離活」時代 ~離婚屋が見た、夫と別れたい妻たち~ | 三島悟 |
| 婚活マーケティング | 江藤あおい×永島もえ(アボカド・アッシュ) |
今はあまり話題にものぼらないけれど、一時期のインフルエンザの「話題の」流行を思い出せば、これらはかなり流行に乗っかったものだったはず。中には例の方の著作もありますな......。
| 人類対インフルエンザ | トム・クイン、山田美明、荒川邦子 |
| 新型インフルエンザ救急ブック | 松本哲哉 |
| 厚労省と新型インフルエンザ | 木村盛世 |
| 新型インフルエンザ「かかる前に」「かかってから」 | 濱田篤郎 |
| インフルエンザパンデミック 新型ウイルスの謎に迫る | 河岡義裕 |
| 新型インフルエンザ本当の姿 | 河岡義裕 |
| 新型インフルエンザはなぜ恐ろしいのか | 押谷仁、虫明英樹 |
| インフルエンザ21世紀 | 瀬名秀明、鈴木康夫・監修 |
これも「キーワード」としての流行ではあるだろうけど、インフルエンザのような圧倒的な存在感というよりは、じわじわと、しかし深刻に持ち上がってきていると思う。
しかしわけのわからん難病みたいな「これで鬱が治った」的なタイトルにはやはり違和感を感じる。
アトピーとかと同じ扱いの雰囲気すら漂っていて、代替療法の温床にならないことを願う。
| うつで困ったときに開く本 | 香山リカ |
| うつ病の脳科学精神科医療の未来を切り拓く | 加藤忠史 |
| 本当に「うつ」が治ったマニュアル | 高田明和 |
| ウツになりたいという病 | 植木理恵 |
| うつ克服の最強手段言霊療法 | 高田明和 |
| 「うつ」は食べ物が原因だった! | 溝口徹 |
| 若者の「うつ」─「新型うつ病」とは何か | 傳田健三 |
| 小学生が「うつ」で自殺している~臨床現場からの緊急報告~ | 植木理恵 |
| うつは薬では治らない | 上野玲 |
「流行」と「おっさん」を結びつけるのも新書の大きな役割。というか需要。
新しいものが出てきたら、「○○って何なの?」「○○が世界を変えるので乗り遅れたらあんた負け組」「○○仕事術」みたいな言説が踊るわけですよ。
で、ここ1年といえばやっぱりtwitter。
何かが流行ればその周辺にこういう金儲けが出てきて、もっと行けば立派な産業になるのですね。
| Twitter使いこなし術パワーユーザー100人の「技」を公開 | 根岸智幸 |
| Twitter社会論新たなリアルタイム・ウェブの潮流 | 津田大介 |
| Twitter革命 | 神田敏晶 |
| Twitter英語術 | 晴山陽一、クリストファー・ベルトン |
| なぜツイッターでつぶやくと日本が変わるのか | 上杉隆 |
| Twitterで英語をつぶやいてみる | 石原真弓 |
| 仕事で使える!Twitter超入門 | 小川浩 |
| 携帯&iPhoneツイッターを使いこなす! | 武井一巳 |
| iPhoneとツイッターで会社は儲かる | 山本敏行 |
| ツイッター140文字が世界を変える | コグレマサト、いしたにまさき |
「流行」と「おっさん」を結びつけるという役割だけを見れば、「クラウド」ほどぴったりな素材はないかもしれない。名前はよく聞くけども一体何? 知らないと困るんじゃないかな? という焦燥感を適度に煽ってくれる素敵なバズワードだ。
これを訳知り顔に「こういうことですぜ旦那」と囁いてくれる本があれば、ちょいと手に取ってしまうわね。
| クラウド・コンピューティング仕事術 | 西田宗千佳 |
| 今さら聞けないクラウドの常識・非常識 | 城田真琴 |
| クラウド時代と<クール革命> | 角川歴彦、(監)片方善治 |
| Kindleショックインタークラウド時代の夜明け | 境真良 |
| 仕事で使える!クラウド超入門 | 戸田覚 |
| アップル、グーグル、マイクロソフト クラウド、携帯端末戦争のゆくえ | 岡嶋裕史 |
| クラウドソーシング―みんなのパワーが世界を動かす | ジェフ・ハウ、中島由華 |
新書が流行に「乗っかる」ものだとすれば、逆に新書を見れば流行がわかるわけで、自分が知らない流行を知ることもできる。以下の2つは、「なるほど、そういえばそうなのかな」という、私が知らなかった流行。勉強になる。
マラソンはやっぱり東京マラソンがきっかけだろうか。
皇居の周りではジョギングする人が数千人とかいう話だし。
......とすればそれはあくまでも東京の局地的な現象じゃないかという話だけども、まあきっとそうなんだろう。で、そういう人を相手に新書を作ってもいいじゃないのという話なんだよ。うん。別に悪くない。
それが各地方に波及したって、それは非常に古典的・正統的な流行の在り方なんだろう。
| マラソンは毎日走っても完走できない | 小出義雄 |
| ランニングの作法 ゼロからフルマラソン完走を目指す75の知恵 | 中野ジェームズ修一 |
| だから、楽に走れない! 目からウロコのマラソン完走新常識 | 飯田潔、牧野仁 |
| 東京マラソンを走りたい | 喜国雅彦 |
| 4時間台でラクに走りきる頭のいいマラソン超入門 | 内山雅博 |
| マラソン100回の知恵 ― サブフォーをめざす市民ランナーへ | 原章二 |
| デブでも走れる東京マラソン~数カ月のトレーニングで誰でも42.195kmを完走できる~ | 川村卓正 |
「マラソン」と並んで「へぇ、そうか」と思ったのが「農業」というキーワード。これが案外多い。本の中身は別として、人の興味を惹くキーワードとして「農業」が浮上してきたのはとても興味深いと思う。
| 週1から始める元気な農業 | 小田公美子 |
| 食は国家なり! 日本の農業を強くする5つのシナリオ | 横山和成 |
| 「農業」という生き方ど素人からの就農入門 | 永峰英太郎 |
| 日本の農業は成長産業に変えられる | 大泉一貫 |
| 日本は世界5位の農業大国 大嘘だらけの食料自給率 | 浅川芳裕 |
| 食料自給率100%を目ざさない国に未来はない | 島崎治道 |
| ギャル農業 | 藤田志穂 |
| 地球を救う新世紀農業 ─ アグロエコロジー計画 | 吉田太郎 |
| 農民になりたい | 川上康介 |
突然食いたくなったものリスト:
- 冷やし中華キュウリ抜き
本日のBGM:
Old Red /Kenny Rogers
ビデオはなぜかUP主のイヌ(harley君?)。(^O^) cuteでいいわ。しかし、なんともいい感じの曲だなあ。
先日アップした、この1年間(2009/05~2010/06)に出版された1800冊以上に及ぶ新書のタイトル(「タイトル鑑賞(ここ1年の新刊新書)」)をいろいろ観察していきたい。
「新書ブーム」と言われる中、新書は文庫などに比べかなり「雑誌化」しているようだ。時流や流行に乗り、熟読よりは速読、何度も繰り返し読むというよりは読み捨て感覚のものが売れているようだ。『バカの壁』なり『さおだけ屋はなぜ潰れないのか』なりを繰り返し読んだ人は少ないのではなかろうか。
そういう、まさに「消費」という言葉が似合う新書の手軽さのためか、タイトルは非常に重要だ。普遍的なものよりも「ともかく、今この瞬間に売れる名前」を優先してつけられた1800に及ぶタイトル群。これらをを観察すればいろいろ見えてくるだろうと思うわけですよ。
タイトルだけでヒットしちゃう本だってあるもんねえ。
『バカの壁』なんてタイトル以外に読むところがなかったよ。あなた、内容覚えてる?
......で、1800冊見てみると、売れそうなタイトルというのはそれなりに定型があるようで、まずは「よくあるパターン」を見ていきたい。
今回は、よくあるタイトルパターンとして、
「なぜ○○は××なのか?」
「○○はなぜ××なのか?」
というものを集めてみた(似たのも入れた)。
このパターンは、その提示される疑問そのものがまず意外なものであることが多い。『さおだけ屋はなぜ潰れないのか』というのがまさにそのパターンで、「言われてみればそうだよなあ。で、どうして?」と思わせれば勝ちだろう。その解答を知るために買ってくれるんだから。
これは結構有効らしく、かなりたくさんのものがこれに当てはまった。
| 人はなぜ裏切るのか | 藤本ひとみ |
| 欠陥「国民投票法」はなぜ危ないのか | 隅野隆徳 |
| なぜ、腐女子は男尊女卑なのか? ―オタクの恋愛とセックス事情 | fujyoshi syndicate(腐女子シンジケート) |
| なぜ日本人は落合博満が嫌いか? | テリー伊藤 |
| 考えよ! なぜ日本人はリスクを冒さないのか? | イビチャ・オシム |
| 情報病 なぜ若者は欲望を喪失したのか? | 三浦展、原田曜平 |
| ブッダはなぜ女嫌いになったのか | 丘山万里子 |
| なぜ若者は優先順位がつけられないのか? | 長谷川一弥 |
| なぜ阪神は勝てないのか? タイガース再建への提言 | 江夏豊、岡田彰布 |
| 非社会性の心理学 なぜ日本人は壊れたのか | 加藤諦三 |
| デジタル社会はなぜ生きにくいか | 徳田雄洋 |
| 母親はなぜ生きづらいか | 香山リカ |
| なぜ女性は老後資金を準備できないか 40歳からの「経済的安心」を手にする投資勉強法 | 野尻哲史 |
| いま20代女性はなぜ40代男性に惹かれるのか | 大屋洋子 |
| 秋田の子供はなぜ塾に行かずに成績がいいのか | 浦野弘 |
| なぜ世界で紛争が無くならないのか | 増田弘 |
| ガロアの群論 方程式はなぜ解けなかったのか | 中村亨 |
| 図解・橋の科学 なぜその形なのか? どう架けるのか? | (編)土木学会関西支部、田中輝彦、渡邊英一 |
| 老化はなぜ進むのか 遺伝子レベルで解明された巧妙なメカニズム | 近藤祥司 |
| 灘校 なぜ「日本一」であり続けるのか | 橘木俊詔 |
| 近頃の若者はなぜダメなのか 携帯世代と「新村社会」 | 原田曜平 |
| 論の曲解 なぜ自民党は大敗したのか | 菅原琢 |
| 聖徳太子 七の暗号 「太子七か寺」はなぜ造られたのか | 宮元健次 |
| 戦略の不条理 なぜ合理的な行動は失敗するのか | 菊澤研宗 |
| 科学でわかる男と女の心と脳 男はなぜ若い子が好きか? 女はなぜ金持ちが好きか? | 麻生一枝、東雲水生 |
| ビックリするほど素粒子がわかる本 クォークはどうして姿を見せないのか? ニュートリノはなぜ地球を突き抜けるのか? | 江尻宏泰 |
| アレルギーのふしぎ アレルゲンは合体してパワーアップする? 食物アレルギーはなぜ子供に多い? | 永倉俊和 |
| AH-64 アパッチはなぜ最強といわれるのか 驚異的な攻撃力をもつ戦闘ヘリコプターの秘密 | 坪田敦史 |
| イージス艦はなぜ最強の盾といわれるのか 圧倒的な防空能力をもつ戦闘艦の秘密 | 柿谷哲也 |
| スペイン人はなぜ小さいのにサッカーが強いのか ワールドカップで日本が勝つためのヒント | 村松尚登 |
| なぜ打ちなおしの一打はいいボールが打てるのか | 松本進 |
| なぜ、脳はセックスで活性化するのか? | 大島清 |
| メジャーリーグ なぜ「儲かる」 | 岡田功 |
| 男はなぜ化粧をしたがるのか | 前田和男 |
| 江戸っ子はなぜ宵越しの銭を持たないのか? | 田中優子 |
| うちの店にはなぜ客がまた来るのか | 角章 |
| なぜ宝塚歌劇に客は押し寄せるのか | 中本千晶 |
| 「江戸前」の魚はなぜ美味しいのか | 藤井克彦 |
| なぜ九〇%の人が家づくりに失敗するのか? | 市村博 |
| おへそはなぜ一生消えないか ―人体の謎を解く― | 武村政春 |
| 「お通し」はなぜ必ず出るのか ―ビジネスは飲食店に学べ― | 子安大輔 |
| なぜツイッターでつぶやくと日本が変わるのか | 上杉隆 |
| プレステ3はなぜ失敗したのか? | 多根清史 |
| 新型インフルエンザはなぜ恐ろしいのか | 押谷仁、虫明英樹 |
| 「いい人」はなぜガンになりやすいのか | 最上悠 |
| 数学者が読み解く仏教世界 冥途の旅はなぜ四十九日なのか | 柳谷晃 |
| なぜ英語のネイティブは、見知らぬ人にあいさつをするのか? | 藤田英時 |
| ずるい!?なぜ欧米人は平気でルールを変えるのか | 青木高夫 |
| なぜこの店で買ってしまうのか ショッピングの科学 | パコアンダーヒル、Paco Underhill、鈴木主税、福井昌子 |
| ハーフはなぜ才能を発揮するのか | 山下真弥 |
| あの演説はなぜ人を動かしたのか | 川上徹也 |
| なぜ宇宙人は地球に来ない? | 松尾貴史、(画)しりあがり寿 |
| なぜ飼い犬に手をかまれるのか | 日高敏隆 |
| なぜ、あの人だけが採用されるのか?―失業しても、すぐ仕事に就ける法 | 佐藤文男 |
| なぜ玄関・入口をきれいにすれば運が舞い込むのか―心理学から見た「家相」「風水」 | 和田秀樹 |
| 福田和也の超実践的「文章教室」 ~スゴ腕作家はなぜ魂を揺さぶる名文を書けたのか~ | 福田和也 |
| なぜド素人経営者の焼肉屋は繁盛したのか? | たむらけんじ |
| なぜ、あなたはいつもお金が足りないのか? | 小堺桂悦郎 |
| なぜヨガをやる女性はすっぴんでも美しいのか? 心と身体が軽くなり元気と幸せを呼び込む知恵&ポーズ | 山本邦子 |
どう? 「それ、知りたい!」と思うものがいくつかあるんじゃなかろうか。私は結構あった。
その本の内容が実際にどの程度タイトルについて説明しているのかはこの際問題じゃない。どれだけ「知りたい」(読みたい)と思わせるかが重要だ。
私は、このあたり↓は是非答えが知りたい。(^O^)
| 図解・橋の科学 なぜその形なのか? どう架けるのか? 江戸っ子はなぜ宵越しの銭を持たないのか? 「お通し」はなぜ必ず出るのか なぜ英語のネイティブは、見知らぬ人にあいさつをするのか? なぜこの店で買ってしまうのか なぜ宇宙人は地球に来ない? なぜド素人経営者の焼肉屋は繁盛したのか? なぜ、あなたはいつもお金が足りないのか? |
こういうのは新書タイトルとしては正統派といえると思う。
さて、これ↑は「なぜ○○なのか?」という疑問を提示して、その疑問をお客さんにも共有してもらい、その解答を知りたがってもらうというものだった。
次は、「○○はなぜ××なのか?」のような定型パターンはないが、タイトルによって客に「何? それどういうこと?/ええええ、どうして?」と思わせるもの。解答/解説が欲しくなるフレーズだ。定型パターンはないものの、これも新書としては非常にオーソドックスなやり方だと思う。
さて、皆さんはどのくらい「どういうこと?」と思うだろうか。
| ジーパンをはく中年は幸せになれない | 津田秀樹 |
| 妻の相談に乗ってはいけない | 織田隼人 |
| ねぎを首に巻くと風邪が治るか? 知らないと損をする最新医学常識 | 森田豊 |
| マラソンは毎日走っても完走できない | 小出義雄 |
| 「即戦力」に頼る会社は必ずダメになる | 松本順市 |
| 江戸の歴史は隠れキリシタンによって作られた | 古川愛哲 |
| 勉強会に1万円払うなら、上司と3回飲みなさい | 前川孝雄 |
| 深海魚は海を知らない | 三好由紀彦 |
| 社長、その服装では説得力ゼロです | 中村のん |
| 「押し紙」という新聞のタブー | 黒薮哲哉 |
| 書くだけで30kgやせました | 大橋健 |
| 「渋滞」の先頭は何をしているのか? | 西成活裕 |
| 教養としての官能小説案内 | 永田守弘 |
| その言い方が人を怒らせる ─ことばの危機管理術 | 加藤重広 |
| 買わされる「名付け」 10の法則 | 則定隆男 |
| 7割は課長にさえなれません | 城繁幸 |
| 見た目の若さは、腸年齢で決まる | 辨野義己 |
| 常識人の99%は非常識である | 内山安雄 |
| 2011年 新聞・テレビ消滅 | 佐々木俊尚 |
| 不況になると口紅が売れる | 山川悟 |
| ほめたくない部下をほめる技術 | 伊藤史 |
| ノートパソコンは買うな!―99%の人は騙される価格の秘密 | 小山信康 |
| 「見た目」で誤解される人 2秒の「あなた」が判断される | 唐澤理恵 |
| 一緒に食事をするだけでその人がわかる | 渋谷昌三 |
| ん ―日本語最後の謎に挑む― | 山口謠司 |
| 靴とカバンを見ればその人がわかる | 渋谷昌三 |
確かに「なにそれ?」「どゆこと?」と思わせる。
......と言いながら、実は私はほとんど読みたいと思わなかったり。(^O^)
読んでもいいかも、くらいに思ったのは、
| 教養としての官能小説案内 一緒に食事をするだけでその人がわかる ん ―日本語最後の謎に挑む― |
あたりかなあ。
正直、多くは「みんなは興味惹くんじゃないかな、こんなタイトル」と思ったものであって、自分自身の興味ではなかったり。そして案外みんなもそう思ってる(「自分は興味ないけど......」)のかもしれないなあ、とか思ったりもする。
こういうタイトルはテクニカル過ぎるのかもしれない。
例えば「99%」云々のものなんて、大ヒットした『99.9%は仮説』のタイトルを意識しているのはあまりに明白で、あざとさばかり際立ってるよ。(^O^)
他に、ほぼ常識的/肯定的に考えられていることについて、「○○するな」と言い切ってしまうというのもよくある。「どうして? わけを聞かせてもらおうか」と思わせて購買に向かわせるパターンですわね。
| 朝イチでメールは読むな! | 酒巻久 |
| 脳は鍛えるな! 海馬を元気にする食事と運動 | 酒谷薫 |
| 傷はぜったい消毒するな 生態系としての皮膚の科学 | 夏井睦 |
| 凡人起業 ―「カリスマ経営者」は見習うな!― | 多田正幸 |
| 子どもに勉強を教えるな | 横峯吉文 |
| 子どもにスポーツをさせるな | 小林信也 |
| 初心者は株を買うな! | 内藤忍 |
| テレビは見てはいけない | 苫米地英人 |
| ノートパソコンは買うな!―99%の人は騙される価格の秘密 | 小山信康 |
しかし子供に勉強を教えずスポーツもさせないとなると、どうすりゃええのか。(^O^)
「○○したければ○○しろ/するな」というのもよくある。でも今回見た中では案外少なかった。少し古い言い回しなのかな。
| 長生きしたければ"ちょい不健康"で生きなさい | 高田明和 |
| 自分を高い値段で売りたければ、いまの会社は絶対に辞めるな | 和田秀樹 |
このように少々違和感を感じさせるようなことをあえて言い切られると「ん?」と思っちゃうよね。それが購買に繋がる。
その意味では「○○は○○で決まる」という言い切りもある。
| キラークエスチョン 会話は「何を聞くか」で決まる | 山田玲司 |
| 子どもの将来は「寝室」で決まる | 篠田有子 |
「会話は「何を聞くか」で決まる」はまあ、普通にわかるけどね。
このように、一瞬「ん?」と思わせること、これがタイトル付けの基本のようだ。
まだ続く。この調子だと。
突然食いたくなったものリスト:
- 荻窪・春木屋のラーメン
本日のBGM:
Losing You /MAD MAX
※今回のエントリはテキストの量が異常に多いです。ケータイなどでアクセスしてる人はこのエントリは読まない方がいいです。量と反比例してほとんどの人には何の面白みもないエントリです。
えらいことやってもうた。
ここ数年、何度目かの「新書ブーム」と言われているのはみなさんご存じの通り(「第51回 本の歴史(6) 繰り返される新書ブーム」の記述によれば、2005年から第4次ブームに入っている)だけども、ちょっと気が向いて、ここ1年くらいに出た新書のタイトルの一覧を作って鑑賞してみようと思い立った。
ところがこれが恐ろしく深い泥沼に足を突っ込んでしまうこととなった。
一応、「ここ1年」という意味で2009/05~2010/06と期間を切ったのだが、それでも捕捉できただけで1800冊以上。聞いたことのない名前の新書も沢山あった。(゚Д゚)
無茶苦茶時間かかったよ。
このブームは今は少し落ち着いてきている。それでもこれだから、1年ではなく2~3年くらい遡ったらドえらいことになるはずだ。
#2005~2007年くらいに創刊しているにもかかわらずこの1年新刊が出ておらず今回捕捉されなかったシリーズもいくつかある。
とりあえず並べるだけ並べてみた。
Amazonへのアフィリもつけた。しんどかったので気が向いたらリンク先で買い物してください。(^O^)
新書というのは多分に「タイトル勝負」という側面があると思う。
『バカの壁』『99.9%は仮説』『下流社会』『国家の品格』『人は見た目が9割』『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』......などはまだ記憶に残っている。
キャッチーなフレーズだったり、ハッとさせる意外性のあるものだったり、内容は別として、タイトルは重要な商品の一部(いやほぼ全部)だ。
私もいくつかを読んだけども、タイトルの話はほんの少ししか出てこなかったりして、「タイトル勝負」のテキ屋的商売を強く感じた。
というわけで百花繚乱の新書の世界。
正直、今更感は随分あるけども、それでもずらりと並べて鑑賞する価値はあるのじゃなかろうかと思う。
私はやっと並べ終わったところでまだ鑑賞の余裕がないのだけども、あとでゆっくり眺めてみるつもり。
集めている間に、カッパブックス(『頭の体操』のやつ)はもうなくなってしまったのだとか(カッパノベルズはまだある)、KKベストセラーズとKKロングセラーズは何の関係もない別会社なのだとかいう話がわかって、それはそれで面白かった。
参考にしたサイト
・第51回 本の歴史(6) 繰り返される新書ブーム
・「何でもあり」の新書ブーム、市場沸騰 書店棚ぎっしり
・新書新刊チェック
| 目利きの東京建築散歩 | 小林 一郎 |
| 歯と脳の最新科学 | 堀 準一 |
| 65歳定年時代に伸びる会社 | 滝田 誠一郎 |
| お金に困らない人生設計 | 倉橋 隆行、神谷 巻尾 |
| 2012年、世界恐慌 | 相沢 幸悦、中沢 浩志 |
| 若者のための仕事論 | 丹羽 宇一郎 |
| 銀行融資の掟 | 荒 和雄 |
| 3000万円をつくる投資信託術 | 竹川 美奈子 |
| 武田双雲の墨書七十二候 | 武田 双雲 |
| 糖尿病に克つ新薬最前線 | 鈴木 吉彦 |
| 対決!大学の教育力 | 友野 伸一郎 |
| よみがえれ 知床 | 辰濃 和男 |
| エコ・ウオーズ | 朝日新聞特別取材班 |
| 朝イチでメールは読むな! | 酒巻 久 |
| 間違いだらけのアンチエイジング | 鳥羽 研二 |
| 多極化世界の日本外交戦略 | 神余 隆博 |
| 奈良 秘宝・秘仏の旅 | 朝日新聞奈良総局 |
| 生命保険のウラ側 | 後田 亨 |
| 幸せはすべて脳の中にある | 茂木 健一郎、酒井 雄哉 |
| 私の「歌舞伎座」ものがたり | 渡辺 保 |
| うまくいく婚活、いかない婚活 | 多賀 幹子 |
| 人類対インフルエンザ | トム・クイン、山田 美明、荒川 邦子 |
| 「健康格差社会」を生き抜く | 近藤 克則 |
| サラリーマンのための「会社の外」で稼ぐ術 | 柴田 英寿 |
| マネー資本主義を制御せよ! | 中丸 友一郎 |
| 逆境を生き抜く 名経営者、先哲の箴言 | 北尾 吉孝 |
| 週1から始める元気な農業 | 小田 公美子 |
| 中学受験――合格するパパの技術 | 清水 克彦 |
| 「ねんきん定期便」活用法 | 首藤 由之 |
| うつで困ったときに開く本 | 香山 リカ |
| 秋山兄弟 好古と真之 | 瀧澤 中 |
| パソコン・ケータイ 安全の鉄則 | 須藤 慎一 |
| わが夫 坂本龍馬 | 一坂 太郎 |
| サラリーマンのためのお金サバイバル術 | 岡本 吏郎 |
| 「朝日ジャーナル」現代を撃つ | 村上 義雄 |
| 一澤信三郎帆布物語 | 菅 聖子 |
| 不動産投資、成功の方程式 | 倉橋 隆行 |
| 公務員大崩落 | 中野 雅至 |
| 奴隷の時間 自由な時間 | ひろ さちや |
| ヒルズ 挑戦する都市 | 森 稔 |
| クラウド・コンピューティング仕事術 | 西田 宗千佳 |
| やる気を引き出す会話のマジック | 千葉 英介、にしかわ たく |
| 「子供のために」を疑う | 二神 能基 |
| 逆境経営 7つの法則 | 水尾 順一 |
| 百年続く企業の条件 | 帝国データバンク 史料館・産業調査部 |
| 「伝わる英語」習得術 | 原賀 真紀子 |
| 大名庭園を楽しむ | 安藤 優一郎 |
| 週刊誌は死なず | 元木 昌彦 |
| アルツハイマー病に克つ | 田平 武 |
| 占領下日本の教訓 | 保阪 正康 |
| 言えそうで言えない敬語 | 本郷 陽二 |
| 量子の新時代 | 佐藤 文隆、井元 信之、尾関 章 |
| 世界不況を生き抜く新・企業戦略 | 門倉 貴史 |
| ビール・イノべーション | 橋本 直樹 |
| セックスレス亡国論 | 鹿島 茂、斎藤 珠里 |
| 東京「進化」論 | 増田 悦佐 |
| 誰も知らないサプリメントの真実 | 高田 明和 |
| 快眠で「やせる体質」 | 坂根 直樹、小路 浩子 |
| アトリエの巨匠に会いに行く | 南川 三治郎 |
| 会社数字がわかる計数感覚ドリル | 千賀 秀信 |
| 一話3分 落語ネタ入門 | 桂 歌若 |
| 映画365本 | 宮崎 哲弥 |
| 人はなぜ裏切るのか | 藤本 ひとみ |
| 派遣の逆襲 | 関根 秀一郎 |
| 財務3表一体分析法 | 國貞 克則 |
| 知らないではすまないニッポンの政党 | 田原 総一朗 |
| 日本人がコンピュータを作った! | 遠藤 諭 |
| 日本人なら富士山に登ろう! 初心者のための安心・安全登山術 | 田部井 淳子 |
| 食は国家なり! 日本の農業を強くする5つのシナリオ | 横山 和成 |
| 死体の犯罪心理学 | 上野 正彦 |
| 映画式まんが家入門 | 大塚 英志 |
| 脳を丸裸にする質問力 | 増田 剛己 |
| 村上春樹の秘密 ゼロからわかる作品と人生 | 柘植 光彦 |
| 欠陥「国民投票法」はなぜ危ないのか | 隅野 隆徳 |
| キズナのマーケティング ソーシャルメディアが切り拓くマーケティング新時代 | 池田 紀行 |
| 日本はアニメで再興する クルマと家電が外貨を稼ぐ時代は終わった | 櫻井 孝昌 |
| マキャベリー的知性 危機の時代を生き抜く社会的知性の磨き方 | 岡田 尊司 |
| カラー版 メディチ家 12の至宝をめぐる旅 | 宮下 孝晴 |
| 明治維新のカギは奄美の砂糖にあり 薩摩藩 隠された金脈 | 大江 修造 |
| 3秒で落とす 元祖!「1枚企画書」 | 竹島 愼一郎 |
| はずむ会話の7秒ルール | 鶴野 充茂 |
| 実録・日米金融交渉 | 松島 令 |
| 野村総合研究所はこうして紙を無くした! | 野村総合研究所ノンペーパー推進委員会 |
| 破壊者の流儀 不確かな社会を生き抜く"したたかさ"を学ぶ | 田中 愼一、山田 長光 |
| Twitter使いこなし術 パワーユーザー100人の「技」を公開 | 根岸 智幸 |
| 使ってもらえる広告 「見てもらえない時代」の効くコミュニケーション | 須田 和博 |
| 財務諸表"寝かせ読み"速読法 | 原田 博実 |
| 看取りのとき かけがえのない人の死に向き合う | 高橋 繁行 |
| 龍馬を継いだ男 岩崎弥太郎 | 安藤 優一郎 |
| スマートグリッド入門 次世代エネルギービジネス | 福井 エドワード |
| 繁盛論 "人が集まる"7つの流儀 | 神谷 利徳 |
| 「農業」という生き方 ど素人からの就農入門 | 永峰英太郎 |
| 親子就活 親の悩み、子どものホンネ | 中村昭典 |
| 坂本龍馬 手紙にみる真実の姿 | 外川淳 |
| カラー版 うまい!酒の肴になる! おつまみ缶詰酒場 | 黒川勇人 |
| 新型インフルエンザ救急ブック | 松本哲哉 |
| ニコニコ動画が未来をつくる ドワンゴ物語 | 佐々木 俊尚 |
| ジーパンをはく中年は幸せになれない | 津田 秀樹 |
| 医療崩壊の真実 | 勝又 健一 |
| 松下幸之助 7つの「修羅場」 | 竹内 一正 |
| カラー版 基本がわかる!写真がうまくなる! 「デジタル一眼」撮影術入門 | 田中 希美男 |
| 幸せの作法 働く女性に贈る61のヒント | 坂東 眞理子 |
| 志ん生の昭和 | 保田 武宏 |
| 笑う脳 | 茂木 健一郎 |
| 死因を科学する | 上野 正彦 |
| ホンダ・インサイト革命 | 赤井 邦彦 |
| 「買う気」の法則 広告崩壊時代のマーケティング戦略 | 山本 直人 |
| 43のキーワードで読み解く ジョブズ流仕事術 | 大谷 和利 |
| カラー版 快適「自転車生活」入門 | 中野 隆 |
| 文系法医学者のトンデモ事件簿 | 南部 さおり |
| 毎日使えて即、仕事に役立つ!タッチ1秒検索術 | アスキー書籍編集部 |
| 日本の歴代ノーベル賞 | 高橋 繁行 |
| 手塚治虫 知られざる天才の苦悩 | 手塚 眞 |
| 江戸「粋」の系譜 | 奥野 卓司 |
| あなたに貸す金はない! 国が生み出す新しい「借金地獄」 | 岩田 昭男 |
| アニメ最前線の声 ――メカビ・クリエイターインタビューズ1 | 講談社 |
| 重要会議ではヅラをかぶろう 超・実践クリエイティブ経営 | 青井 博幸 |
| 一分間婚活マスター | 樋口 康彦 |
| 毒男の婚活 | 原口 博光、岩崎 大輔 |
| 宙のまにまに 天体観察「超」入門 機材ゼロでも大丈夫! | 柏原 麻実 |
| これが「演出」なのだっ 天才アニメ監督のノウハウ | 大地 丙太郎 |
| ハイブリッドワーカー 会社勤めしながらクリエイティブワークする | ヨシナガ |
| 10年メシが食える漫画家入門 悪魔の脚本 魔法のデッサン | 樹崎 聖 |
| 漫画描き方入門じゃありません | 藤島 康介 |
| 自分でやってみた男 | 堀田 純司 |
| オタク成金 | あかほり さとる、 天野 由貴 |
| ジオン軍の失敗 | 岡嶋 裕史 |
| がっかり力 | 本田 透 |
| 僕秩プレミアム! | ヨシナガ |
| ヤリチン専門学校 ~ゼロ年代のモテ技術~ | 尾谷 幸憲 |
| なぜ、腐女子は男尊女卑なのか? ―オタクの恋愛とセックス事情 | fujyoshi syndicate(腐女子シンジケート) |
| 三河 松平一族 徳川将軍家のルーツ | 平野 明夫 |
| 交感する中世 日本史と中国史の対話 | 網野 善彦、谷川 道雄 |
| 伊達政宗の手紙 | 佐藤 憲一 |
| 増補新版 人間蓮如 | 山折 哲雄 |
| 批判的主体の形成[増補改訂版] | 田川 建三 |
| 社会史とは何か | 阿部 謹也 |
| 西南役伝説 | 石牟礼 道子 |
| 天文法華一揆 武装する町衆 | 今谷 明 |
| 癒しとしての死の哲学 | 小浜 逸郎 |
| 出口なお 女性教祖と救済思想 | 安丸 良夫 |
| 戦国軍事史への挑戦 疑問だらけの戦国合戦像 | 鈴木 眞哉 |
| モンゴル襲来と神国日本 「神風伝説」誕生の謎を解く | 三池 純正 |
| 長篠の戦い ~信長の勝因・勝頼の敗因 | 藤本 正行 |
| 村人の城・戦国大名の城 北条氏照の領国支配と城郭 | 中田 正光 |
| 火山噴火・動物虐殺・人口爆発 20万年の地球環境史 | 石 弘之 |
| 私が自民党を立て直す | 河野 太郎 |
| 民主党選挙のヒミツ | 土田 ひろかず |
| 都バスで行く東京散歩 | 加藤 佳一 |
| 追悼「広告」の時代 | 佐野山 寛太 |
| まな板の上の鯉、正論を吐く ホリエモン108のメッセージ | 堀江 貴文 |
| プロ野球「戦力外通告」 | 美山 和也、加藤 慶、田口 元義 |
| 天皇制批判の常識 231 | 小谷野 敦 |
| 図解 知っているようで意外と知らないお寺さん入門 | 渋谷 申博 |
| 図解 知っているようで意外と知らない神社入門230 | 渋谷 申博 |
| 無頼化する女たち 228 | 水無田 気流 |
| 雅子さま論争 | 森 暢平、香山 リカ、白河 桃子、水無田 気流、小田嶋 隆、湯山玲子、信田 さよ子 |
| Twitter社会論 新たなリアルタイム・ウェブの潮流 | 津田 大介 |
| 医療保険なんていりません! | 荻原 博子 |
| 背徳のクラシック・ガイド | 鈴木淳史 |
| 今さら聞けないクラウドの常識・非常識 | 城田 真琴 |
| 終身刑の死角 | 河合 幹雄 |
| 時刻表のヒミツ | 三宅 俊彦 |
| 道路整備事業の大罪 道路は地方を救えない | 服部 圭郎 |
| 沖縄幻想 | 奥野 修司 |
| 家族内殺人 | 浜井 浩一 編著 |
| 日本版グリーン革命で経済・雇用を立て直す | 飯田 哲也、田中 優、筒井 信隆、吉田 文和 |
| 日本の農業は成長産業に変えられる | 大泉 一貫 |
| 石原慎太郎よ、退場せよ! | 斎藤 貴男、吉田 司 |
| 医療再生はこの病院・地域に学べ! | 平井 愛山、神津 仁 |
| 守りの名将・上杉景勝の戦歴 | 三池 純正 |
| カラー版 青春18きっぷとローカル線ののんびり旅案内 | 芦原 伸 |
| 子どもを英語嫌いにしない11の法則 | 安河内 哲也 |
| 関ヶ原島津退き口―敵中突破三〇〇里 | 桐野 作人 |
| 一度は拝したい京都の仏像 | 山崎 隆之、 小川 光三 |
| 首都圏生きもの記 | 森 達也 |
| 課長のためのビジネス演技力養成講座 | 吉田 順 |
| 最強確率論-「絶対無敗」の法則 | 石橋 達也 |
| 発達が気になる子のサポート入門 発達障害は「オリジナル」発達 | 阿部 利彦 |
| 折れない心 | 野村忠宏 |
| 江戸の密通―性をめぐる罪と罰 | 永井 義男 |
| 知っておきたい「日の丸」の話―国旗の常識・日本と世界 | 吹浦 忠正 |
| 検証 平城京の政変と内乱 | 遠山 美都男 |
| たまらねぇ場所築地魚河岸 | 生田 與克 |
| サッカー日本代表システム進化論 | 西部 謙司 |
| 痩筋力―確実にやせる筋トレ術 | 石井 直方 |
| ビジネスの9割は「県民性」でうまくいく | 矢野 新一 |
| 数字が語る現代日本の「ウラ」「オモテ」 | 宇田川 勝司 |
| 仏教の名言100 | 綾瀬 凛太郎 |
| 中学受験 SAPIXの授業 | 杉山 由美子 |
| なぜ若者は優先順位がつけられないのか? | 長谷川 一弥 |
| エリートの条件―世界の学校・教育最新事情 | 河添 恵子 |
| 名言の正体―大人のやり直し偉人伝 | 山口 智司 |
| 男の養生訓―男性更年期をのりきる知恵 | 松江 一彦 |
| フィンランド式キッズスキル入門―実践例から学ぶ子育てストレスが軽くなるコツ | 佐俣 友佳子 |
| 妻の相談に乗ってはいけない | 織田 隼人 |
| 食糧争奪戦争 | 浜田 和幸 |
| 戦国の群像 | 小和田 哲男 |
| 必勝婚活メソッド―「お見合い」という婚勝 | 山田 由美子 |
| 江戸の性の不祥事 | 永井 義男 |
| なぜ日本人は落合博満が嫌いか? | テリー 伊藤 |
| フリーメイソン ‐‐「秘密」を抱えた謎の結社 | 荒俣 宏 |
| 保守の遺言 | 中曽根 康弘 |
| 無欲のすすめ 無宗教な日本人の生き方 | 島田 裕巳 |
| しがみつかない死に方 孤独死時代を豊かに生きるヒント | 香山 リカ |
| 巨人‐阪神論 | 江川 卓、掛布 雅之 |
| 考えよ! なぜ日本人はリスクを冒さないのか? | イビチャ・オシム |
| 思考脳力のつくり方 仕事と人生を革新する四つの思考法 | 前野 隆司 |
| クラウド時代と<クール革命> | 角川 歴彦、(監)片方 善治 |
| 女性を生きる | 湊 晶子 |
| 人を「その気」にさせる技術 | 安河内 哲也 |
| しつこさの精神病理 江戸の仇をアラスカで討つ人 | 春日 武彦 |
| デキる人は「言い回し」が凄い | 日本語力向上会議 |
| 子ども格差壊れる子どもと教育現場 | 尾木 直樹 |
| 内閣総理大臣 増補版 その力量と資質の見極め方 | 舛添 要一 |
| 「甘え」と日本人 | 齋藤 孝、土居 健郎 |
| 漢字逍遥 | 阿辻 哲次 |
| 公務員ムダ論不況時代の公務員のあり方 | 福岡 政行 |
| あ~ぁ、楽天イーグルス | 野村 克也 |
| 「都市縮小」の時代 | 矢作 弘 |
| 情報病なぜ若者は欲望を喪失したのか? | 三浦 展、原田 曜平 |
| 太平洋戦争、七つの謎 官僚と軍隊と日本人 | 保阪 正康 |
| 「買いたい!」のスイッチを押す方法 消費者の心と行動を読み解く | 小阪 裕司 |
| 水ビジネス 110兆円水市場の攻防 | 吉村 和就 |
| 跡無き工夫 削ぎ落とした生き方 | 細川 護煕 |
| 組織と人間 | 佐高 信、小倉 寛太郎 |
| 「夜のオンナ」の経済白書 世界同時不況と「夜のビジネス」 | 門倉 貴史 |
| 違和感のチカラ 最初の「あれ?」は案外正しい! | 齋藤 孝 |
| 会社は倒産体質倒産リスクとの戦い方 | 木下 晃伸 |
| 大人のための国語教科書 あの名作の"アブない"読み方 | 小森 陽一 |
| なぜ阪神は勝てないのか? タイガース再建への提言 | 江夏 豊、岡田 彰布 |
| 耳で考える 脳は名曲を欲する | 養老 孟司、久石 譲 |
| 訊問の罠 足利事件の真実 | 菅家 利和、佐藤 博史 |
| 非社会性の心理学 なぜ日本人は壊れたのか | 加藤 諦三 |
| 「村山談話」とは何か | 村山 富市、佐高 信 |
| 戦争ができなかった日本総力戦体制の内側 | 山中 恒 |
| 体調不良は歯で治る! | 丸橋 賢 |
| 中学受験の常識・非常識 | 樋口 義人 |
| 反骨心 | 清原 和博 |
| 人を動かす質問力 | 谷原 誠 |
| 生きづらい時代の幸福論 9人の偉大な心理学者の教え | 諸富 祥彦 |
| 大人の怪談 | 辛酸 なめ子、木原 浩勝 |
| 物語論で読む村上春樹と宮崎駿 構造しかない日本 | 大塚 英志 |
| アイルランドを知れば日本がわかる | 林 景一 |
| 差別と日本人 | 野中 広務、辛 淑玉 |
| 脳トレ神話にだまされるな | 高田 明和 |
| 欲しがらない生き方 -高等遊民のすすめ- | 岬 龍一郎 |
| プロジェクト鹿鳴館! 社交ダンスが日本を救う | 鹿島 茂 |
| 創造はシステムである 「失敗学」から「創造学」へ | 中尾 政之 |
| 長寿の法則 悪習慣はいい習慣にトレード! | 磯 博康 |
| 心がフッと軽くなる「瞬間の心理学」 | 名越 康文 |
| 中国古典に探す座右の銘 | 湯浅 邦弘 |
| 毎日5分の「日経新聞」道場 「データウオッチ」と「連想」で経済が分かる! | 角川 総一 |
| 幕末・維新の江戸・東京を歩く | 平成御徒組 |
| ねぎを首に巻くと風邪が治るか? 知らないと損をする最新医学常識 | 森田 豊 |
| 何度も何度も挫折した人のための 英語はネット動画で身につけろ! | 本間 正人 |
| 純金争奪時代 金に群がる投資家たちの思惑 | 亀井 幸一郎 |
| 世界紛争地図 | 世界情勢探究会 |
| 脳に効く「睡眠学」 | 宮崎 総一郎 |
| しあわせる力 禅的幸福論 | 玄侑 宗久 |
| 新世代日本酒が旨い いま飲むべき全国の36銘柄 | かざま りんぺい |
| 戦国大名の婚姻戦略 | 渡邊 大門 |
| 百年企業、生き残るヒント | 久保田 章市 |
| 民主党政治の正体 | 渡辺 喜美 |
| 「価値組」社会 | 森永 卓郎 |
| マラソンは毎日走っても完走できない | 小出 義雄 |
| 江戸・東京百景 広重と歩く | 安田就視/平成広重ラボラトリー |
| 世界を席巻するインドのDNA | 門倉 貴史 |
| 臓器の急所 | 吉田 たかよし |
| 誰が坂本龍馬をつくったか | 河合 敦 |
| 知らないと恥をかく世界の大問題 | 池上 彰 |
| インスリン注射も食事制限もいらない 糖尿病最新療法 | 岡本 卓 |
| 実践・老荘思想入門 一喜一憂しない生き方 | 守屋 洋 |
| 渋澤流 30年長期投資のすすめ 今の「マネー」が次世代の「資産」に化ける | 渋澤 健 |
| エビデンス主義 統計数値から常識のウソを見抜く | 和田 秀樹 |
| ビジネスリーダーの「質問力」 最前線で差がつく加速交渉術 | 青木 毅 |
| 長期投資家がニヤリとする7つのメガトレンド | 澤上 篤人 |
| 日本人と「死の準備」 これからをより良く生きるために | 山折 哲雄 |
| 米国経済崩壊後の日本再生シナリオ | 宇野 大介 |
| 600万人の女性に支持される「クックパッド」というビジネス | 上阪 徹 |
| 「貸せない」金融 個人を追い込む金融行政 | 小林 幹男 |
| 脱ひきこもり 幼児期に種を蒔かないために | 森本 邦子 |
| 藤沢周平の言葉 ひとの心にそっとよりそう | 高橋 敏夫 |
| 和食の達人が伝授する目利きと技 | 野崎 洋光 |
| 「枯れて死ぬ仕組み」を知れば心穏やかに生きられる | 対本 宗訓 |
| 「職場の人間関係」がグンと良くなる本 | 斎藤 亜加里 |
| 本気でかかれば、仕事はたいていうまくいく。 | 内海 実 |
| 日本の合戦を地図から読む方法 | 中村 達彦 |
| 仕事の成果がグングンあがる「書き込み」手帳術 | 大嶋 利佳 |
| 長生きしたければ"ちょい不健康"で生きなさい | 高田 明和 |
| 仕事ができる人の読書術 | 藤野 紘 |
| わたしの血税、どこにどう消えていく? | 廣瀬雅則とライフ・マネー調査室 |
| サラリと言えると格好いいスラングな英語 | ディビッド・A・セイン |
| 自分の「流儀」を持ってる人はやっぱり強い! | 本田 有明 |
| 家族がボケる前に読む本 | 和田 秀樹 |
| お腹を温めれば病気にならない | 石原 結實 |
| 絶対ボケない生活 | フレディ松川 |
| お腹と頭がすっきり!ミント健康法 | 松生 恒夫 |
| 「薬味」ひと振りで忽ち、健康食 | 石原 結實 |
| 本当に「うつ」が治ったマニュアル | 高田 明和 |
| 主将論 | 宮本恒靖 |
| 失点 取り返せないミスの後で | 楢崎正剛 |
| ツキの正体 運を引き寄せる技術 | 桜井章一 |
| 日本文化論のインチキ | 小谷野敦 |
| 13歳からの法学部入門 | 荘司雅彦 |
| 新聞消滅大国アメリカ | 鈴木伸元 |
| 低酸素社会 | 小宮山宏 |
| 慶應幼稚舎 | 石井至 |
| 坂東玉三郎 歌舞伎座立女形への道 | 中川右介 |
| 生きる哲学 トヨタ生産方式 大野耐一さんに学んだこと | 岩月伸郎 |
| 戒名は、自分で決める | 島田裕巳 |
| お金で騙される人、騙されない人 | 副島隆彦 |
| アイデアを盗む技術 | 山名宏和 |
| 葬式は、要らない | 島田裕巳 |
| 坂本龍馬の10人の女と謎の信仰 | 平野貞夫 |
| ブッダはなぜ女嫌いになったのか | 丘山万里子 |
| 岩崎弥太郎と三菱四代 | 河合敦 |
| ネット帝国主義と日本の敗北 搾取されるカネと文化 | 岸博幸 |
| 八十一歳は人生これから | 綿貫民輔 |
| 太宰治の女たち | 山川健一 |
| 戦場取材では食えなかったけれど | 日垣隆 |
| 47都道府県これマジ!?条例集 | 長嶺超輝 |
| 毒舌の会話術 引きつける・説得する・ウケる | 梶原しげる |
| 民主主義が一度もなかった国・日本 | 宮台真司・福山哲郎 |
| 偽善エネルギー | 武田邦彦 |
| 60歳までに1億円つくる術 25歳ゼロ、30歳100万、40歳600万から始める | 内藤忍 |
| 脳に悪い7つの習慣 | 林成之 |
| 折れそうな心の鍛え方 | 日垣隆 |
| うつ病の脳科学 精神科医療の未来を切り拓く | 加藤忠史 |
| 「即戦力」に頼る会社は必ずダメになる | 松本順市 |
| 生き方の不平等―お互いさまの社会に向けて | 白波瀬佐和子 |
| 社会力を育てる―新しい「学び」の構想 | 門脇厚司 |
| ユーラシア胎動―ロシア・中国・中央アジア | 堀江則雄 |
| 中世民衆の世界―村の生活と掟 | 藤木久志 |
| 「分かち合い」の経済学 | 神野直彦 |
| 〈私〉時代のデモクラシー | 宇野重規 |
| 低炭素経済への道 | 諸富 徹、浅岡美恵 |
| 中国侵略の証言者たち―「認罪」の記録を読む | 岡部牧夫、荻野富士夫、吉田 裕編 |
| 玄奘三蔵、シルクロードを行く | 前田耕作 |
| 冬眠の謎を解く | 近藤宣昭 |
| 思い出袋 | 鶴見俊輔 |
| 同性愛と異性愛 | 風間孝、河口和也 |
| ヴァレリー―知性と感性の相剋 | 清水 徹 |
| 人物で語る化学入門 | 竹内敬人 |
| ぼんやりの時間 | 辰濃和男 |
| 日本の近現代史をどう見るか〈シリーズ日本近現代史10〉 | 岩波新書編集部編 |
| 介護保険は老いを守るか | 沖藤典子 |
| 消費者の権利 新版 | 正田 彬 |
| 聖書の読み方 | 大貫 隆 |
| ルポ 貧困大国アメリカ II | 堤 未果 |
| オバマ演説集 | 三浦俊章編訳 |
| インターネット新世代 | 村井 純 |
| 白楽天―官と隠のはざまで | 川合康三 |
| 清水次郎長―幕末維新と博徒の世界 | 高橋 敏 |
| 活字たんけん隊―めざせ、面白本の大海 | 椎名 誠 |
| 大臣増補版 | 菅 直人 |
| グリーン資本主義―グローバル「危機」克服の条件 | 佐和隆光 |
| 法隆寺を歩く | 上原 和 |
| 漆の文化史 | 四柳嘉章 |
| マルコムX―人権への闘い | 荒このみ |
| 生活保障排除しない社会へ | 宮本太郎 |
| 居住の貧困 | 本間義人 |
| 鑑真 | 東野治之 |
| パンデミックとたたかう | 押谷 仁、瀬名秀明 |
| オバマは何を変えるか | 砂田一郎 |
| 健康不安社会を生きる | 飯島裕一編 |
| 平家の群像物語から史実へ | 高橋昌明 |
| パリ都市統治の近代 | 喜安 朗 |
| 季語の誕生 | 宮坂静生 |
| ぼくらの言葉塾 | ねじめ正一 |
| 消費税をどうするか―再分配と負担の視点から | 小此木 潔 |
| 現代思想の断層―「神なき時代」の模索 | 德永 恂 |
| 和辻哲郎―文人哲学者の軌跡 | 熊野純彦 |
| シベリア抑留―未完の悲劇 | 栗原俊雄 |
| キリマンジャロの雪が消えていく―アフリカ環境報告 | 石 弘之 |
| 長寿を科学する | 祖父江逸郎 |
| 司法官僚裁判所の権力者たち | 新藤宗幸 |
| タイ中進国の模索 | 末廣 昭 |
| ダーウィンの思想―人間と動物のあいだ | 内井惣七 |
| 四コマ漫画―北斎から「萌え」まで | 清水 勲 |
| 世代間連帯 | 上野千鶴子、辻本清美 |
| 新しい労働社会―雇用システムの再構築へ | 濱口桂一郎 |
| 「ふるさと」の発想―地方の力を活かす | 西川一誠 |
| 国際金融入門新版 | 岩田規久男 |
| 贅沢の条件 | 山田登世子 |
| 和歌とは何か | 渡部泰明 |
| 道楽三昧―遊びつづけて八十年 | 小沢昭一、(聞き手)神崎宣武 |
| 政治の精神 | 佐々木 毅 |
| 平和構築―アフガン、東ティモールの現場から | 東 大作 |
| ノモンハン戦争モンゴルと満洲国 | 田中克彦 |
| イワシと気候変動―漁業の未来を考える | 川崎 健 |
| デジタル社会はなぜ生きにくいか | 徳田雄洋 |
| 名誉毀損―表現の自由をめぐる攻防 | 山田隆司 |
| ミステリーの人間学―英国古典探偵小説を読む | 廣野由美子 |
| 寺よ、変われ | 高橋卓志 |
| 日本らしい自然と多様性 ―― 身近な環境から考える | 根本 正之 |
| 世界史読書案内 | 津野田 興一 |
| 歩いて見た太平洋戦争の島々 | 安島 太佳由、(監修)吉田 裕 |
| 旅に出よう ―― 世界にはいろんな生き方があふれてる | 近藤 雄生 |
| 知っておきたい 情報社会の安全知識 | 坂井 修一 |
| 探険と冒険の物語 | 松島 駿二郎 |
| 実験でわかるインターネット | 岡嶋 裕史 |
| 社会を生きるための教科書 | 川井 龍介 |
| スポーツ教養入門 | 高峰 修 編著 |
| ニュートリノの夢 | 小柴 昌俊 |
| 戦争のなかの京都 | 中西 宏次 |
| 年中行事を五感で味わう | 山下 柚実 |
| 勇気ってなんだろう | 江川 紹子 |
| 地球温暖化の最前線 | 小西 雅子 |
| 平和をつくった世界の20人 | ケン・ベラー、ヘザー・チェイス、(訳)作間 和子、淺川 和也、岩政 伸治、平塚 博子 |
| 生きていくための短歌 | 南 悟 |
| 生きた地球をめぐる | 土屋 愛寿 |
| 医療のこと、もっと知ってほしい | 山岡 淳一郎 |
| 貧困を考えよう | 生田 武志 |
| 国境なき医師が行く | 久留宮 隆 |
| ワルシャワの日本人形 戦争を記憶し、伝える | 田村 和子 |
| モグラ博士のモグラの話 | 川田 伸一郎 |
| 政治のしくみがわかる本 | 山口 二郎 |
| 部活魂! | 岩波書店編集部 編 |
| 日本の基本問題を考えてみよう | 中馬 清福 |
| ピーター流生き方のすすめ | ピーター・フランクル |
| 人類が生まれるための12の偶然 | 眞 淳平、(監修)松井 孝典 |
| 図書館で出会える100冊 | 田中 共子 |
| 数学で遊ぼう | 芳沢 光雄 |
| カラー版 インド・カレー紀行 | 辛島 昇、(写真)大村 次郷 |
| 手話の世界を訪ねよう | 亀井 伸孝 |
| 表現する仕事がしたい! | 岩波書店編集部 編 |
| 平和ってなんだろう ―― 「軍隊をすてた国」コスタリカから考える | 足立 力也 |
| 通訳者のしごと | 近藤 正臣 |
| <中東>の考え方 | 酒井啓子 |
| なぜフランスでは子どもが増えるのか フランス女性のライフスタイル | 中島さおり |
| 岩崎彌太郎 「会社」の創造 | 伊井直行 |
| 超解読! はじめてのヘーゲル『精神現象学』 | 竹田青嗣、西研 |
| 異常とは何か | 小俣和一郎 |
| 知性の限界 不可測性・不確実性・不可知性 | 高橋昌一郎 |
| 中国経済の正体 | 門倉貴史 |
| 大学生のための知的勉強術 | 松野弘 |
| マイケル・ジャクソン | 西寺郷太 |
| 母親はなぜ生きづらいか | 香山リカ |
| 大学論 いかに教え、いかに学ぶか | 大塚英志 |
| ニッポンの刑務所 | 外山ひとみ |
| 日本一の桜 | 丸谷馨 |
| 中世を道から読む | 齋藤慎一 |
| ソーシャルブレインズ入門 <社会脳>って何だろう | 藤井直敬 |
| ガラパゴス化する日本 | 吉川尚宏 |
| 走る意味 命を救うランニング | 金哲彦 |
| 決算書はここだけ読め! | 前川修満 |
| 22歳からの国語力 | 川辺秀美 |
| 性的なことば | 斎藤光、澁谷知美、三橋順子、井上 章一 |
| 新編 日本語誤用・慣用小辞典 | 国広哲弥 |
| 「あなた」の哲学 | 村瀬学 |
| 明治維新 1858-1881 | 坂野潤治、大野健一 |
| がんを生きる | 佐々木常雄 |
| 決定版 一億人の俳句入門 | 長谷川櫂 |
| 「天下り」とは何か | 中野雅至 |
| 地アタマを鍛える知的勉強法 | 齋藤孝 |
| 厚労省と新型インフルエンザ | 木村盛世 |
| まんが現代史 アメリカが戦争をやめない理由 | 山井教雄 |
| 予習という病 | 高木幹夫、日能研 |
| ロボットとは何か 人の心を映す鏡 | 石黒浩 |
| 奪われた「三種の神器」 皇位継承の中世史 | 渡邊大門 |
| 新版 大学生のためのレポート・論文術 | 小笠原喜康 |
| ビジネスマンの精神科 | 岩波明 |
| 大佛次郎の「大東亜戦争」 | 小川和也 |
| 古代中国の虚像と実像 | 落合淳思 |
| 日本のルールは間違いだらけ | たくきよしみつ |
| 職場は感情で変わる | 高橋克徳 |
| 定年からの旅行術 | 加藤仁 |
| 分類思考の世界 なぜヒトは万物を「種」に分けるのか | 三中信宏 |
| 関係する女 所有する男 | 斎藤環 |
| 日本語という外国語 | 荒川洋平 |
| 戊辰雪冤 米沢藩士・宮島誠一郎の「明治」 | 友田昌宏 |
| 日本銀行は信用できるか | 岩田規久男 |
| カラー版 ハッブル望遠鏡 宇宙の謎に挑む | 野本陽代 |
| ニッポンの思想 | 佐々木敦 |
| 落語論 | 堀井憲一郎 |
| 「空気」と「世間」 | 鴻上尚史 |
| カペー朝 フランス王朝史1 | 佐藤賢一 |
| はじめての言語ゲーム | 橋爪大三郎 |
| わかりやすく〈伝える〉技術 | 池上彰 |
| 選ばれる男たち 女たちの夢のゆくえ | 信田さよ子 |
| 華族総覧 | 千田稔 |
| 世界は分けてもわからない | 福岡伸一 |
| 吉田茂と昭和史 | 井上寿一 |
| 社会的な身体 振る舞い・運動・お笑い・ゲーム | 荻上チキ |
| 日本の雇用 ほんとうは何が問題なのか | 大久保幸夫 |
| 新しい「教育格差」 | 増田ユリヤ |
| 今こそアーレントを読み直す | 仲正昌樹 |
| 線路を楽しむ鉄道学 | 今尾恵介 |
| マンダラの謎を解く 三次元からのアプローチ | 武澤秀一 |
| ロマン派の交響曲 『未完成』から『悲愴』まで | 金聖響、玉木正之 |
| 成功した人はみんな「受験ワザ」を使っている | 小澤淳 |
| 陸軍士官学校の人間学 戦争で磨かれたリーダーシップ・人材教育・マーケティング | 中條高徳 |
| 誤解されない話し方 説得力より納得力 | 梅田悟司 |
| 不動産投資「やっていい人、悪い人」 年収200万円時代に備える | 長嶋修 |
| 「交渉上手」は生き上手 | 久保利英明 |
| 生きるのがラクになる「忘れ方」の秘訣 | 井上暉堂 |
| 駅がないのに流行り続ける「西麻布式」の秘密 | 角章 |
| ビタミンCの大量摂取がカゼを防ぎ、がんに効く | 生田哲 |
| にっぽん地図歩きの旅 古道、旧道、旧街道 | 堀淳一 |
| デキる弁護士、ダメな弁護士 | 内藤あいさ |
| 東大卒僧侶の「お坊さん革命」 お寺は最高のエンタメ発信地 | 松本圭介 |
| 「隠れ病」は肌に出る! | 猪越恭也 |
| 幕末時代劇、「主役」たちの真実 ヒーローはこうやって作られた! | 一坂太郎 |
| 「メス」失格 | 対馬ルリ子 |
| 和風ヨーガ 日本人の体と心に合わせた健康術 | ガンダーリ松本 |
| 世界一の子ども教育モンテッソーリ 12歳までに脳を賢く優しく育てる方法 | 永江誠司 |
| 糖尿病はご飯よりステーキを食べなさい | 牧田善二 |
| 記憶する力 忘れない力 | 立川談四楼 |
| 語学力ゼロで8ヵ国語翻訳できるナゾ どんなビジネスもこの考え方ならうまくいく | 水野麻子 |
| 鼻すっきりの健康学 花粉症に負けない知識と「粘膜一本注射療法」 | 呉孟達 |
| 日本は世界5位の農業大国 大嘘だらけの食料自給率 | 浅川芳裕 |
| 「離活」―― 終わりの始まりを見極める技術 | 原誠 |
| 人を惹きつける技術 カリスマ劇画原作者が指南する売れる「キャラ」の創り方 | 小池一夫 |
| O型は深夜に焼肉を食べても太らない? 血液型別「デブ」にならない食の法則 | 中島旻保 |
| 生命保険「入って得する人、損する人」 | 坂本嘉輝 |
| 冷やさない 「腸」健康法 自分でできる新「腸内リセット」 | 松生恒夫 |
| 一冊でわかる! 「仏教」って何? | 三田誠広 |
| 神道的生活が日本を救う | 藏原これむつ |
| 生き残る技術 無酸素登頂トップクライマーの限界を超える極意 | 小西浩文 |
| クラシック音楽は「ミステリー」である | 吉松隆 |
| 30代から「格差」を逆転できる思考法 | 和田秀樹 |
| 坂本龍馬を英雄にした男 大久保一翁 | 古川愛哲 |
| 1日5分!「座り」筋トレ 超簡単「貯筋」運動のススメ | 福永哲夫 |
| えこひいきされる技術 | 島地勝彦 |
| ハリウッドではみんな日本人のマネをしている | マックス桐島 |
| 『忠臣蔵』にヒーローはいなかった! 史実で読み解く普通の中年の底力 | 菊地明 |
| どんな災害も免れる処方箋 疑似体験「知的ワクチン」の効能 | 広瀬弘忠 |
| 脳は鍛えるな! 海馬を元気にする食事と運動 | 酒谷薫 |
| しばられてみる生き方 軍隊式・超ストレスコントロール術 | 下園壮太 |
| 天下人の失敗学 すべての人間は4つの性格に分類できる | 伊東潤 |
| 政党崩壊! 二〇一〇年体制を生き延びる条件 | 筆坂秀世 |
| 一冊でつかめる!中国近現代史 人民と権力と腐敗の170年 激動の記録 | 荘魯迅 |
| 夫婦二人三脚で更年期越え | 赤星たみこ |
| 化学物質汚染列島 奇形タンポポの警告 | 玉川徹 |
| 新型インフルエンザ「かかる前に」「かかってから」 | 濱田篤郎 |
| 「反貧困」の勉強法 受験勉強は人生の基礎学力 | 和田秀樹 |
| 「耳の不調」が脳までダメにする | 中川雅文 |
| スピンドクター "モミ消しのプロ"が駆使する「情報操作」の技術 | 窪田順生 |
| 「セロトニン脳」健康法 呼吸、日光、タッピングタッチの驚くべき効果 | 有田秀穂、中川一郎 |
| モーニングカレーダイエットは「リバウンド」知らず | 丁宗鐵 |
| 負けない技術 20年間無敗、伝説の雀鬼の「逆境突破力」 | 桜井章一 |
| なぜ女性は老後資金を準備できないか 40歳からの「経済的安心」を手にする投資勉強法 | 野尻哲史 |
| 江戸の歴史は隠れキリシタンによって作られた | 古川愛哲 |
| 地震の癖 いつ、どこで起こって、どこを通るのか? | 角田史雄 |
| 「でっけえ歌舞伎」入門 マンガの目で見た市川海老蔵 | 樹林伸 |
| プライド・オブ・YEN 日本の誇りを賭けた「鳩山」のクーデター | 杉山隆男 |
| 代謝革命 50歳からでも脳と心が成長する栄養学 | 佐藤務 |
| めざめよ男力! 鍵は肉体改造にあり | 有吉与志恵 |
| いま20代女性はなぜ40代男性に惹かれるのか | 大屋洋子 |
| 「で?」の一言で、部下の意欲に火をつける 人を動かすコーチの9つの習慣 | 鈴木義幸 |
| 強面国家・北朝鮮の化けの皮 | 薄木秀夫、アジア・ウオッチ・ネットワーク |
| 漁師町ぶらり 釣り人目線の魚と食の旅50 | 西潟正人 |
| 生きる力がわく「がん緩和医療」 | 向山雄人 |
| 暴走する「世間」で生きのびるためのお作法 | 佐藤直樹 |
| 意外に日本人だけ知らない日本史 | デュラン・れい子 |
| 秋田の子供はなぜ塾に行かずに成績がいいのか | 浦野弘 |
| ニオイをかげば病気がわかる | 外崎肇一 |
| 老化も進化 | 仲代達矢 |
| 謀略の幕末史 幕府崩壊の真犯人 | 星亮一 |
| ニンジンの奇跡 畑で学んだ病気にならない生き方 | 赤峰勝人 |
| なぜ世界で紛争が無くならないのか | 増田弘 |
| 映画にしくまれたカミの見えざる手 ニッポンの未来ぢから | 谷國大輔 |
| ギャンブルにはビジネスの知恵が詰まっている | 松井政就 |
| 病を治す哲学 伝説的医書『黄帝内経』の驚異 | 青島大明 |
| 身近なアイデアを「特許」に変える発想塾 | 重田暁彦 |
| 恐慌下におけるA級の店選び 究極の法則 | 横川潤 |
| 「デキる人」ほどなぜ人間ドックに行くのか? | 馬渕知子 |
| ボルドー・バブル崩壊 高騰する「液体資産」の行方 | 山本昭彦 |
| メタボの常識・非常識 健康な人を「異常」にする日本だけのシステム | 田中秀一 |
| ガロアの群論 方程式はなぜ解けなかったのか | 中村亨 |
| 図解・超高層ビルのしくみ 建設から解体までの全技術 | (編)鹿島建設株式会社 |
| カラー図解 アメリカ版 大学生物学の教科書 第2巻 分子遺伝学 | デイビィッド・サダヴァ 他 |
| 入門者のExcel関数 手順通りにやれば必ずできる | リブロワークス |
| マンガ 統計学入門 学びたい人のための最短コース | アイリーン・マグネロ、(画家)ボリン・ヴァン・ルーン |
| 質量はどのように生まれるのか 素粒子物理最大のミステリーに迫る | 橋本省二 |
| 住宅建築なんでも小事典 木造戸建から、RC造共同住宅まで | 大野隆司 |
| 新体系・高校数学の教科書(下) | 芳沢光雄 |
| 新体系・高校数学の教科書(上) | 芳沢光雄 |
| 図解・橋の科学 なぜその形なのか? どう架けるのか? | (編)土木学会関西支部、田中輝彦、渡邊英一 |
| 量子重力理論とはなにか 二重相対論からかいま見る究極の時空理論 | 竹内薫 |
| カラー図解 アメリカ版 大学生物学の教科書 第1巻 細胞生物学 | デイビィッド・サダヴァ 他、(翻訳)石崎泰樹、丸山敬 |
| 理系のための研究生活ガイド 第2版 テーマの選び方から留学の手続きまで | 坪田一男 |
| 森が消えれば海も死ぬ 第2版 陸と海を結ぶ生態学 | 松永勝彦 |
| 極限の科学 低温・高圧・強磁場の物理 | 伊達宗行 |
| マンガ 精神分析学入門 進化した解釈から最新の精神療法まで | アイヴァン・ワード、(画家)オスカー・サラーティ、(翻訳)小林司 |
| 太陽系シミュレーター Windows7/Vista対応版 DVDーROM付 時空を超えた惑星間飛行 | (編)Solar System Simulator Project |
| 理系のための「即効!」卒業論文術 この通りに書けば卒論ができあがる | 中田亨 |
| 動かしながら理解するCPUの仕組み CD-ROM付 パソコンの中心はどうなっているのか | 加藤ただし |
| 物理学天才列伝(下) プランク、ボーアからキュリー、ホーキングまで | ウィリアム・H・クロッパー、(翻訳)水谷淳 |
| 物理学天才列伝(上) ガリレオ、ニュートンからアインシュタインまで | ウィリアム・H・クロッパー、(翻訳)水谷淳 |
| 老化はなぜ進むのか 遺伝子レベルで解明された巧妙なメカニズム | 近藤祥司 |
| 史上最強の実践数学公式123 読んで使える数学公式集 | 佐藤恒雄 |
| 図解・電車のメカニズム 通勤電車を徹底解剖 | (編著)宮本昌幸 |
| 地球環境を映す鏡 南極の科学 氷に覆われた大陸のすべて | (編)神沼克伊 |
| ウイスキーの科学 知るほどに飲みたくなる「熟成」の神秘 | 古賀邦正 |
| 高校数学でわかるフーリエ変換 フーリエ級数からラプラス変換まで | 竹内淳 |
| 今さら聞けない科学の常識(2) かんちがいを解消する81項目 | (編)朝日新聞科学グループ |
| 細胞発見物語 その驚くべき構造の解明からiPS細胞まで | 山科正平 |
| 謎解き・人間行動の不思議 感覚・知覚からコミュニケーションまで | 北原義典 |
| 理系のための英語「キー構文」46 英語論文執筆の近道 | 原田豊太郎 |
| 現代医学に残された七つの謎 研究者の挑戦を拒み続ける人体の神秘 | 杉晴夫 |
| 新しい霊長類学 人を深く知るための100問100答 | (編著)京都大学霊長類研究所 |
| インフルエンザ パンデミック 新型ウイルスの謎に迫る | 河岡義裕 |
| イカはしゃべるし、空も飛ぶ<新装版> 面白いイカ学入門 | 奥谷喬司 |
| 図解 新世代鉄道の技術 超電導リニアからLRVまで | 川辺謙一 |
| 量子テレポーテーション 瞬間移動は可能なのか? | 古澤明 |
| 水とはなにか〈新装版〉 ミクロに見たそのふるまい | 上平恒 |
| DVD-ROM&図解 ハッブル望遠鏡で見る宇宙の驚異 偉大な成果をデジタル画像と傑作写真で完全網羅 | ビバマンボ、小野夏子、(監修他)渡部潤一 |
| 金属材料の最前線 近未来を拓くキー・テクノロジー | 東北大学金属材料研究所 |
| 新・物理学事典 | (編)大槻義彦、大場一郎 |
| 大人のための新オーディオ鑑賞術 デジタルとアナログを両立させた新発想 | たくきよしみつ |
| ケプラーの八角星 不定方程式の整数解問題 | 五輪教一 |
| 見えない巨大水脈 地下水の科学 使えばすぐには戻らない「意外な希少資源」 | 日本地下水学会 |
| プリンキピアを読む ニュートンはいかにして「万有引力」を証明したのか? | 和田純夫 |
| 分子進化のほぼ中立説 偶然と淘汰の進化モデル | 太田朋子 |
| ビートルズとボブ・ディラン | 中山康樹 |
| 図解 世界のサッカー 愛称のひみつ 国旗とエンブレムで読み解く | 斉藤健仁 |
| 「情報創造」の技術 | 三浦展 |
| 日本の大問題が面白いほど解ける本 シンプル・ロジカルに考える | 髙橋洋一 |
| 名画で読み解く ブルボン王朝 12の物語 | 中野京子 |
| ウォーホルの芸術 20世紀を映した鏡 | 宮下規久朗 |
| 影響力 その効果と威力 | 今井芳昭 |
| だまされ上手が生き残る 入門! 進化心理学 | 石川幹人 |
| ブラック企業、世にはばかる | 蟹沢孝夫 |
| ヤフー・トピックスの作り方 | 奥村倫弘 |
| ダーウィンの夢 | 渡辺政隆 |
| アップル、グーグル、マイクロソフト クラウド、携帯端末戦争のゆくえ | 岡嶋裕史 |
| 空港の大問題がよくわかる | 上村敏之、平井小百合 |
| チャンピオンズリーグ決勝 バルサ対マンU 「世界最高の一戦」を読み解く | 杉山茂樹 |
| 「読む」技術 速読・精読・味読の力をつける | 石黒圭 |
| 灘校 なぜ「日本一」であり続けるのか | 橘木俊詔 |
| 日本人だけが知らない 日本人のうわさ 笑える・あきれる・腹がたつ | 石井光太 |
| 離婚で壊れる子どもたち 心理臨床家からの警告 | 棚瀬一代 |
| 日本経済復活 一番かんたんな方法 | 勝間和代、宮崎哲弥、飯田泰之 |
| ニワトリ 愛を独り占めにした鳥 | 遠藤秀紀 |
| 勉強会に1万円払うなら、上司と3回飲みなさい | 前川孝雄 |
| 「日本で最も人材を育成する会社」のテキスト | 酒井穣 |
| デフレと円高の何が「悪」か | 上念司 |
| 大河ドラマ入門 | 小谷野敦 |
| 近頃の若者はなぜダメなのか 携帯世代と「新村社会」 | 原田曜平 |
| 名ばかり大学生 日本型教育制度の終焉 | 河本敏浩 |
| 世論の曲解 なぜ自民党は大敗したのか | 菅原琢 |
| 『論語』でまともな親になる 世渡りよりも人の道 | 長山靖生 |
| 聖徳太子 七の暗号 「太子七か寺」はなぜ造られたのか | 宮元健次 |
| 神社霊場 ルーツをめぐる | 武澤秀一 |
| 法人税が分かれば、会社のお金のすべてが分かる | 奥村佳史 |
| 南アジア 世界暴力の発信源 | 宮田律 |
| 殉教 日本人は何を信仰したか | 山本博文 |
| 一箱古本市の歩きかた | 南陀楼綾繁 |
| 亡国の中学受験 公立不信ビジネスの実態 | 瀬川松子 |
| 大人のための仏教童話 人生を見つめなおす10の物語 | 東ゆみこ |
| 二大政党制批判論 もうひとつのデモクラシーへ | 吉田徹 |
| 戦略の不条理 なぜ合理的な行動は失敗するのか | 菊澤研宗 |
| 2円で刑務所、5億で執行猶予 | 浜井浩一 |
| リフレクティブ・マネジャー 一流はつねに内省する | 中原淳、金井壽宏 |
| おひとり京都の愉しみ | 柏井壽 |
| 反日、暴動、バブル 新聞・テレビが報じない中国 | 麻生晴一郎 |
| 名作の書き出し 漱石から春樹まで | 石原千秋 |
| 東大合格高校盛衰史 60年間のランキングを分析する | 小林哲夫 |
| サバイバル時代の海外旅行術 | 高城剛 |
| 敗戦と赤線 国策売春の時代 | 加藤政洋 |
| 間違いだらけの教育論 | 諏訪哲二 |
| バカ丁寧化する日本語 敬語コミュニケーションの行方 | 野口恵子 |
| キラークエスチョン 会話は「何を聞くか」で決まる | 山田玲司 |
| 織田信長 最後の茶会 「本能寺の変」前日に何が起きたか | 小島毅 |
| 子どもの将来は「寝室」で決まる | 篠田有子 |
| 仕事するのにオフィスはいらない ノマドワーキングのすすめ | 佐々木俊尚 |
| 傷はぜったい消毒するな 生態系としての皮膚の科学 | 夏井睦 |
| 全1192試合 V9巨人のデータ分析 | 小野俊哉 |
| 大麻ヒステリー 思考停止になる日本人 | 武田邦彦 |
| 対米交渉のすごい国 カナダ・メキシコ・NZに学ぶ | 櫻田大造 |
| 「エコ恋愛」婚の時代 リスクを避ける男と女 | 牛窪恵 |
| 難解な本を読む技術 | 高田明典 |
| 世界経済はこう変わる | 神谷秀樹、小幡績 |
| 日本の子どもの自尊感情はなぜ低いのか 児童精神科医の現場報告 | 古荘純一 |
| 京都の空間意匠 12のキーワードで体感する | 清水泰博 |
| 夢をカタチにする仕事力 映画祭で学んだプロジェクトマネジメント | 別所哲也 |
| みんなが知りたい超高層ビルの秘密 クレーンは完成した建物からどう降ろす? どうして大きな地震がきても倒れないの? | 尾島 俊雄、小林 昌一、小林 紳也 |
| 身近な鳥のふしぎ 庭にくる鳥から街中、水辺、野山の鳥まで、魅惑的なさえずりと生態を楽しもう | 細川 博昭 |
| 身近な野の花のふしぎ 庭に咲く花から野山で見かける花まで、彩りあふれる世界へようこそ | 森 昭彦 |
| ビックリするほど役立つ!! 理工系のフリーソフト50 数学、物理、化学、生物、地学、宇宙、工学の使えるソフトをまとめて紹介 | 大崎 誠、林 利明、小原 裕太、金子 雄太 |
| みんなが知りたい地下の秘密 洪水時のあふれた水を取り込む地下トンネルとは? 地下鉄の上り線と下り線を同時につくる技術とは? | 地下空間普及研究会 |
| 科学でわかる男と女の心と脳 男はなぜ若い子が好きか? 女はなぜ金持ちが好きか? | 麻生 一枝、東雲 水生 |
| 論理的に話す技術 相手にわかりやすく説明するための極意 | 山本 昭生、福田 健 |
| 身体に必要なミネラルの基礎知識 鉄・亜鉛・マンガン・モリブデン・バナジウムなど、病気の予防にもなり原因にもなる金属の話 | 野口 哲典 |
| アレルギーのふしぎ アレルゲンは合体してパワーアップする? 食物アレルギーはなぜ子供に多い? | 永倉 俊和 |
| ガラパゴスのふしぎ | NPO法人 日本ガラパゴスの会 |
| DNA誕生の謎に迫る! 遺伝子の本体DNAはどうつくられたか? 構造、進化、複製から起源の謎をひも解く! | 武村 政春 |
| マンガでわかる菌のふしぎ 肌をピカピカにして性別も決める細菌とは? 火星由来の細菌があるってホント? | 中西 貴之 |
| 大量絶滅がもたらす進化 巨大隕石の衝突が絶滅の原因ではない? 絶滅の危機がないと生物は進化を止める? | 金子 隆一 |
| F1テクノロジーの最前線<2010年版> モータースポーツの頂点を彩る最新技術の秘密 | 檜垣 和夫 |
| カラー図解でわかるジェット旅客機の秘密 なぜ旅客機は宙返りができないの? 飛行中の速度はどうやって測るの? | 中村 寛治 |
| ジェット戦闘機 最強50 黎明期から最新世代機まで、世代ごとの空の覇者はどの機種か!? | 青木 謙知 |
| 知っておきたい有害物質の疑問100 防水加工剤でコレステロール値が悪化? ピーナッツのかびに発ガン作用? | 齋藤 勝裕 |
| AH-64 アパッチはなぜ最強といわれるのか 驚異的な攻撃力をもつ戦闘ヘリコプターの秘密 | 坪田 敦史 |
| みんなが知りたい空港の疑問50 滑走路とふつうの道路の違いは? 大量の荷物はどう運ばれるの? | 秋本 俊二 |
| ビックリするほど素粒子がわかる本 クォークはどうして姿を見せないのか? ニュートリノはなぜ地球を突き抜けるのか? | 江尻 宏泰 |
| 理科力をきたえるQ&A きちんと答えられる大人になるための基礎知識 | 佐藤 勝昭 |
| 酒とつまみの科学 天ぷら・寿司には白ワイン? チーズやキャビアに日本酒が合う? | 成瀬 宇平 |
| カラー図解でわかるクルマのハイテク 4つのタイヤにモーターを載せた電気自動車とは? ミリ波レーダーを利用して追突を防ぐ装置とは? | 高根 英幸 |
| カラー図解でわかるバイクのしくみ ライダーなら知っておきたいメカニズムの基本から最新技術まで | 市川 克彦 |
| 生態系のふしぎ 失われた環境はどこまで再生できる? 生態系でいちばん弱い立場の生き物は? | 児玉 浩憲 |
| マンガでわかる恋愛心理学 人はなぜ恋をするのか? ひとめぼれは本当の恋愛感情か? | ポーポー・ポロダクション |
| 天体写真でひもとく宇宙のふしぎ 皆既日食にまつわる3つの偶然とは? 楕円銀河は共食いで太る? | 渡部 潤一 |
| みんなが知りたいペンギンの秘密 なぜペンギンは北半球にいないの? 寒さが苦手なペンギンもいるってホント? | 細川 博昭 |
| 不可思議現象の科学 心霊現象、UFO、超能力、生まれ変わりなど、その真実を科学の力で明らかにする!! | 久我 羅内 |
| 地衣類のふしぎ コケでないコケとはどういうこと? 道ばたで見かけるあの"植物"の正体とは? | 柏谷 博之 |
| ボーイング787はいかにつくられたか 初代モデル1から最新787まで、世界の航空史を彩る歴代名機に迫る!! | 青木 謙知 |
| マンガでわかる有機化学 結合と反応のふしぎから環境にやさしい化合物まで | 齋藤 勝裕、保田 正和 |
| 花のふしぎ100 花の仲間はどうして一斉に咲きほこるの? タネづくりに秘めた植物たちの工夫とは? | 田中 修 |
| 血液のふしぎ 血液型別性格占いの根拠は? サラサラ血は本当に健康? | 奈良 信雄 |
| M1エイブラムスはなぜ最強といわれるのか 実戦を重ねて進化する最新鋭戦車の秘密 | 毒島 刀也 |
| ここまでわかった新・太陽系 太陽も地球も月も同じときにできてるの? 銀河系に地球型惑星はどれだけあるの? | 井田 茂、中本 泰史 |
| 海に生きるものたちの掟 食うか食われるか、命を受け継ぐ食物連鎖の秘密 | 窪寺 恒己 |
| イージス艦はなぜ最強の盾といわれるのか 圧倒的な防空能力をもつ戦闘艦の秘密 | 柿谷 哲也 |
| あと1年使うためのパソコン強化術 整理術、USBメモリ、フリーソフト、快速技であなたのパソコンはまだまだ使える! | ピーシークラブ |
| カラー図解でわかるブラックホール宇宙 なんでも底なしに吸い込むのは本当か? 死んだ天体というのは事実か? | 福江 純 |
| 海の生き物のふしぎ イソギンチャクを振り上げて威嚇するカニとは?体の色をガラリと変えてメスに求愛する魚とは? | 原田 雅章、松浦 啓一 |
| 寄生虫のひみつ ムズムズするけど見てみたい「はらのむし」たちの世界 | 藤田 紘一郎 |
| 害虫の科学的退治法 大嫌いなゴキブリ、カ、ハエ、ムカデなどをわが家から追いだす方法は? | 宮本 拓海 |
| 子供に教えたいムシの探し方・観察のし方 昆虫たちを観察し、生き方を学べば、きっと人生が変わる! | 海野 和男 |
| デジタル一眼レフで撮る鉄道撮影術入門 撮り方がわかれば誰でもベストショットをものにできる! | 青木 英夫 |
| 暮らしを支える「ねじ」のひみつ メガネ・飛行機・超高層ビルまで 世界を支える「ねじ」の基礎知識 | 門田 和雄 |
| あと5kgがやせられないヒトのダイエット... 太りやすい体質ってあるの? 部分的にやせることはできる? | 岡田 正彦 |
| うまくいくイヌのしつけの科学 学習心理学、脳科学、行動学から考える正しいイヌとのふれあい方 | 西川 文二 |
| ヘリコプターの最新知識 空中で飛行機に変身できるヘリコプターとは? エンジンが止まってもすぐに落ちない理由は? | 坪田 敦史 |
| デジタル一眼レフで撮る四季のネイチャーフォト 日本のすばらしき自然とそこに生きる生き物の一瞬を撮る | 海野 和男 |
| おもしろ実験と科学史で知る物理のキホン 力・熱・光・電気・流体がスラスラわかる | 渡辺 儀輝 |
| カラー図解でわかる 科学的ゴルフの極意 理屈がわかればどんどんうまくなる! | 大槻 義彦 |
| 身近な雑草のふしぎ 野原の薬草・毒草から道草まで、魅力あふれる不思議な世界にようこそ | 森 昭彦 |
| Kindleショック インタークラウド時代の夜明け | 境 真良 |
| 心が折れそうなビジネスマンが読む本 | 中森 勇人、吉岡 俊介(シニア産業カウンセラー) |
| USTREAM 世界を変えるネット生中継 | 川井 拓也 |
| 頭がよくなる図化思考法 | 齋藤 孝 |
| 本当にうまいビール215 | 藤原 ヒロユキ |
| 坂本龍馬の「私の履歴書」 | 八幡 和郎 |
| スペイン人はなぜ小さいのにサッカーが強いのか ワールドカップで日本が勝つためのヒント | 村松 尚登 |
| 地図と家紋で知る名字のルーツ | 姓氏の歴史研究会編 |
| 山登りの作法 | 岩崎 元郎 |
| 親で決まる!キレない子ども デキる子どもの育て方 | 保坂 隆 |
| 般若心経の教える幸せになるための智慧 | ひろ さちや、阿 純孝 |
| セカイ系とは何か ポスト・エヴァのオタク史 | 前島 賢 |
| 節約の作法 年100万円必ず貯める55の知恵 | 丸山 晴美 |
| 「もの忘れ」に勝つ64の知恵 | 米山 公啓 |
| 生きる技術は名作に学べ | 伊藤 聡 |
| 教科書では教えてくれない日本の名作 | 出口 汪 |
| 売れるデザインの発想法 | 木全 賢 |
| Twitter革命 | 神田 敏晶 |
| こんな男は捨てられる | 山崎 世美子 |
| 人を動かす照明術 | 結城 未来 |
| ホームシアターの作法 | 麻倉 怜士 |
| 本当は偉くない? 歴史人物 日本を動かした70人の通信簿 | 八幡 和郎 |
| ランニングの作法 ゼロからフルマラソン完走を目指す75の知恵 | 中野 ジェームズ 修一 |
| 頭がよくなる思考法 天才の「考え方」をワザ化する | 齋藤 孝 |
| 10大戦国大名の実力 「家」から読み解くその真価 | 榎本 秋 |
| 伝える技術50のヒント | 山中 秀樹 |
| サバイバル副業術 | 荻野 進介 |
| 一流の思考法 WBCトレーナーが教える「自分力」の磨き方 | 森本 貴義 |
| 理系思考術 | 岡嶋 裕史 |
| 名言力 人生を変えるためのすごい言葉 | 大山 くまお |
| 雇用危機をどう乗り越えるか | 中野 雅至 |
| 対人力 人生を成功に導く「合気」の極意 | 塩田 泰久 |
| なぜ打ちなおしの一打はいいボールが打てるのか | 松本進 |
| 「辞めたい!でも辞められない」ときに読む本 | 斎藤茂太 |
| Twitter英語術 | 晴山陽一、クリストファー・ベルトン |
| カラー版 奈良の花ごよみ | 大貫茂 |
| 心が強いゴルファーの「ごくシンプルな」思考術 | 鈴木規夫 |
| マンガでわかる 会社組織が甦る!職場系心理学 | (作画)ナカタニD.、(監修)衛藤信之 |
| カラー版 奈良の仏像さんぽ | 中島久美 |
| 流れがわかる! すんなり頭に入る! 英語対訳で読む世界の歴史 | (監修)綿田浩崇、(訳)Lee Stark |
| やさしく、強く、そして正直に | 上村愛子 |
| [七田式]子どもの『天才脳』をつくる33のレッスン | 七田厚、(協力)七田チャイルドアカデミー |
| 脳を鍛える1分間トレーニング | (編著)保坂隆 |
| 素朴な「?」がよくわかる! 英語対訳で読む科学の疑問 | (監修)松森靖夫、(訳)古家貴雄 |
| お相撲さんの"腰割り"トレーニングに隠されたすごい秘密 | 元一ノ矢 |
| 山谷でホスピスやってます。 | 山本雅基 |
| 坂本龍馬 本当は何を考え、どう生きたか? | 加来耕三 |
| なぜ、脳はセックスで活性化するのか? | 大島清 |
| だから、楽に走れない! 目からウロコのマラソン完走新常識 | 飯田潔、牧野仁 |
| 伝えたい"ニッポンの心"! 英語対訳で読む日本のしきたり | (監修)新谷尚紀、(訳)Andrew P. Bourdelais |
| なんだこりゃ?! まだまだあるぞ「県境」&「境界線」の謎 | 浅井建爾 |
| 心と体を輝かせる16の幸せカラー | 光岡さちこ |
| スコアアップできない原因の50%は間違いなくあなたのクラブです。 | 鹿又芳典 |
| ぐるり一周34.5キロ JR山手線の謎 | (編著)松本典久 |
| 全曲QRコード付き!携帯で聴けるクラシックの名旋律 | 新井鴎子 |
| 運活力 | 來夢 |
| 不思議がいっぱい! 日本昔ばなしの旅 | 島尾真 |
| こんなに面白い! らくらく理解できる! 英語対訳で読む日本史の有名人 | (監修)中西康裕、(訳)Gregory Patton |
| 意外と知らない! こんなにすごい「日本の城」 | (監修)三浦正幸 |
| オトコの婚活 | 泉直樹 |
| やっぱりスゴい! 役に立つ!『おばあちゃんの知恵』をタネ明かしする本 | 森井美紀 |
| 今まで語られていなかった!? 古史料が明かす本当の直江兼続 | 小菅宏 |
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| 肺が危ない! | 生島 壮一郎 |
| ウツになりたいという病 | 植木 理恵 |
| 不幸になる生き方 | 勝間 和代 |
| 小説家という職業 | 森 博嗣 |
| <ヴィジュアル版>/フランス革命の肖像 | 佐藤 賢一 |
| いい人ぶらずに生きてみよう | 千 玄室 |
| モードとエロスと資本 | 中野 香織 |
| 現代アートを買おう! | 宮津 大輔 |
| グーグルに異議あり! | 明石 昇二郎 |
| 機関車トーマスと英国鉄道遺産 | 秋山 岳志 |
| 医師がすすめる男のダイエット | 井上 修二 |
| 「事業仕分け」の力 | 枝野 幸男 |
| 「10年不況」脱却のシナリオ | 斎藤 精一郎 |
| 努力しない生き方 | 桜井 章一 |
| <ヴィジュアル版>/澁澤龍彦 ドラコニア・ワールド | 澁澤 龍彦、澁澤 龍子、沢渡 朔 |
| ルポ 戦場出稼ぎ労働者 | 安田 純平 |
| メジャーリーグ なぜ「儲かる」 | 岡田 功 |
| 演じる心、見抜く目 | 友澤 晃一 |
| 創るセンス 工作の思考 | 森 博嗣 |
| 天皇とアメリカ | 吉見 俊哉、テッサ モーリス-スズキ |
| 「独裁者」との交渉術 | 明石 康、木村 元彦 |
| オーガニック革命 | 高城 剛 |
| 著作権の世紀/――変わる「情報の独占制度」 | 福井 健策 |
| 主婦パート 最大の非正規雇用 | 本田 一成 |
| 聖なる幻獣/<ヴィジュアル版> | 立川 武蔵、大村 次郷 |
| 不幸な国の幸福論 | 加賀 乙彦 |
| マイルス・デイヴィス 青の時代 | 中山 康樹 |
| 男はなぜ化粧をしたがるのか | 前田 和男 |
| 社会主義と個人/―ユーゴとポーランドから | 笠原 清志 |
| 新型インフルエンザ 本当の姿 | 河岡 義裕 |
| 他人と暮らす若者たち | 久保田 裕之 |
| <ヴィジュアル版>/藤田嗣治 手しごとの家 | 林 洋子 |
| 自由をつくる 自在に生きる | 森 博嗣 |
| 「才能」の伸ばし方/―五輪選手の育成術に学ぶ | 折山 淑美 |
| 虚人のすすめ/―無秩序(カオス)を生き抜け | 康 芳夫 |
| 邱永漢の「予見力」 | 玉村 豊男 |
| 若き友人たちへ/―筑紫哲也ラスト・メッセージ | 筑紫 哲也 |
| 名士の系譜/日本養子伝 | 新井 えり |
| リーダーは半歩前を歩け/――金大中というヒント | 姜 尚 中 |
| 食料自給率100%を目ざさない国に未来はない | 島崎 治道 |
| 自由の壁 | 鈴木 貞美 |
| 誰でもなる! 脳卒中のすべて | 植田 敏浩 |
| ガンジーの危険な平和憲法案 | C・ダグラス・ラミス |
| 日本の女帝の物語/―あまりにも現代的な古代の六人の女帝達 | 橋本 治 |
| <ヴィジュアル版>/熱帯の夢 | 茂木 健一郎、中野 義樹 |
| 江戸のセンス/――職人の遊びと洒落心 | 荒井 修、いとう せいこう |
| 振仮名の歴史 | 今野 真二 |
| 公平・無料・国営を貫く 英国の医療改革 | 武内 和久、竹之下 泰志 |
| 俺のロック・ステディ | 花村 萬月 |
| ルポ/米国発ブログ革命 | 池尾 伸一 |
| 日本の「世界商品」力 | 嶌 信彦 |
| 今日よりよい明日はない | 玉村 豊男 |
| 中国の異民族支配 | 横山 宏章 |
| 専門医が語る/毛髪科学最前線 | 板見 智 |
| 代理出産 生殖ビジネスと命の尊厳 | 大野 和基 |
| イスラムの怒り | 内藤 正典 |
| マルクスの逆襲 | 三田 誠広 |
| バクチと自治体 | 三好 円 |
| 東京の副知事になってみたら | 猪瀬直樹 |
| ともいきの思想 | 阿部珠理 |
| 恋脳指数 (LQ) | 澤口俊之 |
| お父さん、「葬式はいらない」って言わないで | 橋爪謙一郎 |
| 江戸っ子はなぜ宵越しの銭を持たないのか? | 田中優子 |
| 英語多読法 | 古川昭夫 |
| 今すぐ実践!小学生からの天才の育て方 | 横峯吉文 |
| ヒルクライマー宣言 | 高千穂 遥 |
| 高機能自閉症児を育てる | 高橋和子 |
| うちの店にはなぜ客がまた来るのか | 角章 |
| イチローVS松井秀喜 | 古内義明 |
| 前立腺ガン治療革命 | 藤野邦夫 |
| 記者クラブ崩壊 | 上杉 隆 |
| 成年後見制度が支える老後の安心 | 宮内康二 |
| 仏像図解新書 | 石井亜矢子、 (画)岩崎 隼 |
| 知られざる国民病「ロコモ症候群」 | 平石貴久、剱木久美子 |
| 倹約と幸福 | 新宮 秀夫 |
| 日本語を「外」から見る | 佐々木 瑞枝 |
| 幕末維新を「本当に」動かした10人 | 松平定知 |
| 捏造されたヒーロー、遠山金四郎 | 棚橋正博 |
| フィギュアスケートに懸ける人々 | 宇都宮直子 |
| 東京マラソンを走りたい | 喜国雅彦 |
| 読顔力 | 佐藤親次、簑下成子 |
| いま、こころを育むとは | 山折哲雄 |
| 粗食生活のすすめ | 幕内秀夫 |
| 裁く技術 | 森 炎 |
| チェアウォーカーという生き方 | 松上京子 |
| 外来生物クライシス | 松井正文 |
| 強欲社会主義 | 遊川和郎 |
| 5分で「やる気」が出る賢者の言葉 | 齋藤 孝 |
| 恥の殿堂 | 落合信彦 |
| 「カミさんポックリ教」宣言 | ビートたけし |
| 史上最強バルセロナ 世界最高の育成メソッド | ジョアン・サルバンス |
| 議員と官僚は使いよう | 小池百合子 |
| 「君が代」肯定論 | 長部日出雄 |
| 銀座クラブは女の大学 | 蝶々 |
| 未来のための江戸学 | 田中優子 |
| 美しい日本語のすすめ | 坂東眞理子 |
| だから演劇は面白い! | 北村明子 |
| 目立つ力 | 勝間和代 |
| 日本人の英語力 | マーシャ・クラッカワー |
| 発達障害とことばの相談 | 中川信子 |
| 表現の自由と第三者機関 | 清水英夫 |
| 鉄子のDNA | 豊田 巧 |
| 「厚顔」のススメ | 宋 文洲 |
| 地図だけが知っている日本100年の変貌 | 竹内正浩 |
| なぜ宝塚歌劇に客は押し寄せるのか | 中本千晶 |
| 世論という悪夢 | 小林よしのり |
| 典座さんの健康料理 | 山崎紹耕 |
| オバマ大統領がヒロシマに献花する日 | 松尾文夫 |
| 歴史を「本当に」動かした戦国武将 | 松平定知 |
| できる人の「営業力」72の奥義 | 井崎勝司 |
| 介護漫才 | 貝谷嘉洋 |
| パリジャンは味オンチ | ミツコ・ザハー |
| 後悔しない歯科矯正 | (監)日本矯正歯科協会、増田美加 |
| 「王様のブランチ」のブックガイド200 | 松田哲夫 |
| まれびとたちの沖縄 | 与那原 恵 |
| 古寺をゆく4 唐招提寺 | 小学館「古寺をゆく」編集部 |
| 名城をゆく3 大坂城 | 小学館「名城をゆく」編集部 |
| 古寺をゆく3 東寺 | 小学館「古寺をゆく」編集部 |
| 名城をゆく2 姫路城 | 小学館「名城をゆく」編集部 |
| 古寺をゆく2 高野山 | 小学館「古寺をゆく」編集部 |
| 名城をゆく1 熊本城 | 小学館「名城をゆく」編集部 |
| 高山植物ハンディ図鑑 | 新井和也 |
| 最強の人生指南書 | 齋藤 孝 |
| ヒトラーとケインズ | 武田知弘 |
| 世界史の中の石見銀山 | 豊田有恒 |
| 観音経入門 | 松原泰道 |
| 法医学現場の真相 | 押田茂實 |
| 日本文化のキーワード | 栗田 勇 |
| 「江戸前」の魚はなぜ美味しいのか | 藤井克彦 |
| 明治三十七年のインテリジェンス外交 | 前坂俊之 |
| なぜ九〇%の人が家づくりに失敗するのか? | 市村 博 |
| 専守防衛 | 清谷信一 |
| 釈尊のことば 法句経入門 | 松原泰道 |
| 25通の手紙で読む 龍馬の肉声 | 木村幸比古 |
| 老後に本当はいくら必要か | 津田倫男 |
| はじめての中学受験 | 日能研進学情報室 |
| 血液型の科学 | 藤田紘一郎 |
| 発達障害に気づかない大人たち | 星野仁彦 |
| 歎異抄の謎 | 五木寛之 |
| 不祥事は財産だ | 樋口晴彦 |
| 新書1冊を15分で読む技術 | 井田 彰 |
| 「世界遺産」の真実 | 佐滝剛弘 |
| 「スーパー名医」が医療を壊す | 村田幸生 |
| 鳩山家四代 | 梶原英之 |
| 悩んだときに元気が出るスヌーピー | (作)チャールズ・M・シュルツ、(訳)谷川俊太郎、(選)香山リカ |
| 新・冠婚葬祭入門 | 野村沙知代 |
| 般若心経入門 | 松原泰道 |
| 記憶はウソをつく | 榎本博明 |
| 日本語は本当に「非論理的」か | 桜井邦朋 |
| オバマを狙う「白いアメリカ」 | ステファン丹沢 |
| いい加減な人ほど英語ができる | 堀江珠喜 |
| デッドライン決断術 | 吉越浩一郎 |
| 9・15 リーマンショック | 片山 修 |
| コンビニ食と脳科学 | 加藤直美 |
| 「夫婦」という幻想 | 斎藤 学 |
| 再発見 夏目漱石 | 出口 汪 |
| 知られざる「吉田松陰伝」 | よしだみどり |
| 欲張りで懲りないアメリカ人 | 有元美津世 |
| 知らずに飲んでいた薬の中身 | 大和田 潔 |
| クレームを生かすほど会社は伸びる | 西山知義 |
| 理系の企画力! | 宮永博史 |
| ドイツ参謀本部 | 渡部昇一 |
| 江戸城を歩く | 黒田 涼 |
| 医者がすすめる 背伸びダイエット | 佐藤万成 |
| データ比較 「住みにくい県」には理由がある | 佐藤 拓 |
| 国道の謎 | 松波成行 |
| 深海魚は海を知らない | 三好由紀彦 |
| 気にするな | 弘兼憲史 |
| 開国前夜 ―田沼時代の輝き― | 鈴木由紀子 |
| 性愛英語の基礎知識 | 吉原真里 |
| 編集者の仕事 ―本の魂は細部に宿る― | 柴田光滋 |
| エコ亡国論 | 澤昭裕 |
| 仕事で成長したい5%の日本人へ | 今北純一 |
| 歴史を動かしたプレゼン | 林寧彦 |
| 秘密諜報員ベートーヴェン | 古山和男 |
| 眠れぬ夜の精神科 ―医師と患者20の対話― | 中嶋聡 |
| 女は男の指を見る | 竹内久美子 |
| 中国共産党を作った13人 | タン・ロミ |
| 日韓がタブーにする半島の歴史 | 室谷克実 |
| これが「教養」だ | 清水真木 |
| ヤフートピックスを狙え ―史上最強メディアの活用法― | 菅野夕霧 |
| ツキの波 | 竹内一郎 |
| 衆愚の時代 | 楡周平 |
| 小布施 まちづくりの奇跡 | 川向正人 |
| 信念を貫く | 松井秀喜 |
| ちょっと田舎で暮してみたら ―実践的国内ロングステイのすすめ― | 能勢健生 |
| お坊さんが隠すお寺の話 | 村井幸三 |
| ん ―日本語最後の謎に挑む― | 山口謠司 |
| アホの壁 | 筒井康隆 |
| 日本の食欲、世界で第何位? | 岡崎大五 |
| おへそはなぜ一生消えないか ―人体の謎を解く― | 武村政春 |
| 自分だけの一冊 ―北村薫のアンソロジー教室― | 北村薫 |
| 民主党代議士の作られ方 | 出井康博 |
| あの素晴しい曲をもう一度 ―フォークからJポップまで― | 富澤一誠 |
| 医薬品クライシス―78兆円市場の激震― | 佐藤健太郎 |
| テレビ局の裏側 | 中川勇樹 |
| 朝鮮人特攻隊 ―「日本人」として死んだ英霊たち― | ベ・ヨンホン |
| 戦後落語史 | 吉川潮 |
| 一日一名言 ―歴史との対話365― | 関厚夫 |
| 人間の器量 | 福田和也 |
| 日本辺境論 | 内田樹 |
| グルメの嘘 | 友里征耶 |
| 60歳からの青春18きっぷ | 芦原伸 |
| 「メール好感度」を格段に上げる技術 | 神舘和典 |
| 「文系・大卒・30歳以上」がクビになる ―大失業時代を生き抜く発想法― | 深田和範 |
| 日本語教のすすめ | 鈴木孝夫 |
| ギャルとギャル男の文化人類学 | 荒井悠介 |
| 同い年事典 ―1900~2008― | 黒川祥子 |
| 日本人が知らない幸福 | 武永賢 |
| 霞が関埋蔵金 | 菅正治 |
| 政策論争のデタラメ | 市川眞一 |
| 社長、その服装では説得力ゼロです | 中村のん |
| メディアとテロリズム | 福田充 |
| 血の政治―青嵐会という物語― | 河内孝 |
| センスのいい脳 | 山口真美 |
| 腹八分の資本主義 ―日本の未来はここにある!― | 篠原匡 |
| 徒然草inUSA ―自滅するアメリカ 堕落する日本― | 島田雅彦 |
| 日本の治安 | 後藤啓二 |
| 寝取られた男たち | 堀江珠喜 |
| 民主の敵 ―政権交代に大義あり― | 野田佳彦 |
| 教養としての歴史 日本の近代(下) | 福田和也 |
| 松下幸之助は生きている | 岩谷英昭 |
| 女子大生がヤバイ! | 小沢章友 |
| 凡人起業 ―「カリスマ経営者」は見習うな!― | 多田正幸 |
| イカの神経 ヒトの脳みそ | 後藤秀機 |
| 身内の犯行 | 橘由歩 |
| 霊と金 ―スピリチュアル・ビジネスの構造― | 櫻井義秀 |
| 「お通し」はなぜ必ず出るのか ―ビジネスは飲食店に学べ― | 子安大輔 |
| なぜツイッターでつぶやくと日本が変わるのか | 上杉隆 |
| 日本人が知らない恐るべき真実 | 安部芳裕 |
| 簡単式 DVDコピー | DVDコピー研究会 |
| あの会社のスゴい社訓 | 浜口直太 |
| 無料(フリー)ソフト式パソコン革命 | 町谷進 |
| バカヤロー経済学 | 竹内薫 |
| パソコン編集者が明かす100の仕事術 | 岡嶋佑介 |
| 集団ストーカー | 古牧和都 |
| プレステ3はなぜ失敗したのか? | 多根清史 |
| 鯛という名のマンボウ アナゴという名のウミヘビ | 吾妻博勝 |
| 介護崩壊 | 凛 次郎 |
| JASRACに告ぐ | 田口宏睦 |
| 学校裏サイト | 渋井哲也 |
| 反日マンガの世界 イデオロギーまみれの怪しい漫画にご用心! | 唐沢俊一、高澤秀次、宮島理、中宮崇 ほか |
| ブラック企業の闇 それでもあなたは働きますか? | ムネカタスミト |
| 自殺ドミノ | 石原行雄 |
| 地デジにしたいなんて誰が言った!? | 荒川顕一 |
| レイプ・オブ・チベット 中華的民族浄化作戦 | 西田蔵之助 |
| また中国か! | 東亜細亜問題研究会 |
| ワーキングプア死亡宣告 | 巨椋修、犬山明彦、山口敏太郎 |
| 反日韓国人撃退マニュアル | 桜井誠 |
| 加速する「脱・中国経済」取り残された日本の行方 | 酒井亨 |
| Twitterで英語をつぶやいてみる | 石原真弓 |
| 常用漢字の事件簿 | 円満字二郎 |
| 使える経済書100冊~『資本論』から『ブラック・スワン』まで | 池田信夫 |
| うつ克服の最強手段 言霊療法 | 高田明和 |
| 大名行列の秘密 | 安藤優一郎 |
| 新国民病 ロコモティブシンドローム~長寿社会は警告する | 中村耕三 |
| ほとけの履歴書~奈良の仏像と日本のこころ | 藪内佐斗司 |
| シングル介護~ひとりでがんばらない! 50のQ&A | おちとよこ |
| 5人の落語家が語る ザ・前座修業 | 稲田和浩、守田梢路 |
| <聞き上手>の法則~人間関係を良くする15のコツ | 澤村直樹 |
| プロフェッショナルたちの脳活用法2~育ての極意とアンチエイジング | 茂木健一郎、NHK「プロフェッショナル」制作班 |
| はじめての宗教論 右巻~見えない世界の逆襲 | 佐藤優 |
| 「龍馬」を読み解く100問 | 大石学、佐藤宏之 |
| がん検診は誤解だらけ~何を選んでどう受ける | 斉藤博 |
| 正岡子規の<楽しむ力> | 坪内稔典 |
| 見通す力 | 池上彰 |
| 勝間・藤巻に聞け!「仕事学のすすめ」 | 勝間和代、藤巻幸夫 |
| 通勤電車でよむ詩集 | 小池昌代 |
| 新型インフルエンザはなぜ恐ろしいのか | 押谷仁、虫明英樹 |
| 北方謙三の『水滸伝』ノート | 北方謙三 |
| 厳父の作法 | 佐藤洋二郎 |
| 心を鍛えるヨーガ | 番場裕之 |
| 田舎力~ヒト・夢・カネが集まる5つの法則 | 金丸弘美 |
| 灘中の数学発想法~問題を眺める10のツボ | 幸田芳則 |
| 今こそ知りたい消費税 | 林信吾、岡智恭 |
| 江戸蕎麦通への道 | 藤村和夫 |
| 「アメリカ社会」入門~英国人ニューヨークに住む | コリン・ジョイス、谷岡健彦 |
| グリーン・ニューディール~環境投資は世界経済を救えるか | 寺島実郎、飯田哲也 |
| 天皇の「まつりごと」~象徴としての祭祀と公務 | 所功 |
| お笑い沖縄ガイド~貧乏芸人のうちなーリポート | 小波津正光 |
| ひろさちやの笑って死ぬヒント | ひろ さちや |
| 認知症介護はセロトニンで楽になる | 有田 秀穂 |
| 図説 あらすじでわかる!親鸞の教え | 加藤 智見 |
| 明治維新を突き動かした坂本龍馬の「贋金」製造計画 | 竹下 倫一 |
| 図説 あらすじでわかる!日本の神々と神社 | 三橋 健 |
| この一冊でわかる! 孔子と老子 | 野末 陳平 |
| 「いい人」はなぜガンになりやすいのか | 最上 悠 |
| 図解1分ドリルこの一冊で「読む力」と「書く力」が面白いほど身につく! | 知的生活追跡班 編 |
| 家紋に残された戦国武将五つの謎 | 武光 誠 |
| 仕事で使える!クラウド超入門 | 戸田 覚 |
| 図説 地図とあらすじでわかる!邪馬台国 | 千田 稔 監修 |
| ネイティブはこの「5単語」で会話する | 晴山 陽一 |
| 見方を変えれば問題解決!「図形力」トレーニング | 久伊豆 好男、頭脳ゲーム研究会 |
| 図説 日本人の源流をたどる! 伊勢神宮と出雲大社 | 瀧音 能之 監修 |
| 一流アスリートの「身体脳力」 | 二宮 清純、富家 孝 |
| ゴルフ「超」ハーフスイングの法則 いまの技術でシングルになる | 永井 延宏 |
| 古地図と名所図会で味わう江戸の落語 | 菅野 俊輔 |
| 図説 あらすじでわかる!日本の仏教とお経 | 廣澤 隆之 監修 |
| その英語、ネイティブはカチンときます | デイビッド セイン、岡 悦子 |
| 2時間で教養が身につく日本史のツボ | 童門 冬二 |
| 図説 江戸城の見取り図 失われた「天守閣」から「大奥」の人間模様までが蘇る | 中江 克己 |
| 図説 神々との心の交流をたどる! 神道 | 武光 誠 |
| 図説 地図とあらすじでわかる! イエス | 船本 弘毅 監修 |
| パーソナリティ分析[恋愛編] | 岡田 尊司 |
| 4時間台でラクに走りきる 頭のいいマラソン超入門 | 内山 雅博 |
| 「脳の栄養不足」が老化を早める! | 溝口 徹 |
| 日本サッカー 世界で勝つための戦術論 | 西部 謙司 |
| ニュースが伝えない 政治と官僚 | 三宅 久之 |
| 日本人の心の原点をたどる! 奈良の祭事記 | 岩井 宏實 |
| 飛んで曲がらない!ドローが打てる! ゴルフ"タイガー・ライン"スイング理論 | 重田 栄作 |
| 図説 地図とあらすじでわかる!聖地エルサレム | 月本 昭男 監修 |
| ヒトは脳から太る 人間だけに仕組まれた"第2の食欲"とは | 山本 隆 |
| 仕事で使える! Twitter超入門 | 小川 浩 |
| 精神力 強くなる迷い方 | 桜井 章一 |
| PDF「超」活用術 ワード・エクセルより10倍使える | オンサイト 編 |
| 図説 見取り図でわかる! 江戸の暮らし | 中江 克己 |
| たった1通で人を動かすメールの仕掛け ビジネス、人脈づくり、婚活...これで落ちない人はいない! | 浅野 ヨシオ |
| 図解1分ドリル この一冊で「考える力」と「話す力」が面白いほど身につく! | 知的生活追跡班 編 |
| ストレスに強い脳、弱い脳 そのカギはセロトニンが握っていた! | 有田 秀穂 |
| 図説 あらすじでわかる!日本の仏 | 速水 侑 監修 |
| その「エコ常識」が環境を破壊する | 武田 邦彦 |
| 政権力 一国のリーダーたる器とは | 三宅 久之 |
| 大人の教養を愉しむ 祇園のしきたり | 渡辺 憲司 監修 |
| 飲んでも太らない秘密の習慣 | 伊達 友美 |
| スティーブ・ジョブズ 成功を導く言葉 | 林 信行 |
| 長寿遺伝子をオンにする生き方 | 白澤 卓二 |
| 「うつ」は食べ物が原因だった! | 溝口 徹 |
| 「婚活」の会話にはツボがある! 男のための話し方トレーニング | 大橋 清朗 |
| 図説 地図とあらすじでわかる!聖書 | 船本 弘毅 監修 |
| 数学者が読み解く仏教世界 冥途の旅はなぜ四十九日なのか | 柳谷 晃 |
| 美女の骨格 名画に隠された秘密 | 宮永 美知代 |
| 七田式 脳が冴えわたる!大人の日本語ドリル | 七田 厚 |
| 世界最悪の紛争「コンゴ」 | 米川 正子 |
| チャンスをつかむ中小企業 | 中津 孝司 |
| キレる子と叱りすぎる親 | 石川 憲彦 |
| 障害児保育 | 山田 真 |
| 国際協力と学校 | 山田 肖子 |
| 食育の力 | 高橋 美保 |
| アメリカ世界を読む | 川上 高司 |
| 子どもが病気になる前に知っておきたいこと | 高野 陽、金森 三枝 |
| 子どものいじめと「いのち」のルール | 岡本 富郎 |
| 地域をつなぐ国際協力 | 西川 芳昭 |
| 格差の壁をぶっ壊す! | 堀江貴文 |
| 子どもに勉強を教えるな | 横峯吉文 |
| 平城京は古代豪族の墓標だった! | 関 裕二 |
| ドル凋落 | 三橋貴明 |
| 新宗教マネー | 山田直樹 |
| ルポ 現代のスピリチュアリズム | 織田淳太郎 |
| ウェブを炎上させるイタい人たち | 中川淳一郎 |
| ネットがあれば履歴書はいらない | 佐々木俊尚 |
| 7.5ウイグル虐殺の真実 | イリハム・マハムティ |
| 下り坂社会を生きる | 島田裕巳、小幡 績 |
| ホントは知らない!? 「カタカナ語」辞典 | 藤田英時 |
| 「機動戦士ガンダム」永遠に残したい名場面100 | 僕たちの好きなガンダム編集部 編 |
| 「押し紙」という新聞のタブー | 黒薮哲哉 |
| 社会主義化するアメリカ | 春山昇華 |
| 「邪馬台国=畿内説」「箸墓=卑弥呼の墓説」の虚妄を衝く! | 安本美典 |
| 石原結實流 体を温めて「脱メタボ!」 | 石原結實 |
| 書くだけで30kgやせました | 大橋 健 |
| 妄想力 | 茂木健一郎、関根 勤 |
| ハイブリッドカーは本当にエコなのか? | 両角岳彦 |
| 自動車ビジネスに未来はあるか? | 下川浩一 |
| 新・資本論 | 堀江貴文 |
| なぜ英語のネイティブは、見知らぬ人にあいさつをするのか? | 藤田英時 |
| 3年後に生き残るクルマ | 舘内 端 |
| 富裕層が日本をダメにした! | 和田秀樹 |
| 「渋滞」の先頭は何をしているのか? | 西成活裕 |
| 派遣のウラの真実 | 渡辺雅紀 |
| 今日、有効な戦術が明日、通じるとは限らない | 犬飼基昭 |
| 日本のナショナリズム | 松本 健一 |
| 組織力 ─宿す、紡ぐ、磨く、繋ぐ | 高橋 伸夫 |
| 仏教の身体感覚 | 久保田 展弘 |
| 認知症は予防できる | 米山 公啓 |
| 無縁所の中世 | 伊藤 正敏 |
| 世界がわかる石油戦略 | 岩間 敏 |
| 刑事魂 | 萩生田 勝 |
| 実践!交渉学 ─いかに合意形成を図るか | 松浦 正浩 |
| 入門 経済学の歴史 | 根井 雅弘 |
| 「理科」で歴史を読みなおす | 伊達 宗行 |
| 教養としての官能小説案内 | 永田 守弘 |
| 日本語は亡びない | 金谷 武洋 |
| わかりやすいはわかりにくい? ─臨床哲学講座 | 鷲田 清一 |
| 介護入門 ─親の老後にいくらかかるか? | 結城 康博 |
| 使える武術 | 長野 峻也 |
| 教育改革のゆくえ ─国から地方へ | 小川 正人 |
| 現代語訳 論語と算盤 | 渋沢 栄一、(訳)守屋 淳 |
| 拝金社会主義 中国 | 遠藤 誉 |
| 死刑と無期懲役 | 坂本 敏夫 |
| 現代の金融入門[新版] | 池尾 和人 |
| キャラクターとは何か | 小田切 博 |
| マーケティングを学ぶ | 石井 淳蔵 |
| ナビゲート!日本経済 | 脇田 成 |
| 次に来るメディアは何か | 河内 孝 |
| 定食学入門 | 今 柊二 |
| 社会思想史を学ぶ | 山脇 直司 |
| 仕事耳を鍛える ─「ビジネス傾聴」入門 | 内田 和俊 |
| 教育の職業的意義 ─若者、学校、社会をつなぐ | 本田 由紀 |
| 右翼は言論の敵か | 鈴木 邦男 |
| 暴走育児 ─夫の知らない妻と子のスウィートホーム | 石川 結貴 |
| 論理病をなおす! ─処方箋としての詭弁 | 香西 秀信 |
| 完全教祖マニュアル | 架神 恭介、辰巳 一世 |
| それでも子どもは減っていく | 本田 和子 |
| 環境思想とは何か ─環境主義からエコロジズムへ | 松野 弘 |
| その言い方が人を怒らせる ─ことばの危機管理術 | 加藤 重広 |
| 日本シリーズ全データ分析 ─短期決戦の方程式 | 小野 俊哉 |
| 週末起業サバイバル | 藤井 孝一 |
| 高校生のための科学キーワード100 | 久我 羅内 |
| ドキュメント高校中退 ─いま、貧困がうまれる場所 | 青砥 恭 |
| 使える!経済学の考え方 ─みんなをより幸せにするための論理 | 小島 寛之 |
| 国語教科書の中の「日本」 | 石原 千秋 |
| 検察の正義 | 郷原 信郎 |
| 「中国問題」の核心 | 清水 美和 |
| 12歳からの現代思想 | 岡本 裕一朗 |
| 心理学で何がわかるか | 村上 宣寛 |
| ゴルフ場は自然がいっぱい | 田中 淳夫 |
| 裁判員必携 ─批判と対応の視点から | 石松 竹雄、伊佐 千尋 |
| 週末はギャラリーめぐり | 山本 冬彦 |
| コミュニティを問いなおす ─つながり・都市・日本社会の未来 | 広井 良典 |
| 会計学はこう考える | 友岡 賛 |
| ルポ産科医療崩壊 | 軸丸 靖子 |
| 人の気持ちがわかる脳 ─利己性・利他性の脳科学 | 村井 俊哉 |
| 命の値段が高すぎる! ─医療の貧困 | 永田 宏 |
| 害虫の誕生 ─虫からみた日本史 | 瀬戸口 明久 |
| 日本の深層文化 | 森 浩一 |
| 賢い皮膚 ─思考する最大の〈臓器〉 | 傳田 光洋 |
| 美人好きは罪悪か? | 小谷野 敦、小谷野 敦 |
| 日本の殺人 | 河合 幹雄 |
| 金融危機にどう立ち向かうか ─「失われた15年」の教訓 | 田中 隆之 |
| 患者のための医療情報収集ガイド | 北澤 京子 |
| 父と子の思想 ─日本の近代を読み解く | 小林 敏明 |
| 経済学の名著30 | 松原 隆一郎 |
| 貧困化するホワイトカラー | 森岡 孝二 |
| アニメ文化外交 | 櫻井 孝昌 |
| 働き方革命 ─あなたが今日から日本を変える方法 | 駒崎 弘樹 |
| 日々是修行 ─現代人のための仏教100話 | 佐々木 閑 |
| 東大生・医者・弁護士になれる人の思考法 | 小林 公夫 |
| 野生動物への2つの視点 ─"虫の目"と"鳥の目" | 高槻 成紀、南 正人 |
| 新書で学ぶ 中学生からの教養 全14冊高校生からのゲーム理論 | 松井 彰彦 |
| 大人はウザい! | 山脇 由貴子 |
| 教育幻想 ─クールティーチャー宣言 | 菅野 仁 |
| 地雷処理という仕事 ─カンボジアの村の復興記 | 高山 良二 |
| 地球を救う新世紀農業 ─アグロエコロジー計画 | 吉田 太郎 |
| 「お客様」がやかましい | 森 真一 |
| 電気自動車 ─「燃やさない文明」への大転換 | 村沢 義久 |
| 15歳の東京大空襲 | 半藤 一利 |
| かのこちゃんとマドレーヌ夫人 | 万城目 学 |
| 就活のまえに ─良い仕事、良い職場とは? | 中沢 孝夫 |
| はじめての坂本龍馬 | 齋藤 孝 |
| 遠野物語へようこそ | 赤坂 憲雄、三浦 佑之 |
| 君も精神科医にならないか | 熊木 徹夫 |
| ネットとリアルのあいだ ─生きるための情報学 | 西垣 通 |
| はじめての刑法入門 | 谷岡 一郎 |
| 社会学にできること | 西 研、菅野 仁 |
| 文系? 理系? ─人生を豊かにするヒント | 志村 史夫 |
| 時間旅行は可能か? ─相対性理論の入り口 | 二間瀬 敏史 |
| なやむ前のどんぶり君 ─世界は最初から君に与えられている | 明川 哲也 |
| 若者の「うつ」 ─「新型うつ病」とは何か | 傳田 健三 |
| ものがたり宗教史 | 浅野 典夫 |
| キュートな数学名作問題集 | 小島 寛之 |
| 中学生からの哲学「超」入門 ─自分の意志を持つということ | 竹田 青嗣 |
| ALMA電波望遠鏡 | 石黒 正人 |
| 宇宙がよろこぶ生命論 | 長沼 毅 |
| 負けない | 勢古 浩爾 |
| 百姓たちの江戸時代 | 渡辺 尚志 |
| 若いうちに読みたい太宰治 | 齋藤 孝 |
| 女が読む太宰治 | 雨宮 処凛、井上 荒野、太田 治子、香山 リカ、佐藤 江梨子、辛酸 なめ子、平 安寿子、高田 里惠子、津村 記久子、中沢 けい、西 加奈子、山崎 ナオコーラ、筑摩書房編集部 編集 |
| 日本神判史 盟神探湯・湯起請・鉄火起請 | 清水克行 |
| 日本語作文術 伝わる文章を書くために | 野内良三 |
| 突然死の話 あなたの心臓に潜む危機 | 沖重薫 |
| 国際連盟 世界平和への夢と挫折 | 篠原初枝 |
| 正倉院文書の世界 よみがえる天平の時代 | 丸山裕美子 |
| 伊藤博文 知の政治家 | 瀧井一博 |
| 印象派の誕生 マネとモネ | 吉川節子 |
| 老いのかたち | 黒井千次 |
| パリのグランド・デザイン ルイ十四世が創った世界都市 | 三宅理一 |
| 新・現代歴史学の名著 普遍から多様へ | 樺山紘一 編 |
| オランダ風説書 「鎖国」日本に語られた「世界」 | 松方冬子 |
| 内奏――天皇と政治の近現代 | 後藤致人 |
| 芭蕉 「かるみ」の境地へ | 田中善信 |
| 競争と公平感 市場経済の本当のメリット | 大竹文雄 |
| 菜根譚 中国人の処世訓 | 湯浅邦弘 |
| 平安朝の父と子 貴族と庶民の家と養育 | 服藤早苗 |
| 行動経済学 感情に揺れる経済心理 | 依田高典 |
| シナリオ無頼 祭りは終わらない | 中島丈博 |
| 鳥羽伏見の戦い 幕府の命運を決した四日間 | 野口武彦 |
| 孫の力--誰もしたことのない観察の記録 | 島泰三 |
| 天平の三姉妹 聖武皇女の矜持と悲劇 | 遠山美都男 |
| 社会とは何か システムからプロセスへ | 竹沢尚一郎 |
| 感染症の中国史 公衆衛生と東アジア | 飯島渉 |
| 日本哲学小史 近代100年の20篇 | 熊野純彦 編著 |
| 河合栄治郎 戦闘的自由主義者の真実 | 松井慎一郎 |
| ヴィーコ 学問の起源へ | 上村忠男 |
| ノーベル賞の100年 増補版 自然科学三賞でたどる科学史 | 馬場錬成 |
| 北朝鮮帰国事業 「壮大な拉致」か「追放」か | 菊池嘉晃 |
| 信長の天下所司代 筆頭吏僚村井貞勝 | 谷口克広 |
| ルワンダ中央銀行総裁日記 増補版 | 服部正也 |
| 上海 多国籍都市の百年 | 榎本泰子 |
| IMF(国際通貨基金) 使命と誤算 | 大田英明 |
| ハプスブルク三都物語 ウィーン、プラハ、ブダペスト | 河野純一 |
| グローバル化経済の転換点 「アリとキリギリス」で読み解く世界・アジア・日本 | 中井浩之 |
| 正倉院ガラスは何を語るか 白琉璃碗に古代世界が見える | 由水常雄 |
| ヒマラヤ世界 五千年の文明と壊れゆく自然 | 向一陽 |
| 物語 ストラスブールの歴史 国家の辺境、ヨーロッパの中核 | 内田日出海 |
| マイクロファイナンス | 菅正広 |
| 放射線医療 CT診断から緩和ケアまで | 大西正夫 |
| 東京ひとり散歩 | 池内紀 |
| 書く-言葉・文字・書 | 石川九楊 |
| イルカ 生態、六感、人との関わり | 村山司 |
| ローマ喜劇 知られざる笑いの源泉 | 小林標 |
| ネガティブ・マインド なぜ「うつ」になる、どう予防する | 坂本真士 |
| 排出取引 環境と発展を守る経済システムとは | 天野明弘 |
| 「大日本帝国」崩壊 東アジアの1945年 | 加藤聖文 |
| 無印ニッポン 20世紀消費社会の終焉 | 堤清二、三浦展 |
| カラー版 マチュピチュ―天空の聖殿 | 高野潤 |
| ヨーロッパの中世美術 | 浅野和生 |
| 音楽の聴き方 聴く型と趣味を語る言葉 | 岡田暁生 |
| 和の思想 異質のものを共存させる力 | 長谷川櫂 |
| 物語 数学の歴史 正しさへの挑戦 | 加藤文元 |
| 教育と平等 大衆教育社会はいかに生成したか | 苅谷剛彦 |
| 大学の誕生(下) 大学への挑戦 | 天野郁夫 |
| 皇族 天皇家の近現代史 | 小田部雄次 |
| 市場主義のたそがれ 新自由主義の光と影 | 根井雅弘 |
| 音楽の聴き方 聴く型と趣味を語る言葉 | 岡田暁生 |
| 疾走する精神 「今、ここ」から始まる思想 | 茂木健一郎 |
| ハックルベリー・フィンのアメリカ 「自由」はどこにあるか | 亀井俊介 |
| キリストの身体 血と肉と愛の傷 | 岡田温司 |
| 戦後世界経済史 自由と平等の視点から | 猪木武徳 |
| 孟嘗君と戦国時代 | 宮城谷昌光 |
| 大学の誕生(上) 帝国大学の時代 | 天野郁夫 |
| 現代哲学の名著 20世紀の20冊 | 熊野純彦 編 |
| 自宅で大往生 「ええ人生やった」と言うために | 中村伸一 |
| 癌を追って ある貴重な闘病体験 | 石弘光 |
| 会社をつぶす経営者の一言 「失言」考現学 | 村上信夫 |
| 婚活貧乏 結婚してはいけない人を避ける方法 | 露木幸彦 |
| 敗北という収穫 | 金子達仁 |
| 「激安」のからくり | 金子哲雄 |
| 今すぐ! ほめ上手な親になれる本 勉強もしつけもこれでOK | 親野智可等 |
| 国家論 僕たちはいま、どこに立っているのか | 田原総一朗、姜尚中、中島岳志 |
| 社会を動かす企画術 | 小山薫堂 |
| 「医師アタマ」との付き合い方 患者と医者はわかりあえるか | 尾藤誠司 |
| アパートホテルで巡る欧州 | 山内英子 |
| 「和」の食卓に似合うお酒 | 田崎真也 |
| エアライン敗戦 格安航空来襲とJAL破綻 | 杉浦一機 |
| 歴代陸軍大将全覧 昭和篇/太平洋戦争期 | 半藤一利、横山恵一、秦郁彦、原剛 |
| 読売新聞朝刊一面コラム 編集手帳 第十七集 | 竹内政明 |
| 歴代陸軍大将全覧 昭和篇/満州事変・支那事変期 | 半藤一利、横山恵一、秦郁彦、原剛 |
| 防衛破綻 「ガラパゴス化」する自衛隊装備 | 清谷信一 |
| カラー版 電車のデザイン | 水戸岡鋭治 |
| あるとき脳は羽ばたく | 茂木健一郎 |
| いい日、旅打ち。 公営ギャンブル行脚の文化史 | 須田鷹雄 |
| 親を惑わす専門家の言葉 | 徳田克己、水野智美 |
| 検事総長 政治と検察のあいだで | 渡邉文幸 |
| ギャル農業 | 藤田志穂 |
| 鳩山由紀夫と鳩山家四代 | 森省歩 |
| アカデミア・サバイバル 「高学歴ワーキングプア」から抜け出す | 水月昭道 |
| 対話力 | 樋口裕一、久恒啓一 |
| 国連安保理と日本 | 白川義和 |
| 読売新聞朝刊一面コラム 編集手帳 第十六集 | 竹内政明 |
| 昭和歌謡映画館 ひばり、裕次郎とその時代 | 岡田喜一郎 |
| 横浜中華街 世界最強のチャイナタウン | 田中健之 |
| 子どもにスポーツをさせるな | 小林信也 |
| 大不況には本を読む | 橋本治 |
| 選挙報道 メディアが支持政党を明らかにする日 | 小栗泉 |
| マニラ保険金殺人事件 | 井上安正 |
| 司法改革の時代 検事総長が語る検察40年 | 但木敬一 |
| バチカン ミステリアスな「神に仕える国」 | 秦野るり子 |
| 強欲資本主義を超えて | 神谷秀樹 |
| ビジネスマンのための「勉強力」養成講座 | 小宮一慶 |
| 電子書籍の衝撃 | 佐々木俊尚 |
| ずるい!?なぜ欧米人は平気でルールを変えるのか | 青木高夫 |
| どんな時代もサバイバルする人の「時間力」養成講座 | 小宮一慶 |
| 職業"振り込め詐欺" | NHKスペシャル職業"詐欺"取材班 |
| 幸福の方程式 | 山田昌弘(中央大学文学部教授)+電通チームハピネス |
| 婚活マーケティング | 江藤あおい×永島もえ(アボカド・アッシュ) |
| 命は誰のものか | 香川知晶 |
| もうアメリカ人になろうとするな | 柴田治呂 |
| 立ち上がれ中小零細企業 | 小林延行 |
| 危ないダイエット 一億総ダイエットブームにひそむ危険な罠 | 阿部純子 |
| できる男の活力マネジメント | 朝倉匠子 |
| 食で日本を建て直せ | 小泉 武夫 |
| 絶対忘れない! 記憶力超速アップ術 | 栗田 昌裕 |
| 野村の「監督ミーティング」 | 橋上 秀樹 |
| 携帯&iPhone ツイッターを使いこなす! | 武井 一巳 |
| 心を励ます 社長の名言 | ビジネス哲学研究会 |
| 誰とでもうまくいく「人間関係」のルール | 本郷 陽二 |
| 知っておきたいお金の常識 | 神樹 兵輔 |
| カワイイだけじゃ物足りない! ぶさカワ猫 | 「ぶさカワ猫」制作委員会 編著 |
| 本当に知りたい イヌのココロ | 藤井 聡 |
| 本当に知りたい ネコのココロ | 竹内 徳知 |
| 普通のサラリーマンが2年でシングルになるための7つの基本動作 | 山口 信吾 |
| 人材の複雑方程式 | 守島 基博 |
| ウエットな資本主義 | 鎌田 實 |
| 上方落語十八番でございます | 桂 米二 |
| 月いちゴルファーが、あっという間に80台で上がれる法 | 久富 章嗣 |
| 残念な人の思考法 | 山崎将志 |
| 恋する骨董 | 冨永民雄 |
| 写真で読む昭和史 太平洋戦争 | 水島 吉隆、 太平洋戦争研究会 |
| エセ理詰め経営の嘘 | 伊丹 敬之 |
| 買わされる「名付け」 10の法則 | 則定 隆男 |
| ファイナンス プロが猿に勝てない不思議な話 | 山本 和隆 |
| 航空機は誰が飛ばしているのか | 轟木 一博 |
| 大英帝国の異端児たち | 越智 道雄 |
| 組織で使える論理思考力 | 飯久保 廣嗣 |
| 日本の近代遺産 | 近代遺産選出委員会 |
| 会社が嫌いになったら読む本 | 楠木 新 |
| アメリカ合衆国の異端児たち | 越智 道雄 |
| 父親次第 | 高木 豊 |
| 日本の「医療」を治療する! | 武井 義雄 |
| 初心者は株を買うな! | 内藤 忍 |
| 頭が柔らかくなる算数 | 守屋 義彦、中村 享史、高橋 昭彦、 坪田 耕三 |
| 華人経済師のみた中国の実力 | 金堅敏、朱炎、柯隆 |
| ダメ上司論 | 山田 咲道 |
| リンゴが教えてくれたこと | 木村 秋則 |
| ピタゴラス流経営術 | 加藤 廣 |
| われわれはどこから来たのか、われわれは何者か、われわれはどこへ行くのか | 帯刀益夫 |
| デザイン思考が世界を変える―イノベーションを導く新しい考え方 | ティム ブラウン、Tim Brown、千葉 敏生 |
| 小さなチーム、大きな仕事―37シグナルズ成功の法則 | ジェイソン フリード、デイヴィッド・ハイネマイヤー ハンソン、黒沢 健二、松永 肇一 |
| ライフログのすすめ―人生の「すべて」をデジタルに記録する! | ゴードン ベル、ジム ゲメル、Gordon Bell、Jim Gemmell |
| グーグル時代の情報整理術 | ダグラス・C. メリル、ジェイムズ・A. マーティン、Douglas C. Merrill、James A. Martin |
| エコを選ぶ力―賢い消費者と透明な社会 | ダニエル・ゴールマン、Daniel Goleman、酒井 泰介 |
| 「一筆メッセージ」で仕事はうまくいく | フローレンス アイザックス、Florence Isaacs、鈴木 淑美 |
| なぜこの店で買ってしまうのか ショッピングの科学 | パコ アンダーヒル、Paco Underhill、鈴木 主税、福井 昌子 |
| ウィキペディア・レボリューション―世界最大の百科事典はいかにして生まれたか | アンドリュー リー、Andrew Lih、千葉 敏生 |
| ロングテール(アップデート版)―「売れない商品」を宝の山に変える新戦略 | クリス アンダーソン、Chris Anderson、篠森 ゆりこ |
| インターネットが死ぬ日 | ジョナサン・ジットレイン、井口耕二 |
| ミラーニューロンの発見―「物まね細胞」が明かす驚きの脳科学 | マルコ イアコボーニ、Marco Iacoboni、塩原 通緒 |
| クラウドソーシング―みんなのパワーが世界を動かす | ジェフ ハウ、Jeff Howe、中島 由華 |
| 地方別・並列日本史 | 武光誠 |
| 発酵食品の魔法の力 | 小泉武夫・石毛直道編 |
| 晩節を汚さない生き方 | 鷲田小彌太 |
| 検診で寿命は延びない | 岡田正彦 |
| 本番に強い脳と心のつくり方 | 苫米地英人 |
| 脇役力<ワキヂカラ> | 田口壮 |
| 謎解き「アリス物語」 | 稲木昭子、沖田知子 |
| 自慢がうまい人ほど成功する | 樋口裕一 |
| アメリカが日本を捨てるとき | 古森義久 |
| お見合い1勝99敗 | 吉良友佑 |
| オッサンになる人、ならない人 | 富増章成 |
| 友だち不信社会 | 山脇由貴子 |
| マインドマップ デザイン思考の仕事術 | 木全賢、松岡克政 |
| その時、歴史は動かなかった!? | 鈴木眞哉 |
| ブレイクスルーの科学者たち | 竹内薫 |
| 日本人として知っておきたい近代史(明治篇) | 中西輝政 |
| わが子を算数・数学のできる子にする方法 | 小出順一 |
| 変わる世界、立ち遅れる日本 | ビル・エモット、(訳)烏賀陽正弘 |
| 駅弁と歴史を楽しむ旅 | 金谷俊一郎 |
| 温泉に入ると病気にならない | 松田忠徳 |
| 筋(すじ)を通せば道は開ける | 齋藤孝 |
| 奈良の寺社150を歩く | 槇野修、(監修)山折哲雄 |
| 高級ショコラのすべて | 小椋三嘉 |
| 平気で冤罪をつくる人たち | 井上薫 |
| 器量と人望 西郷隆盛という磁力 | 立元幸治 |
| <就活>廃止論 | 佐藤孝治 |
| 7割は課長にさえなれません | 城繁幸 |
| 数字のウソを見破る | 中原英臣、佐川峻 |
| マグネシウム文明論 | 矢部孝、山路達也 |
| 白川静さんと遊ぶ 漢字百熟語 | 小山鉄郎 |
| 誰も書けなかった国会議員の話 | 川田龍平 |
| 世界を知る力 | 寺島実郎 |
| 型破りのコーチング | 平尾誠二、金井壽宏 |
| 世界カワイイ革命 | 櫻井孝昌 |
| あの作家の隠れた名作 | 石原千秋 |
| アトランティス・ミステリー | 庄子大亮 |
| 海の色が語る地球環境 | 功刀正行 |
| 余韻(よいん)のある生き方 | 工藤美代子 |
| 医療崩壊の真犯人 | 村上正泰 |
| 地方議員 | 佐々木信夫 |
| 笑える! 世界の七癖 エピソード集 | 岡崎大五 |
| ハーフはなぜ才能を発揮するのか | 山下真弥 |
| あの演説はなぜ人を動かしたのか | 川上徹也 |
| 「優柔決断」のすすめ | 古田敦也 |
| 音に色が見える世界 | 岩崎純一 |
| テレビは見てはいけない | 苫米地英人 |
| 「ホンネ」を引き出す質問力 | 堀公俊 |
| 人生の醍醐味を落語で味わう | 童門冬二 |
| 「萌え」の起源 | 鳴海丈 |
| "口ベタ"でもうまく伝わる話し方 | 永崎一則 |
| お役所バッシングはやめられない | 山本直治 |
| 「モナリザ」の微笑み | 布施英利 |
| 岡本太郎 | 平野暁臣 |
| 世界一幸福な国デンマークの暮らし方 | 千葉忠夫 |
| 自分らしいキャリアのつくり方 | 高橋俊介 |
| 本当に使える! 日本語練習ノート | 樋口裕一 |
| コミュニケーション力を引き出す | 平田オリザ、蓮行 |
| やっぱり、人はわかりあえない | 中島義道、小浜逸郎 |
| ドバイの憂鬱 | 宮田律 |
| 西洋美術史から日本が見える | 木村泰司 |
| 「説明責任」とは何か | 井之上喬 |
| ジャンボ機長の状況判断術 | 坂井優基 |
| 娯楽都市・江戸の誘惑 | 安藤優一郎 |
| 身もフタもない日本文学史 | 清水義範 |
| 天才脳は「発達障害」から生まれる | 正高信男 |
| <他人力>を使えない上司はいらない! | 河合薫 |
| 進化する日本の食 | 共同通信社 編 |
| 1分間をムダにしない技術 | 和田秀樹 |
| 世界危機をチャンスに変えた幕末維新の知恵 | 原口泉 |
| 「51歳の左遷」からすべては始まった | 川淵三郎 |
| 凡人が一流になるルール | 齋藤孝 |
| 「勉強しろ」と言わずに子供を勉強させる法 | 小林公夫 |
| なぜ宇宙人は地球に来ない? | 松尾貴史、(画)しりあがり寿 |
| 共感する脳 | 有田秀穂 |
| 日本を創った思想家たち | 鷲田小彌太 |
| 戦国武将のゴシップ記事 | 鈴木眞哉 |
| オバマのすごさ――やるべきことは全てやる! | 岸本裕紀子 |
| 戦後民主主義と少女漫画 | 飯沢耕太郎 |
| 不可能を可能にする視力再生の科学 | 坪田 一男 |
| エッシャーとペンローズ・タイル | 谷岡 一郎 |
| 粘菌 その驚くべき知性 | 中垣 俊之 |
| 物理を知れば世の中がわかる | 竹内 淳 |
| 暗算力を身につける | 栗田 哲也 |
| 原発とプルトニウム | 常石 敬一 |
| 知らないと怖い血管の話 | 高沢 謙二 |
| 脳のなかの匂い地図 | 森 憲作 |
| ロボットは涙を流すか | 石黒 浩、 池谷 瑠絵 |
| 会社の数字を科学する | 内山 力 |
| はじめてのトポロジー | 瀬山 士郎 |
| 時間はなぜ取り戻せないのか | 橋元 淳一郎 |
| 学校では教えてくれないオモシロ科学実験 | 篠原 功治 |
| 見た目の若さは、腸年齢で決まる | 辨野 義己 |
| 破られた対称性 | 佐藤 文隆 |
| 動物たちの反乱 | 河合 雅雄、林 良博 |
| 笑う科学 イグ・ノーベル賞 | 志村 幸雄 |
| 環境を知るとはどういうことか | 養老 孟司、岸 由二 |
| 数学が歩いてきた道 | 志賀 浩二 |
| あなたにもわかる相対性理論 | 茂木 健一郎 |
| 寿命はどこまで延ばせるか? | 池田 清彦 |
| なぜ飼い犬に手をかまれるのか | 日高 敏隆 |
| わかる! 環境経営 | 本郷孔洋 |
| わかる! 使える! 契約書の基本 | 竹永 大 |
| 時間をかけない! 情報整理術 | 佐々木直彦 |
| 商品先物市場のしくみ | 三次理加 |
| 問題社員の取扱説明書 | 田北百樹子 |
| スティーブ・ジョブズvsビル・ゲイツ | 竹内一正 |
| チームのやる気を高める「すごい!」手法 | 佐々木正悟 |
| [改訂版]ローコスト・オペレーション | 高橋修一 |
| 人生と仕事の段取り術 | 小室淑恵 |
| 「しゃべらない営業」の技術 | 渡瀬 謙 |
| 図解で思考する技術 | 西村克己 |
| 経営幹部必読! 早わかり IFRS | グローバルタスクフォース |
| 勝てる! 戦略営業術 | 工藤龍矢 |
| 必ず結果を出す! フレームワーク仕事術 | 手塚貞治 |
| パート・アルバイトの活かし方・育て方 | 平田未緒 |
| 会社を筋肉質に変える! ローコスト・オペレーション | 高橋修一 |
| すごい! 段取り術 | 坂戸健司 |
| 中小企業のデザイン戦略 | 木全 賢・井上和世 |
| 一冊でわかる! 本田宗一郎 | 梶原一明 |
| 稼げる人、稼げない人 | 高城幸司 |
| コンサルタントの「解答力」 | 野口吉昭 |
| 最強のデスクワーク術 | オダギリ展子 |
| OJTの基本 | 寺澤弘忠、寺澤典子 |
| 復活企業 強さの理由 | 赤堀たか子 |
| 人を動かす「文章術」 | 川辺秀美 |
| ゼロからわかる契約書のつくり方 | 原 秋彦 |
| そのまま使える!報告書レポートのすべて | 下條一郎 |
| メンタルトレーニング実践講座 | 田中ウルヴェ京 |
| 飲食店経営 負けないための新常識 | 宇井義行 |
| 「戦略PR」の仕掛け方 | 玉木 剛 |
| 一冊でわかる! マーケティング | 野口智雄 |
| 「戦う組織」の作り方 | 渡邉美樹 |
| あしたのための「銀行学」入門 | 大庫直樹 |
| 「商品のモノマネ」のルール | 辻本希世士 |
| 仕事に役立つ「読解力」 | 高橋昭男 |
| 外国為替・FXのしくみ | 松田 哲 |
| 「若者はかわいそう」論のウソ データで暴く「雇用不安」の正体 | 海老原嗣生 |
| 記憶がウソをつく! | 養老孟司、古舘 伊知郎 |
| 常識人の99%は非常識である | 内山安雄 |
| シー・シェパードの正体 | 佐々木正明 |
| ダイエットに成功する人が会社を活性化できるワケ | 橋場 剛 |
| 読む筋トレ | 森 俊憲 |
| 一日7秒で腹は凹む | 蓮水カノン |
| アメリカから〈自由〉が消える | 堤 未果 |
| マルチリンガルの外国語学習法 ~ある翻訳家の「語学」心覚え~ | 石井啓一郎 |
| 日本よ、永遠なれ 止めよう、民主党政権の独裁と暴走 | 山谷えり子 |
| マイルスの夏、1969 | 中山康樹 |
| 田原の眼力 虚ではない真実の取材ノート | 田原総一朗 |
| 「離活」時代 ~離婚屋が見た、夫と別れたい妻たち~ | 三島 悟 |
| ニューヨーカーはどこまで強欲か | ブロノフスキー村中智津子 |
| 皇位継承の危機いまだ去らず | 櫻井よしこ、大原康男、茂木貞純 |
| 専門医が教える糖尿病ウォーキング! | 福田正博 |
| お葬式の雑学 ~意外と知らない「死」のマナー~ | 市川 愛 |
| 鳩山首相、こうすれば日本は晴れる! | 中原圭介 |
| FXじゃなくても24時間、世界中に投資できる ~GIT(海外指数先物取引)のススメ~ | 橋本清志 |
| 高速道路の謎 ~雑学から知る日本の道路事情~ | 清水草一 |
| 「話し方」で人生が変わる実践ノート | 福田健 |
| 小学生が「うつ」で自殺している ~臨床現場からの緊急報告~ | 植木理恵 |
| 優れた企業は「日本流」 | 原正紀 |
| "超"格差社会・韓国 ~あの国で今、何が起きているのか~ | 九鬼太郎 |
| 世界はいつまでドルを支え続けるか | 田村秀男 |
| 数字で読む日本 | 川上和久 |
| あなたが猟奇殺人犯を裁く日 ~裁判員なりきり傍聴記~ | 霞っ子クラブ |
| 「帝国アメリカ」に近すぎた国々ラテンアメリカと日本 | 石井陽一 |
| 僕が2ちゃんねるを捨てた理由 ~ネットビジネス現実論~ | ひろゆき(西村博之) |
| 100語でわかるワイン | ジェラール マルジョン、G´erard Margeon、守谷 てるみ |
| 医療制度改革―先進国の実情とその課題 | ブルーノ パリエ、Bruno Palier、林 昌宏、近藤 純五郎 |
| ハドリアヌス帝―文人皇帝の生涯とその時代 | レモン シュヴァリエ、レミ ポワニョ、Raymond Chevallier、R´emy Poignault |
| 哲学 | アンドレ コント=スポンヴィル、Andr´e Comte‐sponville、小須田 健、照屋 裕美子 |
| 大聖堂 | パトリック ドゥムイ、Patrick Demouy、武藤 剛史 |
| アクシオン・フランセーズ―フランスの右翼同盟の足跡 | ジャック プレヴォタ、Jacques Pr´evotat、斎藤 かぐみ |
| コーラン―構造・教義・伝承 | フランソワ デロッシュ、Francois D´eroche、小村 優太 |
| 大学の歴史 | クリストフ シャルル、ジャック ヴェルジェ、Christophe Charle、Jacques Verger |
| メロヴィング朝 | レジーヌ・ル ジャン、R´egine Le Jan、加納 修 |
| チベット―危機に瀕する民族の歴史と争点 | クロード・B. ルヴァンソン、Claude B. Levenson、井川 浩 |
| ビザンツ文明―キリスト教ローマ帝国の伝統と変容 | ベルナール フリューザン、Bernard Flusin、大月 康弘 |
| フランスにおける脱宗教性(ライシテ)の歴史 | ジャン ボベロ、Jean Baub´erot、三浦 信孝、伊達 聖伸 |
| 小沢一郎 50の謎を解く | 後藤 謙次 |
| 日本人へ 国家と歴史篇 | 塩野 七生 |
| ユニクロ型デフレと国家破産 | 浜 矩子 |
| 指揮官の決断 | 早坂 隆 |
| うつは薬では治らない | 上野 玲 |
| スピリチュアル・ライフのすすめ | 樫尾 直樹 |
| ワールドカップは誰のものか | 後藤 健生 |
| 日本人へ リーダー篇 | 塩野 七生 |
| イチロー・インタヴューズ | 石田 雄太 |
| ゼロ円で愉しむ極上の京都 | 入江 敦彦 |
| 明日のリーダーのために | 葛西 敬之 |
| 帝国陸軍の栄光と転落 | 別宮 暖朗 |
| 昭和天皇と美智子妃 その危機に | 加藤 恭子、田島 恭二・監修 |
| 名文どろぼう | 竹内 政明 |
| 源氏物語とその作者たち | 西村 亨 |
| JAL崩壊 | 日本航空・グループ2010 |
| 先の先を読め | 樋口 武男 |
| 自分をデフレ化しない方法 | 勝間 和代 |
| 徳川家が見た幕末維新 | 徳川 宗英 |
| マイルスvsコルトレーン | 中山 康樹 |
| ネットの炎上力 | 蜷川 真夫 |
| 皇太子と雅子妃の運命 | 文藝春秋・編 |
| 新・マネー敗戦 | 岩本 沙弓 |
| 農協との「30年戦争」 | 岡本 重明 |
| 天才 勝新太郎 | 春日 太一 |
| 民主党が日本経済を破壊する | 与謝野 馨 |
| 不屈の「心体(しんたい)」 | 大畑 大介 |
| 「阿修羅像」の真実 | 長部 日出雄 |
| 金融恐慌とユダヤ・キリスト教 | 島田 裕巳 |
| インフルエンザ21世紀 | 瀬名 秀明、鈴木 康夫・監修 |
| 謎の渡来人 秦氏 | 水谷 千秋 |
| 新版 クラシックCDの名盤 | 宇野 功芳、中野 雄、福島 章恭 |
| 鳩山一族 その金脈と血脈 | 佐野 眞一 |
| ダイエットの女王 | 伊達 友美 |
| 司馬遼太郎 リーダーの条件 | 半藤 一利、磯田 道史、鴨下 信一、他 |
| 生命保険のカラクリ | 岩瀬 大輔 |
| すきやばし次郎 鮨を語る | 宇佐美 伸 |
| 愚の力 | 大谷 光真 |
| 神様は、いじわる | さかもと 未明 |
| 中島敦「山月記伝説」の真実 | 島内 景二 |
| ぼくらの頭脳の鍛え方 | 立花 隆、佐藤 優 |
| 「いい人に見られたい」症候群 | 根本 橘夫 |
| がん再発を防ぐ「完全食」 | 済陽 高穂 |
| 昭和の遺書 | 梯 久美子 |
| 完本 紳士と淑女 | 徳岡 孝夫 |
| エコノミストを格付けする | 東谷 暁 |
| 就活って何だ | 森 健 |
| ユリ・ゲラーがやってきた | 鴨下 信一 |
| 中国共産党「天皇工作」秘録 | 城山 英巳 |
| 日本の珍地名 | 竹内 正浩 |
| 父が子に教える昭和史 | 半藤 一利、藤原 正彦、中西 輝政、柳田 邦男、福田 和也、保阪 正康、他 |
| 私が見た21の死刑判決 | 青沼 陽一郎 |
| 農民になりたい | 川上 康介 |
| 2011年 新聞・テレビ消滅 | 佐々木 俊尚 |
| 明治人の作法 | 横山 験也 |
| 漢字の相談室 | 阿辻 哲次 |
| 世界奇食大全 | 杉岡 幸徳 |
| 松本清張の「遺言」 | 原 武史 |
| 歌舞伎町・ヤバさの真相 | 溝口 敦 |
| 教育をぶっとばせ | 岩本 茂樹 |
| 世襲議員のからくり | 上杉 隆 |
| 人類進化99の謎 | 河合 信和 |
| 「日本人力」クイズ | 清野 徹、現代言語セミナー |
| CIAと戦後日本 | 有馬 哲夫 |
| 生殖医療と家族のかたち 先進国スウェーデンの実践 | 石原 理 |
| 夏目漱石と戦争 | 水川 隆夫 |
| エロティックな大英帝国 紳士アシュビーの秘密の生涯 | 小林 章夫 |
| 雇用崩壊と社会保障 | 伊藤 周平 |
| 全体主義 | エンツォ・トラヴェルソ、柱本 元彦 |
| ハングルの誕生 音から文字を創る | 野間 秀樹 |
| 日本人の作法 | 陶 智子 |
| ジョージ・ベストがいた マンチェスター・ユナイテッドの伝説 | 川端 康雄 |
| 上機嫌のすすめ | 武田 双雲 |
| 昭和史の深層 15の争点から読み解く | 保阪 正康 |
| 鉄道で広がる自転車の旅 「輪行」のススメ | 田村 浩 |
| 俵屋宗達 琳派の祖の真実 | 古田 亮 |
| ベルリン物語 都市の記憶をたどる | 川口 マーン 惠美 |
| 経済学は死んだのか | 奥村 宏 |
| 巨人たちの俳句 源内から荷風まで | 磯辺 勝 |
| 日本の15大同族企業 | 菊地 浩之 |
| 友愛革命は可能か―公共哲学から考える | 小林 正弥 |
| 春画を読む 恋のむつごと四十八手 | 白倉 敬彦 |
| 検証 シベリア抑留 | 白井 久也 |
| 杉浦康平のデザイン | 臼田 捷治 |
| 江戸の砲術師たち | 宇田川 武久 |
| 聞き書き 築地で働く男たち | 小山田 和明 |
| こんな日弁連に誰がした? | 小林 正啓 |
| ペニシリンはクシャミが生んだ大発見―医学おもしろ物語25話 | 百島 祐貴 |
| 秀吉を襲った大地震―地震考古学で戦国史を読む | 寒川 旭 |
| 山の遭難―あなたの山登りは大丈夫か | 羽根田 治 |
| 死にざまに見る昭和史―八人の凛然たる"最期" | 大野 芳 |
| マラソン100回の知恵―サブフォーをめざす市民ランナーへ | 原 章二 |
| 家族を看取る―心がそばにあればいい | 國森 康弘 |
| 折口信夫 霊性の思索者 | 林 浩平 |
| ベートーヴェンの生涯 | 青木 やよひ |
| 北朝鮮を見る、聞く、歩く | 吉田 康彦 |
| 戦後思想は日本を読みそこねてきた―近現代思想史再考 | 鈴木 貞美 |
| 闘うレヴィ=ストロース | 渡辺 公三 |
| 書いて稼ぐ技術 | 永江 朗 |
| 星占いのしくみ 運勢の「いい」「悪い」はどうやって決まるのか | 石井 ゆかり、鏡 リュウジ |
| 大江戸お寺繁昌記 | 安藤 優一郎 |
| 経済学は温暖化を解決できるか | 山本 隆三 |
| 若さを伸ばすストレッチ | 伊藤 マモル |
| オホーツクの古代史 | 菊池 俊彦 |
| 「論語」に帰ろう | 守屋 淳 |
| 戦後日本、中野重治という良心 | 竹内 栄美子 |
| ヒットを生み出す最強チーム術 キリンビール・マーケティング部の挑戦 | 佐藤 章 |
| 日本の山と高山植物 | 小泉 武栄 |
| "共和国"はグローバル化を超えられるか | ジャン=ピエール シュヴェヌマン、三浦 信孝、樋口 陽一、Jean‐Pierre Chev`enement |
| 一度は乗りたい絶景路線 カラー版 | 野田 隆 |
| 原始の神社をもとめて―日本・琉球・済州島 | 岡谷 公二 |
| 現代アメリカ宗教地図 | 藤原 聖子 |
| 原始日本語のおもかげ | 木村 紀子 |
| 学問の春―"知と遊び"の10講義 | 山口 昌男 |
| ノモンハン事件―機密文書「検閲月報」が明かす虚実 | 小林 英夫 |
| 大日本「健康」帝国―あなたの身体は誰のものか | 林 信吾、葛岡 智恭 |
| オノマトペがあるから日本語は楽しい―擬音語・擬態語の豊かな世界 | 小野 正弘 |
| 私小説のすすめ | 小谷野 敦 |
| 新版 民主党の研究 | 塩田 潮 |
| ドイツ料理万歳! | 川口マーン 惠美 |
| ロマンポルノと実録やくざ映画―禁じられた70年代日本映画 | 樋口 尚文 |
| 「葬儀」という仕事 | 小林 和登 |
| 発達障害 境界に立つ若者たち | 山下 成司 |
| ハーレーダビッドソンの世界 | 打田 稔 |
| 愛国と米国―日本人はアメリカを愛せるのか | 鈴木 邦男 |
| 自殺する種子―アグロバイオ企業が食を支配する | 安田 節子 |
| タバコ狩り | 室井 尚 |
| 吉本隆明1968 | 鹿島 茂 |
| 『遠野物語』を読み解く | 石井 正己 |
| からだが変わる体幹ウォーキング | 金 哲彦 |
| 日本語の学校 声に出して読む〈言葉の豊かさ〉 | 鴨下 信一 |
| ロスジェネはこう生きてきた | 雨宮 処凛 |
| 春画を読む 口説きの四十八手 | 白倉 敬彦 |
| マルクスは生きている | 不破 哲三 |
| 日銀を知れば経済がわかる | 池上 彰 |
| 『罪と罰』ノート | 亀山 郁夫 |
| 一冊でつかむ天皇と古代信仰 | 武光 誠 |
| 日本サッカーを救う「超戦術」 | 風間八宏 |
| 投球革命 テッペン、取ります! | 岩隈 久志 |
| ホームランアーティストの美学と力学 | 田淵 幸一 |
| トレーナーはマル暴刑事(デカ) | 山下 正人 |
| イチロー式モチベーション革命―今すぐあなたを劇的に変える | 児玉 光雄 |
| 仕事メシ入門 | 鈴木 志保子 |
| オリの中の虎―愛するタイガースへ最後に吼える | 岡田 彰布 |
| 新・イチロー伝説 | ロバート ホワイティング、芝山 幹郎、Robert Whiting |
| 若者力(ぢから)の鍛え方 | アニマル浜口 |
| 平常心の鍛え方 | 保坂 隆 |
| 情熱野球で勝つ「言葉の鉄拳」 | 高橋 善正 |
| 中国人も知らない中国の歴史 | 島崎 晋 |
| 肉食系セックス | 明日花キララ |
| セックスという「闇」 | 加藤 鷹 |
| 決算書でよむ企業と業界力 | 國貞克則 |
| 誰とでも10分以上会話が続く本 | 植西 聰 |
| はじめての仏像鑑賞入門 | 瓜生 中 |
| デキる!敬語術 | 鈴木昭夫 |
| なぜ、あなたはいつもお金が足りないのか? | 小堺桂悦郎 |
| 30歳からの「東大脳」のつくり方 | 石浦章一 |
| 世界一やさしい「論語」の授業 | 佐久 協 |
| 龍馬が望まなかった戊辰戦争 | 星 亮一 |
| 焦らしセックス | 希志あいの |
| 禁煙ファシズムと断固戦う! | 小谷野 敦 |
| 薬物依存――恐るべき実態と対応策 | 佐藤有樹山本 卓 |
| テレビが言えない地デジの正体 | たくきよしみつ |
| 潰れない生き方 | 高橋克徳 |
| 嫌われない毒舌のすすめ | 有吉弘行 |
| いまこそ中村天風に学ぶ | 松本幸夫 |
| 日本サッカー遺産 ワールドカップ出場舞台裏の歴史と戦略 | 山本昌邦 |
| 日本の歴史を英語で読む | 遠藤昭則 |
| 戦国武将はイケメンがお好き? | 渡邊大門 |
| ポリネシアン・セックス | 吉沢明歩 |
| この街に住め! ~「生活コスト」で選ぶタウンガイド ~ | SBIライフリビング株式会社生活ガイド.com |
| SEO対策のウソ・ホント | 佐野正弘 |
| 太陽光発電は本当にトクなのか? | 山下和之 |
| 日本サッカーが世界で勝てない本当の理由 | 岡田康宏 |
| iPhoneとツイッターで会社は儲かる | 山本敏行 |
| Googleの正体 | 牧野武文 |
| 奪われた性欲 | 今一生 |
| 「アラサー」が変えた幕末 ~時代を動かした若き志士たち~ | 渡邊大門 |
| ツイッター 140文字が世界を変える | コグレマサト、いしたにまさき |
| 不況になると口紅が売れる | 山川悟 |
| 私のお葬式 | 田島エリコ |
| ほめたくない部下をほめる技術 | 伊藤史 |
| 職場のモンスター | 金子雅臣 |
| デブでも走れる東京マラソン ~数カ月のトレーニングで誰でも42.195kmを完走できる~ | 川村卓正 |
| 教えずに部下を育てる技術 | 綿貫晶子 |
| 働くママが日本を救う! ~「子連れ出勤」という就業スタイル~ | 光畑由佳(モーハウス代表) |
| 新「根性」論 ~「根性」を超えた「今どきの根性」~ | 辻秀一 |
| 会社が生まれ変わるために必要なこと―M&A「成功」と「幸せ」の条件 | 三宅 卓 |
| 仕事を遅くする7つの常識―「やめる」だけでスピード10倍アップ | 松本 幸夫 |
| 仕事の効率が1000倍あがる「1分間」整理法 | 西村 克己 |
| 職場は「話し方」で9割変わる | 福田 健 |
| 大学の理系教科書は1ページ25万円で売れる!? | 新川 智英 |
| 毎日が笑顔になる「ひとり老後」の始め方―出会う・学ぶ・楽しむ・元気になる | 保坂 隆 |
| なぜ、あの人だけが採用されるのか?―失業しても、すぐ仕事に就ける法 | 佐藤 文男 |
| 取締役になれる人 部課長で終わる人〈2〉 | 国友 隆一 |
| 言葉の罠―仕掛ける・動かす・味方に変える | 松本 幸夫 |
| スティーブ・ジョブズ 神の策略 | 竹内一正 |
| 上司を見抜く 部下を見抜く | 渋谷昌三 |
| お金は子どもに預けなさい 6歳からの金融リテラシー講座 | 八木 陽子 |
| 「幸福力」を高める生き方―中村天風名言集 | 松本 幸夫 |
| 病気が消える習慣 | 入谷 栄一 |
| ノートパソコンは買うな!―99%の人は騙される価格の秘密 | 小山 信康 |
| 失敗をチャンスに変える「話し方」 | 福田 健 |
| 物語だからわかる 日本人も知らない日本語の常識 | 小松田 紋也 |
| 松下幸之助「商売戦術三十カ条」 | 板垣 英憲 |
| 女脳はまっすぐしか走れない | 米山 公啓 |
| 与えれば、与えられる | リーマンさん |
| 示談金、本当にその金額でいいですか?―あなたは、いくらで納得しますか? | 西本 邦男 |
| 煩悩力―毒を「生きる力」に変える禅のこころ | 藤原 東演 |
| 「見た目」で誤解される人 2秒の「あなた」が判断される | 唐澤 理恵 |
| 「ひとり老後」の楽しみ方 人もうらやむ"元気・安心暮らし" | 保坂 隆 |
| 「行動力」で成功する人の7つの習慣 | 植西 聰 |
| 悩み 溶かすか、戦うか!? | 天外 伺朗 |
| 人生のキャリアデザイン術 | 西山 昭彦 |
| ゼニの人間学 | 青木 雄二 |
| 「長女」がわかるたのしい心理学 | 多湖 輝 |
| 「ストレスの整理」が上手い人下手な人 | 和田 秀樹 |
| 「長男だから」できることできないこと | 斎藤 茂太 |
| 面白い人・頭のいい人の自己アピール術 | 横澤 彪 |
| 「朝に強い人」になれる本 | 鴨下 一郎 |
| この人にまた「会いたい!」と思われる人 | 斎藤 茂太 |
| 自分を高い値段で売りたければ、いまの会社は絶対に辞めるな | 和田 秀樹 |
| なぜか人から「大切にされる人」の共通点 | 斎藤 茂太 |
| 靴とカバンを見ればその人がわかる | 渋谷 昌三 |
| 「恥かき日本語」おもしろ雑学 | 雑学おどろき学会 |
| 「人との出会い」の上手い人下手な人 | 斎藤 茂太 |
| 脳にウケるおもしろ雑学 | 坪内 忠太 |
| 結局、「まじめ」な人が一番強い! | 和田 秀樹 |
| 人に好かれる「気くばり」ができる人できない人 | 鴨下 一郎 |
| 幕末・明治維新が10倍面白くなる人物伝―雑学おどろき日本史 | 雑学おどろき学会 |
| 一緒に食事をするだけでその人がわかる | 渋谷 昌三 |
| 人生に大切なたったこれだけの習慣 | 斎藤 茂太 |
| 正岡子規―運命を明るいものに変えてしまった男 | 多湖 輝 |
| 歴史の雑学 司馬遼太郎を読めば常識がひっくり返る! | 石原 靖久 |
| 子どもが輝くいい言葉いい話し方 | 多湖 輝 |
| 忙しい人のためのストレスと上手につき合う本 | 鴨下 一郎 |
| なぜ玄関・入口をきれいにすれば運が舞い込むのか―心理学から見た「家相」「風水」 | 和田 秀樹 |
| 仕事・職場・人間関係―「感じのよさ」で人は評価される | 渋谷 昌三 |
| 「ちょっとした言い方」が上手い人下手な人 | 斎藤 茂太 |
| 心と体「病気知らず」で生きる10の習慣 | 鴨下 一郎 |
| 「強いモチベーション」を生みだすプロの方法―自己レベルを上げるための手順とコツ | 和田 秀樹 |
| 伸びる男とダメな男はすぐわかる | 道場 六三郎 |
| 「眠り下手」を直して朝からスッキリ | 大島 清 |
| 「あきらめる」力が次のチャンスを生む | 斎藤 茂太 |
| それでも「人と会おうよ」 | 横澤 彪 |
| 子どもにウケるたのしい雑学 | 坪内 忠太 |
| 3分で「人間関係を変える」技術 | 和田 秀樹 |
| 「金(カネ)のとれる文章」を書く技術 | 和田 秀樹 |
| 安らぎの処方箋 | 斎藤 茂太 |
| 「悩まない」力 | 大島 清 |
| 関節が10歳若返る「骨ナビ」健康法 膝痛・腰痛・肩痛が嘘みたいに消える! | 長谷川 智 |
| 会社に負けない喧嘩の仕方 | 蝶野正洋 |
| 極私的東京名所案内 増補版 | 坪内祐三 |
| 短命の食事 長命の食事 | 丸元淑生 |
| にっぽん「食謎」紀行 ~大好物のルーツを探せ!~ | 伊丹由宇 |
| 福田和也の超実践的「文章教室」 ~スゴ腕作家はなぜ魂を揺さぶる名文を書けたのか~ | 福田和也 |
| 中継ぎ力 ~リストラ社会ニッポンの新しい生き方~ | 与田剛(NHK野球解説者) |
| 脳に効くことわざ | 吉村達也 |
| 法律カバチ!! 暮らしの瀬戸際法律相談 | 田島隆 |
| 優雅の条件 | 加藤和彦 |
| 2025年 あなたの欲望が地球を滅ぼす ~「激安・便利・快適」の大きすぎる代償 | 足立直樹 |
| 最も危険な名作案内~あなたの成熟を問う34冊の嗜み~ | 福田和也 |
| 寝ない関係 | モト冬樹 |
| なぜヨガをやる女性はすっぴんでも美しいのか? 心と身体が軽くなり元気と幸せを呼び込む知恵&ポーズ | 山本邦子 |
| 「ロードサイドのハイエナ」流 コスト1/5ムダ0経営術 | 井戸実(エムグラントフードサービス社長) |
| カツラーの妻(おんな)たち | 小林信也 |
| 癌では死なない 余命宣告をくつがえした医師たちの提言 | 稲田芳弘、鶴見隆史、松野哲也 |
| 癌ノート 米長流前立腺癌への最善手 | 米長邦雄 |
| なぜド素人経営者の焼肉屋は繁盛したのか? | たむらけんじ |
| 結婚できない男は12歳までにつくられる! "難婚"時代の男の子育児 | 松永暢史 |
| 笑って死ねる病院 | テレビ金沢 |
| 大作家"ろくでなし"列伝 名作99篇で読む大人の痛みと歓び | 福田和也 |
| デキる人ほど計算が速い! | 松本幸夫 |
| 一歩60㎝で地球を廻れ 間寛平だけが無謀な夢を実現できる理由 | 比企啓之、土屋敏男 |
| 競わない生き方 | 平林亮子 |
突然食いたくなったものリスト:
- カツサンド
- コーンポタージュスープ
本日のBGM:
Battery /VAN CANTO
Kings of Metal /VAN CANTO
Master of Puppets /VAN CANTO
ドイツのアカペラメタル(?)バンド(?)。(^O^) 素晴らしい。できればドラムも口でやってほしいな。できる人はいるはず。しかし口でやってもやっぱりメタルに聞こえるし、VALENSIAだったか、ドラムとピアノとヴォーカルだけでもやっぱりメタルに聞こえたりして......メタルのアイデンティティはギターだと思ってたんだけど、実はそうじゃなくてドラムとヴォーカルの唱法なのかなあと思ったり。
昔から「あったらいいのになあ」と思ってたのが、雑誌の中吊り広告を一覧できるソフト(とかサイト)。
ふと思い出して探したら、ブログパーツあったので貼っておいた。
興味を持てばリンクから買うこともできる......らしい。(^O^)
いやあ、一覧できると楽しいね。
エントリでも定期的に採り上げたい。
今回はこんなのがあった。

今回一番イタかったのがこれ。
『an an』の編集部の平均年齢って、ひょっとして50台とか?
なんかもう、イマドキこれって、感性が凄いね。
まあ売れるからやるんだろうし、とすれば読者の感性ってことか。(^O^)
またABO FAN登場してるんだろうな。

「シー・シェパード代表、ポール・ワトソンも「ソトコト」を読んで日本の環境問題を勉強中。」
だそうですよ。
何すかそりは?

時の流れは早いね。ほんのちょっと前の話なのに、舛添新党のおかげで急速に「昔話」化が進んでる。
すでに「そういうの、あったねえ」みたいな。

「真似のできない仕事術2」
うーむ。
読んだら納得いくのかな。

「なぜ、あなたの会社は働きがいがないか?」
そんなこと知ったところで何の解決にも......と思ったら、これは使われる側ではなく使う側が読む雑誌なのね。なら納得。

これは買いたいな。餃子ももちろんいいけども、端っこにある「お好み焼を科学する!」も面白そうだ。お得感があるわ。(^O^)

今回一番面白そうなのはこれかな。
突然食いたくなったものリスト:
- カレーうどん
本日のBGM:
Unknown Soldier /VETO
B級にもほどがあるのだが、こういうメロディ好きなんだもん。
注:わかりにくい表現や足りないところを訂正・加筆しました。
今回は、ある本を御紹介。
えらい長くなってしまったが......。
私はミステリーサークルのデザインがとても好きなので、たまたま図書館で見かけた『ミステリーサークル・真実の最終解答』(パンタ笛吹著/ヴォイス/2002)って本を読んだのですよ。

『ミステリーサークル・真実の最終解答
(パンタ笛吹著/ヴォイス/2002)
著者は知らない人で、しかも何か変な名前。(^^; インドなどを放浪したヒッピー上がりの人で、コロラド州で寿司バーを経営している。まあこういう場合たいてい著者はアチラ側の人ではあるわけだけども、私の目的は写真だからまあそれは構わない。ただ、表紙に書かれている、
「「神々の指紋」と信じて疑わなかったミステリーサークルの真実を、今明らかにする迫真のルポ!」
という文字に、何となくの期待を抱いた程度。何となくね。
ところがこれがなかなか面白い本だった。
冒頭から6割くらいまでの記述は、著者自身がミステリーサークルにハマって追っかけ(新たなサークルができたらすっ飛んでいってそのエネルギーを体感する(^O^)/そういう人を「クロッピー」という)をした話、ビリーバーたちが集まるシンポジウムや学会に出席してそれらの「理論的裏づけ」を知ったり、そこでいろんな人たちと出会ったりの話......などが続く。
ミステリーサークルが人間では作り得ない証拠が幾つも挙げられ、そこで目撃された発光体はUFOと結びつけられ、その制作者(「サークルメーカー」)は「高次存在」であり、ミステリーサークルのデザインはその「高次存在」からのメッセージであるとされる。しかもその内容は人類の未来への警鐘である......と「解読」されちゃう。
読み進んでいくと段々わかってくるが、著者は自身の名前を冠したミステリーサークル見学ツアーまで実施しており、しかもテレビの討論番組でビリーバー側として出演したり、あるいはビリーバーを集めてミステリーサークルについての講演まで行っている人物だった。
このへんで「あらら~」となってしまった。
これを商売のタネにしているのであれば、だいたい結論も予想はできる。どうも全てが用意された結論に向けて(^O^)進んでいるように思われた。
なのでかなり不快感を持ちながら読み進めていた。あるときは失笑し、あるときは大笑いしながら。ビリーバーの文章というのは読み進むのにそれなりの精神修養が必要で、ニセ科学批判などでビリーバーと根気よく対話している方などは本当に凄いなあと思う。
まあそれでも最初から予想していたわけだから、なんとか読み進んだ。
著者がクロッピーになったのは1998年のことだという。
ダグ・バウワーとデイブ・チョーリーという2人の老人が「ミステリーサークルはオレらが作った」と告白したのが1991年のこと(「ミステリーサークル - Wikipedia」)で、著者もそれを知っていたが、それ以降にもサークルは作られていたし、信じたい人にはそんな告白は全く意味がなかったようだ。
(その告白は世の中のミステリーサークルの全てを彼ら2人が作ったかどうかよりも、ミステリーサークルが人間が普通に作れるという部分にこそ大きな意味があったはずだが)
著者は『トンデモ本の世界』(と学会著)のミステリーサークルの項(ダグ&デイヴの告白を受けて92年に『ミステリーサークル偽造大会』が開かれた話)を引用しているのだが、そのあたりの認識がどう変わっていったかの記述はない。どうも実際に目の当たりにしたミステリーサークルの「美しさ」に魅せられてしまい、理屈抜きでハマっていったというのが本当のところのようだ(ミステリーサークルそのものの美しさについては私も大いに同意)。そして著者が足を運んだ学会やシンポジウムでは「ニセモノ説」を主張する研究家は1人もおらず、「人間では作りえない」のは「衆知(ママ)の事実」とされており、「人間以外のだれが、どういう目的で、どんな手段を使ってサークルを出現させているのか? そのメッセージは何か?」という議論がなされていた。そんな世界に身を置いてしまえば、ビリーバーが1人出来上がることなんて容易いことだと思う。
だから当然彼らの中でダグ&デイヴの評価は低く、「僕の手元に日本の友人から送られてきた」出版物に書かれていたという「マイトレイヤーからのチャネリング・メッセージを長年伝え続けているベンジャミン・クレーム」なる人物との問答として、こんなことを記載している。
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Q 2人の英国人のアーチストが、自分たちがサークルを作って人々をたぶらかしたことを認めたということですか? A この2人が、国中のさまざまな場所に、しかも同時に現れた非常に大きな、複雑精妙なデザインの円形を作ったということはまったくありません。 Q 普通の人が作ったミステリーサークルは、イギリスで、そして世界全体で、何パーセントくらいありますか。 A イギリスでは15%、世界全体では20%です。 Q 本物を作るのはだれですか? A 本物のミステリーサークルは、主に火星と金星からの宇宙船によって、少数がその他の太陽系の惑星からの宇宙船によって作られます。この情報は故意に世界中の政府によって公表を抑えられています。 サークルは、宇宙の兄弟たちと彼らの飛行船(UFO)による活動の結果です。 それらは彼らの存在の徴として意図的に作られ、残されたものです。それらの円形の通常ならざる構造と精密度は彼らのより高度な科学性を証明するものです。 ...... |
「たぶらかした」とはえらい言われようだ。(^^;
#しかし「マイトレイヤー」ってやっぱり弥勒菩薩のことなのかな。
ま、信じちゃった人にはそうなるか。
もちろん彼らの中では「本物」のミステリーサークルは人間が作ったものではないので、人間がイタズラで作ったものは「人造ミステリーサークル」と呼ばれ区別されている。(^O^)
冒頭から6割くらいまで、本はひたすらこの調子で進んでいく。
その途中には、こんな笑っちゃうネタもある。
ミステリーサークルの写真がIHMで「氷結結晶写真の実験材料」になった話。
そう、IHMですよ。『水からの伝言』の江本の。
著者はあるツアーでイギリスに行き、サークルの出現をみんなでお祈りしたら実際に願っていたのとよく似たミステリーサークルが出現したのだそうだ。その写真は後日出版された『ミステリーサークル写真集―1999』(中里精一著/アウル企画)の写真集の表紙を飾ったそうだが、その写真が、「氷結結晶写真の実験材料」に採用されたのだという。

『ミステリーサークル写真集―1999

IHMによる実験風景(^O^)
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私たちは、このサークルが何らかのメッセージを送っているのではないかと考え、その意味を求める手がかりとしてこの実験をしました。ところが、何とご覧のように得られた映像は、どう考えてもいわゆる"UFO"の形をしたものばかりだったのです。
これはいったい何を意味するのか、まだはっきりとしたことは言えませんが、この図形の持つ意味合いが、そのまま水を通して結晶という形で私たちに対してメッセージを送っているとすれば"UFOによって作られているのだよ"ということを示唆する図形であると考えられます。
雑誌『波動』2000年1月号より
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だってさ。笑わす。
数十もサンプルを取って、低温の実験室に入って温度上げながら顕微鏡を覗いて数パーセントの確率で数秒だけしか姿を現さない ── なんでUFOさんはそんな、ややこしい作業をしなくちゃわからないようなやり方でメッセージを送ってくるんだ? (^O^) しかもその内容は「UFOによって作られているのだよ」って。(^^;
さらにロンドン在住のシュバイツァー博士の研究によると、「ミステリーサークルの中のエネルギーのパターンが、水に転写されることが証明された」そうだ。ちなみにこのシュバイツァー博士はあのノーベル平和賞のシュバイツァー博士の孫息子だそうだ。何やってんだよ......。_/ ̄|○⌒
あるいはこんな記述も。ミステリーサークル内の麦(!)を原料としているのが「売り」のビールを飲みながら。
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サークルビールで思い出したが、3年前のアルトンバーンでのサークル学会で、ミステリーサークル・エッセンスを売っている女性がこう話してくれたことがある。 「BLT研究グループがサークルの中の小麦と外の小麦とを、ホメオパシーの手法で検査をしたら、サークルの中の小麦は強い陽性反応を示したそうです。その小麦は何らかのエネルギーの影響を受けて突然変異し、波動や波長が変わってしまっているんです。...... |
なんだよこういう人たちのこの親和性の高さってのは。(^^;;;
しかもビールにしろエッセンスにしろ微妙に商売と結びついてるところも困ったもんで。
ダグ&デイヴの告白以降もミステリーサークルは出現し続け(そして進化し続け)、2000年のシーズン(ミステリーサークルはほとんど麦畑に作られるので、「シーズン」があるのだ(^O^))にはイギリスだけで150個のミステリーサークルが出現したが、中でも研究者を驚かせたのが「ミレニアム4大サークル」と呼ばれる4つの巨大サークルだった。
こんなの。

「マグネチック・フィールド」

「ひまわり」

「コンピュータ・チップ」(奧)

「シュールな夢まくら」
3番目の「コンピュータ・チップ」の手前にあるサークルは数日後にできた「ハート」。このサークルの中は「"愛の時代"の到来を告げるかのように、ラブリーな波動にあふれていた」そうだ。(^O^)
「ここで特筆に値することは、この〈ハート〉のサークルが、〈コンピュータ・チップ〉のサークルのすぐ隣に現れた、という事実だ。それはまるで、サークルメーカーがテクノロジーと心の両方のバランスが必要なことを、人間に教えてくれているようだ」だって。(^O^) もちろん「コンピュータ・チップ」という名前はこっち(人間)が勝手に決めたんだけどね。
とまあ、ダグ&デイヴの告白にもかかわらず、そういうのは放ったらかしに多くのビリーバーたちは盛り上がり、そしてこんな大作まで出現してをををを!となっていたそんな時期、著者は他のビリーバーとは少し違う経験をする。
彼は以前にサイババについて「彼こそは真の聖者」と主張する著作を発表しているくらいサイババのファンだったのだが、あるきっかけでその姿に疑問を抱き、取材を重ねた結果、最終的にはサイババのウソを暴いた告発本を出すところまでいってしまう。
この経験から、「自分自身真実だと信じていたもののなかにも、ただの思い込みがあることもわかった。自分の中に"信じたい"という気持ちがあると、真実が見えなくなってしまうということに気づかされた」という。
そしてその考えは、ミステリーサークルにも向かう。
それまで「人間では作れない」ことが前提条件とされていたビリーバー界にあって、「ほんとにそうか?」と思うようになってきたと。
ここからこの本はガゼン面白くなっていく。
疑ってかかると見えるものも違ってくる。
前述の、IHMにもダシにされた『ミステリーサークル写真集―1999』を眺めていると、整然と作られているはずのミステリーサークルの「ミス」が気になった。
【訂正】よく読むと、この「ミス」を見つけたのは『ミステリーサークル写真集―1999』ではなく、著者が持っていた「南イギリスで手に入れた今年のすべてのサークル写真」の中からだった。
あるサークルの麦の「倒し忘れ」だ。
これについて著者はある研究家からこんなことを聞いたという。
「もちろん、あれは倒し忘れなんかではありません。高次の技術を持つ宇宙のサークルメーカーが、倒し忘れなんてするわけがないではありませんか。あれはサークルメーカーが、私たち研究家の"サークルを信じる気持ちを試している"んです」
そんなことをいってしまえばどんな「人造の証拠」が出てきても「本物」だと言い張れてしまうが、ビリーバーにとってはこんな説得力のある言葉はない。
|
ひょっとしたらサークル研究家も、サークルは宇宙の高次元存在が作ったと信じたいために、さまざまなシグナルを自分に都合のいいように解釈しているのではなかろうか? と考え始めた。そしてこの場合、それらのサークル研究家のなかにはこの僕もまた、ちゃんと含まれているということを自覚した。 もしそうだとしたら、この八角形のサークルの"倒し残し"は、もしかするとまっ暗闇の中で一生懸命に麦を倒していた人間が、ただ倒し忘れただけなのかもしれない。 いや、そう考えたほうが常識的なのではなかろうか? |
著者のアハ!体験である。(^O^)(^O^)(^O^) (強調は引用者=私)
そして「信じたいがために」くっつけてきたひねくれた解釈をやめ、「常識的」に検証していくと、多くの謎が解けていった。
|
僕は謎解きのオモシロさよりも、それまで信じて疑わなかった宇宙のサークルメーカーの神話が崩れていく恐怖を感じた。その時、正直言って自分の中から、こんな声も聞こえた。 「もういい、もうこのへんでやめよう。自分は3年間も、サークルは人間では作りえないと信じてきたのだから。そしてそれを日本中の人々に、伝道者の熱意をもって伝えてきたのだから。今さら"人間が作っているのかも"などと暴露して、恥をかくこともないじゃあないか......」 しかし、ここでやめれば、サイババの悪事を目のあたりにしながら、それを追及しようともしないカルト洗脳者と同じことになる。彼ら盲信の徒は、「もういい、もうこのへんでやめよう。長い間自分はサイババは神の化身だと信じてきたのだから、その信心は今さら変えられない」と自らの殻の中に閉じこもり続けている。 |
ビリーバーがここまで冷静に自己を客観視するのは辛いし、だから非常に珍しいことで、その意味で私は著者を素直に賞讃したい。
著者が疑念を持ったのと期を同じくして、ミステリーサークルに関する学会やイベントで顔を合わせていた研究者数人が、どうもこれは......と疑いを口にしだす。研究者の長老でその世界ではかなりの尊敬を受けていたコリン・アンドリュースも、それまで地球外生物が作ったと思っていたものの80%(100%でないところがミソだが(^O^))は人間が作ったものだと衝撃的な発表をしてその世界から「寝返り者」とされてしまう。
コリンによるリサーチの結論はこうだ。
|
・1999年と2000年に出現したサークルのうち、80%は人造です。 ●証拠(1) アウトラインを描くために必須の中心点には、必ず人間が入っていった跡が残っています(竹の穴や不自然な麦の倒され方など)。 ●証拠(2) デザインは論理的に順番に下図が描かれており、アウトラインの跡が倒された麦の下に残されています。 ●証拠(3) スタンピング・ボードなどの麦を倒す道具は、ユニークな痕跡を残しており、それらは地上調査や航空写真によって確認できます。 |
さらに決定的だったのは、著者が友人から見せられた1枚の紙だった。
これは1983年に出版された『モザイク模様の描き方』(ジョン・ウィルソン著)という本のあるページのコピーだった。
それがこれ。

『モザイク模様の描き方』に掲載されていた図形
1983年に出版された本の同一ページに「ミレニアム4大サークル」の全てが収録されていたのだ。\(^O^)/
ここで著者の目は覚めた。
そして著者はとうとう数人のコネクションから、ある「サークルメーカー」(もちろん人間)と接触してインタビューするところまでいく。
彼らへのインタビュー、そしてそれらの情報をもとに自分たちでステリーサークルを作ってみた結果、サークル内外の静電気磁場の差などそれまで「人間が作ったのではない証拠」とされていたことが、あっさりと自分たちの「人造」サークルでも起きてしまうことをつきとめる。
また、普通に観察すれば見つかるはずの、測量の痕跡の地面の穴を発見する。
| この4年間、僕が最も影響を受けたサークルの権威の1人にアンディー・トーマスがいる。彼は講演会で、「サークルの円の中心に穴を発見しても、それは人間が作った証拠にはなりません。研究家が出現したサークルを測量するのに、時々測量ポールを中心に差し込むことがありますからね。また、早めに来たいたずらなクロッピーが人々を惑わすために、わざと穴を掘ってまわったという例もありました」と言ったことがある。 だから今まで真剣に棒の穴などを探そうともしなかった。実際に穴を発見してみると、もうこれはまぎれもなく人間のなせる業に違いないと確信した。 |
このあたりも、妄信から醒めた人の証言としてリアリティがある。
サークルメーカー(人間)たちのほとんどは自分がサークルメーカーであることを隠している。ミステリーサークル作りはたいてい違法(不法侵入、器物損壊など)であるため、当然といえば当然といえる。ただ、1人だけ(正確にはダグ&デイヴ以外に)、逮捕されたためにカミングアウトした人物がいた。著者がインタビューに成功したのはその人物だった。
そのサークルメーカーによると、彼が知っているだけで20人以上の「サークルメーカー」がいるという。遠く離れた地方には知らないのもいるし、海外の事情はわからないという。
それだけの数の「人間」サークルメーカーたちが、多くのミステリーサークルを作っていたのだった。
そのサークルメーカーに繋いでもらい、最終的に著者は彼らサークルメーカーたちから「雲の上の存在」と尊敬を集める、"ビリー・ベイリー"と呼ばれる伝説の巨匠へのインタビューにまで成功する。
このインタビューで著者はこれまでビリーバー界?で「人間が作ったのではない証拠」として信じられていた事象について、事細かくビリー・ベイリーに質問をぶつけ、明確な答えを得ている。これはなかなか圧巻で、著者は「4年間のサークル学会ではどれ1つ学べなかった疑問の数々が、もつれた紐を解くように明らかにされた」と語っている。
そしてこの本のファイナルはかなり笑える。
著者は最初にインタビューしたサークルメーカーたちの協力を得て、長年の夢を叶える。
それは......。
著者が経営する寿司バーのマーク(五弁木瓜)のミステリーサークルを作ることだった。

いつもこう
なかなか面白いオチだと思う。
さらにさらに。
黒猫亭さんが調べてくれたところによると、この五弁木瓜の紋は普通、「五木瓜」と書かれるようだ。
そして読みは、「いつもっこう」あるいは「いつもこう」。
信じては「いや違った」を繰り返す著者の、最後のオチが麦畑一杯の「いつもこう」とは、なかなかキツめのオチですな。(^O^)(^O^)
しかもこの「いつもこう」が、「2001年で最も美しいといわれたサークル」で、「イギリス王室の紋章に似ているため、そこから「平和のメッセージ」を汲み取るサークル研究家もいた」(OSATOさんに教えてもらったサイトより)って、どこまで底なしなんだか。
ドラマチックな本だった。(^O^)
確かに「最終解答」だ。
表紙にそれらしいことを仄めかす文章があるにはあるものの、あとは前書きからずっとビリーバー口調だ。だからビリーバーが普通にこれを読み進むとびっくりすると思う。おそらくそれを狙ってるんだと思うのだけども。
何というか、最初にたまったモヤモヤ感が後半にズズズッと解放されるので、その意味ではまさにミステリ的な気持ちよさがあるのかもしれない。
いや違うな。最後に五弁木瓜という印籠(織田信長と同じね)が出てくる水戸黄門的な面白さというべきか。(^O^)
自分の名前を冠したミステリーサークルツアーまでやるほど足を突っ込んでしまった人がここまでひっくり返すとは。これは見上げたものだと思う。
ただ、著者が「納得」していく過程で、自分(と疑いを持ち出した仲間たち)で実際にサークルを作ってみる部分。
それまで「人間が作ったものでない証拠」として信じていたことが、実際には自分が作ったサークルにも起きるということが次々にわかってきて驚く。
感慨深い体験だったと思う......でもこれってほんとは1991年のダグ&デイヴの告白の時からずっと、誰もが自分で試してみるチャンスはあったはずなんだよね。彼らは作り方も公表したんだから。著者たちも最初にそれを参考にやってみればよかった。
結局、「そんなはすがない」という意識が先に立って試してみなかっただけなんだよなあ。いやむしろ「そんなはずがあってほしくない」だろうな。チャネラーが言った、「2人の英国人のアーチスト(ダグ&デイヴ)が、自分たちがサークルを作って人々をたぶらかした」という表現は、たいていのビリーバーの代弁だったのだろう。
本人は自身について
| これまでニセグルやニセシャーマンのインチキを糾弾する本を書いてきた僕は、ゴーストバスターズならぬグルバスターという異名を読者からいただいている。不思議現象に対しては"まず疑ってかかる"辛口のスケプティクス(懐疑論者)なのである。 |
と書いているが、本書を読む限りはこれはそれほど正確な記述ではなく(^O^)、むしろ「簡単に信じてしまうけれど、途中で出てきた疑いを葬り去らずにいられる」人であるように思える。記述を見ていると他にも結構危ないものをたくさん信じている。(^O^)
読んでいて面白かったのは、ミステリーサークルがUFOなり「高次存在」なりとのコミュニケーション・ツールだとしている人(サークルメーカーたちの中にもこういう人がいる)の中でも、ビリーバーとサークルメーカーとでは、ミステリーサークルに与えている「役割」が違うということ。
著者がインタビューしたサークルメーカーは、サークルを作るきっかけについて、UFOを見た体験を語り、「ミステリーサークルを自分で作って"未知なる知性"に応答しよう」とした、と語っている。
一方、「サークルの幾何学模様はどこから来ているのですか?」という質問の答えの中で、「もし宇宙意識からの"言葉"を伝えるのがチャネラーなら、サークルメーカーは宇宙からのメッセージを麦畑の"シンボル図形"として伝える役割を担っていると言えます」と語っている。
ミステリーサークルは人類からUFOへの「応答」なのか、宇宙から人類への「メッセージ」(「サークルメーカー」はその代弁者)なのか。これは非常に曖昧で、つまり彼らはそのあたり明確に分けるほど深くは考えなかったということなのだろう。
ところがこの部分について一般の?ビリーバーたちの認識は非常にはっきりしている。
この本でたくさんのビリーバーの話を読んで私が不思議に思ったのは、彼らビリーバーがどうして自分たちもミステリーサークルを作ろうと思わない/思わなかったのかということだ。著者もそうだったわけだし。
彼らはかなり明確に、ミステリーサークルが「高次存在」からのメッセージを伝える媒体であると位置づけている。
例えば二重らせんに見えるようなミステリーサークルは「遺伝子操作など神の領域を侵し始めた人類への警鐘」であるとか、大きい円に小さな円がくっついているようなミステリーサークルについて、「精子と卵子の受精を表したと思われる......これは人類の種の保存に対する警鐘」とか、そういう解釈をしたがる。
つまり、「高次存在」はミステリーサークルを媒体として、人類に語りかけている。
であるのなら、そのメッセージへの返信もまたミステリーサークルで行うのが自然だろう。しかしどうもビリーバーたちはミステリーサークルが語りかける意味の「解読」には熱心なくせに、せっかくのメッセージを受け取って、それに返事をするということは思いもよらないようだ。(「高次存在」もあんまりレスなしが続くとイヤになっちゃうと思うけどな(^O^))
しかし彼らはメッセージを受け取ったことそのものに舞い上がり、それが「高次存在」の存在証明だといって喜ぶ。そしてそこで終わる。
このあたり、宗教じみた「絶対者」とその子羊的な世界観がうかがえるように思うが、そのへんのメンタリティはよくわからない。
いや純粋に、ミステリーサークルがとても美しいと思っている人たちであり、しかもそれを追っかける行動力もあり、さらにダグ&デイヴによる種明かしも存在するのだから、「いっちょやってみましょか」という人物が愛好家コミュニティの中で存在しても全く不思議じゃなかったはずだ。でもそういう動きがなかったらしいのが不思議だし、ひょっとしたらそういうやつは抹殺されたかっっっ!?みたいな妄想も膨らむ。(^O^)
もちろんミステリーサークルで「返信」するだけが応答ではないはずだが、であれば、「高次存在」がこれだけ明白に(彼らにとっては「高次存在」の存在は明白であるし、その存在の人類への通信手段がミステリーサークルであることも明白)人類に対して警告を与えてくれているのだから、その警告を「解読」するだけで喜んでいてはいけないはずなんだ。しかし彼らビリーバーたちがそのメッセージを真剣に受け止めて環境運動に身を投じた、なんていうことはあまりないようだ。
どうしてそこまで存在が明々白々な「高次存在」の警告を無視する? (^^;
私がもしも「高次存在」で、本当にミステリーサークルを通じて人類に警告を与えているのであればどうだろう。
ほとんどの奴は真に受けないし、やたら信じる奴らは「解読」はするけどその警告の手段にばかりまとわりついてきて肝心の警告の内容には一向に興味を示さない......。
「うわ、ここにも警告が出現!」「信じない人がいるけど、これはほんとの警告ですっっっ!」「あ、この警告、美しい!!」「今度はこんな警告出して下さい!」
私なら見捨てる。(^O^)
著者が疑問を持ってからサークルメーカーにコンタクトを取ってインタビューを実現するまでは結構短いが、これは結局、さほど困難ではなかったのだと思う。いや、コネクションとかを考えればある程度はあるとしても。
それよりも大きな困難はやはりビリーバーから抜け出ることで、これを突き破りさえすれば、あとは比較的簡単だったのだと思う。
つまり、ATフィールドは誰もが持っている心の壁だということね。(^O^)
あるいはこの世で一番固い物質は人間の頭脳であると。(^O^)
いずれにせよなかなかダイナミックな、読み応えのある本だった。
品切れみたいだから、縁があれば読んでみるのもいいかも。探して読むほどではないけど。(^O^)
【おまけ】
著者がイギリスを去るときに「伝説の巨匠」ビリー・ベイリーから贈られたという初心者向けのサークルメーカー入門マニュアル。
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サークルメーカーへのいざない by ビリー・ベイリー 〈はじめに〉 世界中に出現するミステリーサークルは、私たちの時代のきざしを告げる道しるべとなりつつある。サークルを作るのはいたって簡単、あなたにもたやすくできるのだ。サークルを愛するすべての兄弟姉妹に、そのやさしい秘伝をお伝えしよう。 〈道具〉 シンプルでだれにでもすぐ手に入る、次の4つの道具があればOK。 ●巻き尺......20mか30mのもの。 ●竹竿......長さ約1mの竹が5~8本。先端に白いセロテープを貼ると、夜中でも見やすい。 ●スタンピング・ボード......幅20cm・長さ1mの板の両はしに適当な穴をあけ、ロープを通し、両手で持てるくらいのループを作る。 ●ペンライト......または、小さめの懐中電灯。 〈準備〉 瞑想してひらめきを待つのもいいが、最初は単純なデザインから始めよう。前もってデザインを紙に描いて、それぞれの寸法を計算し、数字を大きな字で明記しておく。夜の闇で小さな数字は読みづらい。 〈人数〉 慣れれば1人でもサークルを作れるようになるが、最初は同じ興味と秘密と情熱を分かち合える友人2、3人でやるといいだろう。 〈場所〉 小麦、稲、菜の花など、どれでもいいが、話題になりそうな場所を選ぶこと。丘の上からそのサークルを見おろすことができたり、ドライブする車から見えやすい畑などがいい。近くに太古の遺跡があったり、教会や神社などのパワースポットのそばならばさらによい。 〈衣服〉 夜中に畑の中で活動するので、なるべく黒っぽい服装がいい。靴は汚れてもいいものを履く。夜露に濡れたりするので、車の中に着替えや履き替えの靴を置いておくことをお勧めする。 〈現地に着いたら〉 目的の畑や田んぼまでいったん車で行き、スタンピング・ボードや竹竿などをわかりやすい場所に降ろしたら、車を移動して1kmくらい離れたところに駐車する。そのあとこっそりと歩いて目的の畑に戻る。 〈お祈り〉 サークル・メイキングは、いたずらではない。大地の魔法をよみがえらせ、宇宙の不思議を体験する"場"を創造するスピリチュアルな行為だ。これから作り出すミステリーサークルがどういうものであってほしいか、1人ひとり、小さな声で、声に出して祈ろう。 〈サークル・メイキング〉 ●円を描く まず中心点を定め、そこに巻き尺の端を持った人が立ち、もう一方の端を持った人が横歩きでアウトライン(線描)を描く。その時、巻き尺を常にピンと張るのが、正確な描くコツである。 ●直線を描く サークルの中で直線を描くのは簡単だ。2人で作っている場合、巻き尺の一方を土に挿した竹竿の先にかけ、一方を1人が引っぱる。すると巻き尺で直線が作れるので、そのまっすぐな線に沿って、もう1人が横歩きをすれば、まっすぐなアウトラインが描ける。 ●多角形 サークル内に五角形や六角形を作る場合にも、分度器はいっさい使わない。すべて、外周円の弦の長さを測定し、それぞれのポイントに竹竿を挿して正確な幾何学模様を描く。 ●塗りつぶし アウトラインを描き終わったら、スタンピング・ボードでプラント(小麦・稲・菜の花)を押し倒していく。この場合、倒された茎が川の流れのように美しくするには、時計回りなら時計回りで、直線なら同じ方向に、倒す方向を統一する。 大切なのは、立ったまま残す部分の茎をあらかじめ明確に頭の中に入れておき、なるべく折らないように気をつけること。 ●完成後 できあがっても、けっして自慢げに言いふらしたりしないこと。 〈おわりに〉 世界中のあらゆる国々にミステリーサークルが現れることを想像してごらん。 それぞれの国の伝統や文化にそった神秘的なシンボルやメッセージ。 お金や出世のことしか考えたことのない人々が、 宇宙の不思議に心を打たれるシーンを想像してごらん。 ガイヤの想いを人々に伝えるのは、美しいミステリーサークル。 この星の愛と平和とハーモニーのために、ワクワクする明日のために ── 。 注意‥あなたが本当にミステリーサークルを作ってみたいと思ったときは、実行に移す前に農場主の許可を得るなどして、違法行為にならないよう十分な準備をしてください。 |
【おまけ2】
後日、『ミステリーサークル写真集―1999』(中里精一著/アウル企画)を入手したが、実はパンタ笛吹氏はこの写真集の監修もやっている。
で、彼が書いた序文がこれ。
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ミステリーサークル......イギリスの麦畑にできる円形状のマークについての記事を読んだのは,もう十数年前のことだったろうか? 元々疑り深い性格の私は,そんなのは人間のイタズラに決まっている,と決めつけ,大した興味を持たなかった。だから,9年前に2人の老人が「あれは全部,自分達が冗談で作った」と白状したニュースが流れた時,やはりそんなものだったろう,と溜飲を下げたものだった。 ところが去年(1998年)の7月,ある取材のためイギリスに行った際,偶然に巨大なミステリーサークルに遭遇し,その言語を絶した美しさに瞬時に魅了された。それまでミステリーサークルと言えば単純な円形としか知識のなかった私は,次から次に出現する多種多様,複雑にして斬新な図形の数々に,ただただ圧倒されるばかりであった。 ミステリーサークルとの情熱的な恋におちた私は,取材スケジュールを急遽変更して,南イギリスにとどまり,2つの国際学会に参加した。延べ5日間にわたるミステリーサークル・シンポジウムでは,世界中から集まった研究家たちが,あらゆる角度からの調査結果を発表した。多くの動かぬ科学的証拠を学んだ後は,もはやこの現象が人間の手によるものではない,との100%の確信を持つに至った。そうした私のミステリーサークル体験については,拙著「ミステリーサークル2000」(たま出版)に詳しく書いたので,参考願いたい。 今年(1999年)7月末,私が案内役を務めるミステリーサークル・ツアーが企画され,それに参加されたのが本書の写真を撮られた中里精一氏だ。私たち一行十数名は実際にミステリーサークルにわけ入り,またヘリコブタ一に乗り込んで空からも観察し,さまざまな体験を共有した。氏の旺盛な探求心と確かなカメラ・ワークが,本物のミステリーサークルの持つ特殊なエネルギーまでをも,この写真集に再現せしめたものと信じる。また,時期的,地理的に我々のツアーでは見ることのできなかった今年(7月以前)のミステリーサークルについては,イギリス現地のミステリーサークル専門の写真家,ステイーヴ・アレクサンダー氏による作品が後半に掲載されている。氏の長年に渡る熱心な撮影活動にも心からの敬意を表するものである。 残念ながら現在の日本社会では,未だにミステリーサークルを愉快犯の仕業として一笑に付す傾向にあるようだ。この写真集が,ミステリーサークルの真実を伝える大きな一歩になれば嬉しい。 1999年に現われたミステリーサークルの合計は143個である。私たちは人類史上初めて,目に見えない何かから,これほど素晴らしい贈り物を受け取っているのだ。少なくとも,贈られたプレゼントを,心を開いて味わうのが,人間側からの礼儀ではなかろうか。 1999年9月29日 パンタ笛吹
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読んでるこっちが赤面しちゃうね。(^O^)
やっぱりダグ&ダイヴは黙殺してる。
それに「少なくとも,贈られたプレゼントを,心を開いて味わうのが,人間側からの礼儀ではなかろうか」ってのも、うん。これが警告なんだったら、果たすべき「礼儀」はそういう反応じゃなかろうよ。(^O^)
印象論に過ぎないかもしれないが、「もともと疑り深い性格」といったフレーズは「でも信じちゃった」という言葉の強調表現として使われることがあまりに多いので、とりあえずこのフレーズを使う人は正反対のことをやってるのだと受け取るべきだと思ってる。
突然食いたくなったものリスト:
- 豚しゃぶ
本日のBGM:
Hanger 18 /MEGADETH
中谷宇吉郎の文章は、数十年の時の隔たりを感じさせない、今日でもリアリティの全く薄れないことがよく書かれている。
『中谷宇吉郎随筆集』(樋口敬二編/岩波書店)収録の「科学と文化」の前半には、今日の予言ではないかと疑ってしまうのような話が出てくる(強調表現などは引用者=私)。
この随筆はこんな一文から始まる。
| この頃自然科学上の色々の問題が、文科系統の学問をしている人々の口に度々上っているようである。 |
そしてこれは「科学者の方面」と、「文学者の一部」の両方の側から進められているように見える、という。
特に「文学者の一部」からのアプローチについての話が興味深い。
| 文学者の中には、最近の物理学の急激な発展の齎(もたら)した結果を文学やその人の「哲学」の基礎に導き入れようという試みをする人が出て来ている。 |
どういうものかというと、中にはちゃんとしたものもあると断った上で、
| 中にはその意図が解しがたいものも沢山ある。 |
という。中でも一番困るのは、「○○と科学精神」という類の論文だそうだ。そういった論文が何より困るのは、難しくて読んでも全く理解できないことだ。
| 一時の左翼の論文のようにむやみと難しい言葉が沢山使ってあって、本当にいいたいことが、それらの難語の猛威に打ち挫(くじ)かれて、砂利の蔭の菫(すみれ)のようになってしまっていることが多い。 |
のだと。まだ陰にあるのはいい方で、中身が全くないものもあるという。ただし......、
| もっともそれは読む方が悪いので、もっと教養を積んだらあのような論文が皆分るようになるのかも知れないが、そんなサンスクリットで書いた論文のように極(ごく)少数の人にしか分らないものは、どんな卓説でもちょっと困るのである。 |
という。この文章も「難しくて読んでも全く理解できない」も、もちろん皮肉なわけだ。
そして次に困るのは、
| 言葉はそれほど難しくなくても、むやみと最近の物理学の尖端の問題、量子力学や原子論の結果を引用したものもちょっと始末が悪いのである。 |
という。具体的にはどんなものかといえば、
| 原子の世界での因果律の否定の問題とか、ハイゼンベルクの不確定原理とかいうものを「基礎」として色々の議論をしてあるものは、物理を職業としているわれわれでも専門が異るために、これらの高遠な理論の本当の意味を解しかねているので、従ってそれを基礎とした議論の当否などは何とも批評が出来ないのである。 |
このあたりになると、あれれ......?と、いろいろ思い浮かぶことも出てくる。
中谷はこういった議論の根底にある動機について、こう続ける。
| 卒直にいうと、これらの理論は眼新しくて、また非常に高遠に見えるので、余りよくは分らないが結論だけは間違いないだろうから、その結論の上に立って自分の議論を進めようという気持のようにも思われる。 |
そしてもしも本当にそうだったとしたら、その人は
| 科学というものの意味が本当に分っていないのではないかと危ぶまれる。 |
とまで言っている。
「バカ」という言葉が喉から出かけているのを懸命に抑えているようにも読めるのだが、それは深読みかもしれない。
少し(と言っていいのかな?)前の「ソーカル事件」を持ち出すまでもなく、量子力学分野など難解な用語を持ち出して人を煙に巻こうとする輩が、今でもどれだけ多いことか。
1937(昭和12)年に書かれたこの随筆と21世紀の現状との間には、全く時代の隔絶(進歩?)が感じられない。
「昔からそういう奴はいた」というべきか、「人間は知的に全く進歩しとらん」と言うべきか、あるいはこれは人間の本性と結論づけるべきなのか。
そして中谷は言う。
| 科学は決してアルカロイドのようなものではなく、即ち極少量注射したら瀕死の病人が生き返るというようなものではなくて、実際は米かパンのようなもので、毎日喰べていて栄養のとれるものなのである。科学というものは、整理された常識なのである。 |
科学とはものの考え方、姿勢なのであり、魔法ではないのだと。
突然食いたくなったものリスト:
- 焼きそば
本日のBGM:
恋のB級アクション /伊藤さやか
『中谷宇吉郎随筆集』(樋口敬二編/岩波書店)収録の「おにぎりの味」(1956[S31]/09)には、こんな話が出てくる。
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お握りには、いろいろな思い出がある。 北陸の片田舎で育った私たちは、中学へ行くまで、洋服を着た小学生というものは、誰も見たことがなかった。紺絣(こんがすり)の筒っぽに、ちびた下駄。雨の降る日は、藺草(いぐさ)でつくったみのぽうしをかぶって、学校へ通う。外套(がいとう)やレインコートはもちろんのこと、傘をもつことすら、小学生には非常な贅沢と考えられていた。 そういう土地であるから、お握りは、日常生活に、かなり直結したものであった。遠足や運動会の時はもちろんのこと、お弁当にも、ときどきお握りをもたされた。梅干のはいった大きいお握りで、とろろ昆布でくるむか、紫蘇(しそ)の粉をふりかけるかしてあった。浅草海苔(あさくさのり)をまくというような贅沢なことは、滅多にしなかった。 |
これはまず最初に、おにぎりに海苔を巻くことそのものが贅沢であったという話に、「言われてみれば、なるほど」という驚きを持った。
私はおにぎりがとても好きだけども、海苔は必需品で、それは当たり前だと思っていた。「おむすびころりん」も、「さるかに合戦」も、挿絵のおにぎりには海苔が巻いてあったし(^O^)、実際、現在、「おむすび」「おにぎり」のをわかりやすく表す記号として、「三角形」「海苔」が認知されている。私はそれにまんまと乗せられて、何の疑問もなくおにぎりに海苔はデフォルトだと思い込んでいたのだ。
しかし確かに海苔も商品であり、商品である以上、他の「具」との価格の違いもあるわけで、高ければそれが「贅沢」となるのも当たり前の話だった。
そういえば海苔は贈答品でもあったわけだし。
さらに。
単に「海苔」というだけではなく、「浅草海苔」というお話。
この随筆が書かれた当時(1956[昭和31]年頃)は単に「海苔」という一般名詞的な意味で「浅草海苔」という言葉が使われているけども、今となっては「浅草海苔」を使うおにぎりは確かに贅沢極まりないのだという話。
「アサクサノリ/浅草海苔 市場魚貝類図鑑」より。
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今、食卓にある海苔とは? ちなみに今、全国に出回っている海苔のほぼ100パーセントがスサビノリでる。スサビノリというのはやや北方系(銚子以北の太平洋岸、北部日本海に棲息)で外洋に面した場所に棲息するもの。本来は内湾である東京湾にはいなかったものなのである。このスサビノリはアサクサノリの養殖の課程で紛れ込んだとも、言われ、そのうち病気や環境の変化にも強いことから養殖ノリの主役となったのだ。今でもスーパーやデパート、築地などの魚河岸に行けば「浅草海苔」が売られている。これが総てスサビノリで作った海苔なのだ。すなわち、江戸時代から高度成長期の1960年代くらいまでは、「浅草海苔」=「アサクサノリ」であったものが、今では「浅草海苔」=「スサビノリ」になってしまっているわけだ。 さて、このスサビノリ全盛の今日にあって、ゆいいつアサクサノリを生産している養殖業者が有明海にはいる。なんとまさに江戸前の海苔であったアサクサノリは有明の海にひっそりと命脈を保っているのである。 |
「アサクサノリ復活計画」や「アサクサノリ - Wikipedia」を見ると、アサクサノリは環境省レッドリストの絶滅危惧I類(CR+EN)というのに指定されているらしい。
全くシランカッタ。
一度浅草海苔のおにぎりが食べてみたいなあ。
とはいえ普段、おにぎりに使うのは味付け海苔だけども。
......ケンミンショーでおにぎりに味付け海苔を使うのは関西だけだと聞いて、かなり衝撃を受けた。
あ、あと、チャーハンにウスターソースをかけるのも関西(大阪?)だけだとも。
あららー。
突然食いたくなったものリスト:
- おにぎり
本日のBGM:
忍豚レゲエ /田中真弓
『中谷宇吉郎随筆集』(樋口敬二編/岩波書店)には、有名な?「立春の卵」という随筆も収録されている。
今でも毎年立春の頃になるとこの話題が出てくるくらい有名な話。......中国に「立春には卵が立つ」という言い伝え?があって、それが世界中にニュースとして配信され、実際、各地で実験が行われると確かに卵が立ちまくった(^O^)という記事が各新聞に出た(昭和22年2月6日)のだそうだ。
これに中谷宇吉郎は興味を持って自分でやってみた。
すると、確かに立つ。
で、いろいろ考察、「実験」してみると、わかった。
「卵というのは立つものなのである」
どういう仕組みで立つのかなど、この随筆にはその考察の過程が記されておりとても楽しい。そしてその結論めいた話として示された以下の文章が、なかなかの教訓だった。
| 卵を立てるには、静かなところで、振動などのない台を選び、ゆっくり落ち着いて、五分や十分くらいはもちろんかけるつもりで、静かに何遍も調整をくり返す必要がある。そういうことは、卵は立たないものという想定の下ではほとんど不可能であり、事実やってみた人もなかったのであろう。そういう意味では、立春に卵が立つという中国の古書の記事には、案外深い意味があることになる。私も新聞に出ていた写真を見なかったら、立てることは出来なかったであろう。何百年の間、世界中で卵が立たなかったのは、皆が立たないと思っていたからである。 |
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☆ やっぱり、この世で一番固い物質は人間の頭脳、特に集団の意思決定であるということ。 ── Webサイト『森博嗣の浮遊工作室』より。
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突然食いたくなったものリスト:
- 純情屋のカレーつけ麺
本日のBGM:
Twilight Of The Gods /HELLOWEEN
先日はあまりいいことを書かなかった(「ラーメンの秘密」)『ラーメンの秘密』だが、が、実は参考になる部分も多かった。
特に「ご当地ラーメンの秘密」という章の、それぞれのご当地ラーメンのルーツに関する記述はよくまとまっていて楽しかった。
#いや別にこれは「秘密」じゃないだろうけどね。(^O^) なんか「秘密」という言葉をこういう使い方すると学習図書みたいだ。
そのあたりをいくつか御紹介。
1991年当時、ご当地ラーメンといえば東京ラーメン、札幌ラーメン、九州ラーメンであり、そこに新たに登場した当地ラーメンが喜多方ラーメンだというところにリアルな時代性を感じさせるね。
ちなみにこの頃、大阪のラーメン界は暗黒時代。(^O^)
| 東京ラーメンのルーツは横浜南京町 東京で最初にできた「ラーメン屋」は、明治43年、浅草に開店した「来々軒」であったといわれます(「にっぽんラーメン物語」小菅桂子・駸々堂)。 当時、まだ「ラーメン屋」という呼称はなく、「シナ料理屋」と称して、ラーメンを中心にワンタン、シュウマイなどを出す店としてスタートしたものでした。経営者は日本人でしたが、コックはすべて横浜の南京町からやって来た中国人。物見高い浅草っ子がこれに飛びつき、当時きっての大歓楽街浅草のこと、またたく間に東京中に知れわたることとなったのです。 ところで、この「来々軒」のラーメンは、日本人の手になるものではなく、横浜南京町の中国人が調理していたことに注目しなくてはなりません。すなわち東京ラーメンのルーツは横浜南京町にありということなのです。 横浜には黒船の来港とともに広東系の清国人が江戸末期から居留し始め、明治以降も広東省出身者を中心にいわゆる「南京町」を形成するようになりました。 その南京町で当初は中国人相手にできた中国料理屋に日本人も出入りするようになり、日清・日露戦争を経て大陸への関心が高かった明治末期の世相とも相まって、南京料理は少しずつ日本人に受け入れられていく状況にあったのです。 しかし、当時南京町で食べられていたラーメンは、豚骨スープに塩味という、日本人にとっては獣臭くてやや受け入れ難いものでした。そこで豚骨にトリガラや野菜を加えてスープをとり、塩味ではなくしょうゆ味にするなど、獣臭さを除く工夫を加えてあっさりした味に変えた和風ラーメンが日本人向けに作られるようになっていったのです。 浅草「来々軒}が繁盛したのはまさにこの日本人向けラーメンを出したことによるものでしょう。こうしてラーメン(かつてはシナソバ・中華ソバと呼ばれることが多かった)は、独特のチャルメラの音色とともに出没する屋台の出現などによって、庶民の食物として大正から昭和にかけて定着して行ったのでした。 |
つまりそれ以前にもラーメンのルーツになるものはあった(豚骨スープに塩味)が、それを改良し醤油ラーメンを開発、それ用の店舗を構えたのが「来々軒」であると。
ただ、いつも気になるんだけども、「来々軒」にしろ、「元祖」と言われる店が最初からかん水を使用した麺を使っていたかというのがあまりよくわからないんだ。
言わずもがなのことだからなのかもしれないが、これについて明示した記述を見たことがない。日本人ではなく「横浜南京町の中国人」が調理していたのであれば、なおさらかん水を使用する動機があるとは思えないんだ。
いやそんなことはないのかもしれないけどね。ただ、そのへんの事情がどこにも書かれていないのが困る。
出典となっている『にっぽんラーメン物語』(小菅桂子著)を読むと書いてるかもしれない。この本はWikipedia「来々軒」も出典として挙げているし、一度読んでみないといけないなあ。......と思ったら在庫なしか。(^^;; 中古を探そう。
しかしやはり地元、札幌ラーメンへの記述が一番熱がこもってるかな。愛情を感じる。
| 札幌ラーメン 札幌ラーメンといえば、昭和40年代に全国的にブームを巻き起し、ご当地ラーメンのはしりとなったことはまだ記憶に新しいところです。 ラードたっぷりの濃厚スープ、みそ味、太くて歯ごたえのあるメン、もやしや玉ネギの具など、それまであっさりした東京ラーメンしか知らなかった人々に衝撃を与えたのも無理からぬことでした。 ...... 元祖札幌ラーメンは? 「さっぽろラーメンの本」(北海道新聞社刊)には、札幌ラーメン誕生のいきさつが詳細に語られています。それによると、現在の札幌ラーメンは戦後になってからできてきたもので、戦前のラーメンとはまったく異なるというのです。 札幌で初めてラーメンを出す店ができたのは大正11年のこと、北大の中国人留学生相手の「竹家食堂」という店だったということです。コックはやはり中国人で、日本のシベリア出兵による戦乱を逃れて、シベリアから樺太経由で札幌に来た、王文彩という本格的な北京料理の調理人だったということです。 めんはカンスイのかわりに炭酸ソーダを使用したもので、当初は手で引き延ばしながら1本を2本、2本を4本という具合に細いめんに仕上げていったので、これを指して「拉麺(ラーメン)」と名付けたとされています。 「拉麺」は次第に札幌っ子に評判となり、昭和5年頃には屋台が出現したり、喫茶店でラーメンを出すところがあったり、普通の食堂やデパートの食堂でも出されるなど、庶民の食物として定着して行ったのです。 当時のラーメンはトリガラなどがスープのベースで、しょう油で薄く色づけした澄んだものが一般的であったということです。また東京などではシナソバ・中華そばと呼ばれていたのに対して、札幌ではすでにラーメンという呼称が一般的だったということです。 ...... 戦後の食糧難が札幌ラーメンを産んだ 戦後の食糧難の時代、札幌市の創成川沿いの一角には大陸からの引揚者などによる屋台が軒を並べており、そこから戦後の札幌ラーメンがスタートしました。 一番最初にラーメンを始めた人は、中国、天津からの引揚者だったそうで、中国での記憶や戦前のラーメンの記憶をもとに、ラーメンづくりを始めましたが、そのスープは豚骨を長時間かけて煮出した白濁したもので、その後の札幌ラーメンの原型となった、濃厚で脂っぽいものだったのです。 平常時であればなかなか受け入れ難いものであったかもしれませんが、寒い北海道のこと、いかにも栄養がつきそうなこのラーメンは人々の支持を得て行ったのです。 こうして屋台を中心に戦後の札幌ラーメンが始まり、ラーメン屋の数も増えていきました。ラーメンそのものも次第に工夫され、後にみそラーメンを産み出す大宮守人さん(味の三平)は、フライパンで玉ネギやモヤシを炒めて具にすることをこの頃から始めており、香辛料としてニンニクを加えることなど、戦前のスタンダードとも言える東京ラーメンとは異なった、札幌という気候風土にかなった独自のラーメンが発展して行ったのです。 昭和26、7年になると町の一角にはラーメン屋ばかりがずらりとならんだ「ラーメン横丁」が出現し、札幌はラーメンの町とかし、人々は安くて旨いラーメンを食べることが日常の一部となってきたのです。昭和30年頃になると、一般の大衆食堂でもラーメンを出すところが多くなり、ラーメンはなくてはならないメニューの1つとなりました。 みそラーメンの産みの親 現在の札幌ラーメンは、みそ味・しょうゆ味・塩味の3つが基本になっています。 このうち特にみそ味は札幌ラーメンに独特のもので、札幌ラーメンの名を高からしめたのもこのみそラーメンに負うところ大です。 みそラーメンの産みの親は前述の大宮守人さん。昭和30年代中頃のことです。それまでのしょうゆ味一辺倒に疑問をもち、何か新しい工夫をという、ラーメンに対する一途な情熱が、誰も思いつかなかったみそとラーメンの画期的な出会いを導いたのです。 当時はいわば札幌ラーメンの発展期ともいうべき時代で、熱心なラーメン屋さんが日々ラーメンの研究に余念がなかったのです。 みそラーメンはその後まず札幌で市民権を得たのち、昭和40年代に入って全国に紹介されるようになると、全国的に札幌ラーメンブームを巻き起し、黄金期を迎えるに至ったのです。 なぜみそラーメンが札幌で産まれたのか? これには必然的な理由があるように思われます。東京ラーメンが南京ラーメンを次第に純化・精錬して完成されてきた背景に江戸文化があるとするならば、北海道といういわば文化的伝統のない、言いかえると拘束のない自由さがみそラーメンというアイディアを産み、また札幌っ子もそれを容易に受け入れたのではないでしょうか。 みそラーメンはまさに土地の気風の産物といわねばならないでしょう。 ...... 以上のように、戦後の混乱期、屋台ラーメンから生じた札幌ラーメンは、北海道という日本にあっては特異な風土の中で、多くの人々の熱い情熱によって独自の地位を築き、日本のラーメン界に大きな影響を与えてきました。 しかし、近年、札幌ラーメンにもかげりが生じてきたという声も耳にします。その原因として、「味が落ちた」、「サービスが良くない」、「値段が高い」ことなどが挙げられています。札幌ラーメンというブランドにあぐらをかいた商法が横行しているというわけです。御多分に漏れず化学調味料も横行しています。 ご当地ラーメンの老舗、札幌ラーメンの名にかけて、日本のラーメンのためにも奮起してもらいたいものです。 |
まだまだ札幌ラーメンがラーメンの代名詞だった時代ね。
#地元だからこそ最後にひとこと言いたくなるのかな。(^^;;;;;
「どさんこ」やそれと類似の名前のチェーン店がどれだけ広がったか(今でも残っているか)を考えれば、全国に札幌ラーメンが与えた衝撃の大きさが今でも窺い知れるというものだ。
こちらでは炭酸ソーダながら麺にアルカリを使ってることが明言されてる。そもそも引き延ばして作る手打ち麺はアルカリがなくても作れるのかな? そのあたりが問題かも......。
で、札幌ラーメンの次の大波が、九州ラーメン。
| 九州ラーメン 九州ラーメンの歴史をたどってみると、老舗といわれる店でもみな戦後に開店しており、多くは食糧難時代の屋台ラーメンに端を発しています。しかも、中国人からラーメンの手ほどきを受けた人や、中国からの引揚者が始めたケースがほとんどです。 この辺の事情は現在の札幌ラーメンの発生時と非常によく似ています。しかし、同じようなルーツを持ちながら、札幌ラーメンと九州ラーメンは独自の道を歩み始め、それぞれ特徴ある姿へと発展して行ったのです。 ...... |
これ以外にもたくさん記述はあったんだけども、メモが少ないということは面白くなかったんだろう。>過去の自分 (^^;
で、新登場の喜多方ラーメン。
| 喜多方ラーメン 札幌・九州と続いたご当地ラーメンブームの第3弾は、思わぬところ、奥の細道・喜多方でした。人口3万7000人ほどの小さな町ですが、ラーメン店の数は110軒にも上るといわれており、ラーメン目当ての観光客や観光バスが押し寄せる盛況ぶりということです。 ブームのきっかけになったのは、マスコミを利用した喜多方市の観光キャンペーン。蔵の町にラーメンというとり合わせが、若い女の子たちに受け、テレビ局の取材も相次ぐうちに、第3のご当地ラーメンの地位を確かなものにしました。 では、なぜこの東北の小都市にラーメン店が軒を並べるようになったのでしょう。 喜多方のルーツも中国でした。 喜多方ラーメンの元祖とされるのは、大正末期に浙江省からやって来た潘欽星さんです。屋台から始まったという源来軒はいまもなお現役の潘さんとともに健在です。 源来軒から始まったラーメンは徐々に喜多方の人々にうけいれられるところとなり、また教えを求める人も現れてラーメンは喜多方に根付いていったのです。 ある地元の人は、「ほかに珍しい食物のないこの地方の人間にとってラーメンはごちそうだった。周辺の人たちは喜多方に出るとラーメンを食べることを楽しみにし、祭りや招待の席でもすしの代りにラーメンを出してきた。ごちそうなんだからおいしくなければいけない。食べる者も作る人もそういう意識でやって来たことが、今の喜多方ラーメンの隆盛をつくったのでしょう」と語っています。 |
このあたりの話はとても役に立ち、示唆に富むものだった。
突然食いたくなったものリスト:
- アメリカンドッグ
本日のBGM:
よどみ萎え、枯れて舞え /SOUTHERN ALL STARS
昔古本で買ったと思われる『会社実力ランキング'90』(日経産業新聞編)という本が出てきた。各分野のシェアなど会社別ランキングがたくさん出てくる、いわゆる「会社研究本」の1つだと思う。
掲載されているのは88年頃のデータ。......というと、「バブル」直前くらいのデータでもう20年以上前の話だ。時代を感じさせてなかなか興味深かった(当然、もう「ない」会社や、「ない」商品のシェアランキングなどもたくさん)。
で、その代表的なものとして、ビールのランキングが時代を感じさせたので一緒に楽しんでもらいたい。
比較?のために、同誌にあった1985年(スーパードライ発売以前)のシェアを合わせたグラフと、Wikinewsから「2009年のビール類国内出荷シェア キリンビールが9年ぶりに首位奪還」という記事も並べておく。
タイムマシンに乗ったような気分で読んでみよう。

1985.1988,2009のビール(類)国内出荷量シェア
↓1988年のシェアについての記事。
| ●アサヒ、28年ぶり2位奪回 キリン、辛くも50%守る 1988年のビール市場は地殻変動が起きた。アサヒビールが躍進を遂げ、28年ぶりにサッポロビールを抜いて業界2位の座に返り咲いた。アサヒは85年の9.6%を底に、3年連続の上昇で23年ぶりの20%台乗せを一気に実現した。これに対して業界最大手のキリンビールは86年にシェア60%を切ったばかりだが、50%を守るのがやっとというところまで低下した。 88年の出荷量は576万キロリットル弱で、前年比7.9%増となった。ビール人気のけん引車は飲みやすさが特色のドライ。87年に発売し大ヒットしたアサヒの「スーパードライ」に対抗して、各社がドライを年初から発売、「ドライ戦争」として広く関心を呼び、人気は高まった。 ドライの販売量は年間で1億5千万箱(1箱は大瓶20本入り)と前年の11倍強になり、市場に占める割合も30%と10倍になった。このなかでアサヒはシェア50%を握り、ドライ戦争に圧勝した。この結果、アサヒは全体でも72%増というビール業界で前例のない伸びを記録した。 ドライ戦争に敗れた各社は軒並み打撃を受けた。最もあおりを受けたのはキリンで、販売量は前年比4%減と4年ぶりにマイナスになった。サントリーも4年ぶりにマイナスで宿願のシェア10%はますます遠ざかった。サッポロビールは秋に発売した季節ビール「冬物語」がヒットし4%増と健闘したが、アサヒの勢いをかわせす、3位に転落した。 89年になってからもアサヒの〝独り勝ち″は続いている。ドライ人気が地方に広がっているためだ。ただ、キリンビールが主力のラガービールを軸に4品種の新製品を発売、サントリーもモルト(麦芽100%)ビールを主力商品にするなど、各社各様の新戦略で巻き返しを図ろうとしており、ドライ人気の勢いはさすがに鈍っている。 『会社実力ランキング'90』(日経産業新聞編)より。
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↓2009年のシェアについての記事。
| ●キリンビールが9年ぶりに首位奪還 キリンビールビール大手企業5社が1月15日(UTC+9、以下同様)に発表した2009年のビール類(発泡酒・第三のビールを含む)出荷量の国内市場シェアで、キリンビールが37.7%を獲得し、9年ぶりに首位に立った。2008年1位のアサヒビールとの差は0.2ポイントだった[1][2]。 景気の低迷を受けた消費者の節約志向の高まりによって第三のビールに人気が集中したことから、キリンが有する第三のビールのトップ商品が好調に推移し、首位交代に至った[1][2]。シェア3位は2年連続でサントリー酒類(12.3%)が獲得、サッポロビール(11.7%)が続いた[2]。 ビールの年間出荷量は、少子化に伴う市場縮小や若者世代のビール離れ、さらに夏場の天候不順などが影響し、前年比2.1%減の4億7250万ケースとなり、統計を開始した1992年以降の最低水準を5年連続で更新した[1][2]。 酒類別統計では、ビールが前年比6.7%減、発泡酒が前年比15.6%減となったのに対し、第三のビールは前年比21.4%増となり[1]、各社の第三のビール主力商品が過去最高の年間販売数を記録するなど[2]、ビール商戦の主戦場が安価な第三のビールに移っていることが鮮明になった[1]。キリンビールは、『のどごし〈生〉』をはじめとする第三のビールが前年比19.5%増となった[2]。 出荷量1位となったことを受け、キリンビールの松沢幸一社長は15日、記者団に対して「第三のビール『のどごし〈生〉』や、リニューアルしたビール『一番搾り』など、それぞれのジャンルに強い商品があった」とコメントした[3]。 |
突然食いたくなったものリスト:
- 二郎系
本日のBGM:
赤い炎の女 /SOUTHERN ALL STARS
先日、ラーメン大賞掲載の『KANSAI一週間』を買うためにコンビニに行くと、『最新ラーメンの本 Vol.1 (2010) 関西版』という雑誌が目に入った。体裁としては去年の『最新!最強!究極のラーメン 2009 関西版
』(ぴあ)や『ラーメンWalker関西 2009
』(カドカワ)と同様の、A4のもの。

最新ラーメンの本 Vol.1 (2010) 関西版
『噂のラーメン 2010 関西版
パラパラとめくる限りなかなか新鮮な部分もあり、少なくとも選店に関しては面白いと思った。
ただ、どうも本全体からウサン臭さというか、困った感というか、そういうのがにじみ出てくる。(^^;
それぞれの店についての紹介文を全部は読んでいないけども、現段階での感想を箇条書きに。
まず第一印象的な感想。
- 掲載店、写真、見せ方を見ても、去年出た同体裁の本(『最新!最強!究極のラーメン 2009 関西版
』『ラーメンWalker関西 2009
』)に比べてクォリティが高い。(掲載店舗数は一番少ないけど)
- 特にラーメンの写真がいい(といってもmeetsほどにはよくないが)。掲載店があまり多くない分、1店ごとに割かれているスペースは他の2冊に比べても大きく、しかもその半分以上をラーメンの写真が占めているので、非常に解像度の高い写真が使われている。これだけでもちゃんと取材に行っていることを伺わせる。(たまにかなり解像度の悪いデジタルデータを使ってる本があったりするんだよ)
(追記)後でよく見たらさほど写真はよくなかった。(^^; 特に麺、器、ネギの白が飛んでいるのとか。ピントがちゃんと合ってない(あるいは解像度が足りない)写真もある。ダメだなあ。小さい面積なら大丈夫なものも多いのに......。 - しかしこの本はこの体裁にする必要があるんだろうか。この本は(恐らくポリシーとして)、店の紹介記事の範囲の6割のスペースをラーメン(つけ麺)の実物写真にあてている。そしてこの体裁にこの店数なので、どの店も1ページor1/2ページのスペースがある。確かに迫力はあってうまそうに見えるが、もっと別の見せ方も出来るだろう。かなり贅沢なスペースの使い方だ。言いたいのは、この大きさでは持ち運びが非常に不便だということ。この店数ならもっと小さくできるはず。「食べ歩き」を前提とするなら、(作る側の都合ではなく)使う側としては小さい方がいいに決まっている。そういう視点で作ってくれたらいいのに。(まあ実際はムックという形態でこういう本を、という話だと思うから、企画そのものがまずガワありきなんだとは思うけど)
- 見せ方にいろいろ新鮮さがある。これはやっぱり「(関西)外の人」が関わっているからだろう。度合いはどうあれ。これはいいことだよ。
- それぞれの店の紹介文自体はごくごくオーソドックスなもの。
- 索引は「50音別INDEX」と「エリア別INDEX」。50音別は「ラーメン」とか「中華そば」「麺屋」みたいなマクラコトバは無視した使いやすいものになっていて好感が持てる。
- 大地図がないのが残念。店舗紹介部の個別地図は完全に最寄り駅から行くことだけを念頭に置いて作られている。このあたりは『首都圏版』の流れを汲んでいるのだろう。東京以外では自動車や自転車での移動も普通だということを、誰か石山氏に教えてあげてください。
- それぞれの地図には「地図ID」と呼ばれる番号をつけられていて、ケータイから『ラーメンの本 ケータイ地図サイト』にアクセスしてこの番号を入力すると地図を見ることができる。あと、このサイトではクーポンもあるそうだ。私はあまりいい印象を持たないけど、便利な人には便利だと思う。

これはこれで便利だけども、本にも掲載してほしい。 - クーポンにしろ地図にしろこの本に載せずにわざわざケータイにアクセスさせるところに、ちょっと商売の匂いが漂ってくるね。(^O^) どう考えても彼が監修しているというラーメンサイトへの導入だもの。
ここから、ちょっと読んでからの感想。
- このシリーズは『首都圏版』がここ3年で既に5冊も出ているそうで、これだけ出てるってことはそれなりの人気があるのだろう。その勢いに乗って? 今回初めて『関西版
』が出たと。
- 監修者の石山勇人氏は、
だそうだ。TV・ネット・雑誌などさまざまなメディアでラーメンを発信し、その取材軒数は900軒を超える。カップ麺や、実店舗の商品開発など、ラーメン業界の盛り上げに尽力。NTT docomo・au・Softbank公式サイト「快食! ラーメン情報」監修。 株式会社タウン情報全国ネットワーク所属
- 前書きによると、このシリーズの姿勢として、
過去1年以内にオープンしたラーメン店を根幹に、毎回新規取材を約100軒に設定し、新鮮な情報をお届けしている。
という。ただ関西版は第1弾ということもあり、
新店枠は基本的に3年以内のオープン店。そして絶対的な人気店を掲載するために2000年までを下限とし、はずせない店も新店枠でカバーした。また、関西には人気の老舗も多くあるので、2000年以前オープンの名店枠も設けた。
のだと。つまり関西版は初めてなのでかなり掲載・取材対象店の幅を広げたということ。
- で、そこまでして掲載範囲を広げた『最新ラーメンの本 Vol.1
』に掲載されているのは101店。一方、最新の『最新ラーメンの本 Vol.5 首都圏版
』の掲載店は256店。東西の市場規模の歴然とした違いを感じるね。
- 「101店」なんて微妙な数字、100店台に乗せるために何とか頑張った感があるもんねえ。(^^; それに比べて『首都圏版』の256店はキリのいい数字でいいなあ。(^O^)
- おそらく101店ではこの体裁の雑誌のコンテンツとしてはスカスカなのだ。次も『首都圏版』と同じ基準でこの体裁のVol.2を作ることができるのか大いに疑問だ。......日本第2の商圏でもこうなんだもんなあ。胃袋の数の絶対的な違いは如何ともし難いですな。
- この本を見ると ── これはきっと「市場規模の違い」ということも関係するのだろうけども ── 、東西の文化的なギャップを感じて、こちらではどうも馴染まないと思う点がある。この本は、石山勇人という「ラーメンプロデューサー」なる肩書きの人物を前に押し出しすぎだ。はっきり言うとこの本で一番目立っているのはラーメンではなく石山勇人。つまりこの本は「ラーメンを宣伝する本」ではなく「石山勇人を宣伝する本」なのだ。

どの文字よりも大きい「石山勇人」の文字
- おそらく首都圏くらいの規模であれば「ラーメンプロデューサー」だとか「ラーメン評論家」のような「プロ」が成り立つほどの余裕が市場にはあるのだろう。プロであれば、石神氏なり大崎氏なり石山氏なりのように自分の「名前」の価値を高めブランド化して売ろうとするのは当然のことで、商売として何ら非難されることはない。
- しかしそれは実は日本でも首都圏くらい大きな規模でやっと成り立つ程度の、実にローカルな商売なのだ。関西で「第一人者」と呼ばれている人たちのほとんどがアマチュアなのは、彼らのポリシー云々以前に、関西程度の市場規模ではそんな商売は成り立たないからだ。
- だから関西にはそんな(石山氏がやっているような)商売の文化はない。この本はこのあたりをわからずに首都圏版の手法をそのまんま関西に持ち込んだように思える。
- 例えば明らかな広告ページである「エースコック×石山勇人 「ベジポタ」カップ麺開発プロジェクト」というページが、この本では目次の中に堂々と登場する。広告扱いではなく記事扱いなのだ。好き放題。実際の広告も、石山が監修するラーメンサイトなど、記事、広告と至る所に石山氏の写真が登場する。
- 友人は「名前からして石神のパクリ」と言っていたが(^^;、それはいくらなんでも言い過ぎだ。(^O^) 辻調理師専門学校と辻学園TEC日調ほどには似てない。
- 石山氏のブログのこの本の紹介記事(「ラーメンマン監修「最新ラーメンの本 関西版 Vol.1」発売開始!! 」)によると、
〇掲載店内訳
2000年以降(基本的に2007年以降)オープン85軒
2000年以前オープン16軒
最初、首都圏同様に1年以内オープンでリストアップしたところ、紹介したい名店を多く逃してしまっていることに気づいたので、老舗のセレクトの意味合いも含め、今回は上記のくくりになりました。
今回は関西本ということで編集を関西の会社にまかせ、東京からコントロールするという特殊な方法だったので、ある意味首都圏版よりも苦労しました。
とある。誰がリストアップし、誰がそこからセレクトしたのか、東京からのコントロールはどの程度までのものだったのかなど、この記述からでは石山氏のこの本への関わり具合がよく解らない。
- だからこの本への批判がそのまんま石山氏にだけ注がれるべきかどうかはわからない。そのあたりは読んでる人、よろしく。
- この本を見て関西で「石山本」がブランド化しないだろうと感じるのは、石山氏が関西のラーメン事情にさほど詳しくもなさそうだというのがにじみ出ているから。というか、逆にこれがブランド化されてしまうと関西のラーメン史がねじ曲げられ既成事実化されかねないぞという危惧まで抱いてしまう。以下、その話。
- 例えば巻末附近に掲載されているPAPUA氏、としむね氏と石山氏との対談。PAPUA氏、としむね氏は両氏とも『KANSAI一週間』誌上でその年の「ラーメン大賞」の選考にあたる「四天王」のメンバーで、関西のラーメン界では結構な権威(?)だと思う。おそらくはこの本の編集にも何らかの形で関わっていると思うが、そのへんは明かされていない。
- 「石山・PAPUA・としむね3者麺談。」と題された3ページのこの対談記事は、後半はともかく、前半がかなり雑。
- 対談は石山氏が「関西のラーメン界といえばまずこの方々」という2人に関西のラーメン事情について聞く、という進み方をする。まず現在の関西の流行について、「2008年から翌年にかけてのつけ麺ブーム」(P)があると言う話が出る。その中では「自家製麺の存在も大きい」(と)という話になり、話はこう進む。
石:自家製麺を関西で注目させたのは『麺哲』あたり?
何だこの頭の悪い受け答えは? (^^; いやワトソンよろしく、話を引き出すためにインタビュー側がバカを演じるというのは手法としてあり得るけれど、これは関西のラーメン本の監修をした人間から出てくるべき質問じゃない。
P:そうですね。
と:正確には『麺哲』の庄司さんが店長を勤めていた『秀次郎』です。
石:そうすると大阪に自家製麺の概念を持ち込んだのは、庄司さんなんですね。
だいたい何だよその、「自家製麺の概念」って。「『自分の店で麺を打つ』という考え方」ってことか?
- 「自家製麺を関西で注目させた」から「大阪に自家製麺の概念を持ち込んだ」にいっちゃうのは論理的思考能力に問題があるし、それ以前の問題として、関西には2000年代まで自家製麺をやってる店どころか「自家製麺」というやり方が存在することすら誰の頭にもなかったと思っている程度には関西をバカにしているってことだ。
〇掲載店内訳
2000年以降(基本的に2007年以降)オープン85軒
2000年以前オープン16軒
を石山氏自身がどの程度実際に取材したのかわからない(一応、「今回関西版を発刊するにあたり新店100軒以上を食べ歩いた」と言っているので全店取材したのだと思うけども)が、新店と老舗店ばかり取材していれば、確かにそういう歪んだ認識にもなるだろう。(首都圏の場合は彼は昔からずっと食べてきただろうから、そういう知識の偏りはないだろう)
- としむね氏はこの話を、
と:古くから自家製麺を扱うお店は色々あったんですけど、もっと麺に注目しろって言ったのは『秀次郎』だったんですよね。
とフォローしている。ちなみに金龍(1982年創業)でさえ(といえば語弊があるが)自家製麺でやってたんだよ。一時(90年代前半)中断したし、今は知らないけど。
- で、対談は次に進んで、関西では全粒粉を麺に入れる店が多くなっていていて、これは関東には見られない関西特有の流行だ、という話になる。
石:関西はなぜそんなに全粒粉を使うんですかね? 関東ではそんなに見かけないのに。
これもちゃんと会話が成り立っていなくて、「なぜ関西で全粒粉?」という問いには誰にも答えず、
と:本格的な流れで言うと、やはり『高倉二条』ですね。
石:やはり『高倉二条』ですかぁ!!
石:中華麺は通常かん水が入るため小麦の風味が飛んでしまいますけど、全粒粉は香りが残りますよね。かなり強く(笑)。なので濃厚なスープに入っても決して負けませんから、そういう意味では魚介豚骨の潮流を迎合するのかもしれません。
というまとめにならないまとめになってしまう。これじゃ「なぜ関西で?」の答えにはならんわな。こんなまとめでいいなら、むしろ関西よりも魚介豚骨が受け入れられている関東で「そんなに見かけない」のはおかしいじゃないか。
#まあ一応、「迎合」という言葉の使い方が間違ってるという指摘もしておこうか。
- で。この直後(直後、ですよ)、こういう話になる。
石:関西におけるつけ麺の草分けが『麺哲』だとして、では大阪に魚介を持ってきたのはどのあたりだと思いますか?
おいおいおいおい。「関西におけるつけ麺の草分けが『麺哲』だとして」って、さりげなく前提にするなよ。
P:魚介は『洛二神』ちゃうかなぁ。
石:やはり、『洛二神』でしたかぁ! 僕もそう思っていました。
なんだこの雑な会話は? そんな話、これまでどこにも出てきてないぞ。出てきたのは、『麺哲』庄司氏の「もっと麺に注目しろ」という姿勢が関西での麺重視の気運を呼び起こして、それが今日のつけ麺ブームにつながっている、という話だ。どうしてそこから「関西におけるつけ麺の草分けが『麺哲』」という話になる? いくら編集が入って端折られている可能性があるとはいえ、PAPUA氏、としむね氏がそんな認識を持っているとも思えないので、この発言はやっぱり石山氏の妄想だろう。(両氏も指摘してやれよとも思うが、話には流れというものがあるし、「お客さん」である立場で聞かれてないことまで話すわけにもいかないだろうから彼らを責めるとかわいそう)
- こういう、話になってない話(言ってもないことを前提としたり、問いかけたことに答えがないまま進んだり)をそのまんま記事にして出してしまうところに、読者をナメているというか、あるいは出す方の「これでよかろう」という姿勢を感じるんだよなあ。
- このあたりと「やはり○○でしたかぁ!」という受け答えも含めて、何だろうなこの石山って人。○○っぽいなぁと思ったり。
- それ以降の対談は取り立てて挙げるほどの変なことはない。ただ少し「ラーメン」と「つけ麺」の言葉の使い分けが乱暴だと思うところがあった。例えばとしむね氏のセリフとして、
と:関西のラーメンってどういうイメージなんですか? ぼくらからしたら関東は「濃厚魚介豚骨」「極太麺」っていうイメージなんだけど。
とあるが、これはおそらくつけ麺の話だろう。もし本当にとしむね氏がこう言ったとしても、(現場では話が通じているはずだが)これは編集がちゃんと変えるべきだ。
- ところで、「魚介」って何だろう? 水産動物を指すという考えもあれば水産植物(昆布など)も含めるという考え方もある。分類上はどちらもアリのようだが(つまり広義か狭義かと)、この本で言われる「魚介」は恐らく昆布などは含めない。ラーメン業界に限って言えば、節類、煮干、魚粉あたりになるだろう。そういう使われ方を通常はすると思う。ところがどうも、これについてもかなりあやふやな使い方をしているように思える。つまり......。
- 先の対談の一部を再掲する。
石:関西におけるつけ麺の草分けが『麺哲』だとして、では大阪に魚介を持ってきたのはどのあたりだと思いますか?
ここで言う「魚介」って何だろう? 洛二神が登場した時に衝撃だったのは、関西に「Wスープ」を持ち込んだことだった。「Wスープ」とは動物系のスープと魚介系のスープを別々にとり、それを提供する時に合わせるやり方。別々のスープを直前で合わせることで、丼の中でそれぞれのスープのエッジが立つ。
P:魚介は『洛二神』ちゃうかなぁ。
石:やはり、『洛二神』でしたかぁ! 僕もそう思っていました。
この「Wスープ」の上陸はなかなか衝撃だった。実際、洛二神はかなりの間行列の絶えない人気店だったように思う。ただ、この時の衝撃は「(それまでになかった)魚介が来た」というものはなく、「別々に取って、合わせる」という手法が、魚介の存在感がそれまでになく味わえて新しい!というものだった。
それまでにも関西では普通に魚介の材料は使われていたのだが、それはいずれも動物系と一緒に煮出すもので、できあがったスープの味わいは動物系、魚介系が融合した角の丸いものばかりだった。だからこそWスープの手法が衝撃だったのだ。
例えば1993年オープンの(「バン麺」で有名な)ラーメン樹は当初から鶏ガラ、昆布と共にカツオ節を使っているし、自家製麺でもあった(というか、製麺所がラーメン屋をオープンした)。1999年創業の純情屋だって開店当初からふんだんのカツオ節を使っているが、別にそれが珍しい技法ではなかったはずだと言っている(但し純情屋のラーメン作りは東京がルーツ)。ちなみにここも自家製麺。
ということで洛二神以前にも「魚介」を使うラーメンは普通に存在していた。そういう状況を踏まえた上で↑のやりとりを見ると、ここで「魚介」という言葉は「Wスープにおける魚介」というかなり限定された意味で使われていることになる。それならそれでいい。そういう意味で使い続けてくれれば。......しかし実際にはそういうわけではなく、この石山さん、本当に関西では洛二神以前にラーメンに魚介が使われていなかったと思っているようなのだ。
虎一番紹介文(の一部)
中華料理に長年勤しんだ店主が、魚介系ラーメンのパイオニア・新宿『麺屋武蔵』の影響を受けて開業したのが2000年。関西のラーメン事情に魚介文化がまったくなかった頃だ。
何を根拠に言うてるのかと。(゚Д゚) だいたい虎一番が2000年に初めて関西に魚介文化を持ち込んだのなら、さっき言うてた洛二神の立場はどうなんねん(洛二神は2001年創業)。
- 老舗である竹家ラーメンですら「削り節」を使っているのだし、あるいは1990年代にカツオ節を使っていると公言していた店だけでも、北野八番亭、めん馬鹿一代、神戸っ子、あおによし、好房......月光仮面や道頓堀ラーメンくらいなると言わずもがな(^^;で、まあとにかくもうちょっと言葉の使い方を何とかしてもらえませんかね、というところ。
- なんでこんなにしつこく書くかというと、石山氏はどうも本当にそのまんま素の意味で「2000年。関西のラーメン事情に魚介文化がまったくなかった頃」という認識を持っていそうな気がするのだ。「関西のようなラーメン後進地にそんなものがあったはずがない」とね。まあ実際後進地だったんだけどさ、東京の、関西のこと全然知らない三十男にそういうこと言われると、気に障るわけよ。(^O^)
- で、そういう「後進地」認識のもう1つとして、こういうのもある。
ろおじ紹介文(一部)
関西に魚介豚骨旋風を巻き起こした『高倉二条』が、まだ関西につけ麺の概念が浸透していなかった2006年、つけ麺を西に広めたいと開業した2号店。
2006年に「つけ麺の概念が浸透していなかった」? どうなんだろうなあ。私自身は早くから純情屋に行っていたので1999年時点で食べていたけども、まあそれは特殊な片田舎の事情ではあるわいな。そこで手許にある2006年の『KANSAI一週間』第3回ラーメン大賞(これ以前のは持ってない)を見てみると、2006年には既に「つけ麺部門」が存在している(大賞:しゃかりき 優秀賞:大吾郎商店・麺座ぎん いずれも2004年創業)。またこの年総合部門で大賞を取ったカドヤ食堂も、この時にはもう「つけそば」をメニューに入れている。さて、こんな状態なのに、「まだ関西につけ麺の概念が浸透していなかった2006年」と断言できるのか。
- 「勝手に関西のラーメン史を捏造するな」と言いたいわけですよ。
いやほんと、もしこの本が売れてこの先もずっと関西版が刊行され続けたりすると、関西のラーメン史が石山氏の浅薄な知識で勝手に書き換えらないとも限らない。......あ、もちろん「浅薄な知識」というのは関西ラーメンに限った話ね。首都圏のラーメンに関しては凄いんだと思うよ。よく知らないけど、プロだし。
- とまあ、そういう感想でした。
突然食いたくなったものリスト:
- チキン南蛮
本日のBGM:
リンダリンダ /THE BLUE HEARTS
キャプテンレコードのシングルを借りて聴いたようなような記憶が。同じ時に有頂天の「心の旅」も借りたと思う。
ぴあ、エルマガジン(Meets)が近々ラーメン本(Meetsは『めんライフ』かな?)を出すらしい。
現在、広告を出す店を集めている模様。
■【お好み焼きの本(1)】の続き。
もちろん他にも「なるほど」と思うところはたくさんある。
私がガッカリしたのは「技術」という部分が期待はずれだったという点で、特にお好み焼店の経営コンサルタント的な部分については「なるほど」とか、「商売ではこう考えるのね」とか、「これがコンサル的手法ね」とか、いろいろ勉強になる部分があった。
というわけで、そういう部分も紹介しておこう。
|
生地とソースのバランスが大切です。食べた時に生地もおいしいし、ソースもおいしいと感じるバランスが売れるポイントになります。 ソースの味が突出して感じられたり、生地の味が強いのは売れ続ける味とは言えません。 |
| お好み焼も焼そばも、肉や魚介をたくさん使うほどおいしくなるものではありません。だし、ミックス粉、麺、ソースのバランスの良さが最終的なおいしさを決めます。それぞれがおいしくても、足しておいしくなるとは限りません。そのバランスの良さはいろいろ試して発見できます。味にお金をかけるとは、原価をかけることではなく、1つの味に決めるまでに何度も試作することでもあります。 |
なんてフレーズは「どの業界でも、きっと同じだよね」と思わせる。
バランスはとても重要ですよやっぱり。(^O^)
私のような素人が、家で自作するのに役に立てられそうな記述もある。
| 山芋の粉末が入ったお好み焼き粉は便利ですが、いろいろ試した結果、おろしたてのフレッシュの山芋を加えたほうが断然おいしくなります。手間ですが、この手間は売上を伸ばす手間です。 |
なるほど、やはりそうですか。「いろいろ試した結果」というのはやっぱり説得力があるよね。(^O^)
| 焼そばは麺を味わうメニューです。ソース味を味わうメニューではありません。ここがまず大切な点です。しっかり麺に火を通さないでソースを合わせると、麺の中にソースが入っていかず、食べたときにモコモコした感じがします。後味にもソースの味が強く残ってしまいます。実は家庭でフライパンで作られる焼きそばのほとんどが、この状態になります。大きな鉄板で焼く利点を十二分に活かして、麺をおいしく炒めましょう。 |
焼きそばに向き合う時の心構えとして、これを意識して作るかどうかでいくらかは味が変わりそうな気がする。技術もほしいけど、こういう意識の部分を提示してくれるのはいいと思った。
| 焼きそばの悪い作り方例 麺を広げないで炒めると麺のコシがなくなる。 麺や具材をコテで持ち上げては返すと、炒めている気分にはなりますが、炒まりません。麺が重なれば上に熱は十分に伝わりません。つまり、水分が飛ばない、こしのない麺が混ざってしまいます。 鉄板の温度が低いとソースが麺にのらない。 麺1本1本が加熱されてしまったところにソースが加わると、ソースが麺にからむと同時に麺の中に入っていきます。鉄板の温度が低かったり、ソースをかけるタイミンクが早いとソースが麺にのらず、鉄板の方に流れてしまい、ソースが焦げて鉄板に残ります。 鉄板の一か所で炒めると焦げつく。 麺を広げず、1か所で炒めると焦げやすくなります。焦げたところからは麺に熱が伝わりにくくなります。焦げた鉄板の上でいくら炒めても、こしのある麺にはならず、ソースものりません。 |
最後のやつなんかは特に、大きな鉄板で焼くことができるという、お店ならではのアドバンテージなんだろうな。
ためになったね~。\(^O^)/
いやマジで。
営業・経営という部分の記述で面白かったのは......。
| 広島風お好み焼 ボリュームの見直しが新しいカギ! 混ぜ焼の大阪風お好み焼は生地とキャベツの分量がほぼ半々であるのに対して、広島風お好み焼は生地の分量が少なく、生地の約4倍ものキャベツが入ります。しかも、麺(そばかうどん)も重ねます。ですから、ソースは甘くて個性的なものがよく合います。広島風お好み焼によく合うソースを大阪風お好み焼に使うと、個性を強く感じるでしょう。 大阪風お好み焼とソースを共有しにくいので、広島風お好み焼を売るなら専門店にするのがいいと思います。また、広島風お好み焼は麺が入るので満腹感が高まります。鉄板焼メニューを揃えて、酒も売れる店にすることがお好み焼店のこれからの繁盛要素なので、お好み焼だけで満腹にならないよう、分量を調節した広島風お好み焼にすることがこれからの課題です。 |
このあたりはやはり、単純に「うまくて腹一杯」みたいなのを目指す家庭料理とは立脚点がまったく違うということを改めて感じた。商売ってこういうものよね。
あと、ここまで明確に(「共有しにくい」とまでいわれるほど)大阪風お好み焼と広島風とのソースが区別されているなんて、思わなかった。
これはほんと、なるほどなあというところ。
前段と「ですから、ソースは甘くて個性的なものがよく合います」をつなぐ論理がイマイチよくわからないものの(^^;、言われてみれば確かに関西の地ソース界では甘いソースは少数派で(もちろんあるが)、むしろ甘味よりも酸味が勝っているものが多い。今さらかもしれないが、これは目からウロコだった。
また、店舗を作る上でのこの↓アドバイスも、「そうだよね、やっぱり」と共感した。
| 「ちょっとお洒落」は禁物。
お好み焼が売れる店づくりの徹底を。
たとえ着物で接客したとしても、お好み焼店ではマイナスが大きい 見栄で仕入れる酒は置かない。お好み焼店の平均レベルを守ろう! |
| 赤い地に大きく「お好み焼」と書かれた提灯は似合います。遠くからでも発見してもらえます。赤い色が値段の安い店であることも伝えます。それを、他の色の提灯でもいいだろうと簡単に変える人がいます。乳白色の和紙風のものを選び、そこに書く「お好み焼」の文字も小さく、店名も小さく書きます。するとどうなるでしょう。昼は気がつかなくても、夜になって明かりを灯すと、和紙の提灯では遠くから見てお好み焼店には見えません。店名が小さいと値段が高い店に錯覚されます。 |
結局、商売で大事なのは安定した基盤を築くことであり、そのためには「基本が大事」と「背伸びをしない」ということなんだと思う。
この業界(お好み焼・たこ焼業界)は、(例えばラーメンなんかに比べても)「他と同じ」「いかにものお好み焼店」という店舗がちゃんと売上につながる業界なんだろう。確かに町にあるおばちゃんのたこ焼き屋さんは、少なくとも店舗形態上はどこもさほど変わらないし、客もそんなところで店を選んでないと思う。つまり客もお好み焼屋に関してはかなり保守的な価値観を持っていると。
とすればこの業界での「逸脱」は、よほど慎重にやらなくてはいけないのだろうな。
......ということを言ってるんだろうね、著者は。これはよくわかった。
#しかし「地方都市に多い」というのを何回も言うのは、著者はよっぽど「そりゃイナカモンがやることだ」って言いたいんだねえきっと。(^O^)
あとなるほどと思ったのは、店舗設備について。
著者は店舗設備の中で、クーラーと看板(テント)だけはケチってはいけないという。この2つ、特に店舗におけるクーラーの重要性を強調している。
| クーラーは現代のお好み焼き店にとって大切な設備です。資金が足りないからと、馬力の小さな方を選んで開業しては負けが見えています。 |
といい、新築店舗でクーラーをケチるくらいなら居抜きで強いクーラーをつける方がよっぽどいいとする。そして資金がないからクーラーを小さめにするくらいなら開業を延ばす方が得策だとまで。
これもなるほどだなあ、と。
持ち帰りはこの場合関係ないとして、店舗内で汗だくで食べるのは、まあそれはそれで情緒はあるけれどもやっぱり現代では考えづらいわねえ。というか、クーラーのある店に行くか、ない店に行くかというのは、味によっぽど圧倒的な差がない限り、勝負は見えるもんねえ。
なお著者はここで、クーラー設置の費用がない場合の段階的開業策を紹介している。言われてみればなるほどということだが、それはここでは書かないでおこう。知りたい人は本を買ってあげてね。(^O^)
突然食いたくなったものリスト:
- C.C.Lemon ZERO
本日のBGM:
All The Day /FLOWER TRAVELLIN'BAND
ライブ行ったよよかったよ~~~~~! これは1曲目でやった。
先日、「Show Me The Way(大幅加筆)」というエントリでご紹介した『開業法・味づくり・経営のラーメンQ&Aブック―有名店主が答える』(旭屋出版MOOK)という本に引き続いて......というわけではないのだけれど、図書館で見かけたので今度は『お好み焼 たこ焼 いか焼 鉄板焼 最新技術教本』(森久保成正著 2001年)を借りてきた。

『ラーメンQ&Aブック』と同じく旭屋出版MOOK。
どうやら現在は絶版になっている模様だが、同社から現在も発売されている『お好み焼・たこ焼・いか焼・鉄板焼の教科書―売れる調理技術と成功する開店法
題名どおり、「お好み焼 たこ焼 いか焼 鉄板焼」屋さんの技術教本。本の8割ほどを使ってそれぞれのメニューの作り方を写真入りで紹介し、後半2割で「成功開業法」「繁盛営業法」を披露する。
著者はお好み焼きチェーン「千房」の専務取締役を経て独立。現在は飲食店の経営コンサルタントをしているそうだ。
楽しそうに見えたんだよ。
しかし残念ながら個人的にはガッカリ感の強い本だった。もちろん細かいところでは役に立ったことも多々あったけどね。
これは、私がこの本の想定読者(お好み焼屋、たこ焼屋の開店予定者)ではないからかもしれない......と思ったりもするが、正直に言えば、もし私が想定読者ならむしろもっとガッカリしたんじゃないかと思う。
この本に感じるいやらしさは、書名に「技術教本」(あるいは「教科書」)を謳っておきながら、一般的に知られている程度の作り方をなぞるだけで技術の詳細な説明があまりないことと、この本そのものが著者の本業(経営コンサルタント)の販促本という位置付けに過ぎないことだ。
人それぞれ、こういう本に求めるものは違うだろうから一概には言えないけれど、書名どおりの中身を期待すれば、私のように見事に外される人もいると思う。
Amazonの、
| バザーのだしもの の時の参考になる程度。 でもそんなことのために わざわざ本を買うこともない(笑) |
というレビューは、まあ悪意も入ってる(^O^)にしても、気持ちはわかる気がする。
本書の「序章」にあたる文章の中に、
| 豚玉、いか玉はお好み焼の基本です。必ず注文される商品です。この基本商品で、その店のおいしさのレベルが伝わります。そして、この基本商品の実力によってお客の足を店に何度も運ばせるかどうかの勝負が決まると言っても過言ではないでしょう。新商品の開発より、基本商品を見直して強くする時代になっています。 |
という文章がある。確かにそうだと思う。(下線は私による。これ以降もそう)
だから、基本商品の作り方をみっちり教えてくれるのだろう、と想像するのだけども......
ごめん、これ↓じゃあ、私、わからんかった。prz
|
キャベツと生地の混ぜ方 キャベツを千切りにし、生地も柔らかく改良しました。ですから、混ぜ方もこれに合わせた混ぜ方をしなくてはなりません。従来通りの混ぜ方ではぺったんこになります。十分な練習が必要な技です。 ![]()
![]() ![]() スプーンの裏で押していく混ぜ方。 キャベツを下から上に回転させます。キャベツに付いたゆるい生地がキャベツの隙間をしたたり落ちるのを利用して混ぜるのです。キャベツの千切りの間の空間は残しつつ、1本1本に生地でコーティングするようにイメージして混ぜましょう。 ![]() 下からすくい上げて混ぜてはダメ。 終始一貫押して混ぜる。 ![]() こぼれるのは気にしない。 |
ここで紹介されているメニューは著者が試行錯誤して完成したもので、一般的な作り方とは少し違う独自のアレンジを施しているものも少なくない。例えばお好み焼きではキャベツをみじん切りが一般的なところを千切りにしてみたり、生地に牛乳を入れてみたり。だから作り方もそのアレンジ具合に合わせねばならず、少しツブシの気かなさを感じる。
そしてもしこのやり方をするなら、このやり方は他の本にも載ってないし、(この人のレシピでやるとしたら)ちゃんとマスターしなくちゃいけないのだろう。というか、これをマスターすることが技術習得のかなり大きなキモになるはずなのけど......。
写真もあるし文章もあるのに、私にゃさっぱりわからんのです。どうやって混ぜるのか。「スプーンの裏で押して回転、押して回転」???
この↑図解で、みなさんはわかるのだろうか?
いや、その可能性は大いにあると思うんだ。私がどうも飲み込めていないだけで。
正直、昔、「大笑い」というエントリで紹介した、「モスバーガーのきれいな食い方教えれ」を思い出したよ。
まあほんとにこれは、私がわからんだけかも。
だからあまり強くは主張すまい。(^O^)
誰か「なに言ってんだ、こういうことだよ」という人がいたら、是非教えてほしい。いやほんと。お願い。m(_ _)m
あるいはお好み焼きのひっくり返し方。
特に広島風お好み焼きのひっくり返し方は難しく、それなりの技術が必要なわけで、その「技術」を教えてほしいと思う人は多いと思うのだけども、この部分は、
| コテ2本を使って返します。 |
の1文でさらりと終わり。
そ、それは「技術教本」の記述としては淡白すぎないかッ。(^O^)
もうちょっと詳しい説明がいただけないものか。
で、話は変わる。
こういう本の場合、地ソースマニア(^O^)な私としてはもちろんソースについての説明に期待してしまうわけだ。
お好み焼やたこ焼きという食べ物の「味」の中で、ソースが占める割合が非常に大きい(あるいは少なくとも「無視できないくらいの比重がある」)ことは、何も私のような地ソース偏愛者でなくとも誰もが認めるところだろう。
それにお好み焼とたこ焼を併売するような店ではそれぞれに合わせたソースが必要で、まさか同じソースを塗るわけにもいかない(たこ焼はお好み焼ほどソースに粘度が必要ないし、甘い)から、店でどうアレンジすればいいのか、あるいは別々に専用のものを購入した方がいいのかなど、読者が知りたいことはたくさんあるはずだ。
しかしなぜか、この本はソースについてほとんど触れない。
本題の「作り方」の中では、生地の作り方、キャベツの切り方、両者の混ぜ方、そして焼き方(や間違った作り方)......と解説してくれるのだが、ソースについてだけ、まともな作り方(あるいはブレンドの仕方)についての言及がない。
いぶかしみながら読み進めると、後半の「成功開業法」の最後のページにちょろりとこんな記述があるのに気がつく。
|
お好み焼店・たこ焼店は、これまで見てきたようにローコストで開業できます。しかし、お金をかけなくてはならないところはあります。それは「味」の部分です。一番大切なことですが、あえて最後に解説します。 これからのお好み焼店・たこ焼店は新しい考え方で商売をしないと勝ち残れません。そのことをよく理解してもらった上で、新しい時代の「売れる味」のことを理解してもらいたいと思います。 セルフサービスの店でも、おいしくないと繁盛はできない時代です。小麦粉に材料を混ぜて焼く単純なお好み焼でも、差別化のためにソースはこだわりたいものです。26ページで解説しているように、94度Cのお好み焼の焼きたてに塗ってちょうどよくなる仕上がりのソースがベストです。既成のソースにトマトピューレやブイヨンを足して炊いて、少し蒸発しておいしくなるソースづくりをするのが店の味を作ることになります。その手間を省くために、そういう仕上げをしたソースを購入します。 |
ええええええッ???
普通、ここで、「店の味を作る」ために「既成のソースにトマトピューレやブイヨンを足して炊いて、少し蒸発しておいしくなるソースづくりをする」やり方を具体的に解説するんじゃないの? いいの??? いや、少なくともその「手間」をちゃんと紹介した上で、「そのコスト的な問題を加味した上で『そういう仕上げをしたソースを購入』することをお勧めする」というのならわかるのよ。筋として。それを、「店の味を作る」「こだわりたい」とまで言っているこの作業を、「手間を省くために、......購入します」とあっさり片付けられたんじゃあ、読んでる方としては納得いかないよ。
なんだそりゃ?
しかしこの謎は、ちゃんと読んでれば解決する。
お好み焼の作り方を紹介するところで、「ソース・マヨネーズの塗り方」というセクションがある。これはもちろんソースの作り方ではなく、文字通り「塗り方」を解説している。といってもソースについては書いてることは1つだけで、「お好み焼は側面から食べ始めるのだから、ソースは側面にも塗れ」ということなんだけど。
そしてそのページには、「売れるお好み焼ソースとは」という囲み記事がある(↑の記事で「26ページで解説しているように、94度Cのお好み焼の......」とあるのはこの文章のこと)。このあたりで「ソースの作り方」への言及が欲しいところだが、ここに書かれているのは、
焼きたてのお好み焼きの表面は90度C以上あります。そこにソースを塗れば蒸発もします。この蒸発や加熱を考えた、焼きたてのお好み焼に塗っておいしくなる仕上がりのお好み焼ソースが最適です。私はこの発想でオリジナルのお好み焼ソースを開発しました。 |
この写真は著者の経営する会社のラベルが貼られたお好み焼ソースだ。
ああ、なるほどね。
ウチのを買えと。 i||!_| ̄|○i||!
ほほぅ。
なんかもう、ガッカリですよ。
それでいろんなメニューの「作り方」を読み返すと、ああなるほど。

豚玉の材料
「お好み焼ソース」「お好み焼ホワイトソース」は、この人の会社の製品だ(「お好み焼ホワイトソース」とは、この会社のマヨネーズの商品名)。
なぁんだ。
売れるお好み焼ソースとは、ウチのだと。
といっても別にこのソースの作り方が紹介されてるわけでもない。この人の会社から買わないといけない。
著者の経営する会社のサイトを見ると、「39年の味!! こだわりのソースと粉!」とある。やっぱりそういうことなのね。(^^; コンサル料と、その後の資材納入あたりで稼ぐビジネスモデルなのかな。
つまらん。(商売が、ではなく読者としてね)
#粉についても自分の開発したミックス粉を紹介しているが、こちらについては、
「お好み焼きミックス粉を使わない場合は、薄力粉にべーキングパウダー(薄力粉1kgに対して40g)、塩(薄力粉1kgに対して25~30g)、旨味調味料。薄力粉(1kgに対して40g)を混ぜて作ります。みりんを好みで80~100cc入れてもいいでしょう。ただ、粉の配合から作業をしなくてはならないとすると、急に生地が足りなくなったときも、1kg以下で少しだけ生地を作り足したいときも、かなり面倒なことになります。ミックス粉を使うのは作業効率を高める上でも役に立ちます。いま、人気を呼ぶお好み焼きミックス粉のポイントは「あっさり味」です」
としたうえで紹介しているので、一応「自作」の余地を残している。やっぱりこちらの方がありがたいよね。
他にこの本でソースについて言及されているのは、焼きそばの作り方を解説しているところ。
これは「なるほど」と思った。
|
焼そばは、とんかつソースとウスターソースを合わせて使います。このとき、ウスターソースの使い方が重要なポイントです。 ウスターソースには、ツンとくる辛味があります。その辛味が残っていると、一口食べてむせかえることがあります。そこで、ウスターソースは鉄板に落として、ジューッと加熱して辛味を飛ばして麺とからめます。とんかつソースを麺の中央にのせ、その周りにウスターソースをかけて、麺の間を通して鉄板に落とします。とんかつソースの上にウスターソースをたらしても下には落ちません。そういう意味で、焼そばソースに私はあまり賛成しません。とんかつソースとウスターソースがブレンドしてあって便利なようですが、ウスターソースの辛味の部分が残ってしまうからです。 |
勉強になる。
次回にもずく。
突然食いたくなったものリスト:
- ネーブルオレンジ
本日のBGM:
夏は過ぎて /チャゲ&飛鳥
いろんなところで貼られているレス・ポール氏出演のCM。
彼が死ぬまで、彼が生きていることも知らなかった。ごめん。m(_ _)m。
つまり、「レス・ポール」が人の名前であることすら知らなかったのです。
ごめんごめんごめん。m(_ _)m
きっと私は、あなたにたくさん助けられてます。
そして海老沢泰久氏。

『美味礼讃

『F1地上の夢
『美味礼讃
私が昔、たまたま辻静雄氏が書いた『ソースの本』(婦人画報社・絶版)を読んでいたく感動したという話は何度か書いてきた。その彼の若かりし時を生き生きと描いたこの本は、とても面白かった。
『F1地上の夢』はホンダのF-1挑戦のドキュメンタリ的小説。
これもまた、心躍る作品だった。
上記2冊からの「名言」で、氏への追悼としたい。
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☆ 心の傷を治すには、その原因となったことがらを忘れてしまうのが一番の早道だ。
── 海老沢泰久『美味礼讃』より。
☆ 「お世話になりました。食事代と宿泊代を精算してください」 ── 海老沢泰久『美味礼讃』より。
☆ その気があるなら、いまから古い文献を買っておくことだね。いまならまだ、本当にそれを読もうという人が買える。しかし、もし買うだけで読まない連中が集め出したら、手もつけられなくなる。 ── 海老沢泰久『美味礼讃』より。
☆ 食べる客がいなければ、コックは料理を作れないのである。 ── 海老沢泰久『美味礼讃』より。
☆ エンジンというのは、そもそも馬力を出すための機械なわけですよ。ところが大気汚染問題が出てからは、馬力はあまり出しちゃいけねえということになっちゃった。馬力を出すということはガソリンをたくさん燃やすということですから、時代に逆行するわけですね。それで、それまではリッターあたり100馬力以下じゃエンジンじゃねえなんていってたのが、リッター50馬力じゃちょっと出しすぎだなんてことになりはじめた。CVCCエンジンはその代表でね、最初のやつなんか2リッターで50馬力しか出さなかった。そんなのエンジンじゃないですよ。 ── 川本信彦。海老沢泰久『F1地上の夢』より。
☆ みんなも感じていると思うが、今年はホンダがワールド・チャンピオンになれる最大のチャンスだと思っている。われわれはいま、そういうところへきつつある。チャンピオンになるのは、おれたちばかりじゃなく、本田宗一郎顧問をはじめ、ホンダの人間全員の夢だ。きみたちは、それが実現できそうなときに、選ばれていまここにいる。昔やった人も、途中でやめていった人も、本当は全員いまここにいたい気持だと思う。しかし、いまここにいられる幸運を持っているのはきみたちだけだ。そのことを肝に銘じて、今年は仕事以上の使命感をもってレースに臨んでもらいたい。 ── 桜井淑敏。海老沢泰久『F1地上の夢』より。
☆ 電見た。ホンダはホンダ自身の道を進む。 ── 中村良夫。海老沢泰久『F1地上の夢』より。F1初参戦直前に契約を破棄してきたロータスのコーリン・チャプマンへの返電。
☆ どんなに速く走れる車でも、時間までにスタートラインにつけなければ走れないのである。 ── 海老沢泰久『F1地上の夢』より。
☆ 吾が本田技研の使命は日本産業の啓蒙にある。 ── 本田宗一郎。海老沢泰久『F1地上の夢』より。1954.03.20.従業員に対し行なった〈宣言〉。T.T.(ツーリング・トロフィー)レースへの参戦を宣言した。
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突然食いたくなったものリスト:
- C.C.Lemon ZERO
本日のBGM:
ズムシティにおける演説 /ギレン・ザビ
積ん読を整理(というか、単なる場所移動)していたら、こんな本が出てきた。

『憲法 (FOR BEGINNERS 15)
昔、憲法についていろいろ調べた時に資料として大量に仕入れた本の1冊だが、ほとんど読まなかったような。(^^;
だから全くどんな本だったのか記憶がない。
憲法の解説書なのだけども。
このシリーズは大昔からあったと思う。学生時代、本屋でよく見かけた。実際、この『憲法 (FOR BEGINNERS 15)』は1983年に初版発行されている(持ってるのは97年の第11刷)。
で、ぱらぱらと見ていたら......。
内容が左翼的であることは、まあ別に構わないんだ。1982年といえば左翼的であることそのものがさほどヘンではなかった。学生運動世代もまだまだ現役......というか、働き盛りだったし冷戦構造は現実感を持っていた。世論全体が、比較的左翼的だったように思う。
だから前書きに
|
近代憲法において、抵抗権、反乱権、革命権が明記され、それらの権利は同時に不可欠な義務であったことを憶いおこす時なのだと思う。 憲法の空洞化を批判することをバネにして、国権を制限し、果ては国家を廃絶し人民の直接民主主義に基づく自治連合の構想を、そのみちすじからもう一度復興させることこそ肝要なことではなかろうか。 憲法を学ぶということはその意味ではすぐれた実践的課題であるといえよう。 |
なんてことが書かれていても、(まあさすがに当時の世論とはかけ離れてはいるが)さほど驚きはしないし、何かというと「極左が~」と言い立てて浮き足立っちゃうナウなヤングでもない。(^O^)
まあ確かに言われてみれば、イラストの大半が左翼系にありがちなクォリティ軽視の独特のノリであったように思う。そう見てみればずっと気づいてなかったことが不思議なくらいだ。それにあの時代、憲法の話題を持ち出すのはほぼ確実に左翼だったのだから。
だからこの本の根底がコミュニズムあるいはアナーキズムに彩られていたとしても、そんなことは驚くにあたらない。
......にしても、だ。
あとがきのこの↓には、いささかのけぞらずにはいられなかった。
なんだこりゃ? (^^;
|
...... 従前の多国籍企業はいつでも戻れる本国を持っており、そこを拠点として、外国に出、撤退するべき時は戻るべき本国があり、また本国に戻ってきた。しかし、今先進的企業は、戻るべき本国という考えを捨てようとしている。国家を見捨てたコスモポリタンと化しているのである。企業の一億ユダヤ人化が始まったということである。ユダヤ人のチャンピオンユダヤ王ロスチャイルド家のスタイルの世界化ということでもある。その結果、やがてユダヤ王ロスチャイルドが世界の王として顕現することになるかもしれない。ロスチャイルドは、紛争を武力で解決することを必ずしも望んでいるとは思えない。そのような時代の潮流があるのに、アメリカの言いなりになって自衛隊を強化し、海外派遣を強行しようとする動きをしようとするのは、時代を見すえていない動きであると言えよう。 3.近代憲法の理念は、自由・平等・博愛によってあらわされている。この理念は、秘密結社フリーメーソンの理念でもある。フランス革命を推進した革命家たち、アメリカの独立戦争を担ったジョージ・ワシントンやジェファソンなど多くの戦士たちは共にフリーメーソンの一員であった。イギリスでは今でもエスタブリッシュメントに成るためにはフリーメーソンに入会しなければならず、イギリスフリーメーソンのトップはエリザベス女王のいとこのケント公である。 近代という時代はフリーメーソンにいろどられた画像である。 フリーメーソンは、ユダヤ神秘主義カバラを宗教的背景に持っているが、キリスト教社会と和解できなかったユダヤ人によって非ユダヤ人を組み込み形成されてきた。 共産主義者マルクスはユダヤ人であるが、最初に共産主義の旗の下に革命を成功させたロシア革命の軌序であるトロツキー、レーニンなど多くの革命家もユダヤ系であった。社会主義を含め、近代という時代は、フリーメーソンとユダヤ人によってモザイク模様が描かれてきたのである。 日本国憲法を作りあげたマッカーサー、そして当時の日本の幣原首相は共にフリーメンソン(ママ)のメンバーである。少なくともマッカーサーはフリーメーソンの表向きの最高位である33階位のクラスにいた人物である。 日本国家もフリーメーソンの影響下にあったのかと驚く前に、私たちが超出しようとしている近代という時代が、ユダヤ人とフリーメーソンによって刻印されている事実を再認識し、その上で私たちは、彼らが作りあげた理念を超えうることができるであろうかと問いを発しなければいけないのではなかろうか。 21世紀は、グローバル経済を軸としたボーダレスなワンワールドの世界である。日本国憲法は、それに見合うようになっていることにも驚く。その意味で日本は世界の中でどの国よりも先見性を持ったレベルに達した憲法を持った国であると言えるのである。これを超えたさらに優れた内容の憲法を作ることこそ私たちに課せられた課題である。 グローバル経済、ワンワールドの世界に移行しつつある過渡期の混沌の時代状況は、多くの民族問題を噴出させている。地球環境問題はレトロな少数民族を大きく登場させ復古的な力を生み出している。こうした土着に根づいた自治的な共同体の運動は、フリーメーソンの理念に対する対抗軸になるかのようにも見える。そして、レトロ的な伝統的運動と情報とテクノロジーに依拠した未来派運動が調和しながらフリーメーソンの理念をのり超えうるかどうかが憲法論議の帰趨となって行くのではなかろうか。 平和な社会で愛と歓喜に満ちた幸福な生活ができるようにさらにさらに憲法論議を行ない日本国憲法のレベルを超えるより優れた内容の憲法を作りあげて行くべきである。 |
ま、太田龍みたいな人もいるわけで、左翼から陰謀論、そしてトンデモへという道筋もさほど珍しいことでもないのだろうけども、それにしてもどうしてわざわざこんなあとがきを加える必要があったのか、さっぱりわからない。
#本文にはこういう世界観は出て来ないのよ。実際、このあとがきは重版後のもので、日付は1992年となっている。
初版発行(1982年)からこの「あとがき」に至る10年間に著者の世界観にどれだけの変化があったのか......。
私にとっては「国家を廃絶し人民の直接民主主義に基づく自治連合の構想」よりもこっちの方が、よっぽどビックリですわ。
突然食いたくなったものリスト:
- きつねどん兵衛
本日のBGM:
迷宮のReplicant /チャゲ&飛鳥
『Energy』収録のスタジオ盤がよかったんだけども、YouTubeには飛鳥単体のライブしかなかった。もうちょっとさらりに歌えばいいのに。(^O^) しかしチャゲがいないとこんなに寂しいもんか。
一度紹介してみたかったのだ。

『ゼリーぷるるん論』
説明はこちら⇒http://www.mc-books.org/kobetu.php?id=144
このステキな名前の文庫本は、ハウス食品が企画・制作、発行までやった「ハウスポケットライブラリーシリーズ」の第5巻。ちなみに他は第1巻『グラタンの食卓譜』、第2巻『唐辛子遍路』、第3巻『ハンバーグラプソディー』、第4巻『わさび賛歌』、第6巻『水の美味帖』となっている。
この巻では「ぷるるん」関連(^O^)の食べ物について、ひたすら紹介している。
具体的にどんなものかと言えば、すぐに想像がつくゼリーから、ようかん、ババロア、ムース、ところてん、マシュマロ......といった甘いものにとどまらず、煮こごりや葛煮、コンソメ・ジュレなどおかず系のものまで網羅している。とにかく「ぷるるん」な食べ物であれば扱うのだと。(^O^)
そして「ぷるるん」を構成するもの(寒天・ゼラチン・カラギーナン・葛......)とその物理的性質など紹介したり、その産地や加工方法なども紹介もする。
また、世界の「ぷるるん」料理を作り方を交えて紹介している。国内で食べられるおいしい「ぷるるん」料理・お菓子の店もたくさん。ただ、紹介されている店は東京と京都だけなのが残念だけども。
そして「ぷるるん」料理の様々なテクニック、ゼリー雑学事典へと進む。
一応、ハウスのゼリーなど製品の宣伝ページもあるが、一番最後の見開きに遠慮がちに掲載されているのみ。
凄い充実具合なのだ。
中でも素晴らしいのが、すべての写真がカラーだということ。そしてさすが食品会社の企画・制作だけあって、そのカラー写真がことごとく美しい。
食品専門のカメラマンがお金をかけて撮ったんだろう。それぞれ「食いてぇーーー!」と思わせる迫力を持っている。(写真は上記リンク先にも紹介されてるので見てみて)
こりゃほんと、たまらんですよ。
でも、これ絶版なんだよね。(^^;
古本屋で見かけたら、躊躇うことなくゲットだ!

何をどうゲットするのか。
突然食いたくなったものリスト:
- ネーブルオレンジ
本日のBGM:
Little Look Back /AXXIS






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