科学/ニセ科学の最近のブログ記事

 「玄海原発周辺で白血病が増加 全国平均の6倍」というデータを掲載したサイトがあった。
 ちゃんとデータも掲げられており、その数字を見ると確かにそんな数字が出てい。

 素のデータそのものを(とりあえずは)疑ってはいないけど、それでもこの数字はあまりに大きいんじゃないの……??

 どうなのかと思ってtwitterでつぶやいたら、いろいろ教えていただいた。
 とても勉強になったのでトゥギャってみた。

 九州全体が全国に比べて白血病が多いというのは知らなかったなぁ。

 そして最近もう1つ、統計の話で興味深かったエントリも御紹介しておく。

原発事故以降アメリカ北西部で乳幼児の死亡数が35%上昇しているって、ホント?

 さて、ホントでございましょうか。読んでみてね。

突然食いたくなったものリスト:

  • 巻き寿司

本日のBGM:
たなばたさま

このメロディ、結構好きなんだよねえ。





『911公開討論会』@大阪阿倍野
『911公開討論会』@大阪阿倍野(その2)
『911公開討論会』@大阪阿倍野(その3)
『911公開討論会』@大阪阿倍野(その4)

 というわけで動画の公開について許可をいただいたので公開する。

 先日公開した菊池誠さんの報告が04/11、05/11、06/11と通し番号を入れていたことに気づかれた人もいると思うけども、全部で11に分割した動画がある。(うち3つは公開済み)
 これを前編、一気に公開。

 なお、当日Ustreamで中継された映像は通信環境が悪く途中で途切れたりしたらしいが、そちらはそちらで本日(2011/03/26)アップされるとアナウンスされている(「911事件を検証する公開討論会トレーラー」)ので、そちらも見ていただきたい。

 私はUstream中継があるのを知っていたので、特にパネルディスカッションの時はあえてしゃべってない人にカメラを向けたりしている。たいていの場合わざとなのでイラつかないでね。(^O^)

 当日のプログラムは以下の通り。

■報告:911事件の背景について 西谷文和さん(15分)
◆西牟田祐二さん・きくちゆみさんの報告(40分)
★菊池誠さんの報告(40分)
▲パネルディスカッション
・報告を受けての両者のコメント
・質疑(参加者の質問もからめて)
・まとめの発言

報告:911事件の背景について 西谷文和さん(15分)

 まず西谷文和さんの報告「911事件の背景について」。


西牟田祐二さん・きくちゆみさんの報告(40分)

 続いて西牟田祐二さんの報告。当初きくちゆみさんとの共同報告の予定だったが、きくちゆみさんが遅れたために西牟田祐二さん1人での報告となった。

 ここで流したビデオの音声がうまく会場には出ていなくて(Ustreamの方はライン取りしていたのか、きれいに出ていたみたい)、しばらくごにょごにょといじっていた。その間少しだけ録画を止めたので(復旧したら初めからやり直すと思ったので)その分少なくなっている。公式ビデオではちゃんと撮れているはずなので公開されたらそちらを参照していただくか、英語版であれば「『911公開討論会』@大阪阿倍野(その2)」でも紹介しているので参照していただきたい。


菊池誠さんの報告(40分)

 次が菊池誠さんによる報告。すでに「『911公開討論会』@大阪阿倍野」で公開しているけど、ここにも入れておく。

 このあと休憩をはさみ、次にパネルディスカッションに移る。


パネルディスカッション

 きくちゆみさんはここには間に合った。


 

 何度も言うけども、本日(2011/03/26)公式?の動画がアップされる予定なので、そちらも見ていただきたい。

 公開討論会公式サイトによる予告編↓。

 なんかカッコいいぞ!(^O^)

※なお、この「予告編」の中の菊池誠さんの名前が、最初は「菊地真」になっていて、次に「菊誠」と訂正された。惜しい。(^^; これもCIAによる嫌がらせによるものであろうと一部では評判に。(^O^)

 ここで本編がアップされれば当ブログでも紹介したいと思う。

突然食いたくなったものリスト:

  • シュークリーム(バターなしカスタードのみ)

本日のBGM:
ポップス・メドレー /近田春夫&ハルヲフォン

このアレンジとかもいいなあ。





 ニコニコ動画にこんな動画が上がっている。

 「1023チャレンジイベントにあわせて東部時間2011/02/05 10:23に、ジェームズ・ランディがホメオパシーへの挑戦状をアップしました。ということで、老人ぽい字幕をつけてみました。」

 ということで、上がりたてのホヤホヤ。(^O^)

 「1023チャレンジイベント」というのは300以上もの団体が参加した史上最大規模の反ホメオパシーイベントだそうだ。(⇒The 10:23 Challenge 2011

 で、これに併せてジェームズ・ランディが「100万ドルチャレンジ」の挑戦状ををホメオパシーにも叩きつけたと。

 なるほどー。

 ホメオパシー批判が世界的なムーブメントになってきたということだろうか。
 おそらく欧米では日本よりも根深い問題なんだろうな。

 この動画を紹介するだけというのもアレなので……。
 この動画ではランディがホメオパシーのレメディを売っている業者に100万ドルチャレンジの挑戦状を叩きつけているだけではなく、レメディを売る小売店にも要望を出している。自店で売るホメオパシーのレメディについて、それがどういうものかを客に知らせるようにと。
 で、そのシーンで出てくる警告ステッカーを作ってみた。ついでに日本語バージョンも。

 心ある? 薬屋さんやサブリ屋さんは活用して下さい。是非是非。


英語版

日本語

 pdfファイルも。(^O^)

・英語版(English)
 small(A4に96枚)middle(A4に24枚)big(A4に2枚)

・日本版(Japanese)
 small(A4に96枚)middle(A4に24枚)big(A4に2枚)

 日本語版は「効きません」の方がよかったかな。

突然食いたくなったものリスト:

  • 熱々の白飯&なめたけ

本日のBGM:
ピンクと呪文 /THE☆THREE SOUL PIGREES

現在NHKの『みんなのうた』で放送されている。歌ってるTHE☆THREE SOUL PIGREESというのは岩崎宏美・八神純子・花田千草のユニットだそうだ。花田千草は正直知らないのだけども(松千というユニットのVo.だそうだ)、岩崎宏美・八神純子ってアンタ、えらい豪華ねえ。





 こんなブログエントリを見つけた。

味の素の原料は石油からサトウキビに変わったけれど... - 食品添加物の危険性.com
http://tenka99.com/kiken/cat15/cat16/2_1.html

 書いてる人はその筋(^O^)ではそれなりに有名な人らしい。どういう評価かは別として。(^^;

 このエントリでウチからの画像が流用されてる。

 流用そのものは別に構わない。私もやるので。
 ただ、そこに書かれている話があんまりなので、それだけは指摘しておく。

 こういうことを書いているサイトは山ほどあって、ことさらにここを採り上げる理由はないんだけど、これは私のところの画像を使ったという「縁」みたいなもんでね。まあ使用料みたいなものとしてまな板に上ってもらおうと。

 
グルタミン酸ナトリウム(味の素の原料)は石油からサトウキビに変わったけれど、昆布でお出汁をとったようなあのコクのある味が出ることはありません。

グルタミン酸ナトリウム(MSG)は、

・だしの素、漬物、インスタントラーメン
・かまぼこ、ソーセージ、ポテトチップス、
・せんべい

などほとんどの加工食品・調味料に非常に広く使用されています。

 いきなり文脈として意味がわからんねえ。「グルタミン酸ナトリウム(味の素の原料)は石油からサトウキビに変わったけれど、昆布でお出汁をとったようなあのコクのある味が出ることはありません」ってなあ。サトウキビに変わったらコクが出るはずだとか思ってたってことかな。

 MSGでは昆布のダシは再現できないというのは「化学調味料関係のとりあえずのメモ(その1)」で書いたとおりだけども、再現できないのが「コク」なのか「風味」なのかそれ以外なのか、ちゃんと考えてるのかな。「同じ味にならない」というだけの意味で使っているなら、わかりきった当たり前のことをことさら言い募ってるだけってことになるが。

昆布や鰹節、しいたけに含まれる「うまみ成分」はMSGですが、

しかし天然のものとはいえ、グルタミン酸ナトリウム(MSG)を大量に摂取すると身体に異変が起こり、顔がしびれたりひどいときは呼吸困難になったり……

 おいおいおいおい。
 後段は後回しとして、いきなりひどいぞ。

昆布や鰹節、しいたけに含まれる「うまみ成分」はMSGですが、

 なんだこれ?

 これらに含まれるうま味成分はそれぞれ違う。

 昆布のうま味はグルタミン酸。
 シイタケのうま味はグアニル酸。
 鰹節はイノシン酸。
 これを一緒くたに「MSG」とは絶対に言えない。「MSG」はグルタミン酸ナトリウムのことだからね。

 うま味には大きく2系統があることがわかっている。アミノ酸系と核酸系。
 グルタミン酸はアミノ酸系、グアニル酸とイノシン酸は核酸系のうま味成分だ。どうやら筆者はこの2つの区別すら知らないらしい。

 昆布、シイタケ、鰹節のうま味成分はうま味について調べれば最初期に出てくる話で、こんな基礎的な知識もなくえらそうに語っているのかと思うとびっくりする。

※グアニル酸の呈味はイノシン酸と同質で、味の強さが異なるだけ。
※※アミノ酸系のうま味と核酸系のうま味は単独でもうま味が出るけれど、両者を合わせることで格段にうま味を増すことができる(「うま味の相乗効果」)。だから昆布だしと鰹節を足すことはうま味を引き出すのに非常に効果がある。市販の化学調味料=うま味調味料もほとんどはMSGなどの単独ではなくアミノ酸系と核酸系を混合した形で売られている。例えば「味の素」はアミノ酸系:核酸系が97.5:2.5で混合されているし、同じ味の素KKの「ハイミー」や武田薬品⇒キリン協和フーズの「いの一番」は92:8という混合率になっている。

 また「昆布……に含まれる「うまみ成分」はMSG」という部分も、実はおかしい。
 昆布に含まれるうま味はグルタミン酸ではあるが、グルタミン酸ナトリウム(MSG)ではない。

 グルタミン酸ナトリウム(MSG)はグルタミン酸を結晶として引っ張り出すための形であって、昆布だしを昆布だしとして味わうだけで分離しないのならば別にナトリウムにくっつける必要なんかない。(ちなみにこれまで昆布がMSG生産の材料になったことはない)
 だから「昆布のうまみ成分」はグルタミン酸だというのは正しいが、グルタミン酸ナトリウム(MSG)だというのは間違い。

 たったこれだけの短い文章の中に、これだけたくさんの事実誤認がある。
 特にアミノ酸系と核酸系もゴチャマゼにしてしかもうま味を全部「MSG」だと言っちゃうところには、あまりの知識不足とそれを平気で垂れ流せる傲慢さと思い込みの激しさが見て取れる。多分「MSG」って何なのか全く知らず(あるいは知らないふりをして)に書いてるね。

 で、続き。

昆布や鰹節、しいたけに含まれる「うまみ成分」はMSGですが、

しかし天然のものとはいえ、グルタミン酸ナトリウム(MSG)を大量に摂取すると身体に異変が起こり、顔がしびれたりひどいときは呼吸困難になったりします。

1,960年代に中華料理を食べた少数のアメリカ人が食後に炎症を覚え、

・眠気、顔面の紅潮、掻痒感
・頭痛、体の痺れそして軽度の背中の無感覚

などの症状が見られたことから、中華料理は特にMSGを大量に使うので中華料理を食べつづけるとなりやすいということで、中華料理店症候群(CRS)と名付けられたことがあります。

 この文章、正しいのは最後の1文の中の「ことがあります」という過去形の記述だけで、今どき中華料理店症候群(Chinese Restaurant Syndrome)なんてのを注釈なしで持ち出すのは知識のアップデートがないのか他人を騙す意図があるのかのどちらかだろう。
 「名付けられたことがあります」という記述で終わることで読者に何らかの印象を与えようという意図があからさまで、これもあざといやり方だ。

 化学調味料の話になると必ず引き合いに出される中華料理店症候群の話と、「生まれたばかりのマウスに大量のグルタミン酸を注射すると、脳の視床下部の一部の神経が細胞死する」という話のその後の展開は「化学調味料関係のとりあえずのメモ(その4)」に書いた。

 さらに別の資料も挙げておく。
 「天然のものとはいえ、……大量に摂取すると」などというのなら、この数字はどう見るのか。


中野茂『アミノ酸発酵技術の系統化調査』より

 これは各種アミノ酸と一般の食品ののLD50値を表にしたもの。「LD50値(Lethal Dose 50)」とは投与された実験動物の50%が致死する被検物の投与量。つまり急性毒性について調べたもの。これだけ食わせたら半分のマウスが死んじゃうよってことね。表の上にあるものほど、少ない量で死んでしまう。赤○で囲んだのがグルタミン酸。これは他の食品に比べてむしろ安全性が高いといえる結果になっている。

 またMSGについては亜急性毒性試験(ラットを使用、1~3ヶ月連続投与して、体重や内臓諸器官の変化や病理組織学的な検査などを行う試験)、さらにマウス、ラット、イヌを用いた2年間の慢性毒性試験、発ガン性試験が行われ、いずれもコントロールと比較して、全く変化が見られないことが証明されている(太田静行『うま味調味料の知識』)。

 結局、「こわいこわい」と思い続けたい人が、知識のアップデートは陰謀に引っかかるようなものだといって耳を塞いでいるわけだなあ。
 世の中、自分をだまして儲けようとしている悪人ばかりだと思ってるんだろうな。

※しかし初めて見たよ、「1,960年」なんて表記の仕方。(^O^)

天然のうまみは、グルタミン酸ナトリウム(MSG)単体だけではなくて、その他にも色々な成分が含まれていると考えられます。

カップラーメンなどを食べると判りますが、味の刺激が強過ぎて、どうにも私の口にはあわないようです。

 結局好みの問題かよ。┐(´~`)┌

 いやそれはそれとして、「味の刺激」というなら、それはきっとうま味よりも塩分の方だよ。

以下、食品のカラクリ(p198~) 別冊宝島編集部編"今や一大ジャンルに成長した「アミノ酸」をめぐるホントの話"より化学調味料のイメージ払拭に躍起となった逸話などをご紹介します。

化学調味料のことを「うまみ調味料」と言ってくれ、化学調味料業界では、一時、躍起になっていました。

そのため、テレビ、新聞社、雑誌社は無論こと、辞書や教科書をつくる出版社までに出向いて、頼み込んでいたことがあります。

言い分は、

「化学調味料は合成されたものではなく、菌の力で発酵させたものなので、化学という言葉は適切ではない。
 国際的にもうまみ調味料として通っているので、是非、化学調味料という表現はやめてもらいたい」

というようなものでした。

グルタミン酸ナトリウムは、かつては石油から合成法で製造されていました。

現在ではサトウキビを使った(廃糖蜜)を使った発酵法が主流となっています。

 さて、これも卑怯な言い方だろうと思う。

 結局、この文章では、

「元々石油から作っていた『化学』調味料だったくせに、そのイメージを払拭するために悪あがきしている」

 くらいの印象を抱かせようとしているんじゃないのか。

グルタミン酸ナトリウムは、かつては石油から合成法で製造されていました。

 というのは、確かに事実だ。その意味で間違ってはいない。
 しかしだからこそこの書き方には明らかな悪意(あるいは無知)が感じられる。

 まるでMSGは生産当初からずっと石油から作られていて、それゆえに「化学調味料」と言われてきたのだ、それを変えた今、その事実を隠そうと躍起になっている……という話をしているかのように見える。

 しかしそれは事実ではない。

 1909年に世界で最初に商品化されたグルタミン酸ナトリウム「味の素」発売から、一昨年(2009年)でちょうど100年を迎えた。
 その100年のMSGの産業生産の歴史の中で、「石油から合成法で製造」されていたという時期はいつ頃で、そしてそれはどのくらいの量だったか、この人は知っているのだろうか。

 この業界のガリバーである味の素KK(製品としての「味の素」と区別するために会社を指す時はこう書くことが多い。このエントリでは以前の社名の時代の話であってもこう書く)の歴史でいえば、グルタミン酸ナトリウムの生産には大きく3つの方法が用いられてきた。

 最初に用いられたのは池田菊苗博士が特許を取ったタンパク質分解法(加水分解法)。この方法ではタンパク質からグルタミン酸ナトリウムを得る。具体的な原料は小麦、脱脂大豆だった(石油じゃないよ)。
 タンパク質分解法では多くの副産物ができる。小麦デンプンやアミノ酸液。当時はこの副産物にも用途があった。小麦デンプンは紡績業で糊材として、アミノ酸液は醤油の原料として使われた(つまりもしこのやり方をもって「化学調味料」と言うなら、醤油ももちろん「化学調味料」だということになる)。この方法は日本特有の需要に支えられていたわけだ。だからこのやり方には海外では生産が難しいというデメリットがあった。海外にはそんな需要はないから。
 国内でもこの方法はデメリットが大きくなってくる。紡績業が合成繊維中心になり、糊も合成糊材が使われるようになった。しょうゆの消費も頭打ちになる。新たな方法が必要とされた。

 そこで出てきたのが2つの方法。

 1つは昭和31年(1956年)に協和発酵が始めた発酵法。協和発酵はそれまでMSGは製造していなかった。味の素KKをはじめ従来のMSGメーカーにとって微生物の働きを利用してMSGを生産することなど思いもよらなかったことで、これはまさに新参者ゆえの新しい発想だった。発酵法はこれまでの悩みであった大量の副産物から解放されたという意味で画期的な方法だった。発酵法は協和発酵に次いで味の素KKなど他のメーカーも相次いで採用し、現在でもMSG生産の主流になっている。発酵法の原料になっているのが、今でもよく宣伝されているサトウキビ(の絞りカス)。

 ただ、発酵法には1つの不安があった。それは原料調達。業界最大手の味の素KKは戦中には原料調達の困難さからMSG生産から撤退、社名を変更した経験を持つ。戦後は外貨稼ぎのために政府が小麦粉を割り当てたこともあった(アメリカに輸出された)。
 戦争がなくてもやはり原料が農産物である限り供給の不安定さは拭えない。そこでもう1つ採用されたのが合成法という方法。この主原料になるのが石油化学製品であるアクリロニトリル(やっと出てきたねえ)。

 味の素KKはこの2つの方法(発酵法・合成法)をほぼ同時期に採用している。発酵法は多くの企業で採用され現在も主流になっているが、合成法を実用化したのは味の素KKのみ。
 ……ということはつまり、石油化学製品を原料とする合成法を採用した味の素KKでさえ合成法1本ではなく農作物を原料とする発酵法と2本立てだったということ。世の中の全てのMSGの生産が合成法で行われていた時期などないのだ。

 そして味の素KKも、11年で合成法から撤退する。

 その理由はさまざまなものが挙げられている。曰く海外生産が進んでおり国内生産の需要は伸び悩むという見込み、生産から11年経過したため施設の更新コストの増大、四日市(合成法を行っていた工場がある)の公害問題のため新増設は現有設備の放棄と引き換えでなくては認可されない……そして合成法のイメージの悪さ(「コンシューマリズムの動向や、グルタミン酸に対する一部の消費者の理屈ぬきの感覚による好みに合致しないという事実」)による。もちろん合成法だろうと発酵法だろうとMSGとして同じものが出てくるのだから、原料がどうあれ安全性も味も同じなのだけれど。

 コスト面・原料調達面でのリスクヘッジのために合成法も実用化しておくべきだと考えて1つの工場でやってみた……けども石油から作るというイメージは想定以上に悪く、かなり評判を落としてしまった。合成法での生産開始から11年、工場設備を更新する時期に来てるけどそれをする価値があるだろうか? 海外生産も進んでこれから輸出も減るだろうし国内工場はそれほど増えないだろう。となると、このイメージの悪さを突っ切ってまでやる必要あるか? ……みたいなことなんだろうなあ。ちなみに発酵法が主流の現在、原材料の価格が製品価格にモロに反映するので国内にMSG工場はほとんどなくなった。

 ともあれ石油化学製品を原料とするMSGはわずか11年間で姿を消した。味の素KKがやめたということは、日本中で石油化学製品を原料とするMSGはなくなったことになる。
 ではその11年間、それぞれの方式での生産量はどのくらいだったのだろう。


合成法での生産が行われていた時代の生産方式別生産量
※味の素KKの社史にあるデータを私(hietaro)がグラフ化

 年度別でいうと、合成法による生産量は1972(昭和47)年度に全体の23%となったのが最大(13,000t)。11年間のトータルで見ると全体の18%(93,000t)が合成法で生産された。

 ……さて、話を戻そう。

グルタミン酸ナトリウムは、かつては石油から合成法で製造されていました。

 確かに、そうだ。
 しかしその「かつて」とは、1909年からの100年のうち1962~1972年の11年間であり、その生産量は味の素KKという一企業がその期間中に製造したMSGの18%に過ぎない(業界全体の生産量のだいたい15%くらい)。
※この1文、わかりやすいように少し表現を変えました。

※歴史上、合成法によって作られたMSGは11年間で9万3千トンということになる。ちなみに2005年に世界中で生産されたMSGは推定170万トン。

グルタミン酸ナトリウムは、かつては石油から合成法で製造されていました。

現在ではサトウキビを使った(廃糖蜜)を使った発酵法が主流となっています。

一見、化学的に合成されたものではないと錯覚しそうですが、サトウキビにはグルタミン酸が含まれていません。

だから、米を発酵させて作る清酒や麦から作るビールとは訳が違うのです。

糖分をとったあとの廃糖蜜を、グルタミン酸を生成するグルタミン酸菌という菌にえさ(炭素源)として与えます。

サトウキビをいくら発酵させても、昆布からとれるような本物の調味料は出来ないのです。

また、精製する過程で塩酸や界面活性剤といった化学薬品を使うので、化学調味料は化学調味料なのです。

 ん? ナニイッテンダ??

一見、化学的に合成されたものではないと錯覚しそうですが、

 「一見……錯覚」も何も、化学的に合成されてませんが。

サトウキビにはグルタミン酸が含まれていません。

だから、米を発酵させて作る清酒や麦から作るビールとは訳が違うのです。

 米にも清酒は含まれてないし、麦にもビールは含まれてないよ。
 もちろんアルコール発酵と比べて発酵の種類は違うが、そういう話をしているのではないのだな、どうやらこの人は。

 どうもこのあたりは日本語というか、文脈のつながりが無茶苦茶になってくる。

糖分をとったあとの廃糖蜜を、グルタミン酸を生成するグルタミン酸菌という菌にえさ(炭素源)として与えます。

サトウキビをいくら発酵させても、昆布からとれるような本物の調味料は出来ないのです。

 この2つの文のつながりのなさを、本人は本当にわかってるのか?
 まさか、昆布を原料にすれば「本物」のMSGが取れるなんて言ってるわけじゃないよね。

 このあたりになると論理性は全く放棄で、思考停止の読者にイメージだけをすり込もうとしているようだ。

 で、結論めいたものがこれだと。

また、精製する過程で塩酸や界面活性剤といった化学薬品を使うので、化学調味料は化学調味料なのです。

 あれれれれれれれれれれれれ。

 石油から作ってるから化学調味料だったはずだけども。
 なんか話がすり替わってますなあ。

 「途中で化学薬品を使うから化学調味料」って理屈はこれまでこのエントリの中でも全く出てきてないし、世の中にもこんな定義している人はいないだろう(いやしかし、世の中広いからなあ……)。
 この理屈でいっちゃうとたいていのものは化学調味料になっちゃうはずだけども。
 で、そうなるとMSGだけをことさらに「化学調味料」といって非難する特殊性すらなくなるんだけども。

 いいのですかい、それで?

 自分の話を無理矢理通すために、世の中のいろんなものを無理心中のように巻き込もうとしているねえこの人。

 以下、コメントつけないけどバカみたいなので晒す。

アミノ酸で食品添加物に指定されているのは、

・グルタミン酸ナトリウム
・フェニルアラニン、バリン、アルギニン
・ヒスチジン、アスパラギン酸、アラニン
・グリシン、システィン

があります。

アミノ酸飲料のルーツは、ある製薬会社が開発したスポーツ飲料でしたが、
その理由がちょっと面白いです。

「以前、アミノ酸入りのスポーツドリンクがブームとなりましたが、
 元々は医療用の点滴液だったのです。

 しかし、作り過ぎて在庫が溜まってしまい、それを製薬会社会長の
 『瓶詰めにしてドリンクにしろ』の一声で売り出し、
 大ヒットとなったのです。

 ですから、スポーツドリンクは点滴液を飲んでいるのと同じなんです。

 アミノ酸飲料についても同様のことが言えます」

病気でもないのに点滴用の液を飲んでいるとは...。

【参考】食品のカラクリ 別冊宝島編集部編
 

突然食いたくなったものリスト:

  • ボンタンアメ

本日のBGM:
銀の翼 /STARLESS






 昨日の菊池さんのツイートがきっかけで久しぶりに見た藤田一郎先生(大阪大学生命機能研究科)の『ニセ科学フォーラム2009』での講演。YouTubeに上がっている。

脳の迷信 1 of 6 (藤田一郎)
http://www.youtube.com/watch?v=Q7z3DSuD6tw

 うちのブログはニセ科学ウォッチングブログでもラーメンブログでもない単なる日記ブログなのだけども、ありがたいことにその両方とも、あるいはそれ以外を目当てにしてくれている方にも読んでもらっている。

 で、ニセ科学ウォッチング系の人たちは既に知っているだろうからいいとして、そうでない読者の方にも是非見ていただきたいのでここに貼り付けておく。

 この講演については以前、「ニセ科学フォーラム2009」でも書いたので、合わせて読んでいただくとわかりやすいかもしれない。
 要は近年よく見られるようになった「脳科学的には……」みたいな言及や、「脳トレ」をはじめとした「脳ブーム」がどれだけいい加減なのかという話。

 全部で1時間くらいあるので、まあゆっくりと見ていただければいい。

突然食いたくなったものリスト:

  • 紅白饅頭の紅の方
    煎茶

本日のBGM:
Return To Africa /GODIEGO

YouTubeにあったライブ2本。日本語バージョンと英語バージョン。日本のロックヴォーカリストで英語が完璧なのはタケカワユキヒデと人見元基だけだ、なんて言われた時代もあったなあ。








「そういう化合物を作ると、それでノーベル賞もらえます」
 
2010年10月06日 報道ステーション ノーベル化学賞・鈴木先生ハイライト
 

突然食いたくなったものリスト:

  • 生パスタ

本日のBGM:
べにくじら /有頂天






 先日(2010/09/26 Sun 20:00~22:00)のニコ生シノドスの動画が上がってたので、貼り付けときます。

司会:
 荻上チキ(評論家、「シノドス」プランナー)
ゲスト:
 菊池誠(大阪大学サイバーメディアセンター教授)
 久保田裕(朝日新聞科学医療グループ記者)

ニコ生シノドス 01 ホメオパシー騒動とニセ科学論争の行方 1/2

ニコ生シノドス 01 ホメオパシー騒動とニセ科学論争の行方 2/2

ホメオパシー騒動とニセ科学論争の行方 菊池誠×久保田裕(司会:荻上チキ)

突然食いたくなったものリスト:

  • 長田うどんの釜揚げうどん

本日のBGM:
限界LOVERS /SHOW-YA

YouTubeについたコメントが笑えた。「エロカッコイイ こうだくみは反省しろ」





 『スクエア最新図説化学』という第一学習社が出している高校化学の副読本がある。

 ひと昔前の「マイナスイオン」商品ブームの際、世に踊る「マイナスイオン」と高校化学で習う「陰イオン」を生徒が混同しないようにと5年前、この副読本に「マイナスイオン」を説明するコラムが掲載された。

 これは↓現行版に掲載されているコラム。5年前のものもさほど変わらないのだと思う(推測)。


宣伝などで見かける「マイナスイオン」は、高等学校の化学で学習する陰イオンや陽イオンとはまったく違ったものである。陰イオンや陽イオンが、水溶液や融解液や結晶中での存在であるのに対して、マイナスイオンは、空気中に存在するとされている。その実体は、微小な水滴と陰イオンになりやすい原子団からなると説明される場合もあるが、化学的に十分な解明には至っていない。 また、生体への影響についても、十分な検証がなされているとは言いがたい(p.45参照)。

 このコラムに教育現場からは大きな反響があったという。さまざまな商品がさまざまな論理で展開する「マイナスイオン」の洪水に、現場も戸惑いを感じていたのだろう。

 この反響の大きさに驚いた編集者が他にもないのかと調べてみたら、あるわあるわ。(^O^)

 そこで「その道の専門家に,ニセ科学の実態をご紹介いただくとともに,なぜ人は騙されてしまうのか,どうすれば騙されないですむのかを,総体的に説いていただくしかない」と、山形大学准教授である天羽優子氏に執筆を依頼したのだという。

 その経緯は第一学習社のWebサイト内の「担当者が語る! 私のイチオシ教材 >【理科】スクエア最新図説化学」で紹介されており、天羽氏による見開き特集記事「特集「ニセ科学に惑わされない!」」(『三訂版 スクエア最新図説化学』p.44-45)もこのページでダウンロードすることができる(PDF:2,373KB)。
#上記「マイナスイオン」コラムの最後にある「p.45参照」というのはこの特集の右ページのこと。

 この特集が、非常にイイ!ので是非読んでいただきたい。

 ニセ科学そのものではなく「ニセ科学宣伝」に論点を絞った汎用性の高い話題を選び、実例(「物質のミクロな構造を変えると主張する」「生物化学的な効果があると主張する」「生理学的な効果があると主張する」「科学的な実験の結果があると主張する」)とその読み解きを具体的に示した後に、「ニセ科学宣伝を放置するとなぜいけないのか」「だまされないために」という2つのコラムを設けている。

 前半の実例もそうだが、特に後半の「ニセ科学宣伝を放置するとなぜいけないのか」「だまされないために」が素晴らしいと思う。
#以下、引用内の強調表現は全て引用者(hietaro)による。

 「ニセ科学宣伝を放置するとなぜいけないのか」では、「一個人としてニセ科学を信じるのは確かに自由」としながらも、個人としてはニセ医療を信じたために死に至る/子供の命を奪うというケースもあるとし、また社会的資産が無意味なことに浪費されたり社会全体の判断力を低下させるという弊害がある......つまり個人と社会両方の観点から「ニセ科学宣伝を放置するといけない理由」があるとする。

 また「だまされないために」では、まず「ゲルマニウム」を引き合いに出し、ネット上で「ac.jp」「go.jp」と指定して検索してみると「宣伝用」と「学術」では全く違う使われ方をしていることが簡単に判るという事例を示す。

 続いてダイエット法や健康法など人間の欲望と結びついたニセ科学宣伝について「現実には、楽でお手軽な都合のいい問題解決方法など存在しない」と釘を刺す。また「善意」「無知」という悩ましい問題にも触れ、よかれと思ってやったことでも、不適切な方法であればやはり悲劇が起こる(客観的事実は変わらない)ということもしっかりと示している。
 これらを「当たり前じゃないか」という向きもあるだろうが、これをはっきりと言うことが教育だと思う。

 そしてニセ科学が広まる理由として、「自分で経験した因果関係(だと思ったこと)を信じたがるという人間の性質」があるという。人間はもともとそういうものだということをはっきりといい、しかし「経験したことを何でも信じていたら、間違えて損をすることが増える。そこで、信じたい気持ちをちょっと押さえ、冷静に自然観察を積み重ねて、本当の因果関係を確認したものを信じることにしようという生活の知恵が、すなわち科学である」と、科学はその人間本来の弱さを補うための知恵であることを示す。

 さらに天羽氏は「合理的で客観的な判断をするという能力がもともと人間に備わっているわけではないので、科学的な考え方は、後から意識的に訓練して身につけることになる」と、科学的思考があくまでの人が後天的に身につけた道具であることと、それを身につけることの重要性を示す。

 そしてこのコラムはこう結ばれる。

「技術は人間の役に立つ。一方、科学は、人間の真実を認識させる。科学が示したことが、人間にとって楽しく、都合のよいものばかりとは限らない。たとえば、エネルギー保存の法則は、ただでエネルギーを手に入れたいという願望を否定してしまった。科学の方法論を学ぶと同時に、不都合な客観的真実と向き合う心の強さを育てていく必要がある

 これは天羽氏が以前、どこだったかのブログ(kikulogだったかな?)で書き込んでいたこの言葉とも通じる。

思い通りにならない自然の、都合の悪い真実と向き合う心の準備が出来た人にしか、科学は受け入れられないんですよ。

 科学は必ずしも人間に対して好意的ではない。
 世界は人間に都合のいいようにできているわけでもない。

 これは一言で言えば、「科学観」だ。延長すれば世界観にも通じるだろう。

 「科学」はこの、必ずしも私たちに好意的ではない世界を受け入れられるかどうかを私たちに突きつけるものなのだ ── というどうしようもなく厳しい話を、天羽氏は高校生にしてしまう。

 いやあ、いい。

 この天羽氏の記事は、具体例から始まり「考え方」「リテラシー」「科学観」が示されている。これらは若いうちにつかんでいるべき根っこだ。
 この特集はたったこれだけのスペースにそれがふんだんに詰め込まれている。

 私が高校時代にこんなのは何一つ教えてもらわなかった。これは受験勉強をする上ではさほど必要ないのだ。

 だから今、これが高校生の読む副読本に掲載されていることが素晴らしいと思う。

 どの程度伝わるかは判らないけれど、伝わる人には伝わるし、それは何も示されなかった私の時代よりも効率がいいはずだ。

 天羽氏GJ! 第一学習社GJ!

 で、予測。

 天羽氏、菊池氏がほめられると気に入らない(しかしその名前で毎日ググッて巡回している)SSFS大先生は、近日中に上記の天羽氏による特集記事か、第一学習社のページ、あるいは私のこのエントリへの批判(^O^)メッセージを「ホームグラウンド(自称)」に上げる。

 どんな批判をするかなあ。

 基本的には「天羽氏はこれだけダメである。この記事でも○○という視点が抜けている。こんなのを書く人間も、それをほめる人間もその程度」くらいが基調になるかな。でもそんなことすぐ考えつくしねえ。

 あ、トレンドとしては「天羽氏は科学では立証責任が(略)という珍奇な説を主張している人物です。それを盲目に受け入れている取り巻きが何も考えずに天羽氏の科学論を持ち上げています云々」なんて感じで「立証責任」の話と結びつけるのも有り得る。

 あるいは第一学習社の「マイナスイオン」コラムに対して、「ドライヤーに触れないなんて」なんて破壊力ゼロのいいがかりをまだ続けるかな。

 「5年前にようやくやったとは、問題意識が薄すぎます」とかもあるかな。

 あとこれは毎度毎度のSSFS大先生へのメッセージ。
 SSFS大先生はこのエントリを絶対に見るだろうから、見たら以下の2つに絶対に答えてね。

「あと亀@渋研Xさんの新しいドライヤーはいかんせん安すぎ。それで効果がなくてもしかたないし、あったらめっけものです。」

 という言葉と

「「マイナスイオンドライヤーなんてのは、存在しなくても誰も困らないもの、の典型」(#940)という軽率な表現なんか、2000万人から3000万人が使っている製品の利便性をまったく無視しています。」

 との発言に代表される、「これだけ売れているのは効果があるから」という言説との言葉の整合性を示してね。

 もう1つは「ほたるいかのかきつけ」さんの「SSFSさんへ」に答えてね。

突然食いたくなったものリスト:

  • 焼きサンマ&ビール

本日のBGM:
Nosferatu /BLOODBOUND






【2010/09/15 文意が通りやすいように少し文言を修正】

 森とか山に行った時の気持ちよさの原因を「マイナスイオン」とすることについて、因果関係、述語ともにかなりデタラメなのは既に多くのところで指摘されていてもはや常識となった......はずなんだけど、今でもアヤシいグッズには「マイナスイオンは......と言われています」みたいな大きく振りかぶって責任丸投げのコピーがつけられていることがよくある(100円ショップなんかに行けばそれこそいくらでも見つけられる)。

 ひと昔前まではこれが「オゾン」だった。
 マイナスイオンと同じように、森とか山に行った時に、背伸びしながら「あ~、オゾンたっぷり!」なんて叫ぶ表現は、ある意味ステレオタイプでさえあった。
 サザエさんのOPでも山に登ったサザエさんがこのセリフを言うシーンがあったくらいだ。(YouTubeで探したけどなかったな。こなみさんによると「高尾山だか中禅寺湖だか」のシーンだったそうだ。誰かアップしてくれないかな)

 「ひと昔前」というにはオゾンは少し古すぎたかなあ。
 「マイナスイオン」で上書きされた感があるけど、それでもまだ「オゾン」を、しかも「マイナスイオン」と併用して(!)使ってらっしゃる方もいるようだ。

 というわけで、試しに、

"マイナスイオンたっぷり" "オゾンたっぷり"
"マイナスイオンやオゾンたっぷり"
"マイナスイオンやオゾンがたっぷり"
"マイナスイオンいっぱい" "オゾンいっぱい"

 でググってみた結果を集めてみた。
 オゾン脱臭だとかそういう類のものは除外。あくまで「大自然の気持ちよさ」みたいな文脈で使われているもののみを集めた。
 趣味の写真サイト、旅行日記が多かったのはまあ、そりゃそうだろうな。

 気の毒なのでリンクはしないでおこう。

 

"マイナスイオンたっぷり" "オゾンたっぷり"

オゾンたっぷりマイナスイオンたっぷりの朝です。調子に乗って呑んだお酒も焼酎だから朝に残らない。

 旅行記。

マイナスイオンたっぷりの参道を (この辺りまでは) 快調に 10:30
沢に沿って、オゾンたっぷりの杉木立を登り 登り始めて20分、小さな遍路橋で休憩  10:40
沢を流れる水の冷たかったこと!

 深山の霊場に登った時の感想。使い分けてるのかなあ。

マイナスイオンたっぷりの樹林帯を抜けるとオゾンたっぷりの天国の園になります。

 写真を撮りに行った時のレポートみたい。この人は何となく使い分けてそう。

若干「海」が多かったものの、結果はほぼ半数ずつ。「夏といえば海でしょう!山は虫が多いし(T_T)」「若いときはだんぜん山でしたが、孫ができてからは海に変わりました」という"海派"に対し、「夏は絶対、オゾンたっぷりで涼しい山!海は海水が汚れてるし、日焼けはお肌に良くない」「暑い夏には森林浴。マイナスイオンたっぷりで日頃のストレスとはおさらばでしょ!」など"山派"の弁も多数。また「夏の旅行は涼しい山に行きたいが、食材としては新鮮なお魚が食べられる海がいいかなーと、毎年迷っています」「迷った挙げ句、結局毎年どちらにも行かない...」などのコメントも。う~ん、確かにどちらも捨てがたい!

 夏に行くなら海か山かという不毛な(^O^)アンケート調査の結果紹介文。
 同じ人が言ったわけじゃないけれど、少なくともこの紹介文を書いた人の頭の中では両立している模様。

マイナスイオンたっぷり自然を満喫する
轟九十九滝 日本の滝100選「轟の滝」周辺部には九十九の滝が有ると言われマイナスオゾンたっぷり遊歩道も整備されています

 これも写真のサイト。「マイナスイオンたっぷり自然を満喫する」という題で4つの名所を紹介している。
 ここでは「マイナスオゾン」なる造語まで登場する(と思ってググったら、「マイナスオゾン発生器」なるものを販売している業者があったぞ(^^;)。

 たまにしか行かないハイキングですが、マイナスイオンたっぷりオゾンたっぷりのおいしい空気を腹一杯吸って、ストレス一気に発散できました。

 これはハイキングに行った時のレポート。

 まあ、キャンプはいいわな。虫の大群にちょっと悩まされるけどね。オゾンたっぷりマイナスイオンたっぷりは大変よろしい。

 これは掲示板の書き込みだけど、1人の発言。

 

"マイナスイオンやオゾンたっぷり"

自然の中ってのはホントいいですよね。
自分もGWで小旅行してきたんですが、
海や山、マイナスイオンやオゾンたっぷりで、
汗流しながらのぼった上からの絶景なんかにかなり癒されました。

 ブログエントリについたコメント。

樹林公園の南側に道路を一本隔ててあるのが、東京都の大泉中央公園。
グルっと一周しましたが、なかなか良いです。管理事務所も完備。警備員さんも各所に常駐していて安心できます。緑も豊かで早朝ならマイナスイオンやオゾンたっぷりじゃないでしょうか?

 近所の公園を散歩したという話。

 

"マイナスイオンやオゾンがたっぷり"

この日は、前日に雨風が強かったので、色んなものを綺麗に洗い流してくれたのでしょう。
秋なのに、本当に「新緑」のように緑が瑞々しく、マイナスイオンやオゾンがたっぷりという感じでした。
小涌谷の駅からほんの15分ほどで、こんな景色になります。
モミジの木々が覆い、紅葉のころには見事な眺めになるそうです。
また訪れたい場所です。

 滝に行ってきたという話を書いたエントリについたコメントへの返事。

 

"マイナスイオンいっぱい" "オゾンいっぱい"

遊歩道・・・ミシガンではありきたりの風景です。それでも、道の両側に生い茂る緑とその匂い・・・長年コンクリートに囲まれたような街で生活していた身としては、全ての風景がスペシャル!ああ、私まで光合成しちゃってる?!?オゾンいっぱい幸せ~な気分になれます。
(略)
庭仕事に加えて散策、これから益々屋外に出る機会が増えそう。ちょっと気になるのは紫外線対策。
まあ、もともと地黒で美肌には縁がないので、焼けるだけ焼いちまおうかと思っています。マイナスイオンいっぱい吸おう!
(でも、ミシガンの道路は走行車輌が多いので、排気ガスもいっぱい吸ってるかも?!?)

 ミシガンに移住した人の日記。

オゾンいっぱいマイナスイオンいっぱい!って写真から伝わってくるようですよ◎◎◎

 これも写真へのコメント......かな?

 洋らんパークでは温室の見学と昼食です。お父さんは胃瘻からの食事に時間がかかる為、温室は見学せずレストランで食事を摂っている予定でした。でも、お天気もいいし、食事はバスの中ですればいいから、お父さんもお花を見に行きましょう、という主治医の先生のお言葉で、お父さんもオゾンいっぱいマイナスイオンいっぱい、花の香りいっぱいの温室を堪能する事が出来ました。

 これも旅行記。温室にもオゾンやマイナスイオンがいっぱい。

新緑でオゾンいっぱい、水の流れでマイナスイオンいっぱい体に浴びて・・・・・

 これも旅日記。なるほど、緑由来がオゾン、水由来がマイナスイオンという使い分けね。

新緑の大山がくっきりと雄大な姿を見せています 大山は日本でも初期の段階で国立公園となり 西日本では最高峰と言われ 1,711㍍の標高と 富士山にそっくりなところから伯耆冨士 出雲冨士と 呼ばれています  ペンションのお祭りは フリーマーケットや 飲食出来る出店が賑やかでした 久方ぶりにオゾンいっぱい マイナスイオンいっぱいに 浸りました

 ペンションのお話。

ちょっくらバイクで大室山まで、ひとっ走り♪ 爽やかな風と   オゾンいっぱい♪     マイナスイオンいっぱい♪ 気もちE~~~♪

 じゃらんで紹介されてた旅行ブログ。「気もちE~~~♪」か......。

散策路に散らばっている紅葉を踏みしめながら、これこそマイナスイオンいっぱいオゾンいっぱいの空気を深呼吸しながら歩く。奥入瀬川は小さくかつ速い流れで時々小さな滝も流れ落ちている。澄んだ流れと紅葉、いかにも繊細で優しい日本の秋を満喫した。

 これも旅行記。

 

"マイナスイオンやオゾンがいっぱい"

前に行ったとことは違う山へ。
車で上がれるから
めちゃ便利~(^-^)

車からおりたら
すごーい、森林の香り★
マイナスイオンや
オゾンがいっぱい
出てそーやぁ☆
大きく何回も深呼吸~(^O)=3
ふぅ~気持ちよかぁ~。

 堀江笑美ちゃんというタレント(ごめん知らないm(_ _)m)さんのブログにも。
 このくらいの世代の子でも「オゾン」って話知ってるのね。

森歩きっていいですよね~!マイナスイオンやオゾンがいっぱいで!
心も身体も元気になれる気がしますよ~!!!
プレイルームも素敵になりましたね~!!

 山歩きをしたというエントリへのコメント欄。どうもこういう(「マイナスイオンたっぷりですね」「オゾンいっぱい」みたいな)コメントを入れる人は「!」マークを多用する傾向があるようだ。ヤケクソ気味なのか、そういう人がそういうコメントをするのか......。

そのあと、「箱根ガラスの森美術館」でベネチアンガラスやレースガラスを見て、 「ポーラ美術館」で 肖像画の100年展をみて帰ってきました。 箱根は緑が多く、 マイナスイオンやオゾンがいっぱい。 リフレッシュしてきました。

 これも旅行記。

 このくらいかな。

 面白いのは、ブログなどで山やそこの滝などで撮ったきれいな写真が載ってるエントリのコメント欄で、別々の人がそれぞれ「マイナスイオンたっぷりですね!」「"オゾンたっぷり!うらやましい」みたいなコメントをしてるのがやたら多かったところ。(同一人物の発言ではないのでここでは紹介していない)
 示し合わせたのかというくらい定型パターンだった。
 写真系のブログというのは相互に無理矢理にでもコメント考えて書き込まなくちゃいけないような関係が成り立ってたりするのだろうか。一時期話題になった「mixi疲れ」みたいな感じで。作品を相互にホメ合いっこするためのコミュニティを維持するために......いやこれは単なる邪推。

 いすれにせよ、「マイナスイオン&オゾン両立派」は案外たくさんいるようだ。

 不思議なのはこの人たちが何故「気持ちいい」「清々しい」「爽やか」ではなく「マイナスイオンたっぷり」「オゾンいっぱい」と表現してしまうのかということ。ほんとにマイナスイオンやオゾンを識別できているわけはないのに。

 これは案外難しい問題かもしれないと思うんだ。

 結局、マイナスイオンやオゾンを識別できているわけはないのだから、彼らにとって「マイナスイオンたっぷり」「オゾンいっぱい」は比喩に過ぎない。だから厳密でなくてもいいのだろう。つまりほんとにマイナスイオンやオゾンじゃなくても、「ね、わかるでしょ、伝わればいいのよ」というところなのだ。そして普通の会話ではそれで何の問題も生じない......「マイナスイオンたっぷり」=「大自然の気持ちよさ」という等式を共有している人の間では。

 ここで「マイナスイオンやオゾンって。うぷぷ」と笑い飛ばすのは簡単だが、きっとそれはほんとに彼らをバカにするだけで何の解決?や理解にもつながらないのだろう。

 昔、「言葉がないことが」というエントリで少し触れたけれど、ある、「正確ではない/間違った」言葉を使う人にとって、その言葉がテクニカルターム的に「正確」かどうかとか用語として慣用的に正しいかどうかはさほど問題じゃない(例えば「確信犯」だとか「役不足」だとか)。

 問題になるのは、自分が伝えたい言葉を表すためにより適切な言葉がない、あるいは知らないということだ。もし伝えたい意味を表す適切な言葉があるなら、わざわざ「誤用」なんかしなくてもいい。「その行為が犯罪だとわかっていて、それでもあえてやる」という意味を示す適切な言葉があればいいけれど、それがないから「確信犯」という言葉が使われる。

 で、「マイナスイオンいっぱい」とか「オゾンたっぷり」とか使ってしまう人たちにとって、自分が伝えたい「意味」が、既存の「気持ちいい」「清々しい」「爽やか」みたいな既存の言葉とは少し外れているのかもしれない。で、それが一番伝わる(と感じる)のが「マイナスイオンたっぷり」「オゾンいっぱい」あたりなのかもしれないなあ、と。テクニカルタームとしての厳密さとはまた別に、伝えたい「意味」からするとこちらの方がより「正確」なのかもしれない。

 ということはマイナスイオンやオゾンなどというかなり不正確なものを持ち出さず、かつそういった「伝えたい意味」を示す言葉を造語すればこの問題は簡単に解決するのかもしれないな、とも思う。
 わからないけど。

 「私の言語の限界が、私の世界の限界を意味する」(ウィトゲンシュタイン)「自然はいつも芸術を真似る」(出所失念)なんて言葉もあって、人間の認識は言語に規定されるのだと考えれば、これはなかなかバカにできない問題なんだよきっと。
 ほんとか?(^^;

 おまけ

 自然云々とは違うんだけど、ググってて面白いの見つけた。

ある超マイナーな会社で発売している、
オゾンたっぷりの、マイナスイオン機能水で、
育毛にチャレンジしてます。

 やめとけ。

美容機でマイナスイオン・オゾンを発生させ、そのエアーで美容液を泡立てたムースを取り入れたコースです。
マイナスイオン・オゾンの働きを利用して、肌老化を促す有害な物質や毛穴につまった汚れ、肌に悪影響をもたらす活性酸素を減らし、細胞の新陳代謝を活発にさせます。施術後に汚れがキレイに落ちて驚くほど美白・リフトアップ効果を実感していただけます。
お肌に刺激を与えないマイナスイオン・オゾンを使用していますので、ニキビ肌・アトピー肌・敏感肌の方にも安心して受けていただけます。

 どうも、「マイナスイオンとオゾン」ではなく、「マイナスイオン・オゾン」てものを発生してるっぽい。
 マイナスイオン・オゾンおそるべし。

突然食いたくなったものリスト:

  • チヂミ

本日のBGM:
熱くなれ /大黒摩季






 2010/08/25の朝日新聞朝刊に、こんな記事が掲載された。
 先日来話題にしているホメオパシーについて、日本学術会議がコメントを出したというニュースだ。

ホメオパシーは「荒唐無稽」 学術会議が全面否定談話

 通常の医療とは異なる民間療法「ホメオパシー」について、日本学術会議(会長=金沢一郎東大名誉教授)は24日、「科学的な根拠は明確に否定され、荒唐無稽(こうとうむけい)」とし、医療従事者が治療で使わないよう求める会長談話を発表した。山口市の女児ら死亡例が出たことを重視。通常医療から患者を遠ざける懸念があるとして、一般に広まる前に、医療現場から排除する必要があると判断した。科学者の代表機関が、特定の療法を否定するのは極めて異例だ。

 金沢会長が会見で発表した。日本医師会や日本歯科医師会、日本獣医師会など6団体も談話に賛同し、会員に周知する方針だ。厚生労働省は、普及団体について、医師法や薬事法などの観点から注目し、情報収集を始めた。

 会長談話では「ホメオパシーが医療関係者の間で急速に広がり、養成学校までできていることに強い戸惑いを感じる」とした上で、「治療効果は明確に否定されている」と指摘した。さらに「今のうちに、医療現場から排除されないと『自然に近い安全で有効な治療』という誤解が広がり、深刻な事態に陥ることが懸念される」として、医療関係者が治療に使うことは厳に慎むよう呼びかけた。一方で、「十分理解した上で、自身のために使用することは個人の自由」としている。

 学術会議の唐木英明副会長は「(ホメオパシー治療で使うのは)『ただの水』で『副作用はない』のはもちろんだが、科学的に全否定されているものを医療従事者が使えば、患者を通常の医療から遠ざけかねず危険だ。『ホメオパシーは効かない』というメッセージを伝えることが重要と考えた」と説明した。

 日本学術会議は、約84万人の科学者の代表として選ばれた210人の会員と、約2千人の連携会員からなる日本の「頭脳集団」。政府に対する政策提言や社会への啓発などを行う。

 皇室医務主管で神経内科医の金沢会長や、東大名誉教授(毒性学)の唐木副会長らが約1年半前から、この問題を議論してきたという。今年に入り、ホメオパシーを受けている人の中で通常の医療を拒否して、死亡したり症状が悪化したりした疑いの濃い例が相次いで表面化した。

 山口地裁では5月、新生児が一般に投与されるビタミンKを与えられず死亡したとして、ビタミンK投与の代わりにホメオパシー療法を行った助産師を相手取り損害賠償を求める裁判も起きている。こうしたことを受けて、学術会議では急きょ、会長談話を出すことを決めた。

 談話の根拠として、2005年に英医学誌ランセットで発表された治療上の効果はないとする論文などを重視した。「物質が存在した記憶を水が持っている」などの主張も荒唐無稽だと指摘。英国下院科学技術委員会が出した科学的根拠がないとする勧告や、英国医学会が出した「ホメオパシーは魔術」という宣言も参考にした。

 国内では主に1990年代後半から、日本ホメオパシー医学協会など複数の団体が実践、普及を進めている。同協会は、この療法を指導、指示するホメオパシー療法家の養成学校を北海道から沖縄まで全国7カ所に設置している。利用者数など詳しい実態は分からないが、食品添加物や農薬など化学物質を避けようという「自然派」志向の女性らの間で広がっている。雑誌などで「効果」をPRする著名なタレントや歌手、俳優もいる。治療に導入している大学病院もある。医学協会は、計20以上の診療所や歯科医院、動物病院と提携している。(岡崎明子、長野剛)


 会長談話について、日本ホメオパシー医学協会は「ホメオパシーの治癒効果は世界中で広く認められている。きちんと調査することもなく、荒唐無稽と断定する極めて非科学的な態度にあきれている。世界的にも普及しており、日本学術会議の見解、認識は世界の情勢と著しく乖離(かいり)している」などとするコメントを寄せた。


 〈ホメオパシー療法〉植物や昆虫、鉱物などの成分を限りなく薄めた水にして砂糖玉に染み込ませた「レメディー」を、飲み薬のようにして使う民間療法。がんや皮膚病、精神疾患などほぼすべての病気を治療できる、と普及団体は主張している。

 欧州では200年の歴史があり、一部の国では公的医療保険も適用されてきた。しかし、治療上の効果はないとする研究が相次いで発表された。ドイツでは2004年から保険適用をやめた。

 この記事にある日本学術会議会長による談話と、それに対する賛同を表明した団体のコメントを掲載しておく。まだWebサイトに上げられていないところもあるので、もし見つけたら追加していく。

 まず、日本学術会議会長による談話。⇒日本学術会議(pdfでダウンロードできる) ⇒記者会見中継

「ホメオパシー」についての会長談話

 ホメオパシーはドイツ人医師ハーネマン(1755 - 1843年)が始めたもので、レメディー(治療薬)と呼ばれる「ある種の水」を含ませた砂糖玉があらゆる病気を治療できると称するものです。近代的な医薬品や安全な外科手術が開発される以前の、民間医療や伝統医療しかなかった時代に欧米各国において「副作用がない治療法」として広がったのですが、米国では1910年のフレクスナー報告に基づいて黎明期にあった西欧医学を基本に据え、科学的な事実を重視する医療改革を行う中で医学教育からホメオパシーを排除し、現在の質の高い医療が実現しました。
 こうした過去の歴史を知ってか知らずか、最近の日本ではこれまでほとんど表に出ることがなかったホメオパシーが医療関係者の間で急速に広がり、ホメオパシー施療者養成学校までができています。このことに対しては強い戸惑いを感じざるを得ません。
 その理由は「科学の無視」です。レメディーとは、植物、動物組織、鉱物などを水で100倍希釈して振盪しんとうする作業を10数回から30回程度繰り返して作った水を、砂糖玉に浸み込ませたものです。希釈操作を30回繰り返した場合、もともと存在した物質の濃度は10の60乗倍希釈されることになります。こんな極端な希釈を行えば、水の中に元の物質が含まれないことは誰もが理解できることです。「ただの水」ですから「副作用がない」ことはもちろんですが、治療効果もあるはずがありません。
 物質が存在しないのに治療効果があると称することの矛盾に対しては、「水が、かつて物質が存在したという記憶を持っているため」と説明しています。当然ながらこの主張には科学的な根拠がなく、荒唐無稽としか言いようがありません。
 過去には「ホメオパシーに治療効果がある」と主張する論文が出されたことがあります。しかし、その後の検証によりこれらの論文は誤りで、その効果はプラセボ(偽薬)と同じ、すなわち心理的な効果であり、治療としての有効性がないことが科学的に証明されています1。英国下院科学技術委員会も同様に徹底した検証の結果ホメオパシーの治療効果を否定しています2。
 「幼児や動物にも効くのだからプラセボではない」という主張もありますが、効果を判定するのは人間であり、「効くはずだ」という先入観が判断を誤らせてプラセボ効果を生み出します。
 「プラセボであっても効くのだから治療になる」とも主張されていますが、ホメオパシーに頼ることによって、確実で有効な治療を受ける機会を逸する可能性があることが大きな問題であり、時には命にかかわる事態も起こりかねません3。こうした理由で、例えプラセボとしても、医療関係者がホメオパシーを治療に使用することは認められません。
 ホメオパシーは現在もヨーロッパを始め多くの国に広がっています。これらの国ではホメオパシーが非科学的であることを知りつつ、多くの人が信じているために、直ちにこれを医療現場から排除し、あるいは医療保険の適用を解除することが困難な状況にあります4。またホメオパシーを一旦排除した米国でも、自然回帰志向の中で再びこれを信じる人が増えているようです。
 日本ではホメオパシーを信じる人はそれほど多くないのですが、今のうちに医療・歯科医療・獣医療現場からこれを排除する努力が行われなければ「自然に近い安全で有効な治療」という誤解が広がり、欧米と同様の深刻な事態に陥ることが懸念されます。そしてすべての関係者はホメオパシーのような非科学を排除して正しい科学を広める役割を果たさなくてはなりません。
 最後にもう一度申しますが、ホメオパシーの治療効果は科学的に明確に否定されています。それを「効果がある」と称して治療に使用することは厳に慎むべき行為です。このことを多くの方にぜひご理解いただきたいと思います5。

平成22年8月24日
日本学術会議会長
金 澤 一 郎


1 Shang A et al. Are the clinical effects of homoeopathy placebo effects? Comparative study of placebo-controlled trials of homoeopathy and allopathy. Lancet 2005; 366: 726
2 Evidence Check 2: Homeopathy 2010. 2.8
http://www.publications.parliament.uk/pa/cm200910/cmselect/cmsctech/45/45.pdf
3 ビタミンKの代わりにレメディーを与えられた生後2ヶ月の女児が昨年10月に死亡し、これを投与した助産婦を母親が提訴したことが本年7月に報道されました。
4 WHOは世界の一部の国でホメオパシーが広く使用されている現実に配慮して、その治療効果には言及せずに、安全性の問題だけについての注意喚起を行っています。
http://www.who.int/medicines/areas/traditional/prephomeopathic/en/index.html
5 ホメオパシーについて十分に理解した上で、自身のために使用することは個人の自由です。

 ここで言われているのは、これまで多く批判されてきたとおりのこと。

治療効果はない
   ↓
もちろん副作用もないですけどね
   ↓
しかし一番の問題は、通常医療を無視すること
   ↓
それは時に死を招くほどの深刻な事態を引き起こすことがある
   ↓
そうなる前にはっきりと「ホメオパシーは効かない」と周知しなくてはいけない!

 この当たり前すぎることを日本学術会議会長がわざわざ記者会見をしてコメントしなくてはならないというばかばかしくも笑えない状況になっている。

 次は日本医師会、日本医学会の連名文書。⇒日本医師会(pdfでダウンロードできる) ⇒両会長同席という「異例」の記者会見実況

「ホメオパシー」への対応について

 日本学術会議金澤一郎会長は2010年8月24日付けで下記のような談話を発表しました。日本医師会および日本医学会はその内容に全面的に賛成します。

2010年8月25日
日本医師会会長 原中 勝征
日本医学会会長 髙久 史麿


※以下、平成22年8月24日付日本学術会議会長名で出された「「ホメオパシー」についての会長談話」掲載

 社団法人日本獣医師会、社団法人日本獣医学会による連名文書。⇒日本獣医師会(pdfでダウンロードできる)。

獣医療における「ホメオパシー」対応の考え方

 今般、日本学術会議(会長:金澤一郎)から、8 月24 日付けで、「ホメオパシー」の科学及び医療・歯科医療・獣医療現場での対応、その治療効果等について、次の会長談話が発表されたところです。
 動物の診療は、獣医学に立脚してこそ適切な提供が確保されるものであります。日本獣医師会及び日本獣医学会としても日本学術会議声明に賛意を表するところです。

平成22年8月24日
社団法人 日本獣医師会 会 長 山根義久
社団法人 日本獣医学会 理事長 西原眞杉


※以下、平成22年8月24日付日本学術会議会長名で出された「「ホメオパシー」についての会長談話」掲載

 どうして獣医師会まで?という疑問もあるかもしれないが、ホメオパシーではペット用のレメディも数多く処方されているのだ。

 追記:2010/08/25

 日本薬理学会による文書。⇒日本薬理学会

「ホメオパシー」への対応について


日本学術会議 金澤 一郎会長は2010年8月24日付けで下記のような談話を発表しました。社団法人 日本薬理学会はその内容に全面的に賛成いたします。

2010年8月25日
社団法人 日本薬理学会
理事長  松木 則夫


※以下、平成22年8月24日付日本学術会議会長名で出された「「ホメオパシー」についての会長談話」掲載

 日本歯科医師会と日本歯科医学会は26日に正式表明する予定とのこと。

 追記:2010/08/25ここまで

 追記:2010/08/27

 日本歯科医師会と日本歯科医学会による連名文書。⇒日本歯科医師会

「ホメオパシー」への対応について


 日本学術会議金澤一郎会長は、平成22年8月24日付で下記のような談話を発表されました。
日本歯科医師会および日本歯科医学会はその内容に全面的に賛成します。

平成22年8月26日
日本歯科医師会会長 大久保 満男
日本歯科医学会会長 江藤 一洋


※以下、平成22年8月24日付日本学術会議会長名で出された「「ホメオパシー」についての会長談話」掲載

 日本助産師会による文書。⇒日本助産師会(音が鳴るので注意)

報道関係者各位
平成22年8月26日
社団法人日本助産師会 加藤 尚美

「ホメオパシー」への対応について


 今般、日本学術会議金澤一郎会長は8月24日付けで「ホメオパシー」の治療効果は科学的に明確に否定されており医療従事者が治療に使用することは厳に慎むべき行為という談話を発表されました。日本助産師会はその内容に全面的に賛成します。

 日本助産師会は、山口県で乳児がビタミンK欠乏性出血症により死亡した事例を受け、ホメオパシーのレメディはK2シロップに代わりうるものではないと警告し、全会員に対して、科学的な根拠に基づいた医療を実践するよう、8月10日に勧告を出しておりますが、一昨日出されました日本学術会議の談話を重く受けとめ、会員に対し、助産業務としてホメオパシーを使用しないよう徹底いたします。
 助産師は女性に寄り添い、女性の思いを受容し、援助することが使命ですが、医療現場にあり、命を預かるものとしての責務もございます。私たち助産師の言葉や行動は、女性にとって大きな影響力を持っているということも自覚しております。科学的に否定されているものを助産師が使えば、本来受けるべき通常の医療から遠ざけてしまいかねません。しかるべきタイミングで医療を受けられるようにすることは、助産師の重要な役割です。
 日本助産師会としては、現段階で治療効果が明確に否定されているホメオパシーを、医療に代わる方法として助産師が助産業務として使用したり、すすめたりすることのないよう、支部を通して会員に通知するとともに、機関誌及びホームページに掲載することで、周知徹底いたします。出産をサポートし、母子の健康を守ることができるよう、会をあげて、真摯にこの問題に取り組んでまいりたいと存じます。
 また、現在、分娩を取り扱う開業助産師について、ホメオパシーの使用に関する実態調査をしており、集計がまとまり次第公表いたします。
 なお、妊娠、出産、子育て期にある女性やそのご家族におかれましても、助産師が助産業務においてホメオパシーを使用しないことをご理解いただきたいと存じます。助産師は、皆様にとって不利益のないよう、正確な情報の提供に努めてまいります。

 最後のパラグラフは、「あなた方もホメオパシーを使ってくれとは求めないでくれ」というメッセージなんだろうな。そういう例をあまり想定してなかったけど、わざわざこう書くということは、それなりに要望はあるのかもしれない。

 日本薬剤師会による文書。⇒日本薬剤師会

「ホメオパシー」に係る学術会議会長談話について


平成22年8月26日
(社)日本薬剤師会
会長 児玉 孝

 平成22年8月24日、日本学術会議の金澤会長は、別添のような「ホメオパシー」に関する談話を公表されました。

 当会では標記の件について、以下のように考えます。

 科学的にエビデンスが明確に証明されていない、あるいは曖昧な医療類似行為を医療従事者が行うことは、当該患者の適切な医療を受ける機会を損ない、症状の悪化を招来し、時として死に至らしめる可能性も否定できません。医療に携わるものとして、安易にこうした行為を行うことは厳に慎むべきと考えます。また、医薬品を扱う専門職の薬剤師の立場からすれば、効能・効果が科学的に確認されていない「医薬品類似物」が医療現場で使用されることは、医薬品の適正使用の観点から、ひいては国民患者の安全な医薬品使用を確保する観点から、入手手段の如何にかかわらず極めて重大な問題であると認識しています。


※以下、平成22年8月24日付日本学術会議会長名で出された「「ホメオパシー」についての会長談話」掲載

 追記:2010/08/27ここまで

 これら日本の医療団体が一斉にホメオパシーについて見解を示したのは、日本学術会議会長の談話にあるように、

 山口地裁では5月、新生児が一般に投与されるビタミンKを与えられず死亡したとして、ビタミンK投与の代わりにホメオパシー療法を行った助産師を相手取り損害賠償を求める裁判も起きている。こうしたことを受けて、学術会議では急きょ、会長談話を出すことを決めた。

 という事情があったからで、死者が出てからという残念さは伴うものの、それゆえに深刻な問題であるという意識が醸成された結果だろう。

 これら多くの医師団体からはっきりと「NO」と示された形のホメオパシーだが、この状況をどう捉えるかはおそらく二分してしまうだろう。

 「製薬会社と、それと結託した医師団体という2大既得利益団体による弾圧」と受け取ってしまう人は必ずいるはずで、ホメオパシー団体もそういう方向に誘導しようとするだろう。あるいは「あの人たちはホメオパシーを理解せずに批判している。理解すればそんなことは言えないはず。理解している私たちには無関係なこと」としてユーザーの耳を塞ごうとするか。

 いずれにせよ、「どういうことを言われても信じる」という人は一定数いることは残念だが仕方ない。
 しかしこの医師団体、学術会議によるコメントによって、「なんとなく信じてた」とかこれからホメオパシーに触れるであろう人々が、ちゃんとした知識の下にホメオパシーとのつきあい方を考えてくれたら、そして1つでも悲劇を未然に防ぐことができればいいと思う。

 自分が信じているものに対してのネガティブな言説は信じたくないというのが人の性ではあるのだが、一国の省庁を預かる(ということは税金を預かる)大臣がそういうことでどうするんだろう。
 この記事↓の日付は2010/08/25。日本学術会議会長の談話を受けての大臣のコメントだ。

厚労相、ホメオパシー効果調べる 研究班組織へ

 長妻昭厚生労働相は25日、日本学術会議の金沢一郎会長が「ホメオパシー」と呼ばれる代替医療の効果を否定する談話を発表したことを受け「本当に効果があるのかないのか、厚労省で研究していく」と述べた。視察先の横浜市内で記者団に語った。

 同省は医学者らによる研究班を組織し、近くホメオパシーを含む代替医療に関するデータ集めを始める。

 ホメオパシーは植物や動物、鉱物などを希釈した水を染み込ませた砂糖玉を飲む療法だが、24日に出された会長談話は「(これに頼ることで)確実で有効な治療を受ける機会を逸する可能性がある」と警告した。推進団体は談話に反発している。

 どれだけ信じたくないんだよ。

 民主党には弱点が色々あるが、迷信や陰謀論に極端に弱いように見えるのはどういうことだろうか。少なくとも民由合併前の旧民主党には、それまでのような政治的な力関係が大きく影響する不条理な政策決定ではなく、理屈、理性、知性で政策を実行していこうという気概が感じられたものだけども、何だこの体たらく。

 実は民主党内には2008年に立ち上がった「統合医療を普及・促進する議員の会」という勉強会がある。会長は鳩山由紀夫衆議院議員、会長代行が櫻井充参議院議員。
(また同年、超党派でも「統合医療を実現する超党派議員連盟の会」も立ち上がった。会長は綿貫民輔前衆議院議員、副会長は鳩山由紀夫衆議院議員)

 この記事でも書かれているとおり、2010/02/05に開かれた厚生省の「統合医療プロジェクトチーム」第1回会合で配られた資料には、「統合医療に関する省内外の取組みについての調査(案)」として、ちゃっかりホメオパシーが調査すべき「相補・代替医療」リストの中に挙げられている。なんと「伝統医学」として。

 結局長妻大臣は、この路線を日本学術会議のような「横やり」で崩されたくはないのだろう。もしも「無効」とする調査結果が出るとしても、あくまでも自分たち調査によるべきであって、既に引いた路線から外れた形では認めたくない、と。

 なんと非効率的なことよ。

 実は先日、上記民主党「統合医療を普及・促進する議員の会」の代表代行である櫻井充参議院議員がTBSラジオ『dig』という番組の「ホメオパシー問題から代替医療を考える」という特集にゲスト出演した。(内容の詳細は「TBSラジオ Dig「ホメオパシー問題から代替医療を考える」を聴いて」に詳しい)

 その中でホストから

ちょっと気になるのがやっぱり予算とか絡む問題だとも思うんで、例えばそういった部分に予算をやって、民間で研究をして否定されつつあるものも再検討するということであれば...

 と言われた櫻井議員は間髪入れずにこう答えている。

いや、すみません。民間で否定されているものまで再検討する気はありません。

 是非そうあってほしいものだ。

 日本学術会議をはじめ、これだけの団体に否定されたホメオパシーは、まさにこれ以上ないくらいの「民間で否定されているもの」であって、それでもあえて再検討しようというのなら、櫻井議員の発言は「何でもアリ」だと言ってるに等しい。
 櫻井議員はこの後、

我々も無駄なことをしゃかりきになってやろうなんていう気は全くありません...

 とも言っているが、これも是非そうしてもらいたい。

 ダメだと既に分かっているものを、わざわざお金をかけて「やっぱりダメでした」という確認する作業をするより、(もしもあるなら)もうちょっと有望なものにカネを振り分けようとするのがマトモな行政マンとしての判断じゃないのか。
 「俺たちも調べたけど、やっぱりダメだったよ」と言うことは、過去の経緯を武器にしてどうしてもとすがってくる相手を切り捨てる材料としては確かに有効かもしれないが、そうなるとそれはもう、学術的ではなく政治的な目的にすぎない。そんなのはカネをかけずに民主党内で勝手にやってくれ。

 今回の日本学術会議のコメントを受けてこれ幸いにとホメオパシーを切ることができない長妻大臣は、厚労大臣をやめて年金大臣になればいい。

突然食いたくなったものリスト:

  • 冷凍板チョコ

本日のBGM:
沖縄ベイ・ブルース /DOWN TOWN BOOGIE WOOGIE BAND






 食の安全情報blogさんの「食品添加物の解説記事を機関誌に掲載する生協は「変節」したのか?」というエントリを読んだ。

 このエントリそのものについて異論があるわけではなく、むしろ賛同している。私がここで採りあげたいのはこのエントリで紹介されている生協の機関誌(「コープかながわ機関誌 MIO 9月号 」(pdf))について。
 だったらどうしてこのエントリまで紹介したかというと、単に、読んでもらいたいから。(^O^) いいブログなので。

 当該エントリでも紹介されている、この機関誌の食品添加物についての記事の中にこんな部分がある。


以前、中華料理屋で通常使用量以上の調味料を摂取した人に中毒症状が出るという話がありました。(※下記(5))

 で、ここで示される「下記(5)」の記述はこう↓。

(5)グルタミン酸の話
 グルタミン酸(昆布のうま味成分)による中華料理店症候群が問題にされたことがありました。
(1960年代に中華料理を食べた少数のアメリカ人が食後に眠気、顔面の紅潮、掻痒感、頭痛、体の痺れなどの症状が見られたとされ「中華料理店症候群」と呼ばれました。)
 食品添加物の専門家の西島基弘先生(実践女子大学教授)が学生と一緒に実際に食べたところ、調味料として必要な量の100倍(数グラム)くらいを一度に摂ったときアゴがひきつる感じがした人がいたそうです。これはグルタミン酸を大量に口に含むと唾液が一度に出るためと思われ、通常使う量ではこのようなことは起こらないと指摘しています。
 いずれにしても使い方と量を考えることが大事であって食品衛生法の使用基準を守ればありえないことです。極端な話をするならばカフェインも、コーヒーを1、2杯飲むならば大丈夫ですがもし100杯を一度に飲めば問題が起こり、誰もこのようなことはしないでしょう。

 このマンガの部分で筆者が示したいのは、量の概念を無視して危険性を議論しても無意味という至極当たり前の(しかし「不安」を感じちゃう人々には理解されにくい)話なんだけども、それを伝えるためにこの例が適切かどうか。

 「中華料理店症候群」については、以前にうちのブログのエントリ「化学調味料関係のとりあえずのメモ(その4)」で書いた。そこからご紹介。

グルタミン酸の安全性
グルタミン酸はタンパク質中に最も多く存在するアミノ酸であるから、われわれは毎日の食事でかなりの量(1日約20g)のグルタミン酸を摂取している。したがって、グルタミン酸は本来安全性の高い物質であるとみなされてきた。ところが、1960年の後半から1970年代にかけて、グルタミン酸の安全性に疑いを投げかける報告が相次いでなされた。
第1の報告は、生まれたばかりのマウスに大量のグルタミン酸を注射すると、脳の視床下部の一部の神経が細胞死するというもの。
第2の報告は、中華料理を食べたあとに、その中に含まれているグルタミン酸により、顔がほてったり、頭痛がしたり、動悸がするといった症状(中華料理店症候群 Chinese Restaurant Symdrome, CRS)がみられたという報告。

 この「第2の報告」が「中華料理店症候群」。
 これらの「報告」を受けて、

JECFA(FAO/WHO合同食品添加物専門家会議)はMSGを中心にグルタミン酸について安全性評価を実施し、1973年の会合においてL-グルタミン酸を含む5物質について「0~120mg kg体重^-1 day^-1」のADIを設定した。
※許容1日摂取量(Acceptble Daily Intake,ADI):認められるような健康上のリスクを伴うことなく生涯にわたり毎日摂取することができる、単位体重あたり(標準的な人=60kg)で表現された食品添加物量についてのJECFAによる見積もり。
またこの会合において上記「第1の報告」について議論され、このADIは生後12週前の乳児には適用しないとされた。
(文中の「MSG」というのはグルタミン酸ナトリウムのこと。味の素の主成分)

 つまりこの2つの報告により、1973年にグルタミン酸はADI(健康上のリスクを伴うことなく生涯にわたり毎日摂取することができる量)が設定された、と。

 しかしその後、グルタミン酸の安全性について多くの研究が行われた。

 「第1の報告」(生まれたばかりのマウスに大量のグルタミン酸を注射すると、脳の視床下部の一部の神経が細胞死する)については、

食物の成分を注射して安全性を議論することはいささか的外れの議論で、その後の研究では、大量のグルタミン酸を口から摂取しても大部分のグルタミン酸は消化管で代謝され、全身を回る血液中には移行しないことが明らかにされた。したがって口から大量にグルタミン酸を摂取してもグルタミン酸が脳に移行することはありえないと結論されている。

 そして「第2の報告」(中華料理を食べたあとに、その中に含まれているグルタミン酸により、顔がほてったり、頭痛がしたり、動悸がするといった症状(中華料理店症候群 Chinese Restaurant Symdrome, CRS)がみられた)については、

その後の二重盲検法による検査により、グルタミン酸摂取と中華料理店症候群の間には有意な関係はないと結論されている。

 のだと。中華料理店症候群についての実験の中には、こんな↓ものもあった。

グルタミン酸ナトリウムに敏感(6症例)であると主張している人を対象に、プラシーボを用いた二重盲検比較試験。この試験で6gのMSGの摂取に対する反応を検討したところ、2例はMSGとプラシーボの両方に陽性の反応を示し、ほかの4例は両者に対しまったく反応を示さなかったという。

 というわけで、中華料理店症候群とMSGの関係は否定されつつある

 そしてその他多くの試験結果に基づき、

1987年、JECFAはグルタミン酸のADIを、"0~120mgkg体重^-1day^-1"から"ADIを特定しない(ADI not specified)"に変更した。なおその際に、「グルタミン酸の使用に関して妊婦および乳児を特別に扱わなくてはならない科学的根拠はないが、食品添加物の一般的見解としてグルタミン酸についても生後12週以前の乳児には使用すべきでない」という文章が追加されている。その後EU委員会および米国FDAもこの結論を支持している。

 となっている。つまりどれだけ食べても大丈夫だと。

 長々と書いたが、結局、この機関誌のマンガのように「中華料理店症候群」をグルタミン酸ナトリウムの過剰摂取と結びつけることは、そのこと自体が時代錯誤だし、更にその解説として

 食品添加物の専門家の西島基弘先生(実践女子大学教授)が学生と一緒に実際に食べたところ、調味料として必要な量の100倍(数グラム)くらいを一度に摂ったときアゴがひきつる感じがした人がいたそうです。これはグルタミン酸を大量に口に含むと唾液が一度に出るためと思われ、通常使う量ではこのようなことは起こらないと指摘しています。

 を出してくるのは「中華料理店症候群」の説明としても間違っている。
(ただ、「やっぱりモノには限度がありますなあ」という話自体はその通りだとは思う。どのような実験だったか興味がある)

 もしそのくらいで本当に「中華料理店症候群」が起こるなら、ラーメン○郎では毎日患者が出ていないといけないだろう。


【資料画像】
これが「耳かき1杯」には見えんわね。家庭でもチャーハン作るのならこのくらい平気で入れちゃうだろう。

 確かに食品添加物についての話だし、このあたりの話を例として出したくなる気持ちはわからないでもない。しかしこの特集は食品添加物について「迷信」を排除して合理的に判断していこうという明確な意図に基づいて組まれているのだから、やはりこんなことしちゃいかんと思う。

 追記:2010/08/27

 だって、もし「想定外なほどたくさん使ったら、そりゃ何だってマズいよ」という話の例として「中華料理店症候群」を出すんなら、それは中華料理店では普通に「想定外なほどたくさん使」われていて、今でも危険があると言っているようなもんだから。実際にはそんなことはないのだから、そんな人身御供のような例を出すのはアンフェアだ。

 追記:2010/08/27ここまで

#重ねて言うが、この特集そのものは食の安全情報blogさんと同じく、高く評価している。その分、「残念」だったことを指摘しておきたいというだけ。

##この記事には「無添加をうたい、安全と誤認させる商法は詐欺といえないまでも不適切です。食品添加物を正しく使うほうが食品の安全性が保たれることも多いのです」といった、非常にマトモで、考えてみれば当たり前の、しかしともすれば一部の「生協」のイデオロギーに反しかねない記述がしっかり書いてある。素晴らしい。

突然食いたくなったものリスト:

  • 板チョコ(夏はなかなか食べられないよ)

本日のBGM:
河内音頭 /河内家菊水丸

盆踊りといえば河内音頭。他の地域、北大阪でさえどうなのか知らないけども。





 先日のホメオパシーについてのエントリ(「キンケシで字が消えないように、ホメオパシーでは...」)で、肝心なことを書くのを忘れていたので続編を書いておく。

 ホメオパシーは効かない。

 ホメオパシーは、「その作用メカニズムがわかってないから(どう「効く」のかわからないから)否定されている」のではなく、既に「効かないことがわかっている」のだ。
 これは最近の研究でも明らかになっている。

 よく知られているように、「これは胃薬だ」と言って単なる小麦粉を与えたら本当に胃の不調が治ったというような効果は、確かに世の中には存在する(偽薬効果、プラセボ効果)。
 ホメオパシーにもその程度の効果はある......と書くとポジティブなイメージを与えかねないが、言い換えればホメオパシーには小麦粉や砂糖玉と同程度の効果しかないということ。

 病院で受けることのできる標準的な医療というのは、時間的、人的、金銭的その他膨大な資源が投入された結果として出来上がっている。
 数え切れないくらい多くの人が、多くの時間を費やし(人によっては人生をかけて)、私費、公費を大量に使い、だからこそ間違いは徐々に訂正され方向性を見いだしてきた私たちの「成果」なのだ。

 小麦粉や砂糖玉を飲むことで得られる偽薬効果が、この標準的な医療以上の治療効果を上げられるかどうか。

 とはいえホメオパシーを全否定するのがいいのかどうかというのは難しいかも。
 つまりお守り程度のものとして。

 これは菊池誠教授も同じようなことを言っていた気もする。

 頭痛や風邪など、「普段は医者にもかからず治るまで放置するが、その治るまでの過程の苦痛を和らげるためにホメオパシーを使う」程度であれば問題はないのかな、とも思う。

 ただ、普通なら病院に行くところを「レメディを飲んだから」行かないとか、「西洋医療は云々」という理由で診療を避けるようになるのは行き過ぎだし、リアルなリスクが非常に高くなると思う。
 自分以外の(例えば子供とか)に対するものであれば、余計に慎重な判断が必要で、ホメオパシーで「治る」と思ってはいけない。

 「自己責任」という言葉は確かにあり、その通りだけれども、自己責任という言葉は情報がちゃんと提供された状況の下で初めて使われるべき言葉だ。それが誤解に基づくものであれば正す言説も必要だろう。特に本人以外に「処方」される場合は。

 最近あるホメオパシーユーザーのブログで、病院で受けられる治療について、「あの誰でも彼でも同じような量やパターンで投与する、あの標準治療」と表現しているところがあった。それに対してホメオパシーはその人を診る、と。「そこが融通が利かないから、西洋医学は×、ホメオパシー、とかになってしまうのかも??」ということのようだが、どれだけ「標準治療」を誤解しているのかと。
 「標準医療」の方がよほど真剣に、多くの資源を投入して「その人を治す」ことに向き合ってるぞ。

 こんなの(「「あかつき」問題を憂慮する会」)を見ると、「あの誰でも彼でも同じような量やパターンで投与する、あの標準治療」などという思い込みが、どれだけの悲劇を生む可能性を孕んでいるかについては、ホメオパシーユーザーも自覚しておくべきだと思う。

 ではこれと、さっき書いた、

 とはいえホメオパシーを全否定するのがいいのかどうかというのは難しいかも。
 つまりお守り程度のものとして。

 との関係はどうなのかといえば、やっぱりバランスなのだろう。

「痛いの痛いの、飛んでけ~!」
「ツバでもつけときゃ治るよ!」

 というおまじないを使う時、使う人はその経験から無意識にバランスを計っている。医者に連れて行くべきか、その程度で我慢させておくべきかについて。
 その意味でのホメオパシーなら、共存はあり得るかなぁ、とか思ったり。

 しかしそうなると結局は使う人の見識ということになるわけで、実はこの使い方は非常に難しい。

 なんて話を言ったところで、

「そんなこと言うけど、実際に私は治ったよ」
「問題なかったよ」

 なんて話があって、これはきっと本当なんだ。だからこそ広がっていくのだろう。

 しかしその「体験」は本当でも、その「見解」は、「ほんとのこと」をちゃんと映し出しているとは限らない。

 これも菊池さんが最近書いていた(「ホメオパシーをめぐって(2) 菊池誠」)ことだけども。

 先日の私のエントリにも書いた、K2シロップ不投与によって赤ちゃんがビタミンK2欠乏症で死亡したことを巡る民事訴訟の話。

原告は、助産院で出産したのち、その赤ちゃんをビタミンK2欠乏症で失ったというお母さんである。ビタミンK2欠乏症は新生児の1/2000から1/4000程度(母乳と粉ミルクで違い、母乳のほうが倍ほど確率が高い)が発症するとされるが、ビタミンK2を与えれば予防できることがはっきりして、いまでは新生児にビタミンK2のシロップを与えるのが標準的な医療になっている。

ところが、問題の助産院ではビタミンK2シロップの代わりに、ホメオパシーのレメディが与えられ、それにもかかわらず助産師は母子手帳にビタミンK2投与と嘘の記載をした。

 これについて、菊池さんはこう書いている(強調は引用者[=ひえたろう])。

この事件は例外なのだろうか。いや、現実に多くの助産院がホメオパシーを利用し、ビタミンK2レメディも使われていた。(1)にも書いたように、ビタミンK2欠乏症の確率は母乳育児の場合で1/2000程度とされている。これが意味するのは、ビタミンK2シロップの代わりにレメディを与えている助産師のほとんどすべては、ビタミンK2欠乏症を経験しないだろうということだ。そうなると、ビタミンK2の代わりにレメディを与えておけば大丈夫という信念も強くなるに違いない。

しかし、この程度の確率だからこそ、自分のまわりでビタミンK2欠乏による事故が起きていないという個人的体験に頼ってはならないのである。実際には、シロップの代わりにレメディを与えるという行為は、何も与えない場合と同じだけの潜在的なリスクを新生児に与えている。したがって、シロップではなくレメディを使っていた助産師の誰が当事者になってもおかしくはなかったはずだ。いや、発覚していないだけで、同様のできごとが他にも起きている可能性は高い。

 結局、ビタミンK2欠乏症について「何もしない」ことのリスクと「K2レメディを与える」リスクは同じであり、その確率が1/2000~1/4000ということは、それは1999/2000~3999/4000の確率で「大丈夫」なわけで、たいていの場合、何もしない/レメディ使用であっても実際にビタミンK2欠乏症になることはない。

 つまり、「K2シロップの代わりにレメディを与えたけど、これまで何の問題も起きてないよ」というのはたまたまラッキーだっただけであって、レメディによってビタミンK2欠乏症のリスクが回避された結果ではない。
 現象的に「何も起こってない」ことについて、自分に都合のいい解釈をしているだけだ。

 ひょっとしたら1/2000や1/4000なんて確率を見て現実感を抱けないこともあるかもしれないが、この確率は当然、10000人の赤ちゃんがいれば2~5人は確実にビタミンK2欠乏症になるという数字であって、それが自分の子供に降りかからないという保証はもちろんどこにもない(だからこその確率)。

 一般論で言えば、人は全てのリスクについて必ず対処しなければならないということはない。リスクの回避策は、そのリスクを回避するコストとベネフィットを勘案して決められるべきものだ。
 しかしビタミンK2欠乏症のリスク回避は、K2シロップを服用させるだけで避けることができるのであって、「必須」とも言える種類のリスク回避手段だ。そんな簡単なリスク回避策でさえ「K2レメディ」が存在することによって拒否されるのなら、ホメオパシーっていったい何?ということになるだろう。(重ねて言うが、赤ちゃんに「自己責任」なんて概念は適用できないし、もちろん「プラセボ効果」も期待できない)

 予防についてもそうだし、もちろん対症療法(代替医療系の人はこの言葉を嫌うけど、「○○のレメディ」という存在は、まさに対症療法そのものじゃないの)についても同じことで。

 例えば頭痛や生理痛のレメディを服用したとして、レメディによって治まったのかそうでないのかはそれこそ確率の陰に隠れた「気の持ちよう次第」ということになるだろう。

 「科学」という言葉を使うと「科学で全てがわかるわけではない」だとか、あらかじめ用意しておいたステレオタイプな「反論」を次々に繰り出す人もいるが、科学というのは「メカニズムがわからないから否定する」という類のものではない。

 科学とは、メカニズムが不明でもその効果が確かめられていればそれでよしとするものだ。つまり、わけがわからなくても「効く」ならそれでいい。
 ホメオパシーが否定されているのは「メカニズムがわからないから」ではなく、「実際に効かないから」だ。

 そのへんを誤解させるモノイイには(たとえば「効果のほどは疑問」程度の言い方であっても)ご注意くだされ。

 「頭の固い人たち」「既得権益を守るための」みたいなモノイイも常套句だけど、その言葉のペラッペラ具合を鑑賞するくらいになりたいものだ。

突然食いたくなったものリスト:

  • ジャングルマン

本日のBGM:
島唄 /THE BOOM






【追記2010/08/11】
【訂正2010/08/10】意味が通じにくい部分があったので、色々推敲しました。

※この記事はこのブログの読者の中でもニセ科学関連の議論にコミットしている方には言わずもがなのことだと思いますが、そちらにはあまり興味のない、例えばラーメン関係の記事を目当てにアクセスしてくれる読者にも知っておいてもらいたいと思って書きました。
 なのでもし間違いの指摘や補足情報などありましたら、コメント欄に書いていただければありがたいです。
 個別記事の下部にははてブコメントも表示されるようになっています。

 この1ヶ月ほど、ホメオパシーを巡る...いや少なくともホメオパシーの周辺を巡る話題はそれまでと比べものにならないくらい頻繁に登場するようになってきた。

 おそらくそのきっかけになったのは2010/07/09のこのニュース。

・「ビタミンK与えず乳児死亡」母親が助産師提訴(読売新聞)

 事件そのものはブログ「助産院は安全?」の2009/09/29のエントリ(「ビタミンK与えず乳児死亡」母親が助産師提訴)で既に採りあげられており、上記の読売新聞のニュースはその事件が訴訟に発展したことを伝えるものだった。

 ホメオパシーとはヨーロッパ起源の民間療法で、Wikipediaによると

もし健康な人間に与えたら似た症状をひき起こすであろう物質をごくわずか与えることで体の抵抗力を引き出し症状を軽減するという理論を掲げる治療法

 とされている。

 しかしこれが、アレだ。

 まず前提条件となっている「健康な人間に与えたら似た症状をひき起こすであろう物質をごくわずか与えることで」本当に「体の抵抗力を引き出」せるかどうか、という一番重要な理論自体にまったく根拠がない
 もしその部分に疑問を持たなかったとしても、「健康な人間に与えたら似た症状をひき起こすであろう物質をごくわずか与える」という部分の「ごくわずか」がどのくらいわずかなのかを聞くとどうだろう。

ホメオパシーに用いるレメディー(「療剤」とも)は、地上におけるさまざまな物質から成分を取り出して、水やアルコールで10倍ないし100倍の希釈を行い、それを震盪(よく振ること)して作られる。
......
この希釈・震盪を6回から1万回繰り返して、最後にこれを小さな砂糖粒に染み込ませて作成する。たとえば10倍希釈・震盪を9回繰り返して作ったレメディーは9X(Xは10倍希釈を意味する)、100倍希釈・震盪を30回繰り返したレメディーは30C(Cは100倍希釈を意味する)と呼ばれる。もっともよく使われるのは30Cであり、ほかに200C、1,000C(1Mと呼ぶ)、10,000C(10M)、6Xなどが用いられる。

 この希釈がどのくらい凄いかといえば、

最も広く利用される30Cの希釈とは10030倍希釈、すなわち1060倍の希釈を意味し、これはアボガドロ定数さえ遥かに超える巨大な数である。しかし実際に摂取する砂糖粒は小指の爪以下の小さな塊であり、この中にはもはや原成分は1分子たりとも存在していないはずである。

 というくらい。

 そもそも、「健康な人間に与えたら似た症状をひき起こすであろう物質」ってモノイイが凄いじゃないの。K2シロップを健康な人間に与えたら起きる症状って何?そしてそれと似た症状を引き起こすであろう物質?

 ちなみに世の中には不安とか嫉妬とか怒りのレメディーすらも存在する

 つまりホメオパシーさんは不安や嫉妬や怒りといった感情を引き起こす物質を知っているということ。
#考えてもみてよ。「この物質を与えると、人間は嫉妬を感じます」「これだと怒りです」みたいな物質が、普通にあると思う? で、それと「似た症状」を起こす物質って、それに輪をかけて「何??」って感じ。

 で、これを「原成分は1分子たりとも存在していない」くらいに希釈して(つまり単なる水)、これを砂糖玉にしみこませて飲むのがホメオパシー。

 つまり、ホメオパシーはいろんな「なんじゃそれ?」の集合体なのだ。(^O^)

「健康な人間に与えたら似た症状をひき起こすであろう物質
(そんなんあるの!?)

をごくわずか与えることで
(「ごくわずか」って、それ、ゼロですから)

体の抵抗力を引き出し症状を軽減する。」
(そもそもそんなことで「体の抵抗力を引き出し症状を軽減」するの?)

 こういう冗談みたいなものが、世の中には広まっている。
 注意してもらいたい。

 「そんなもの、真に受ける奴なんかいるわけないじゃん」と、ホメオパシーについては初めて知った読者は思うかもしれない。

 ところがぎっちょん(死語)。
 世の中はあなたの予想の斜め上を行く。

 そもそもドイツ人のハーネマン医師の思いつきからスタートしたホメオパシーは、ヨーロッパではそれなりに広まっており、英国王室でも用いられているのだ。

 といっても、そんなことは↑のわけわからん理論の裏付けには一切ならない。

 ホメオパシーはこのあたり(「英国王室御用達」「ヨーロッパでは普通にレメディが売られている」「保険も適用されている」)をセールストークにして日本でも広まっているのだけども、現在はイギリスでもその有効性は否定的となっていて、つい先日も英国下院科学技術委員会がホメオパシーにプラセボ以上の効果がなく、ホメオパシーは保険適用すべきでないとの報告書を出している。
#ただし保健省はこの科学的見解を受け入れながらも保険適用は続ける決定を出した。いろいろ政治的な力が働いたのかもしれないが、効かないという前提で保険適用を続けるのは公共財政からの支出としては訴訟リスクが高まったりして健全性への圧力が強くなるだろうから、将来的には遅かれ早かれ保険適用外に進んでいくだろう。

 この1ヶ月ほど、ホメオパシーの話はネット上でも多くの議論が積み重ねられており、もし興味があればkikulogあたりからでもたどっていってほしい。

 上記の通りホメオパシーのレメディは単なる砂糖玉なわけで、だから別に体に悪いわけではない
 その意味では確かに「副作用」はない。
 しかし効きもしない。そもそも「主作用」(って言葉あるのかな)すらないと。

 という意味でいえばホメオパシーは無害なんだけども、しかしその先には大きな問題がある。ホメオパシー「治療」を受けることによって、

「レメディーを取ってるから病院に行かなくてもいい」

 と、通常医療を受けなくなってしまうところ。

 特にホメオパシーの現場では、売り文句として「西洋医療の弊害(副作用・薬漬け・対処療法に過ぎない、など)」が用いられることが多く、ユーザーは「病院での診療/投薬」の代わりとしてホメオパシーのみを用い、ひいては本来の診療を受けないまま深刻な結果をもたらすことになりかねない。

 こうなってくるともはやホメオパシーは「有害」と言わざるを得ない。

 風邪のようにいつの間にか治ってしまうものなら、レメディーを飲んで病状がピークになったら「好転反応だ!」(好転反応については後述)と喜んで、治ったら「レメディーで治った!」なんて呑気なことを言っててもいいけど、もっと重篤な病気でそんなことをしたらどうなるか。
 実際に冒頭のK2シロップの件では乳児が亡くなるという最悪の事態に陥った

 最近話題になったものでは、こういうものがある。

・主訴は腎臓です。2歳で発病し、2年ほど入院し、今は通院しています。10歳になりました。

 これはあるホメオパシー団体がやっているQ&Aだが、この相談の中に、こういうものがあった。

病院では、免疫抑制剤がだされ、毎日飲まなくてはならず、とても疑問を感じていたところに、ホメオパシーに出会い、やってみたいと強く思い、相談会を申し込みました。3回めの相談を受けたところです。
今は病院の薬は飲ませていません。
かんじんひぞう、バーバリスをとっておりますが、調子よさそうにしています。
ただ、やはり毒だしのレメディ(抗生剤、全身麻酔、胸腺の毒だし)をとると、すごい好転反応がでてしまいます。わかってはいますが、ちょっと続けられないくらい、顔、特に目がはれてパンパン、足もむくみ、蛋白尿がでて、みているのが辛くて断念してしまいます。

 「好転反応」とは......このQ&Aを開設している団体の指導者由井寅子氏はこう言う(後述の朝日新聞記事より)。

 好転反応について、ホメオパシー医学協会の由井さんは「症状は有り難い」との持論で説明する。ホメオパシー治療では、病気の症状がかえって激しく出ることがあるが、それは治療で自己治癒力が向上したことの証しの「好転反応」で、有り難いことなのだ、という理論だ。こんな極論を信じた結果、患者は症状が悪化しても「良くなっている」と思いこみ、病院に行くのを拒否する、というのが梅沢さんの指摘だ。

 しかしそりゃ薬をやめて砂糖玉飲むだけになれば、病状も悪化するわなあ、普通に考えて。という話。
 これを放置すればどうなるか、容易に想像がつくはずだ。

 で、この相談者。
 腎臓が悪い10歳児は病院の薬を与えられず、代わりにいくつかの砂糖玉だけを与えられて「好転反応」が出まくっている......。

 このページを見た医師をはじめ、多くの人がこれは緊急事態だとこの子供を助けるべく関係機関に情報提供を行ない、警察も動いて児童の無事が確認されたという事態が、ごく最近にあった(⇒経緯はkikulogのこのエントリとコメント欄を追えばだいたいつかめる。

 その後、このサイトはこの騒動へのフォローとして、こんなすっトボけたコメントを掲載した。

記事No.3388の件で、このお子さんの状態を心配される投稿がありましたので、詳しい状況を本人に確認しましたところ、ホメオパスからも勝手に判断して薬を止めるのはよくないので検査や現状把握のためにも病院に通うことは必要であると言われ、お医者さんとの相性が悪いということであれば、セカンドオピニオンで他のお医者さんに診てもらうのも一つの方法であると前回の相談会でも言われており、この点よく理解していますということでした。近々定期検査のため病院にもいく予定になっていますということでした。お子さんですが、現在は、体験談に書いた通り調子よさそうにしており、いたって元気で学校にも通っているとのことでした。
好転反応についてはかなり大げさに書いてしまったとのことでした。また、その好転反応ですが、投稿した内容からもわかるように過去のことで、現在はほんの少しむくんでいる程度で、こちらも近々ホメオパシー健康相談会を受ける予定になっており、そこで出されたレメディーをとって好転反応がでたときの対処方法を聞きたいと思って投稿したということでした。
今回は、いろいろな人がこの体験談をみて下さっているということがわかり嬉しく思うと同時に、心配してくれアドバイスしてくれたということにとてもありがたいと思いました。この度は、管理人として、注意や配慮が不足していたと反省しております。 今後とも何か気づいたことなどありましたら、ご連絡やアドバイスなどいただけると大変ありがたく思います。今後ともよろしくお願いいたします。

 つまり相談者が答えてもらいたいがゆえに大げさに書いたのだという内容。

 しかし相談者が話を大げさに言ったとしても、命に関わるような相談に対して病院に行くことではなくさらにレメディを勧めたという事実は全く変わらない(「勝手に判断して薬を止めるのはよくない」云々も、あとで確認してそういうことを言ったということがわかったというだけ。これも本当かどうかわからないけど)。

 今回は警察などの協力により実際の質問者が特定できたことと、「大げさに言った」というオチがついたため最悪の事態にはならなかったが、これが「大げさ」でなかったらどうだったか、こんなネット上に情報が出てこず、自分たちだけで「好転反応」に耐え続けていたらどうなったかを考えれば、ホメオパシーを「無害」と言うことはできない。

 上記の通り、ホメオパシーは効かない。

 つまり、こういうこと。

 ホメオパシーってのは、文字を消すのにキン肉マン消しゴムを持ち出すようなものなんだ。

 「消しゴム」と呼ばれているけど、一度でもあれで文字を消そうとしたことがある人はあれがほんとの消しゴムじゃないのは知ってると思う。
#そもそも当時バンダイは一度も公式に自社製品を「キン肉マン消しゴム」「キンケシ」とは呼称していない

 あれで文字を消そうとしている人に対し、普通の人は

「キンケシで文字を消すのは無理。だいたい材料からして消しゴムじゃない」

 と言い、ホメオパシーを信じちゃった人は

「普通の消しゴムで遊べますか?文字が消えることで笑えますか?」

 と言う。いや、あんたそれ使って何したいの? 誤字を消すことが目的じゃなかったの? それ消さないと困るんだよ?という話。

「消しゴムは消す時にカスが出るけどカスの出ないキンケシはクリーン。カスによってどれだけの人が苦しんでいるか。だから文字を消すのにキンケシ使いましょう」

「いや、キンケシだと文字消えないってば。無理矢理消そうとしたから、紙がえらく汚くなっちゃったよ」

「それは好転反応です。誤字はありがたい」

 えええええええ。

「消しゴムは誤字が書かれて初めて消そうとするんです。キンケシは楽しく遊べるため、そもそも誤字をしないように体質改善するんです」

「キンケシで誤字をなくすのは無理です、はい。そもそもキンケシじゃ書かれちゃった文字が消えないって言ってるのに」

「文字が消えることで幸せになれますか? 幸せになるためにキンケシを使うんじゃないんですか?」

 てめー。

 何? わけがわからない?

 それが正解。

参考リンク:短いし良記事なので、是非読んでみてほしい。

・問われる真偽 ホメオパシー療法(朝日新聞)

・ホメオパシー療法、信じる前に疑いを [10/08/03]

・[解説]「ビタミンK与えず乳児死亡」提訴(読売新聞)

 今年1月に邦訳が出た『代替医療のトリック』(サイモン・シン)という本の中でホメオパシーに効果がないことについて書かれていて、最近になってそれに対する「反論」がホメオパシー側から出てくるようになった。

 しかしたいてい「反論」といいつつ反論になっていないところが笑える。たとえば「代替医療のトリックに対するホメオパスの反論 ~アロマテラピーと自然療法の専門誌  アロマトピア の連載記事」(食の安全情報blog)あたりを見ると概要がわかる。

 『代替医療のトリック』の中でホメオパシーがどういう扱い方をされているかについてNATROM氏による書評を見るとだいたいつかめる。

 【追記:2010/08/11】

 2010/08/11のasahi.comにこんな記事が載った。

・代替療法ホメオパシー利用者、複数死亡例 通常医療拒む

 代替療法ホメオパシーを利用している人の中で、病気が悪化して死亡する例が相次いでいる。通常の医療は末期になるまで受けていなかった。東京では5月、国立市の女性(当時43)が、がんで死亡した。埼玉でも昨年5月、男児(同生後6カ月)が死亡した。女性の遺族らは先月、「憂慮する会」を設立し、ホメオパシー療法家らに真相解明を求めて運動を始めた。
......

 ここまで来ると、こういう信念はむしろ宗教に近いように見える。それもカルトな。

 この記事を見て、読者はひょっとしたらエホバの証人の輸血拒否事件を思い出すかもしれない。

 エホバの証人(という「キリスト教」宗派)の信者が、聖書の記述(「血を避けるように」「血を食べてはならない」)の独自の解釈により自分や子供への輸血を拒否し、最悪(彼らにとってはそうではないが)の場合、死亡するという事件が話題になった。

 しかしエホバの証人信者の輸血拒否事件と、この記事にあるようなホメオパシーユーザーの通常医療拒否とは明らかに違う点がある。

 エホバの証人の場合、これを拒否したら非常に悪いこと(場合によっては死ぬ)ことを理解しており、しかしそれよりも信仰を優先するという判断がある。

 しかしホメオパシーの場合、患者は治る気満々なのだ。
 治りたいが故に、これをやれば治る(「西洋医学」では治らない)と信じてホメオパシーに傾倒する。

 つまり、目的が違う。

 それが本人ではなく、小さな子供だった時には違いがもっと鮮明になる。
 子供が死ぬかもしれないが信仰は破れないとして輸血を拒否するエホバの証人と、「『西洋医学』を受ければ余計に悪化する」からと、子供を治したいがゆえに病院での治療を拒否するホメオパシー。
 そうした結果、親は起こってしまう現実をどう理解するだろう。
#ただし子供にとってはたいした違いはない。どちらもダメ。

 こう考えると、カルト度はエホバの証人の方が高いが、起こり得る結果について、患者/信者に不誠実なのはむしろホメオパシーの方ではないか。

#「信じる」という言葉には「信頼・信用」という意味と「信仰」という意味の両方が含まれていて、時には混同され「科学教」などという奇異な言葉が使われたりするが、ちゃんと分けて使わなくては話がめちゃくちゃになってしまいかねない。
##この話の場合、エホバの証人信者にとっては「信仰」であることは問題ないとして、ホメオパシーユーザーにとってホメオパシーはどう「信じる」対象なのか。「信頼・信用」から出発したのだとは思うが、「信仰」が混じっていないと言えるか。正直、かなり渾然一体とした状態ではないかと思う。

突然食いたくなったものリスト:

  • もも缶(白桃)

本日のBGM:
Big Jangle /HOLLYWOOD MOTORS

ググった限り全然売れなかったようだけども、いいバンドだったと思うんだよなあ。この曲なんて「風格」すら感じる。こういうストレートというか、王道すぎるロックは時代には合わなかったのかもしれないねえ。ライブハウスとかで酒飲みながら聴くには最高なんだけど。





 ある状況で語られる「科学」という言葉について、実はずっと違和感を持っていた。

 なかなか言葉にできなかったのだけども、poohさんのところの「「ものの見方」」というエントリを見て、ちょっと書きたくなった。

 この違和感はずっと持っていて、昔、黒猫亭さんのところ(「ラーメンだって作っちゃう(笑)」)で、

何度かこちらにコメントを戴いているhietaro さんは、大阪のラーメンを知り尽くしたラヲタの貌も持っている...と謂うか、もしかしたらラヲタとしての知名度のほうがニセ科学論者としての知名度より高いのかもしれないとすら思うのだが(笑)、......

 と紹介して下さった時にも感じた。違和感といってもどうにも言葉にできないモヤモヤとした据わりの悪さであって、不快感でもなく、もちろん照れでもなく、本当に微妙な感覚なんだけども。

 実は私は「科学」や「ニセ科学」について、多くの場合、「科学」を通じて論じているつもりはない。

 私は文科系の学科を卒業しており、いわゆる「理系」の知識がかなり乏しいにたまに「ニセ科学」の話を書いたりするのは、「ニセ科学」が「科学」の知識とは独立した、非常に簡単な話だからだ。「ニセ科学」のニセ度合いは、科学的な信憑性にほとんど関係がない。そりゃそうで、ニセ科学は科学っぽく見えるものであって、中身が必ずしも科学である必要はない(科学であってもいいけど)。問題は、それが見えている/見せているようなものであるか、というだけのこと。つまりニセ科学を論じるのに「科学」的知識や素養はさほど必要ではない。

#この部分が、一時期あった(例えばf氏)「ニセ科学批判批判」の1つのパターンで、「誰だって分かるような簡単なものを持ち出して「ニセだ、ニセだ」と指摘して悦に浸っている」みたいな誤解を呼んだりする。


 「ニセ科学」というのは普通の「論理的思考」あたりがあれば、扱える問題なのだ。もちろんこれは「理系/文系」などとは関係ない、その遙か以前のお話。

 「ニセ科学」という言葉を使うから、それに合わせて「科学」という言葉を使うけども、正直、世の中の「科学」という言葉の使われ方には少し違和感を感じることがある。いや、違和感とは少し違うのかな。かなり言葉が一人歩きしているような、地に足がついていないような印象。

 よく「ニセ科学」側の人の反論として、「科学万能主義」「『科学的に証明されていない』からといって全否定というのはおかしい」みたいなフレーズが出てくるけども、これなどは「科学」という言葉への過剰で無用で無意味な反応のように思える。

 見ていると、「そんな話じゃないのよ」と思う。

 私は自分の内面では、「科学」という言葉よりは、「論理的思考」あるいは「道理」という言葉を使っている。言葉として「道理」の方がかなり広い意味合いを持つけれども、それでも「水からの伝言」やホメオパシーなどに対してそりゃダメだという話をする時に「科学的に間違っている」というのと「道理に合わない」というのは、きっとほとんど同じ意味あいだろうし、個人的には後者の方がしっくりと来る。

 とはいえ今書いた通り言葉として「道理」の方がかなり広い意味合いを持つので、もう少し適切な言葉もきっとあると思う。ただいずれにしても私自身は「水からの伝言」やホメオパシーについては、「科学」など持ち出すまでもなく「こりゃダメだ」と思った。「いい大人がそんなヨタ話真に受けてどうすんだよ」というレベルね。

 だからたまに見かける、「科学」という言葉を使った、もはやパターン化された空中戦に歯がゆさを感じてしまうことがある。

 人間、誰しもいろいろ思考を楽にするために、「これが出てきたら、これとこれで答える」という応答マニュアルみたいなものを心の中に持っている。

 で、ある種の人々は、「科学」という言葉が出てきた途端にステレオタイプ的に「科学万能主義」「既成概念に毒された柔軟性のない膠着思考」「科学で証明できなことがある」「ワタシ、文系なので...」あたりの言葉が出てくるように「応答マニュアル」を構築している。こういう人たちに対しては「科学」というキーワードが出てきた瞬間に有意義な議論はほぼ不可能になってしまう。

 たまに、そういう人に「道理」という言葉をぶつけたらどうなるのだろう、と思うことがある。「科学」の空中戦は、ほとんどの場合「科学」という言葉で示される意味を誤解した(しかも本人はそれに非常に無頓着)状態でなされるので、議論を始めることすらできずに終わることが多いが、もし「道理」という言葉を使えば、大抵の人はそんな言葉に対する「応答マニュアル」は用意していないので、少しは考えるのじゃないかな、とか思ったり。
 「科学⇒理系⇒自分とは関係ない」みたいなアレな思考だって、「道理」という言葉を使えば回避できるんじゃないだろうか。わからないけど。

 ......いやもちろん、この「道理」というのは、「人文科学」などという場合の「科学」とも通じるもので、要は「考え方」であり、つまりは一般的に使われている「科学的思考」「合理的思考」「論理的思考」という意味と通じるのではあるけれど、「科学」という言葉はあまりにいろんなものを背負いすぎているんだよなあ。

 別にこの文章には結論めいたものはないんだけども、何というか、「いやいやいやいやいや、理系がどうの科学がどうの以前にダメでしょ、普通」みたいなものをもうちょっと言えたらいいなあ、とか思う。

 どうもそういうことについても「科学」という言葉を使って説明しちゃうようなところがあって、それがある種の人を相手にする時は話がややこしくなるだけになっちゃったりするんだよなあ、とか思ったり。説明する側としては楽なんだけど。

 なんだろなあ。

突然食いたくなったものリスト:

  • カレーライス

本日のBGM:
Super Xevious /細野晴臣
IIAorB →9↑2←2↓9 10000000





 菊池誠『科学と神秘のあいだ』を読んだ。

 さすが菊池さんという感じの、(オビどおり)ポップなタッチに仕上がっている。


菊池誠『科学と神秘のあいだ


著者による手書きポップ(^O^)

 全編にわたって楽しいのだが、特に印象に残ったのは第3部「僕たちは折り合いをつける」のあたり。

 菊池氏は「奇跡は必ず起きる」という。

...年末ジャンボ宝くじには1等が数十本ふくまれている。いま「買ったって当たりっこない」と書いたけど、そうはいっても何十本かは確実に当たるので、誰にも当たらないというわけじゃない。そりゃそうだ。誰にも当たらない宝くじなんか、誰も買いっこないもの。当たりは必ず出るんだから、当たりが出たって驚く必要はまったくない。それが一等だったとしたって、驚くことじゃない。だって、当たりは必ずあるんだから。
 でも、もし自分が買った宝くじが1等になったら、びっくりするよね。確かに必ず誰かには1等が当たるはずだけど、それが自分だったらびっくりするに決まってる。もしかしたら、びっくりしすぎて、何か理由を考えてしまうかもしれない。宝くじを買う前にたまたま神社にお参りでもしていたら、お参りのご利益だと思うだろうし、普段と違う帽子をかぶっていたらそのおかげだと思うかもしれない。
 もちろん、本当は理由なんかなくて、自分が1等の宝くじを手にしているのは、ただの偶然。誰かの手には必ず届くはずだった当たりがたまたま、本当にたまたま自分の手にあるだけなんだ。でも、頭でそれがわかっていたって、やっぱりびっくりして、何か理由を考えちゃうかもしれない。少なくとも、「奇跡だ」とは思うんじゃないかな。
 こうして、年末ジャンボ宝くじは毎年奇跡を作り出している。この奇跡はかならず起きる。そして、その一部はさまざまな個人的な信心だとかジンクスだとか、そんなものを生み出しているに違いない。

 そして、こう続ける。

 そこで、偶然と必然の問題をもう少し考えてみよう。コインを10枚投げて、10枚とも表になる確率はだいたい1000分の1くらい。これはかなりめずらしいできごとのように思えるけど、逆に言うと、1000回も投げれば、そのうち1度くらいは全部表になっても不思議じゃないともいえる。
 これが20枚のコインだと、全部表になる確率は100万分の1程度までさがっちゃうから、ひとりの人間がひたすらコインを投げ続けてもそうそう出そうにない。それでも、たとえば日本中の人が赤ちゃんからお年寄りまで全員一斉に投げれば、100人くらいは全部表でもおかしくないし、全部表になる人がひとりもいなかったとしたら、むしろ不思議だ。この場合、100人くらいは確実に「奇跡」を体験するわけ。
 30枚だと確率10億分の1だから、さすがに厳しそうだ。でも、全員が20回くらい投げれば、1度や2度は全部表が出るだろうから、絶対に無理というわけでもない。もちろん、それを目撃してしまった人にとってはとんでもない奇跡だよね。これが40枚ともなると、そういう意味でもまず無理になってしまうから、奇跡もそのあたりで打ち止め。

 あるいは、こういう話も出てくる。

 たとえば、「予知夢」について考えてみようか。大地震が起きる前の晩に地震の夢を見ていたら、それは「予知夢」と呼ぶべきものに違いない。そこで、僕はよく「関西で大地震が起きたとして、偶然その前の晩に地震の夢を見る人は何人くらいいるか、見積もってみよう」という問題を出す。みなさんも、ぜひ一度考えてみてください。
 ひとりの人間が一生の間に何回くらい地震の夢を見るかを考えれば、ある特定の日に地震の夢を見る確率がわかるから、あとはそれに人数をかければいい。関西全体で考えるとするなら、その数は数百万人だ。はっきりわからない数については、とにかくなにかもっともらしい数字を自分で考えていれてみる。
 すると、驚くほどたくさんの人が「地震を予知する夢」を見ることがわかるはずだ。本当はただの偶然で、これっぽっちも予知なんかじゃないのだけど、もしもそれが自分の身に起きたらびっくりするだろうし、奇跡と呼びたくなるに違いない。そう、それはやっぱり奇跡と呼ぶべきものなんだと思う。もちろん、自分がその当事者になる可能性はほとんどない。それでも、自分ではない誰かに奇跡は起きているはずなんだ。

 この話は私が実際に菊池氏のサイエンスカフェに参加した時にも話してくれた。

 これらの話で菊池氏は、「奇跡」は個人にとってはレアケースだが、しかし必ず誰かに起こっているのだということ、そして全体(の確率)は科学で扱い得るが、その中の個人的体験(=奇跡)は科学では扱い切れない問題である(「頭でそれがわかっていたって、やっぱりびっくりして、何か理由を考えちゃうかもしれない」)ということを、分かりやすく教えてくれている。そしてそれはちっともおかしいことではなく、「そういうもんなんだ」ということを。

 私はこの章を読んだ時、その少し前に読んだ別の本のことを思い出した、それは中谷宇吉郎の『科学の方法』。この本には、こんなことが書かれている。

 以上のような見方をすると、たとえは人生論などは、もちろん科学が取扱うべき問題ではない。また人間の自意識の問題などに、自然科学的な考え方を入れることも、あまり役には立ちそうもない、少くも場ちがいなものの考え方であると思われる。自意識のような問題は、これは個の問題である。大勢の人間の全体の考え方を調べるには、科学は役に立つ。たとえば経済学のようなものには、科学を取り入れ得る。しかし全体の傾向から漏れた1つの例については、それがきわめて稀れなことで、ほんの誤差の範囲内と見られる場合でも、その例自身については、それは誤差ではない。99.9%は完全に適用できる場合でも、その残りの0.1%に当った人に対しては、それは100%の誤差なのである。

 中谷氏は菊池氏が宝くじなどで挙げた「奇跡」を、災難という裏返した話で説明する。

 1つ例をあげれば、天災だとか、あるいはいろいろな事故(アクシデント)とかいう問題も、科学だけでは、片のつかない問題である。隕石に打たれて死んだ人は、まだ記録がないが、時々隕石が地面まで落ちてくることは確かである。それで今後隕石に打たれて死ぬ人はあり得るといっても、ちっともおかしくはない。隕石は流星であるが、今後いくら流星の研究が進んでも、隕石に打たれて死ぬことを、完全に阻止することはできない。ほんとうの不時の災害というものは、遭遇するまでは、それに遭った個人にとっては、再現されないことなのである。ところが現象自身は、自然現象であるから、科学の対象となるべきものである。
 
...実際にある事件にぶつかった場合、前にいった例をとれば、1万人中9999人は治ったが、1人だけ死んだ場合、誤差は非常に小さいが、その誤差にあたった人自身にとっては、科学は全然役に立たなかったわけである。

 これは菊池氏の挙げた例とは正反対に見えるような縁起の悪い「奇跡」であるが(^^;、言っていることは同じことだろう。

...すなわち多数の例について全般的に見る場合には、科学は非常に強力なものである。しかし全体の中の個の問題、あるいは予期されないことがただ一度起きたというような場合には、案外役に立たない。しかしそれは仕方がないのであって、科学というものは、本来そういう性質の学問なのである。

 それぞれの話は、それぞれ別々の示したいことを明確にするために語られている別の話ではあるのだけども、結局のところは同じことを言っているのだと思う。

 それは、個人的体験は科学の対象になり得ないということ。

【追記】ごめん、「個人的体験は科学の対象になり得ない」というのは確かに言い過ぎ......というより、言葉の使い方が乱暴だった。

「個人的な奇跡体験は科学の対象とはならない」

くらい。

 例えば「◆◆で▲▲が治った!」といった、今でも世間にあふれかえっている体験談。その個人にとっては完全なる「真実」ではあっても、それが他の人にとっては全く裏付けにはならない ── これは昔から今まで、あまりに多く行われている間違い ── ことを、この2人の科学者の話から読み取ることができる。

 個人的体験は科学の対象ではなく、科学は無力である。
  ── 個人的体験とは、「奇跡」の寄せ集めなのだ。

 ただしかし、半世紀を距てた2人の科学者が一般読者に向けて書く時に、同じような話を(かなりの分量を割いて)書かなくてはいけないというこの状況は、ひょっとしたら「進歩がなくて嘆かわしい」と捉えるべきではないのかもしれない。
 むしろ、人間の認識というのはもともとそういうものなのであって、いずれの時代でもそれを理性でカバーする努力が絶えることなく続けられてきたのだと受け取るべきなのではないか ── と、そう思うようになってきた。

 丁度いいタイミング?で菊池誠さんが出演した朝日ニュースター『宮崎哲弥のトーキング・ヘッズ #8 「ニセ科学って何?」』の放送があるので御紹介。

 28日(金曜日)が本放送だったみたいだけど、再放送が来週沢山あるので見られるかもよ。

再放送
土曜 深夜0:00~0:55
日曜 午後1:00~1:55
月曜 午後5:00~5:55
月曜 深夜2:00~2:55
金曜 午後3:00~3:55

 だそうだ。つまり2010/06/04までは見られるチャンスがあると。

 御本人のツイートによると、こういうこと↓みたいなので、そういうことでひとつ。

あ、今日の朝日ニュースター「トーキング・ヘッズ」に出るみたいです。あらかじめいっておくと、ホメオパシーの話とか、突然思い出せなくなってしまって「あれ、どっちだっけ」みたいにあやふやに言っているところあり。それから、メカニズム論など、あとで言おうと思って忘れたものあり

でも、本のプレゼントもある

いずれにしても、「ごめんごめん」の箇所もいくつかあるはずなので、すみません > トーキング・ヘッズ
 

突然食いたくなったものリスト:

  • 麺野郎のインドマグロ鉄火巻

本日のBGM:
Secret Loser /Ozzy Osbourne
ほんとにオジーの声はいいよねえ。





 うま味や、化学調味料についてのメモ。
 まだ続く。

 これらは主に『うま味の文化・UMAMIの科学』(山口静子監修)、『グルタミン酸の科学―うま味から神経伝達まで』(栗原堅三,渡辺明治,小野武年,林裕造)、あるいはネット上の情報による。

  • うま味と後味
    試料を口に含み、飲み込むか吐き出したときの味の強さの変化を測定すると、図のようになる。

    酒石酸(酸味)や塩化ナトリウム(塩味)は口に含んだ時がピークで、その後急速に減少し消失する。塩化ナトリウムは酒石酸よりも少し持続が長い。それに対してグルタミン酸ナトリウムとイノシン酸ナトリウムは、口に含んだときただちにピークが現れるが、そのピークは吐き出した後に復活し、持続性も大きい。 MSGやIMPのピークが後味にも現れる理由の1つは、飲み込んだり吐き出したりすることで試料が口腔の奥まで拡散したときにうま味の感受性部位が一気に刺激されるためで、長く持続する理由としては刺激部位からの試料の脱着しにくさが考えられる。
    (味の素を直接舐めたときにぼわわ~んとした感覚がなかなか舌から取れないのも、この「試料の脱着しにくさ」のためということだろうな)
  • 味の持続性は大きな意味を持っている。レモンや酢の物が口中をスッキリさせる理由の1つは、酸味のピークが急速に消失するから。それに対してポタージュやビーフステーキの味はしばし口中にとどまり余韻を残す。うま味は食物の味わいを持続させ、しかも続いて味わう食物のうま味を相乗作用によって強める働きもする。

    (つまり食事の順番もまた、意識的にであれ無意識的にであれ、味体験に大きく影響するということだろう)
  • 自然界にはいろいろな種類のアミノ酸が存在するが、アミノ酸の味は下図のようにさまざま。しかしいろいろなアミノ酸の味がすべて甘味、苦味、うま味のどれかにきちんと分類されるのではなく、複雑な味をもつものもある。たとえば、アルギニンやメチオニンは、苦味アミノ酸と分類されているが、ただ苦いというだけではなく独特な嫌みのある味をもっている。
    各種アミノ酸の味
    甘味グリシン、アラニン
    微甘味セリン、トレオニン
    苦味メチオニン、ヒスチジン、バリン、
    ロイシン、イソロイシン、トリプトファン、リシン
    微苦味チロシン、フェニルアラニン、アルギニン
    うま味グルタミン酸ナトリウム
    微うま味アスパラギン酸ナトリウム
    [金子武夫,日化,60,531(1939)]
  • 昆布
    乾燥昆布に含まれている全遊離アミノ酸の60%以上がグルタミン酸、約30%がアスパラギン酸で昆布の強いうま味は、これらのアミノ酸による。
  • ↑乾燥マコンブ中の遊離アミノ酸
    アミノ酸 mg/100g アミノ酸の味
    アスパラギン酸 823 微うま味
    トレオニン 3 微甘味
    セリン 11 微甘味
    グルタミン酸 1608 うま味
    プロリン 49  
    グリシン 4 甘味
    アラニン 52 甘味
    バリン 7 苦味
    シスチン 0  
    メチオニン 2 苦味
    イソロイシン 4 苦味
    ロイシン 4 苦味
    チロンン 5 微苦味
    フェニルアラニン 3 微苦味
    トリプトファン 0 苦味
    リジン 4 苦味
    ヒスチジン 0 苦味
    アルギニン 5 微苦味
    総遊離アミノ酸 2585  
  • ↑昆布に含まれるアミノ酸だけでもこれだけある(それぞれ呈味力が違うので含有量が必ずしも指標にはならないが)。グルタミン酸のうま味が大半であるとはいえ、グルタミン酸=昆布の味ではない。
  • 生の昆布自体はそれほど味がないのに乾燥昆布に強いうま味を感じるのは、乾燥中にアミノ酸の組成や量が変化するからではない。天日で乾燥することで海藻独特のあまり好ましくない味や香りがなくなることにより、グルタミン酸やアスパラギン酸によるうま味が生きるから。
  • 昆布を普通の方法で煮出して作ったダシには、うま味を示すほどグルタミン酸が入っていない。カツオプシで作ったダシの中にも、高濃度のIMPは入っていないので、ほとんどうま味がしない。ところが、コンプとカツオプシの両方を使って作ったダシは、うま味の相乗作用のため強いうま味がする
    (なんかこれで謎が解けた気がする。自分でダシを取ってみても、ほんとに薄いと感じてた。プロは凄く濃いダシを取ることができるのかなあと思ってた)
  • 油脂による「疑似うま味」
    揚げ物や炒め物にすると、塩味がマイルドになるが、これがだしの作用とよく似ている。油がこのような「疑似うま味」作用を持つのは、油が舌の表面に広がって、塩の直接の味覚刺激を和らげるため、という意見と、油脂が微少な粒になって水の中に浮遊(乳化)して、鋭い塩味を感じさせないため、という2つの説がある。おそらくその両方が相まって、一種のうま味を感じさせるのだと思われる。
  • 肉そのものや、そこに含まれる脂肪分の臭みをいかに消しておいしく食べるかという工夫を重ねてきた欧米の食文化とは対象的に、日本では昆布やかつお節からうま味成分であるグルタミン酸や核酸をいかに効率よく取り出すかに人びとは工夫を重ねてきた。
  • グルタミン酸を摂取するとそのまま使われるか
    グルタミン酸は必須アミノ酸であり、食物から摂取されたグルタミン酸がそのままの形で各組織で利用されることはほとんどない。
    人は毎日の食事で1日約20gのグルタミン酸を摂取しているが、その大部分は腸管で代謝されて腸管に必要なエネルギー源として利用されたり、生体防御物質であるグルタチオンの合成に使われている。各組織で必要なグルタミン酸は、それぞれの組織で新たに合成されている
    (つまり「その2」で書いたように、グルタミン酸を摂取しても吸収されて分解される。使用されるグルタミン酸はそれとは別に新たに合成されるのだと)
  • グルタミン酸の安全性
    グルタミン酸はタンパク質中に最も多く存在するアミノ酸であるから、われわれは毎日の食事でかなりの量(1日約20g)のグルタミン酸を摂取している。したがって、グルタミン酸は本来安全性の高い物質であるとみなされてきた。ところが、1960年の後半から1970年代にかけて、グルタミン酸の安全性に疑いを投げかける報告が相次いでなされた。
    第1の報告は、生まれたばかりのマウスに大量のグルタミン酸を注射すると、脳の視床下部の一部の神経が細胞死するというもの。
    第2の報告は、中華料理を食べたあとに、その中に含まれているグルタミン酸により、顔がほてったり、頭痛がしたり、動悸がするといった症状(中華料理店症候群 Chinese Restaurant Symdrome, CRS)がみられたという報告。

    JECFA(FAO/WHO合同食品添加物専門家会議)はMSGを中心にグルタミン酸について安全性評価を実施し、1973年の会合においてL-グルタミン酸を含む5物質について「0~120mg kg体重^-1 day^-1」のADIを設定した。
    許容1日摂取量(Acceptble Daily Intake,ADI):認められるような健康上のリスクを伴うことなく生涯にわたり毎日摂取することができる、単位体重あたり(標準的な人=60kg)で表現された食品添加物量についてのJECFAによる見積もり。
    またこの会合において上記「第1の報告」について議論され、このADIは生後12週前の乳児には適用しないとされた。
  • ↑その後、グルタミン酸の安全性について多くの研究が行われた。
    第1の報告(生まれたばかりのマウスに大量のグルタミン酸を注射すると、脳の視床下部の一部の神経が細胞死する)については......
    食物の成分を注射して安全性を議論することはいささか的外れの議論で、その後の研究では、大量のグルタミン酸を口から摂取しても大部分のグルタミン酸は消化管で代謝され、全身を回る血液中には移行しないことが明らかにされた。したがって口から大量にグルタミン酸を摂取してもグルタミン酸が脳に移行することはありえないと結論されている。
    第2の報告(中華料理を食べたあとに、その中に含まれているグルタミン酸により、顔がほてったり、頭痛がしたり、動悸がするといった症状(中華料理店症候群 Chinese Restaurant Symdrome, CRS)がみられた)については......
    その後の二重盲検法による検査により、グルタミン酸摂取と中華料理店症候群の間には有意な関係はないと結論されている。
  • ↑中華料理店症候群についての色々な実験の中で興味深かったのは、グルタミン酸ナトリウムに敏感(6症例)であると主張している人を対象に、プラシーボを用いた二重盲検比較試験。この試験で6gのMSGの摂取に対する反応を検討したところ、2例はMSGとプラシーボの両方に陽性の反応を示し、ほかの4例は両者に対しまったく反応を示さなかったという。
  • ↑中華料理店症候群とMSGの関係は否定されつつあるが、いわゆる中華料理店症候群あるいは食後にみられる非特異的な症状の発現に関して、次のようなメカニズムが考えられている。
     1)アセチルコリン中毒:アセチルコリン投与により発現する症状に似ている
     2)ヒスタミン中毒:中華料理およびその食材にヒスタミン含有量の高いものが多い
     3)血漿中ナトリウム濃度の増加:中華料理のナトリウム含有量は一般に高い
     4)ビタミンB6欠乏:ビタミンB6を補足すると,いわゆるCRSの症状の発現抑制に効果がある
     5)食道上部の刺激:いわゆるCRSの症状が上部食道の刺激に由来する症状に似ている
  • その他多くの試験結果に基づき、1987年、JECFAはグルタミン酸のADIを、"0~120mgkg体重^-1day^-1"から"ADIを特定しない(ADI not specified)"に変更した。なおその際に、「グルタミン酸の使用に関して妊婦および乳児を特別に扱わなくてはならない科学的根拠はないが、食品添加物の一般的見解としてグルタミン酸についても生後12週以前の乳児には使用すべきでない」という文章が追加されている。その後EU委員会および米国FDAもこの結論を支持している。

突然食いたくなったものリスト:

  • ほっけ

本日のBGM:
Turbo Lover /JUDAS PRIEST






 うま味や、化学調味料についてのメモ。
 まだ続く。

 今回はたまたま、以前「ニセ科学フォーラム2009」で講演された藤田一郎先生の『脳ブームの迷信』を読んでいて、味の素に関するデマについて出てきたので、ちょうどいいと(^O^)、これを含めて前倒しでこちらを。

 まず(その1)の記述への補足を。

うま味の閾値(いきち)
閾値とは特定の味を感じさせるための最少の濃度のこと。鹹味・酸味・甘味・苦味・うま味の5基本味の代表的な物質の閾値は、鹹味(食塩)0.2%、酸味(酢酸)0.0012%、甘味(ショ糖0.5%)、苦味(キニーネ0.00005%)、うま味(L-グルタミン酸ナトリウム0.03%)となっており、5基本味ではうま味は3番目に閾値が低い(高い)ということになる。
・グルタミン酸ナトリウム(MSG)の閾値は0.03%、イノシン酸ナトリウム(IMP)の閾値は0.025%で、ほぼ等しい。ところがMSGが濃度を増すことによる味の強さ(呈味力)の増し方が大きいのに比べ、IMPの増加は小さい。 しかしIMPは、MSGとの共存下では強い呈味力を発揮する。

 と書いたが、『うま味の文化・UMAMIの科学』(山口静子監修)に収録されている実験では鹹味(食塩)0.0086%、酸味(酒石酸)0.00092%、甘味(ショ糖)0.16%、苦味(硫酸キニーネ)0.0001%、うま味(L-グルタミン酸ナトリウム)0.015%と、かなり数字が違うものの(サンプル物質が違うものもある)、基本味の閾値の順位は変わらない。いずれにせようま味は3番目。ところがこれがうま味の相乗効果、つまりグルタミン酸ナトリウムがイノシン酸ナトリウムと一緒になると、グルタミン酸ナトリウムの閾値は0.015%から0.00014%へと一気に1/100にまで引き下げられ、人間が一番敏感な苦味と匹敵するか、あるいはそれ以上に敏感に感じることができるようになる(IMPの濃度を上げれば更に下がる)という。

  • 味の素の原料はヘビ
    大正の中頃、こんなデマが流れた。マクドナルドの食用ミミズやネコ肉のようなもんか。
    この頃は既に味の素の味はよく知られるようになっていた。さらにグルタミン酸ナトリウムの製造法の特許はまだ切れておらず、鈴木商店(味の素KKの当時の社名)のみが製造していた。だからこそそういうデマも流れたのだろう。
    このデマの大元は、伊勢のたくあん漬けがおいしいのは、樽の底にヘビを清け込むためという言い伝えがあり、味の素の良い味はヘビでも使っているのだろう、と憶測されたのだとか。実際のところはこの時代はグルタミン酸ナトリウムの製造方法は加水分解法の時代で、原料は小麦だった。
    このデマがマクドナルドのそれと違うのは、これを広めたのが新聞だったこと。京都の新聞が、
    「近江の伊吹山へ行くとヘビを捕らえて売ることを生業とするヘビ捕りが大勢いるが,それはみな味の素の原料にするため,同工場へ送るものだ」
    という内容の記事を書いたそうだ。さらに宮武外骨が著書『一癖随筆』(1922[大正11]年4月)の中で、
    「味の素の原料は,豆や麦ばかりでなく,青大将をも使っている.......味の素本舗では全国からヘビを集めています」
    と書いたのだそうだ。このせいで鈴木商店にはヘビの買い取り価格の問い合わせが来たりしたという。(^O^)
    これを受けて鈴木商店は1922[大正11]年8月、
    「誓って天下に声明す。味の素は断じてヘビを原料とせず」
    という社長声明書を広告したという。またこの頃から鈴木商店は新聞広告面に「原料は小麦」または「原料は小麦タンパク質」と書き添えるようになったのだとか。
  • 味の素を食べると頭がよくなる
    これまで何度か引用したが、以下が味の素KKのWebサイトでの公式見解。(^O^)
    Q 「味の素®」を食べると頭がよくなると聞きましたが、本当ですか?

    A そのようなことはありません。

    素敵な即答だ。(^O^)  最近では『美味しんぼ』の啓蒙(^O^)(^O^)のお陰か、こういう話はとんと聞くことはないが、ある時期、本当にこういうデマが出回っていたのだ。これは世代間ギャップが大きいようだが、知らない人はパパゴン、ママゴンに聞いてみるといいよ。
    ところでこのデマについては面白い話があった。このデマの原因?について、2つの話が見つかった。どちらかがウソなのかもしれないが、おそらくはそのどちらも本当なんじゃないかな。片方から言われるようになって、もう片方がしの信憑性?を上げるように持ち出されたという......。
    まず1つ。
    これが『脳ブームの迷信』(藤田一郎著)に載っていた話。「脳とサプリメント」という章に出てくる。ここではこのデマについて、「今から40年以上前に流行した迷信」としている。藤田氏の見立てでは、このデマの出所は林髞(はやしたかし)であるという。この人物はミステリファンには探偵小説作家・木々高太郎として知られている大脳生理学者。「木々高太郎」のペンネームは本名の「林髞」を分解したものだと聞いたことがある。彼は1954年の研究論文でイヌ、サル、ヒトの大脳皮質にグルタミン酸を注入するとけいれんが起きることを報告した。「データは極めて不十分でしたが、彼はグルタミン酸が神経細胞に直接的な興奮性作用を持つことを提唱した」のだという。 何のこっちゃと思うが、一応藤田氏による説明を引用しておくと、
     神経細胞がその細胞体から軸索突起の端へ信号を送る際に、電気パルスを利用していることはすでに述べました。ところが、神経細胞から別の神経細胞へ信号の伝達が行われるシナプスでは、電気パルスではなく、軸索突起の末端から放出される神経伝達物質と呼ばれるものが信号の伝達を担っています。信号を受ける側の神経細胞は、タンパク質でできた受容体で放出された神経伝達物質を受け止めて、電気反応を起こすのです。このとき前の細胞が活動すると次の細胞も活動が強まるような情報伝達のあり方を興奮性と言います。その伝達物質として一番代表的なものがグルタミン酸なのです。

    神経細胞の構造
    だそうだ。この物質がグルタミン酸であることはまだわかっていなかった。
    林髞による報告は、1980年代に竹内昭によってグルタミン酸が興奮性伝達物質だと確定されるきっかけの1つとなったという。ところが林髞はこれ以後、暴走を始める。林は『頭のよくなる本 大脳生理学的管理法』(1960年/光文社)を含め、多くの脳関連の啓蒙本を書いている。確かに「Wikipedia - 木々高太郎」にある林髞名義の著作をざっと見ても、『頭のよくなる本』以降、『頭をつかう人の食事』、『勉強が好きになる本 大脳生理学の教える学習倍増法』、『頭の良い子に育てる本』、『四時間眠ればよい あなたも 朝型・夜型・不眠型』あたりの題名は、ちょっと興味を惹かれる題名ではある。(^O^) 藤田氏は林を「脳本ブームの祖と言ってもいい人」だといっている。
    で、林は本で、グルタミン酸を摂りましょうと主張した。『頭のよくなる本』で林は、
    「プラス物質とマイナス物質の量が多いということは頭がよいという条件です」
    「(プラス物質とマイナス物質の)総母体ともいうべき酸が、グルタミン酸であることは、すでに述べた通りです。ではグルタミン酸を食べることはよいことでしょうか。もちろんのことで、脳髄はそれをあるやり方で取り入れて、機能代謝の材料にします」
    と述べている。ここで言うプラス物質、マイナス物質とは興奮性伝達物質と抑制性伝達物質のこと。「それらは多ければ多いほど頭が良くなり、それらの材料となるグルタミン酸を食べることは脳にとって良いことであると結論」しているという。
    ただ、藤田氏に言わせるとこれは、
     ネットワーク構造を無視して、脳を高いグルタミン酸濃度に浸すことで働きが良くなるという理屈は成り立ちません。たとえるなら、車がガソリンで走るからといって、運転席やボンネットの中をガソリンで満たしても、車は走らないというような話です。
     しかし、林髞はグルタミン酸を神経伝達物質としてではなく、まさに燃料のようなものとして考えていたようです。......
    という。そしてさらに藤田氏は、「私の知る限り、「『味の素』を食べると頭が良くなる」という宣伝を発売元が行ったことはなく、この迷信の発信源は林髞だろう」と結論づけている。
    このデマについて、もう1つ。
    このデマに信憑性を与えた?のが、鈴木商店の2代目社長、鈴木忠治(1875‐1950/初代社長鈴木三郎助の弟/1931[昭和6]年三郎助の死去に伴い鈴木商店社長に就任)の子供たちの出来の良さだったらしい。
    鈴木忠治の子供たち(8男1女)は、長男の三千代が東京商大(現・一橋大)だった以外はみんな東大に行ったという。この事実もこのデマの中で大きな役割を果たしたのだと思う。
    なお、ググったところ、2ちゃんねるに鈴木忠治の子供たちについてこんな書き込みがあった。
    長男三千代東京商大卒(現一橋大学)元三楽オーシャン会長
    次男松雄東大工学部卒、元東工大教授、多摩電気社長、相談役
    三男竹雄東大法学部卒、元東大教授、元法学部長、商法の権威
    四男義雄東大法学部卒、商工省鉱山局課長、軍需省軽金属課長
               貿易庁輸出局課長、通産省重工業局長
               日本輸出入銀行理事、元日揮社長
    五男治雄東大法学部卒、野村証券、元昭和電工社長、会長
    六男正雄東大卒学部不明、元三菱重工副社長、元三菱自販社長
    七男秀雄東大法学部卒、大蔵省、在NY領事、財務調査官、
               国際金融局長、世界銀行IMF理事、
               大蔵省顧問、野村證券顧問を歴任
    八男泰男東大経済学部卒、次男と多摩電気工業を設立、社長を歴任
    長女千栄子は竹内徳治と結婚、竹内は内務省管理局長、香川県知事を歴任
    壮観だなあ。
    #あるいは『頭のよくなる本』にこのことが書かれているのかもしれない。現物を持っていないので何とも言えない。私はこれらの話を別々に知ったので、勝手に別々のソースだと思っているだけかも。
    ##ちなみにそもそもグルタミン酸を経口摂取しても、「血液脳関門」というチェック機構に阻まれて神経細胞までほとんど届かないのだそうだ。このあたり、ヒアルロン酸だとかコラーゲンと似てるね。

突然食いたくなったものリスト:

  • 焼肉

本日のBGM:
Soldier /ANTHEM






 OSATOさんの「「ニセ科学」の授業をやろう!」(杜の里から)で「情報社会と科学」(2009年度授業分)というレジュメが紹介され話題沸騰の(^O^)長島雅裕准教授ら長崎大学教育学部有志が執筆した小冊子『疑似科学とのつきあいかた ~教師を目指す皆さんへ~』が完成した。


『疑似科学とのつきあいかた ~教師を目指す皆さんへ~』
http://astro.edu.nagasaki-u.ac.jp/~masa/pseudoscience.html

 pdfでのダウンロードも可能なので、是非お手許に1冊。(^O^)

 まあわかっている人はわかると思うけれど、ここで取り上げられているものはいわゆる「ニセ科学」とされているものだけではなく、その範囲はもう少し広いものになっている。
 その根底にあるのは「科学的な考え方とは?」とかそういった、非常にベーシックな話であって、ここで挙げられているものはあくまでもその例示にすぎない(疑似科学、ニセ科学のカタログではない)。
 つまり、「疑似科学とのつきあいかた」とは、「科学とのつきあいかた」でもある。

 なのでできれば疑似科学への興味の有無にかかわらず、教師になる気の有無にもかかわらず(^O^)、広く読んでもらいたい。

 だから、(恐らくこれから予想される)大先生の読み方などは、一番馬鹿な読み方ということになる。もしSSFS大先生がこれを読んでたら、こちらの後半部分⇒への回答をよろしく。

 ちなみにこの小冊子の表紙にあるクイズはこういうもの。

〈科学的思考力判断テスト〉
カードの片方にはアルファベットが、反対側には数字が書かれています。 以下の仮説を確かめるには、最小限どのカードをめくってみればよいでしょうか。
カードの片方にアルファベットの大文字が書かれていれば、 その裏面の数字は偶数である

   答えはこの冊子の中に。(^O^)

突然食いたくなったものリスト:

  • 虎屋のういろう

本日のBGM:
Heresy /PARADOX






 中谷宇吉郎の文章は、数十年の時の隔たりを感じさせない、今日でもリアリティの全く薄れないことがよく書かれている。

中谷宇吉郎随筆集』(樋口敬二編/岩波書店)収録の「科学と文化」の前半には、今日の予言ではないかと疑ってしまうのような話が出てくる(強調表現などは引用者=私)。

 この随筆はこんな一文から始まる。

この頃自然科学上の色々の問題が、文科系統の学問をしている人々の口に度々上っているようである。

 そしてこれは「科学者の方面」と、「文学者の一部」の両方の側から進められているように見える、という。
 特に「文学者の一部」からのアプローチについての話が興味深い。

文学者の中には、最近の物理学の急激な発展の齎(もたら)した結果を文学やその人の「哲学」の基礎に導き入れようという試みをする人が出て来ている。

 どういうものかというと、中にはちゃんとしたものもあると断った上で、

中にはその意図が解しがたいものも沢山ある。

 という。中でも一番困るのは、「○○と科学精神」という類の論文だそうだ。そういった論文が何より困るのは、難しくて読んでも全く理解できないことだ。

一時の左翼の論文のようにむやみと難しい言葉が沢山使ってあって、本当にいいたいことが、それらの難語の猛威に打ち挫(くじ)かれて、砂利の蔭の菫(すみれ)のようになってしまっていることが多い。

 のだと。まだ陰にあるのはいい方で、中身が全くないものもあるという。ただし......、

もっともそれは読む方が悪いので、もっと教養を積んだらあのような論文が皆分るようになるのかも知れないが、そんなサンスクリットで書いた論文のように極(ごく)少数の人にしか分らないものは、どんな卓説でもちょっと困るのである。

 という。この文章も「難しくて読んでも全く理解できない」も、もちろん皮肉なわけだ。
 そして次に困るのは、

言葉はそれほど難しくなくても、むやみと最近の物理学の尖端の問題、量子力学や原子論の結果を引用したものもちょっと始末が悪いのである。

 という。具体的にはどんなものかといえば、

原子の世界での因果律の否定の問題とか、ハイゼンベルクの不確定原理とかいうものを「基礎」として色々の議論をしてあるものは、物理を職業としているわれわれでも専門が異るために、これらの高遠な理論の本当の意味を解しかねているので、従ってそれを基礎とした議論の当否などは何とも批評が出来ないのである。

 このあたりになると、あれれ......?と、いろいろ思い浮かぶことも出てくる。
 中谷はこういった議論の根底にある動機について、こう続ける。

卒直にいうと、これらの理論は眼新しくて、また非常に高遠に見えるので、余りよくは分らないが結論だけは間違いないだろうから、その結論の上に立って自分の議論を進めようという気持のようにも思われる。

 そしてもしも本当にそうだったとしたら、その人は

科学というものの意味が本当に分っていないのではないかと危ぶまれる。

 とまで言っている。

 「バカ」という言葉が喉から出かけているのを懸命に抑えているようにも読めるのだが、それは深読みかもしれない。

 少し(と言っていいのかな?)前の「ソーカル事件」を持ち出すまでもなく、量子力学分野など難解な用語を持ち出して人を煙に巻こうとする輩が、今でもどれだけ多いことか。

 1937(昭和12)年に書かれたこの随筆と21世紀の現状との間には、全く時代の隔絶(進歩?)が感じられない。

 「昔からそういう奴はいた」というべきか、「人間は知的に全く進歩しとらん」と言うべきか、あるいはこれは人間の本性と結論づけるべきなのか。

 そして中谷は言う。

科学は決してアルカロイドのようなものではなく、即ち極少量注射したら瀕死の病人が生き返るというようなものではなくて、実際は米かパンのようなもので、毎日喰べていて栄養のとれるものなのである。科学というものは、整理された常識なのである。

 科学とはものの考え方、姿勢なのであり、魔法ではないのだと。

突然食いたくなったものリスト:

  • 焼きそば

本日のBGM:
恋のB級アクション /伊藤さやか






 「リスク心理学」という分野を研究されている中谷内一也氏のインタビューを読んだ。

「安全」と「安心」の溝はどこから生まれる?
"安全。でも安心できない"時代のリスク心理学--中谷内一也氏 (前編)

http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20090121/183375/
「あの人にまかせていいのか」の答は案外正しい
"安全。でも安心できない"時代のリスク心理学--中谷内一也氏(後編)

http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20090121/183407/

 「安全」が必ずしも「安心」に直結するわけではないという話は、確かにそうだと思いながらもまとまった論考を目にすることがなかったので興味深い。

 この人の研究は先日見たBSで知ったのだが、安全、安心を客観的な「安全」という物差しだけではなく、発信する側と受け取る側のコミュニケーションの問題として理解しようとする姿勢はなかなか興味深かった。

 例えば、一時期問題になったBSEのリスクの問題。
 リスクを考えた合理的判断では全頭検査はかなり「やりすぎ」だったものの、そうでなくては「安心」は得られなかった。
 一方、日本では今でも肉を生食することによる食中毒が毎年相当な数にのぼっている。日本の精肉は基本的に生食をする前提では出荷されていない。にもかかわらず生食は減らないし、実際にそれで食中毒になった人ですら、その後生食をやめることはないという。つまり、単なる「安全」というモノサシと人々の「安心」は必ずしも重なってはいない。

 こういう部分に光をあてる研究をしているようだ。(これはテレビでいってたこと)

 このインタビューはなかなか興味深かったので、一度著書もチェックしてみよう。

 インタビュー記事で興味深かったところをいくつか。

 1978年、アメリカのスリーマイル島原子力発電所が炉心溶融の事故を起こしました。それ以降、日本の電気事業関係者も原発の安全性を高める努力をしてきました。彼らは「安全を確保しさえすれば、人々は安心してくれるはずだ」と考えていました。ところが、そうはいかなかった。
(略)
 長い間、「リスクに対する考えをちゃんと理解すれば、人々は安心してくれるはずだ」という考え方があったのです。けれど、最近、「どうもそれだけでは済まないな」と理解しはじめたのでしょう。......

 ......数字で表せるような「安全」はもちろん確保しないといけないにせよ、それだけでは人の暮らしの「安心」にはつながらないと、気付き始めているということです。

 じゃあどうすれば人は「安心」するのか。中谷内氏は、「人が安心するには、2つの認知に基礎づけられた信頼が必要」という。

 ......1つは他者の能力への認知。これは「あの人は能力があるから任せておけば安心だ」ということです。

 もう1つは意図や意志への認知。これはこれは「あの人は誠実そうだ」、あるいは「ヘンなことをするとあの人自身がひどい目に遭うようになっているから任せても安心だ」ということです。

 つまり、「あの人に任せたら大丈夫だ」と人が思うのは、「あの人は専門的な技術を持っているし、裏切ろうとか騙そうといった意図もないようだ」と判断するからです。

 一瞬、「?」と思うかもしれないが、これは「人はどういう時に安心するか」の話であって、「どういう時に安心していいのか」ではない。そこを間違ってはいけない。

重要なのは「価値を共有している」という認知です。私が弁当屋を経営しているとします。私の喜びは「お客さんにおいしいと言ってもらえる」ことで、お客さんにも「あの店はそういう考えで経営している」と思ってもらえている。こうした価値共有の認知がベースにある。それが安心の獲得にあたって必要なことです。

 「価値を共有している」を認識することは非常に重要だと思う。
 相手の行動が、自分の利益にも沿っていると感じることができれば、信頼感は増していくだろう。逆にその共有がなければ、相手の行動は全て敵対行為に映るはず。......で、これで思い出しちゃうのが先日の、「ラーメンの秘密」でも触れた、保存料のお話。

「ヤマザキパンのパンがカビにくいのは、保存料などの添加物がたっぷり入っているから」

 という、アレね。あのエントリで紹介した

「本来生めんの腐敗を防止するには生産から販売までの間で細菌が入り込まないよう衛生管理を徹底すべきで添加物に依存した腐敗防止のやり方には不安が残ります」

 という消費者団体の要望は、要望としてはもっともなことだと思うのだ。
 で、それをヤマザキパンは徹底した品質管理を実現して(そのために莫大な資金を投入して)カビの胞子が付着しない製造工程、包装を実現したわけだ。で、現在保存料は使っていない。

 だからもしヤマザキパンと(一部の)消費者が本当に価値を共有できていたら、こういう反応(「ヤマザキパンのパンがカビにくいのは、保存料などの添加物がたっぷり入っているから」)は起こらないはず。(一部の)消費者には大企業が何をやっても消費者を欺く行為にしか見えないというわけだろう。

少しでも疑いを持たれたら、公開を求められる前に開示する。本質的信頼は、自発性によって得られます。

 こういうところはほんと、企業のリスクマネージメントの基本なんだろうなあ。

 結局、「リスクマネージメント」というのは「安全」だけではなく、あくまでも「安全」と「安心」の両方をマネージメントとすることなんだろう。

 結局、この文脈では「安心」と「信頼」はほぼ同値と見ていいのかな。

 となれば、これは別にリスク云々の話だけではなく、もっと広く応用が可能な考え方なのだろう。

 例えば、

 ......1つは他者の能力への認知。これは「あの人は能力があるから任せておけば安心だ」ということです。

 もう1つは意図や意志への認知。これはこれは「あの人は誠実そうだ」、あるいは「ヘンなことをするとあの人自身がひどい目に遭うようになっているから任せても安心だ」ということです。

 つまり、「あの人に任せたら大丈夫だ」と人が思うのは、「あの人は専門的な技術を持っているし、裏切ろうとか騙そうといった意図もないようだ」と判断するからです。

 というコメントや、

重要なのは「価値を共有している」という認知です。私が弁当屋を経営しているとします。私の喜びは「お客さんにおいしいと言ってもらえる」ことで、お客さんにも「あの店はそういう考えで経営している」と思ってもらえている。こうした価値共有の認知がベースにある。それが安心の獲得にあたって必要なことです。

 というコメントで語られる内容は、ラヲタの私としてはまさにラーメン屋へのスタンスに当てはめることができる。

 つまり、ある店に対して、この店はうまいものを作る技術を持っているし、楽だ(安い)からって変な物を出そうとはしないだろう」という信頼や、「うまいものを出せば客も喜び、それが店の繁栄にもつながる」という価値の共有がある......そんな店が、「いい店」なのだろうと。

 これはある意味「当たり前」ではあるけども、残念ながらそれがなかなかないのが現状でもある。だからこそ、あるラーメン店主には、

「ひえたろうさんはラーメン屋に求めるものが高すぎるんです。ラーメン屋って、そんなに大したものじゃありませんよ」

 と言われたりするのだけども。(^^;
 確かに、飲食業界の中でもラーメン屋はかなり歪な業界だしね。

 そういう業界だからこそ、こんな信頼を客と築き上げられさえすれば(普通ならそれがスタート地点のはずなのに)それだけでそれなりにいい商売ができるわけで、だからこそ「楽させてもらっている」と。

 わかるなあ。(^^;;

 で、そういう「信頼」を寄せた店についてはたまに「あれ?」と思うものが出てきても、「ブレ」として吸収できちゃう。

 たまたま入った店がそうだったら酷評することもあるのにね。

 それがまさに「安心」「信頼」だわなあ。

突然食いたくなったものリスト:

  • ぶっかけうどん

本日のBGM:
梅田からナンバまで /上田正樹&サウス・トゥ・サウス

大阪の大きな町、キタ、ミナミのそれぞれの中心地が梅田と難波。御堂筋という大道路でつながっており、その下に通っている地下鉄御堂筋線で間3駅(心斎橋、本町、淀屋橋)。関東の人にはわからないとは思うけど、この距離感は非常に絶妙なんだよなあ。普通に歩くには長い。しかし歩けない距離ではない。好きな人と歩くのなら気にならない、そういう距離。だからほんと、実感としてわかる曲なんだよねえ。......実際の距離はだいたい4.1kmだそうだ。




 あるプロの建築家(と教え子?)がやっているWebラジオを聞いた。
 この回のタイトルは、「血液型建築家論序説」。

 これ聞きながら思ったことを少し。

 内容は、学生がコンパで語るレベルの他愛もない血液型話。というか、実際学生が話してるわけだからして。彼らは建築をやって1年とかだったりするので、その時点で「建築家論」とするにはあまりに大風呂敷。

 とはいえ、これが「建築家論」かというのはこの際不問。ワイドショー番組の「徹底検証!」が全然徹底でなかったり、「爆笑!」が実は含み笑い程度のものでしかなかったり、タイトルに大袈裟なハッタリはつきものだ。

「私B型なんですけど、B型って話が飛ぶとかってよく言うじゃないですか。でも、ちゃんと考えてるんですよォ。......」

 って、どうして「私はちゃんと考えてるんですよ」ではなくて「B型は......」となるのかがわからん。こう言っちゃうと世の中全てのB型を代表することになるってことに全然気づいてないんだよなあ。本人にそんな気持ちがないのはよくわかるんだけどね。でもそうなってる。

 「○○さんは確かに○型っぽいんだけど、こういう部分はむしろ△型っぽいよね」みたいなモノイイはあまりによく聞くけど、これがどれだけ変なのかわかってないのかなあ。

 だって、多くの、「関係がある!」って人の根拠は、「自分の周りはみんなそうだもん!」という、非常にリアルで個人的な体験から来るものなのに、実はその多くに対して、「こういう部分はむしろ△型っぽい」という例外をたくさん認めているってことなんだ。

 かなり数少ないサンプル数訂正:小さいサンプルサイズ)であるはずの「自分の周り」ですら例外だらけなのに、どうして「関係がある!」と思いこめるのか。
 これはむしろ、自分の周りという狭い範囲ですら血液型と性格の対応は例外だらけで使い物にならない、となるべきじゃないか。

 しかしこの建築家先生、こういう「体験」にプラスして能見の本を根拠にしてるぞ。(゚Д゚)

 自分の思い込みに若い学生らまで巻き添えにしちゃうのはどんなもんかなあ。いや自分はそう信じてるし、学生本人たちもそう思ってるんだしってことなんだろうけど......こんなWebラジオで不特定多数の人に名前つきでばらまかれて......かわいそうに。

 この人が自ら血液型性格判断にはこういう反論もあるが......と挙げているのが「人の性格が4つに分けられるはずがない」という「反論」。
 しかしこれは反論になってない。別に4つに分けられてもいい。そういう反論なら、だったら12で分けられる星座ならいいのかとかいう話にもなる。

突然食いたくなったものリスト:

  • なし

本日のBGM:
能古島の片思い /井上陽水






 『ラーメンの秘密 ほんものの味をもとめて』(コピー食品研究会編著/三一書房/1991/02/2/初版)という本を読んだ。

 タイトル、編著者名、そして出版社を見て、わかる人はだいたい中身まで想像できると思うけども(^O^)、まあそういう本。わからない人は『買ってはいけない』の元祖みたいなものだと理解すればいいだろう。

 こういう本の根底に流れている思想は、「大企業は消費者の健康なんて考えちゃいない。金儲けのためなら体に悪いものでも誤魔化して平気で売る」というものだ。もちろん疑うことは大切で、消費者としてその姿勢は非常に大切であるが、それが行きすぎて「疑うためだけに疑う」ということになってしまえば本末転倒だ。『買ってはいけない』だって、そういうことで批判を浴びていた。

 この本の根本思想というのは、かなり『美味しんぼ』と共通しているように思う。「本物」の姿を理想とし、それに比べて今がどれだけ堕落しているかを嘆き、原点への回帰を謳う、と。
 ちなみに『美味しんぼ』が単行本1冊にわたってラーメンに取り組んだ「ラーメン戦争」(第38巻)が執筆されたのが、この本が出版された翌年の92年のことだ。『美味しんぼ』は少なからぬ影響をこの本から受けているように思う。

 まえがきより。

 ラーメンは戦後の闇市の屋台の上で花を咲かせました。そして空腹で飢えた人々のお腹を満足させ、昔からあったソバやウドンなみに全国に広がりました。食糧事情が好転した後はその土地の気候や風土に合った味のラーメンが生まれ、ソバやウドンとともにめん料理の一翼をになうようになりました。
 ところが、インスタントラーメンに代表されるようなラーメンのコピーが登場したことにより、ラーメン専門店のめんやスープにもその影がいろ濃く反映されるようになってきました。とくに、一部のチェーン店に見られる粗悪な素材と化学調味料に依存したラーメンは、ほんらいのラーメンからほど遠く、むしろインスタントラーメンに近い感じがします。
(略)
 この本を通して1人でも多くの方に、ラーメンが食品添加物によって本来の姿から変化してきている事実を知っていただき、「ほんもののラーメンとはいかなるものであるか!」ということを考える機会をもっていただければ幸いです。

 『美味しんぼ』もそうだけども、この、ゆるぎない「どこかに『本物』が存在する」思想というのはどうなんだろうと思う。
 ラーメンが「戦後の闇市の屋台の上で花を咲かせ」たのだとしたら、その中身にさほどの期待はできないだろうってことは想像がつくだろうに。

#そもそも「ラーメン」という呼称は、1953年に日清の「チキンラーメン」が発売されてから全国に普及したのであって、それまでは「中華そば」「支那そば」と呼ばれていた。もちろん「ラーメン」という呼称はチキンラーメン以前にもあり決して日清の造語ではないが、全国の人はチキンラーメンによって「ラーメン」を認識したことは間違いない(札幌では戦前からラーメンという呼称が一般的だったと書かれている)。
 とすれば、全国的に「本物のラーメン」って何よ?という話にもなる......のだが、この本の編著者は他ならぬ北海道の消費者団体のようで、まあだったら「本物のラーメン」という表現をする権利もあるかなあ、とも思うので、これはいいや。(^O^)

 まあとにかく、こういう思想から、当時の「ラーメン」を取り巻くいろんな「ほんもの」じゃないものについて告発している。

 それがやっぱり、結構アレな部分が多いんだ。

 私もここで述べられている1つずつについて専門でもないので細かく検証はできないけれども、素人判断でも「それはないやろ」と思われることを挙げようと思う。
 原本はもう返してしまって手許にないので取ってあるメモを元にする。メモはツッコミどころというよりは面白いところを取っていたので、ツッコミにはちょっと足りない部分もあるんだけども、そのへんはご容赦を。

コシを強くするための増量剤
 先にも述べたようにグルテンの含有量の少ない小麦粉を用いるとめんのコシが弱く、弾力性に欠けるためラーメンにとって最も重要視される歯ザワリが悪くなり、食味に影響を与えてしまいます。
 そこでグルテンの含有量の少ない小麦粉を用いる場合や、より弾力性に富んだシコシコめんを作りたい時には食品添加物メーカーなどで作った「小麦グルテン」または「乾燥卵白」を小麦粉に添加しますが、経済性を重視する製めん業者の中には、値段の安い脱脂大豆を原料として作った「製めん用蛋白粉」を小麦に混ぜて使用する所があります。
 この粉を用いると麺のコシが強くなり弾力性に富んだめんになると同時に吸水性が良くなりめんの加水量を増すことができ、めんの歩留まりが良くなるという二重の効果が期待できるため最近では大手の製めん業者の中にもこの粉を用いるところが出てきています。
 表4でも明らかなように蛋白粉を混入すると小麦粉1袋から取れるラーメンの玉の量が増え、生産者が利益を得ることができます。しかし、この粉の入っためんをよくかんで食べると脱脂大豆特有の味が残り、あと味が悪いのも確かです。
 この他に水分の多いめんはベトツクためでき上がっためんにコーンスターチなどの粉を振り掛けて出荷しているところもあります。

 つまり、企業は自らの利益のために味を犠牲にして増量剤を入れていると。

 これは実際そういう側面もあるかもしれない。

 ただ、こういう消費者に限って(これはほんとに「限って」じゃないかなあ)「国産幻想」みたいなものがあって、「国産小麦100%」などをありがたがる傾向があるように思う。
 しかし国産小麦はまさにこの「グルテンの含有量の少ない小麦粉」だ。国産小麦を使っておいしい中華麺を作ろうと思えば、グルテンなりたんぱく質なりを補ってやらないといけない。今はまだ国産小麦の品質もよくなってきたようだが、1991年当時、ラーメンに使える国産小麦はほとんどなかったはずで、さて、おいしい方がいいのか、それでも国産小麦がいいのか。国産小麦はどうやったらおいしく食べられるのか。このあたりのスタンスがあまりに曖昧だと思う。

 ちなみにラストの

 この他に水分の多いめんはベトツクためでき上がっためんにコーンスターチなどの粉を振り掛けて出荷しているところもあります。

 って、何が悪いのかな??

かん水
かん水は一般に炭酸カリウムまたは炭酸ナトリウム(炭酸ソーダ)の単品または混合物と考えられていますが、食品添加物メーカーで製めん工場に出荷しているかん水の多くは表5で示したように燐酸塩や重合燐酸塩をブレンドしたものです。なお、かん水の中に入っている重合燐酸塩は一般にピロリン酸塩・ポリリン酸塩・メタリン酸塩の混合物と考えてよいでしょう。
また、燐酸塩としてはリン酸2ナトリウムか、リン酸2カリウムもしくはリン酸水素2ナトリウムなどが使用されています。
(略)
 このようにかん水の中には種々の燐酸が入っていますが、リン酸を入れる目的について食品添加物メーカーでは製めん業者に次のように説明してます(メーカーのカタログよりその主なものを要約してみました)。
(1)めんの保水性を向上させる働きがあるためめんの歩留まりが良くなる。
(2)色素を分散させるさようがあるためめんに仕上がった時色斑(ムラ)ができないで済む。
(3)めんを茹でたとき茹汁のにごりを少くする働きがありラーメン屋さんに喜ばれる。
 つまり経済性と外観の良さのためにリン酸塩が用いられるということです。
(略)
 カルシウム対リンの比が1対2を越えると栄養学上問題があるとされていますが、先の調査ではカルシウムとリンの比は平均で3.5、最も高い数字は3.7にも達しています。つまり市販されている生ラーメンの多くはリン酸過剰と言えます。
 リンの過剰摂取は......
[以下、リンの過剰摂取による弊害について。]

 このあたりもひどい誘導だと思うんだよなあ。

 「カルシウム対リンの比が1対2を越えると栄養学上問題があるとされています」って、それは単体の食材の話じゃないだろうに。
 確かに栄養学ではカルシウムが骨をつくるためには食事の中のカルシウム対リンの比が1対1の時が一番効率がいいとされているそうだが、これは「1対1」の食材ばかり食べましょうという話ではなく、トータルの換算でカルシウムが相対的に不足しているならカルシウム分の多い食品で補いましょうと考えるのが妥当じゃないのかな。
 例えば精白米飯のリン:カルシウム比は13.0、ジャガイモで11.8、豚ロース肉なら56.7ですよ。3.7どころじゃない。この辺りは全部毒だと?

 ちなみにリン酸塩に関する見解はこの本と『美味しんぼ』では随分違う。この本ではリン酸塩が用いられるのは「経済性と外観の良さのため」とされているが、『美味しんぼ』では重合リン酸塩は「よく伸びる生地、コシのある麺」を作る本体(⇒炭酸カリウムや炭酸ナトリウムは実は必要なかった!)だと主張されている。

 保存料あたりはもう、かなり攻撃の対象になるね。(^O^)

 P・Gに代って登場してきた酒精にも次に述べるような問題があります。
(1)変性アルコールに含まれる添加物を加えると酒精の中に含まれている添加物は6~8種類にもなりたとえその量が少ないとしても相乗作用等を考えると心配になります。
(2)本来生めんの腐敗を防止するには生産から販売までの間で細菌が入り込まないよう衛生管理を徹底すべきで添加物に依存した腐敗防止のやり方には不安が残ります。

 P・Gは「ポリプロピレングリコール」のこと。これにもいろんなこと書いてたと思うけど、メモしてないってことはあんまり面白い話じゃなかったんだろう。我ながら意外。(^^;
 しかしこの酒精の「問題」も、ちょっとどうなのかと思う。

 (1)は確度の低い「心配」以上のものではない。
 (2)は特に酒精に限ったことではないが、保存料とはそういった日々の様々な輸送、保存、使用環境の中でも安心して食べられるようにするための衛生管理のリスクヘッジなので、むしろこれこそが保存料の存在意義では?

 保存料の安全性をいう時には、やはりそれを使わない時のリスクと比較するべきであって、まるで保存料を使わなくても同様の安全性が確保されているかのような書き方はフェアじゃないと思う。こういうものは、目的もなく、ただ入れたいから入れてるわけじゃない。

 ちなみに(2)の

本来生めんの腐敗を防止するには生産から販売までの間で細菌が入り込まないよう衛生管理を徹底すべきで添加物に依存した腐敗防止のやり方には不安が残ります。

 というのはもしそれが実現できるならそれなりに理屈は通っている。
 これを実現するのにどれだけの資本力が必要かという部分をおけば。

 で、それが実際に実現すると、こういうことになる。⇒「パンがカビないのは添加物が入っているから?」

 パンにカビが生えにくいのは、実は添加物によってではなく、(こういう人たちが嫌う)大資本だからこそ実現できた徹底した衛生管理の下での生産を実現しているからだったという話。

 だからほんと、自分たちが求めたとおり「生産から販売までの間で細菌が入り込まないよう衛生管理を徹底」したヤマザキパンに対しては、賞讃こそすれ、「いや実はあれは添加物を入れてて......」みたいな反応はとんだお門違いで、どんだけツンデレなんですかと。

 結局、不安を覚えたい人はとても貪欲に不安要素を探し出してくるのだなあ。

 次は「品質改良材」について。
 「品質改良材」は麺のベトツキ防止や弾力補強、コシの強化などに使われる添加剤だそうだ。その1つ、「グリセリン脂肪酸エステル」について。

......グリセリン脂肪酸エステルは乳化剤の一種で洗剤の中に入っている界面活性剤と同じ働きをするものと考えてよいでしょう。
 この添加物についてはラットの飼料の中に25%混ぜて2年間飼育したところ肝臓の重量が増加し腎臓の石灰化が観察されたとの報告があります。
 また表中の天然糊料のローカストビーンガムやグァーガムについては、最近使用量が多くなってきた添加物であるため安全性を証明するデータが少なく、現状では安全性について評価することはできない添加物の1つです。以上のようなことから考えると品質改良剤にも不安を感じてしまいます。

 「洗剤の中に入っている界面活性剤と同じ働きをする」あたり、どういう印象を持たせたいかというのが透けて見えて、苦笑だよなあ。

 で、「ラットの飼料の中に25%混ぜて2年間飼育したところ肝臓の重量が増加し腎臓の石灰化が観察された」って。(^^;

 これで人間の健康に対して何が言えるのよ。

 「不安を感じてしまいます」というのは勝手だけれど......。

 ここまでが製麺所で作ってる生麺の話。

 安全性云々は別として、例えば酒精なんかは匂いが結構するので、食べる時に邪魔になる可能性は高い。あるいは昔麺哲庄司氏が言っていたように、「小麦以外のものを入れると当然小麦の味はしなくなる⇒つまり味が悪くなる」という意味で、味に関係のない添加物は入れない方がいいのだろう。しかし添加物は目的があって入れられているわけで、それが全部「企業エゴの金儲け」であるとは限らない(あり得るけれど)。このあたりはちゃんと現場を見ないとね。

 というわけで、長期保存の必要がなく保存・使用環境が把握できる自家製麺は、その意味ではそれだけでアドバンテージを持っているともいえると。

 この本は実は「ラーメン」と括ることで、ラーメン屋のラーメンとインスタントラーメンと、スーパーで売ってる日配品の生麺のすべてに言及している。

 当然、インスタントラーメンに対する風当たりが一番強い。

 就中、化学調味料への批判はかなり強いのだけれど、かなりありがちで面白くもないので割愛。(^O^)

 興味深いのは、インスタントラーメンの章の冒頭の、「国民食」と呼ばれる状況に対してのコメント。

"まがいもの"のシンボル
 表1は年齢、職業、収入別にみた世帯毎のインスタントラーメンの利用率を示しています。これによると、全体では65.8%の世帯でインスタントラーメンを利用していることになります。この数値を高いとみるか低いとみるかは評価の分かれるところですが、約35%もの世帯で利用されていないという事実は注目に値します。つまり、「国民食」と業界が豪語する一方で、その「国民」の35%は、インスタントラーメンを食品としては認めていないということを意味しているからです。これらの人たちにとっては、食品として必要な最低限の資質、栄養性、安全性、美味性といったものを欠いた、「まがいもの」として、インスタントラーメンは見られているのです。

 こういう論理、アリですか。(^^;;

 どうしてこの35%の人たちの気持ちをそんなふうに決めつけられちゃうのか。

 これをもって「"まがいもの"のシンボル」と言い切れちゃうところが、この本の論理性を象徴してるね。

 あと、どうなんだろうと思うのは、例の「ほんもの」志向。

 ご家庭での調理の参考になるように?手打ちラーメンの作り方を紹介してくれる。
 そして、作り方の紹介の後、こう結ばれる。

 めんの打ち方には大きく分けて2つの方法があるようです。1つは中国の主に北の方から伝わってきた方法です。小麦の粉をこねた塊の両端を手で持って引っ張り、次第に細いめんにしていく方法、もう1つは中国の南の方から伝わってきたやり方で、小麦をこねて平らにした後、めん台の一方の端に太い竹桿を固定させ、その竹桿に足をかけて体重をかけ、めん生地を伸ばし、あとは包丁で細く切ってめんにする方法です。
 機械めんは、後者の方にヒントを得て小麦粉をこねる作業から伸ばす作業までも機械化して作っためんです。
 つまり前者の方が手打ラーメンと呼ぶにふさわしいと考え、前者の方法によるめんの打ち方を紹介しました。

 「つまり前者の方が手打ラーメンと呼ぶにふさわしい」の理由が全然わからんよ。┐(´~`)┌

 機械めんの参考にされた作り方だから手打ラーメンとは呼べないってわけ? 意味がわからん。
 はっきりと書いていないが、こちらを「ほんもの」と認定しているのは明らかなわけで、逆に言えばこの人たちのいう「『ほんもののラーメンとはいかなるものであるか!』ということを考える」というのはこの程度のものなのかと。

 そして「ほんもの」志向は、結局のところこういうところに落ち着くというのが、具についての章。

 具は、ラーメンという料理の中で前菜と副菜の役を果たす重要な素材の1つです。
 ところが最近ラーメンの上にのっている具の中に安全性に疑問を感じるものが多数見受けられます。そこで、色や型にばかりとらわれずに食品にとって最も大切な安全性と栄養価を中心に、ラーメンの上にのせる具として最もふさわしい条件は何かを考えてみました。

 なんとなくわかってきたよ。
 この人たちのいう「ほんもののラーメンとはいかなるものであるか!」というのは。「ラーメンは戦後の闇市の屋台の上で花を咲かせました」という、そういう時代のものなんだな。つまり、空腹を満たし、栄養を補給するものだ。

 例えばチキンラーメンが発売された1958(昭和33)年は厚生省が『栄養白書』の中で日本人の4人に1人が栄養不足であると発表した年で、実際、チキンラーメンのパッケージには「体力を作る 最高の栄養と美味を誇る完全食」と謳われている。

 チキンラーメンがそのキャッチコピーどおりのものを提供していたかどうかは別として、こういうものこそが「ほんもののラーメン」だと言いたいわけだな、この著者は。なるほど。

 確かにそれでは現代人と認識は共有できないだろうなあと思う。

 で、モヤシ、ニンニク、ホウレンソウ、タマネギ、ネギ(長ネギ)、なると(蒲鉾)、めんま、チャーシュウ・ゆで豚、タマゴと、それぞれの具について検討をしていく。

 例えば、

茹でたホウレン草をラーメンの上にのせているのをよくみかけますが、めんの上にのせるよりは、小皿に盛りつけてカツオブシをふりかけて出す方が、ホウレン草に含まれているシュウ酸を消す効果があり、美味しく食べることができます。
 ホウレン草には造血作用があるばかりでなく、ビタミンAやビタミンB1も豊富で、ビタミンCにいたってはレモン果汁と同程度含まれています。  つまり、ラーメンに欠けているビタミンAやCを補う上で是非ともラーメンに、一本加えて欲しい野菜の1つです。

 「めんの上にのせるよりは、小皿に盛りつけてカツオブシをふりかけて出す方が」ってアナタ。(^^;;;

 ラーメンの具の話をしてたんちゃうんかと。(^O^)

 しかし、最近の「なると」は北洋で捕れたスケソウダラに重合リン酸塩を入れて作った冷凍擂り身を原料として、増量とつなぎ目的でデンプンをたっぷり入れ、ソルビン酸などの保存料を加え、甘味料のサッカリンや、グルタミン酸ソーダなどの化学調味料で味付けされたものがほとんどです。つまり、蒲鉾本来の味は失われ、食品添加物によって味付けされた「なると」がラーメンの上にのっていると考えた方がよいでしょう。
 白身の魚を用いて、塩以外のものはいっさい用いず「なると」を作っている良心的な蒲鉾屋を左記に紹介します。本物の味をめざすラーメン屋さんはぜひ一度試していただきたい。
 
......本当に美味しいチャーシュウやゆで豚を作るには系統のはっきりした品種で、抗生物質等の薬剤を一切使用せず、コーン、大豆粕、大麦などの穀物を主原料とした自家配合飼料を用い、清潔な豚舎で、180日以上飼育された100キログラム以上の豚から取った肉を用いて作ることが最も大切な条件です。

 とまあ、万事こういう調子。
 これが「ほんもの」だと。

 こういうのを見ると当然、どれだけの高級食を作ろうとしてるのかと思ってしまい、「バブル」という時代性にも思いを馳せてしまうが、著者はラーメンの価格について、こういうことを書いている。

ラーメンは高いか安いか
 ここ1、2年、ラーメンの価格が高すぎるという声が新聞紙上に登場し、議論を呼んでいます。たしかに札幌ラーメンの中には1杯2000円もするラーメンを出しているところや札幌のススキノでは観光客相手の一部の店で「高級ラーメン」と称して前日に予約しておかなければ食べることのできない1杯5000円もするラーメンをメニューにのせているところもありますが、札幌ラーメン1杯の平均価格は、総務庁などの調査で明らかなように、月によって多少変化があるものの500円前後です。
 この価格を他の外食と比較してみますと次に述べるようにけっしてラーメンの価格が高すぎるということはありません。
(略)
しかし、ラーメンの価格が高いと感じることも事実です。その1つの要因は、毎年の値上げ幅が他の外食に比較して大きいことがあげられます。......つまりラーメンは他の外食に比較して価格の上げ幅が大きいため単価そのものは特に高くはなくても、高いように感じられるのではないでしょうか。
 このような傾向がさらに続けば価格そのものも他の外食と比較して高くなってしまい、消費者からラーメンは高いというイメージで受け取られソッポを向かれることにもなりかねません。庶民の味として末永く消費者から支持されるためにも今一度、ラーメン店の経営者は価格についてもいくらが妥当なのか考えて見る時ではないでしょうか。

 「庶民の味として末永く消費者から支持されるためにも今一度、ラーメン店の経営者は価格についてもいくらが妥当なのか考えて見る時ではないでしょうか」と。

 えええええ。

 昔、化学調味料のついてのエントリに黒猫亭さんがコメントを入れてくれた時の動機も結局こういう姿勢への憤りが大きかったのだと認識している ── しかしやり取りしているうちに、化調ではなく天然だしを使ってもさほどコストが上がるわけではないことがわかった ── が、ここまで来るとそりゃいくらなんでも酷だろうと思う。

 今よりずーーーーっとええもんを使え、でもコストは自分のところで被れと言ってるわけだもんなあ。

 なんかこう、ほんと、「好き勝手だなあ」と思う。

 戦後間もなくの物がなかった時代に花開いたラーメン文化、これをどの程度理想化しているのかはわからないが、その後各企業が培ってきたのは消費者を騙す方法だけですかと。

 20年前の本ではあるが、正直、こういう人は今でもたくさんいるように思う。

 「あいつにダマされるな!」と叫ぶ人が、必ずしも正しいとは限らない。

 ラーメン屋のラーメンを模倣したはずのインスタントラーメンが普及してから、今度はラーメン屋のラーメンがインスタントラーメンに近づいていったという見解は、なるほどと思った。

 もひとつ追記。一人歩きする「化学物質」というフレーズがあまりにアレだったので。(^O^)

《問題3》
カップめんのカップから化学物質が......

 カップめんの草分けである日清食品のカップヌードルが発売されたのは昭和46年のことですが、開発に4年もの歳月がかかったとされています。前出の『安藤百福の1日1得』(KKロングセラーズ)という本によると、容器の開発にはかなり苦労した様子が記されています。

 素材としては「断熱性が高いので湯が冷めにくいし、手に持ったとき熱くない。しかも軽く、厚みがあって、質感がある。新製品の容器としては申し分がないように思われた」(安藤)ということでお馴染みのあの発砲スチロールが選ばれました。

 しかし、国産メーカーではなかなか良いものができず、結局アメリカのメーカーから輸入して急場をしのいだのですが、後に技術導入して自社でカップを生産すると、輸入品にはない「かすかなにおい」がカップについたと記されています。その部分を引用すると

"かすかなにおい"を研究室で調べてみると、発砲スチロールの原料であるスチレンモノマーが発する臭気だということがわかった。スチレンモノマーを重合するとスチロールになる。それに発泡剤を加えて発砲スチロールにし、それをカップの形に成型するわけだが、その工程でどうしても微量のスチレンモノマーがカップに残留してしまうのである。

(中略)

 それから数カ月後、解決のカギは加熱のしかたにあった。菓子が入っていたブリキの空箱に入れて熱を加え、ひと晩、放置しておき、翌朝、取り出してにおいを嗅いでみると、スチレンモノマーの臭気は消えているではないか。安藤は早速、それを研究所に持ち込み、計測してみると、スチレンモノマーは1ppmも検出されなかった。

 という具合に安藤氏のアイデアで危機を乗り切ったという主旨のことが書かれていますが、問題は、カップから化学物質が出てくるということ。安藤氏は単に味の問題としてしか考えていませんが、どうして安全や毒性問題として考えなかったのでしょう。いやしくも人の口に入る食物を作る人間として、安藤氏には化学物質に対する危険性認識が極めて稀薄です。だからこそインタントめんやカップめんなどというジャンクフード(クズ食品)を産み出すことができたのかもしれませんが。

 ともあれ、加熱したらにおいが消えたので使えることになったというのはあまりにも乱暴な話。熱湯を注いでカップから化学物質が溶出する可能性については全く触れられていません。本当に大丈夫なのでしょうか。

 大阪市立環境科学研究所の調査によると、容器の材質中に残留するスチレンなどの揮発成分は308=899ppmにものぼっており、さらにスチレンを発砲させるときに使われる「ブタン」「ペンタン」「フレオン」などの化学物質が検出され、中には13100ppmのフレオンが残留している容器もあったということです。

 また熱湯を注いだ場合、最高1.1ppmのフレオンがめんやスープから検出され、その量は時間とともに上昇し、お湯をかけて5分後に食べる場合と、30分後に食べる場合では、発泡剤の溶出量は10倍近くまで上っていることが確認されたということです(読売新聞・昭和61.11.30)。

 これらの揮発成分や発泡剤は、急性毒性はあまりないにせよ、長期間吸収したときの影響についてはよくわかっていません。食べ方次第ではかなりの量が溶出することも考えられます。便利と引き換えの危険性と言えるでしょう。

 失礼だなあ。
 1991年現在で「急性毒性はあまりないにせよ、長期間吸収したときの影響についてはよくわかっていません」というくらいのものを、社会的にもそんな問題意識は薄かったと思われる1970年前後当時の安藤氏に対してどうしてそんなに自信満々に気づけと言えるんだろう。

「いやしくも人の口に入る食物を作る人間として、安藤氏には化学物質に対する危険性認識が極めて稀薄です。だからこそインタントめんやカップめんなどというジャンクフード(クズ食品)を産み出すことができたのかもしれませんが」

 なんて、最大限の侮蔑の言葉じゃないのか。

 ったく。

 か、化学物質ーーーーーーーーーーーっっっ!

突然食いたくなったものリスト:

  • カップヌードル

本日のBGM:
出町柳から /中之島ゆき

中之島ゆきは初代おけいはん水野麗奈ではなく三浦理恵子だそうだ。




 というわけで、先日の情報(「イギリスのホメオパシー、涙目」)からまた事態は進んで、とうとうイギリスのNHSがホメオパシーに保険を適用しないと決定したと。......ん?「ホメオパシーへの財政支援を廃止」か。ちょっと違うのかな? いずれにせよ「ホメオはナシーって話です」ってことで。

参考:
運用:Chromeplated Rat
英:ホメオパシーへの財政支援の中止 :: Archives
Stop funding homeopathy, say British MPs - health - 23 February 2010 - New Scientist
英国でホメオパシーへの財政支援を廃止 - スラッシュドット・ジャパン

追記:
幻影随想: ホメオパシーがようやく英国から追放されそうな件について

突然食いたくなったものリスト:

  • カツカレー

本日のBGM:
タイミング /BLAK BISCUITS






太陽波動「やすらぎ」5号額入り ヒーリングショップYOYO - Yahoo!ショッピング
 

「明るい絵を見ていると心が明るくなる」ということは心理学でも十分に認められています。特におだやかな、やすらぎのある絵は「心の健康」に非常に役立つということも確かです。心が変わることで、どんどん身体も変わることは信じられています。朝日は荘厳で美しく、見ている人はいっそう元気になり、心がなごみます。このエネルギー波動「やすらぎ」と「かぐや姫」の制作にはかなりの「科学的考案」も活かされており、毎日手にしたり、見つめている人たちの中から、わずかな心の変化で、超自然現象や運がよくなったなど、幸せと奇跡を呼んだ体験談も多く寄せられています。

千葉大学名誉教授(心理学者)  多湖  輝

「科学的考案」
「科学的考案」
「科学的考案」
「科学的考案」
「科学的考案」
「科学的考案」

 多湖さん、何やっとんの......。_/ ̄|○⌒

突然食いたくなったものリスト:

  • 焼き魚定食

本日のBGM:
もっとチャールストン /少女隊

少女隊も、「声」だよなあ。




 ホメオパシーについて、kikulogでうさぎ林檎さんが紹介していた記事だが、私も重要だと思うので紹介しておく。

英国議会は「NHSでホメオパシーはもう扱わない」と言う(食品安全情報blog)
http://d.hatena.ne.jp/uneyama/20100223#p2

英国下院科学技術委員会は本日発表した報告書で、ホメオパシーはただのプラセボであり、NHSで提供されるべきではない、と結論した。1948年からNHSでホメオパシーを扱っている。さらに委員会は医薬品安全性担当機関であるMHRAに対し、無作為対照化試験で有効性が示されていないホメオパシー医薬品の薬局での販売承認を中止すべきであると助言した。

この結論は驚くべきことではない。委員会はさらに「ホメオパシーは十分な試験が行われており、ホメオパシーには効果がないというたくさんの根拠がある」と結論してさらなる研究の要請も否定した。

また委員会に根拠を提出した英国ホメオパシー協会British Homeopathic Association (BHA)に対しても、恣意的選択と誤解を招く提示を非難した。

 2010/02/22の記事というから、去年の「イギリスのホメオパシー」で紹介した記事(2008/01/30)よりも事態は随分進んだ形になったということかな。

突然食いたくなったものリスト:

  • 串カツ

本日のBGM:
大阪ラプソディー /海原千里・万里

いいメロディーだと思ってたけど、作曲は猪俣公章なんだねえ。なるほどだ。




 どれも近所にあるんです。>_<


マクロビクッキング


EMライス


えらい近いところに2軒


経営母体は同じかな?

 おまけ↓。これも近所。


絶対狙ってる

突然食いたくなったものリスト:

  • ドトールのジャーマンドッグ

本日のBGM:
Heavy Chains /LOUDNESS






 先日上げた「偽下顎発見テスト」というエントリのタイトルは、1年以上前にfinalventさんという方が上げた「偽科学発見テスト」というエントリ名のパロディになっている(現在、元エントリは「■江戸時代から明治時代の脚気の原因はカビ毒によるものだったか」に改題)。

#このエントリについては、

「偽科学」と「ニセ科学」?(追記あり) - 『digital ひえたろう』 編集長の日記★雑記★備忘録

 で書いた。
 この方はいわゆる「アルファブロガー」と言われる注目度の高い方で、別の分野ではかなりの博識の方だと聞く。

 しかしことニセ科学の話になるとなぜか、「知らないなら絡まなけりゃいいのに」と思わせるようなことを書かれる。不思議だ。

 で、このエントリのパロディ(題名だけだけど)を上げたその日(2010/02/15)、finalventさんのブログにまたニセ科学批判についてのエントリが上がった。

朝日社説 米飯給食―「食の教育」のためにも : asahi.com(朝日新聞社) - finalventの日記

 ニセ下顎問題に夢中になってるうちにすっかり出遅れてしまった。(^^;
 きっと他の方と同じことしか書けないけど、書かずにおれん。
 たくさんありすぎて、でもだいぶ削って、なんかまとまりがなくなってしまった。ハンパしちゃってごめん。

 で、件のエントリ。

 まず冒頭に朝日新聞の2010/02/15付の社説「米飯給食―「食の教育」のためにも」の

 「身土不二(しんどふじ)」という言葉がある。人間の体と土とは一体だという意味だ。明治時代に軍医の石塚左玄らが起こした「食養道運動」のスローガンに使われ、「自分の住む土地の四里(16キロ)四方以内でとれた旬のものを食べる」ことを理想とした。

 という部分を引用したあと、finalventさんはこんなことを書かれている。

 そこからマクロバイティクスになり、トンデモになる。

 でも、この朝日新聞の社説などは、しかし、偽科学批判の対象にならないんだろう。偽科学批判は市民運動だし、市民運動は基本的に左派なので朝日批判はしづらいのだろう。

 「マクロバイティクス」というのは「オ」がないが、おそらく普通は「マクロビオティック」「マクロ」「マクロビオティックス」「マクロバイオティック」「マクロバイオティックス」「マクロビ」と呼ばれるものを指していると思う(以下「マクロビ」と書く)。
#表記に関しては間違ってるとは限らない。finalventさんはコメント欄でもあまりメジャーな使い方ではない「ヴィトゲンシュタイン」という表記を使ってらっしゃるし、本によっては確かにそういう表記もある。標準的な表記よりも己のポリシーに合った表記を採用する方かもしれない。

 確かにここに引用されている社説の部分はアレだ。厳しい。

 地産地消の話をするのに石塚左玄の話が出てくるのは、上水道の話をするのに江本の名前が出てくるくらい筋が悪い。
#といっても、私もさっきどらねこさんに教えてもらったんだけど。

 マクロビや「身土不二」については↓を参照のこと。

参考: 身土不二(1)~(3)
http://blogs.dion.ne.jp/doramao/archives/8187376.html
http://blogs.dion.ne.jp/doramao/archives/8190333.html
http://blogs.dion.ne.jp/doramao/archives/8195824.html

身土不二のやりたい放題
http://d.hatena.ne.jp/machida77/20090320

 だからこの社説の該当部分は、確かに酷い。

 しかし、finalvent氏は「この朝日新聞の社説などは、しかし、偽科学批判の対象にならないんだろう」と勝手に推測する。「批判の対象にならない」という事実を示しているのではない。だいたい、この社説は2/15付でこのエントリも同日付なのだから、「どうやら批判は出ないようだ」という観測を述べるには早すぎる。あくまでも勝手な推測。
 で、勝手に推測して、勝手に原因を決めつける。

「偽科学批判は市民運動だし、市民運動は基本的に左派なので朝日批判はしづらいのだろう」

 と。そういう構造の文章。

 つまり、全部脳内の出来事なのね。

 うーむ。

 で、その勝手に決めつけた理由だけども。

 「ニセ科学批判」って左派? うぷぷ。

 まず押さえておかないといけないのは、政治的に右、左と目されているいずれのフィールドでも「ニセ科学」への親和性はあるということ。これはこれまでニセ科学批判者が得た知見だと思う。

 例えば「水からの伝言」であれば、提唱者(江本)は非常に「右」的な思想の持ち主だけども、受け入れている人はどちら側にもいる。
 私も以前、「水からの伝言」について、そういった推測を立てたこともあった(「『水からの伝言』の2つの側面」コメント欄)のだけども、少し観察して考えればそれは単なる観察不足だということがわかった。

 つまりニセ科学を受容するのに、政治的立場は関係がない。

 あ、別にこのことについてfinalvent氏が何か「『左派』はニセ科学にひっかりやすい」的なことを言っているわけではないよ。

 finalvent氏が言っているのは、ニセ科学批判は特定の政治的立場に立脚しており、その政治的立場を「批判」より優先しているということだ。

偽科学批判は市民運動だし、市民運動は基本的に左派なので朝日批判はしづらいのだろう。

 これどういうギャグなんすか? (^O^)
 「無理解」「誤解」「不勉強」「失礼」......いろんな言葉が浮かぶけれど。

 いやまあきっと釣りなんだと思うけど、引っかかるしかないじゃない。(^O^)

#finalvent氏はここでわざわざ「ニセ科学」ではなく「偽科学」という言葉を使っているが、ここのコメント欄からも、別に使い分けているわけではなく、「ニセ科学」と同義で使っているようだ。ここにいたってまだこの表記を使うのは、きっと思うところがあるのだろう。

 結局、1年以上前のエントリを上げた時に自分が理解していなかった「ニセ科学」や、それを批判している「ニセ科学批判」について、(その場限りの「理解」の仕方として)「市民運動」という言葉に落とし込んでしまったが故の失敗じゃないかな。言葉のいいところでもあり悪いところでもあるというか。

「ニセ科学批判」というのは、「科学か科学でないかという知識を問うもの、つまり、finalventってほんとにマイナスイオンのことわかってんの」という問題ではなく、水俣病訴訟やアスベスト被害者救出といった市民活動のようなものなのだと私は理解しました。それは、市民に不正義が課せられているときその解消を公的に問うといことは重要だと思います。ただ、率直にいうと、私が水俣病訴訟に関わらないように、「ニセ科学批判」には自分が市民としての利益に強く関わる問題ではないなと思います。卑近にいえば、すっこんでろfinalvent、というのはよくわかりました。

 「市民運動か。だったら私にゃ関係ないね」となって、それ以降何の知識も仕入れていないのだろう。その方が知的には楽だろうし。

 で、『市民運動』という言葉を媒介に、「ニセ科学批判」⇒「左派」のいかにも雑なつながりができたと。

 ほんとは先の1文だけでも、

偽科学批判は市民運動(ええええええ?)だし、市民運動は基本的に左派(えええええ?)なので(えええええ?)朝日批判はしづらいのだろう(えええ?)

 というくらい、越えなければならない論理的関門があるのに。
 それなりの思考訓練ができていれば、そういう短絡は厳に慎むべきという自戒ができるものだと思うけどなあ。(で、finalvent氏がそういう訓練が出来てないはずはなく、だからこそこれは釣りじゃないかとも思うわけだけど)

#しかし「市民運動は基本的に左派」って。(^^; これ何て80年代脳?

 政治的立場とニセ科学批判をリンクさせて考えているのは単なる思考上の「クセ」なんだろうか? それとも本当にそう見えているんだろうか。
 まあこの方にはそういうふうに世界が見えているということだけは分かった。そういう党派性を通してでしかものが見られない人がいるんだね。そういえば昔、そういう「騒動」があったなあ。(遠い目)

 で、さらにこのエントリの「追記」にはこんなことが。

 ただ、左派的な週刊金曜日による「買ってはいけない (『週刊金曜日』ブックレット)」には、偽科学としての批判も集まるようになったので、こうした傾向も薄らいできているのかもしれない。

 「薄らいできている」という前に、まず「こうした傾向」とやらがあったことをちゃんと示してほしい。
 この前に書いていることは単なる1つのエピソードの紹介であって、「傾向」の話じゃないよね。

 なんか、「追記」なのに、何の補強や補足にもなってない。
 ヘンなの。

 ......とはいえ、実は私はこのエントリが「ニセ科学批判は左派」という確信?のもとで書かれたかどうかはアヤシイと思っている。むしろ「そんなことだと『左派』だと思われちゃうよ、こんな感じに」という機序で書かれたものではないかと。

 そうとでも考えないと、この幼稚な論理展開の理由が理解できない。

 じゃあどうしてそんなことをしたのかって?

 そんなのわかんないよ。
 いろいろ邪悪な(というか失礼な)推測はできるけど、まあそれは、単なる失礼なので書かないでおこう。私は以前のエントリから首尾一貫しているとは思うけどね。

 多分釣られた人には何かお返しが準備されてると思うのだけども、どういうのが来るのだろう。少し時期を外してしまったけど、お待ちします。

突然食いたくなったものリスト:

  • おでん

本日のBGM:
ロール・オーヴァー・ゆらの助 /JACKS

有名な話だけども、「ゆらの助」というのは当時の大ヒットメーカー浜口庫之助のこと。もともと「浜口庫之助に捧げる詩」という題名で演奏されていたそうだ。この曲にはたくさんのテイクがあって、そのまんま「庫之助」と歌っているヴァージョンもある。早川義夫の叫びが生々しくていい。




 例のニセ科学フォーラム2009の懇親会で、マイミクであるguichengさん(こういう時にしか会うことがない(^^; )との話で出てきたこと。

 guichengさんの知り合いだったかで、コイントスを100%当てる能力のある人物がいたそうだ。
 ある時、試しにコイントスの瞬間が見えないように(つまり背中を向けて)してやってみると、当てることができなくなった(100%的中できなくなった、という意味)という。
 どうもその人物は動体視力が無茶苦茶よく、しかしそれを本人は気づいていないで目に残った残像を自分の想像力からでてきたイメージだと思っていたのだという。

 で、それをうけての私の話。

 私は中学校か高校の途中くらいまで、顔をじっと見るだけで友人の誕生日を当てることができた。少なくとも月日を。この「能力」は大学の頃にはもうなくなっていたのだけども、我ながら不思議に思っていた。
 その話をすると......、

「ひょっとしたらそれも、何かの時に名簿を見て、それが頭に残ってたんじゃないですか? 昔は名簿には何でも書いてありましたし......」

「確かに名簿には誕生日も書いてたよー。えー......でも......うーん、でも、まあ、あり得るのかな?」

「超能力よりはあり得るんじゃないですか?」

「うーん、確かになあ......」

 てな話になった。(^O^)

 でね......まあ真相はわからないとしてもだ。
 もしこういう結論だったとして(超能力ではなく単に「物覚えがいい」だけ)、こういうのを「夢がない」だとか言い出す人がいそうな気がする。

 この話は単なる例だけども、こういう一見「不思議」な現象があったとして、それに合理的な説明がなされると、そういう「夢がない」的な話がどこからか出てくる。

 でもなあ。

 私としてはそういう「合理的な説明」の方がよっぽど夢があると思うんだよねえ。

 だって、「人間って凄い」って話でしょこれ。(^O^)

 無理矢理つなげるつもりもないんだけど、『水からの伝言』も、あれはまったく夢がない。あれは人間性の否定だよ。

 「いい言葉の波動に共振して人の心がよくなる」(水伝)よりも、「人の言葉の奥にある心を理解し感動する能力を人が持っている」と考える方が、よっぽど夢があると思うんだよね。それがたとえ一見「悪い」と思える言葉であっても、そこに潜むやさしさを見つけ、それに気付くことが出来るのが人間だと。「いい言葉」か「悪い言葉」かで体の水が機械的に反応すると考えるより、よっぽどいい話だ。
 あるいはクラシックならいい波動でハードロックなら悪い波動(水伝)......なんて馬鹿な話より、クラシックの中にも素晴らしいものもそうでないものもあり、ハードロックにも名作もあればカスもあって、それを感じることのできる感性を人間が持っている、ということの方がよっぽど楽しい。
 水伝はそういう人間の心的活動の可能性を放棄するわけで、こっちの方がよっぽど人間性を否定しているのだけども、表面的なきれいさ(結晶写真のきれいさ/話の単純さ)に惑わされた人にはそれがわからない。というか、自分がそういうことを否定していることすら気づかない。

 で、「科学者は人間的じゃない」とか言ったりして。(^O^)(^O^)

 どっちが夢がないんだよそれ。

突然食いたくなったものリスト:

  • 豚のテリヤキ弁当

本日のBGM:
Prelude To Oblivion /VIPER






ニセ科学フォーラム2009

 当日配られた左巻さんの資料の中で、船井幸雄による人の分類について紹介されていた。
 船井によると人は4種類に分けられるという。
 第一のタイプが「先覚者」。こちらから見ればこれは「何でも信じる人」「すぐダマされる人」になる。この人たちがまず飛びつき、そして周りに積極的に広める。全体の2%ほどであり男女比は2:8。
 第二のタイプは「素直な人」(20%)。「先覚者」の言うことに素直に耳を傾ける。
 第三のタイプは「普通の人」(70%)。
 第四のタイプが「抵抗者」(10%弱)。50歳以上が多く、職業的には学者、マスコミ人。船井は「抵抗者は無視」という。
 「先覚者」の3、4割が動き出すと「素直な人」の半分くらいが同調し、さらに「普通の人」が追随するという......。
ここに抄録があった。

 これはあくまで船井による恣意的な分類であって、客観的事実として示されているわけではない......ことは普通にわかるだろうし、こういう分類をする意図そのものを類推することも可能だろう。
 例えば......、この人のマーケティングのメインターゲットは女性であり、基本的にはその人たちをおだてるためのリクツである、と。メインターゲットである中高年女性を「先覚者」として祭り上げ、さらにその人たちの財布の紐をゆるめる一番の障害である夫を「抵抗者」と位置づけて、「言っても無駄(だから黙って買っちゃいなさい)」と暗に示している、もちろん理性的判断で商売の邪魔をする学者、マスコミ人も無視して買えと言っている......などと考えることもできる。
 そういう「意図」はいろいろ浮かぶとは思う。

 最後のトークセッションでは会場から、「『先覚者』に女性が多いというのは脳科学的に何らかの理由が考えられるか? 大学の工学部に男性が多く看護学校に女性が多いことは脳科学的に違いがあるのか?」といった質問が出た。

 うーん。

 こういう話は科学(脳科学)に説明を求めなくちゃいけないようになるずっと前にいろんなフィルターがある。例えば『先覚者』の話であれば4段階の分け方は正しいか? 数字の根拠は? 根本問題としてこの話は本当か? この話そのものの意図は?
 あるいは工学部や看護学校の話であれば、脳科学的な違い以前に社会的な原因がかなり大きいはず。
 きっとそういう疑問は、科学的な事実に答えを求める前に答えが得られるはず。

 結局、たいていの「科学」にまつわる(特に「ニセ科学」の)問題は科学的に云々という話を持ち出すずっと前の段階で「おかしい」と判断することができる問題なのだ。それをしないで一足跳びに科学に答えを求めようとするからニセ科学に引っかかったりする。というか、それこそがニセ科学蔓延の原因だと思う。

 ここで出た「脳科学的に何らかの理由が考えられるか?」という質問はまさにそういう姿勢であって、この質問がニセ科学フォーラムの締めくくりのトークセッションで出てきたことはなかなか興味深かった。

 ほんとはこういう「科学」以前の判断力を養うことこそがもっとも効果的なニセ科学対策のはず。しかし少なくともこの質問をした人には伝わっていなかったようだ。振り返って考えれば確かにこのフォーラムではそういう部分での話はなかったように思う。

 たいていの場合、ニセ科学問題も「科学」とかいう話よりもずっと前の段階で「常識」「合理的判断力」あたりの、もっと根本的・総合的な問題に収斂してしまう。その意味ではニセ科学問題を語る時も科学者以外の立場からの話も必要なのだけれども、そうなると風呂敷がデカすぎてどういう人が話すべきなのかよく解らない。(^^;

 ただ、少なくともニセ科学問題は科学の問題にとどまるものではなく社会問題なのだいう発信はしなくてはいけないと思う。

突然食いたくなったものリスト:

  • バン麺

本日のBGM:
身体と歌だけの関係 /Hi-Posi
身体と歌だけの関係 /早川義夫

↓のCes Ciensは早川義夫と佐久間正英のユニットです。佐久間正英といえばPLASTICS。え? 四人囃子? GLAYのプロデューサー? いや、確かにそうですが。




 恐らくSSFS大先生は今頃、必死で「ニセ科学フォーラム2009」あたりのキーワードでググって当日どんな話がされたのか(というか、マイナスイオンの話があったのかどうか)を必死で情報収集していることでしょう。

 SSFS大先生。このエントリまで検索でたどり着いてここまで読んだのなら、逃げずにこれ↓に返答してね。

SSFSさんへ
http://ameblo.jp/fireflysquid/entry-10098023096.html

 というわけで、ニセ科学フォーラム2009に行ってきた。

 菊池さん、左巻さんはそれぞれニセ科学概論、『水からの伝言』の話。
 ニセ科学問題をすでに知っている人にとっては確認事項だけれど、多くの人にニセ科学問題の存在と内容を伝えるためのフォーラムなので、これはこれでいい。というか、特に菊池さんの話は、毎回やらないといけない話なんだと思う。

 天羽さんは吉岡との訴訟の話。
 主にどういった法律が問題になって、どういう展開になったのかを話した。条文やそこの問題点なども解説し、詳細でなるほどと思ったが、割り当て時間(25分)を考えるともう少しざっくりした話にして展開が追えるようにした方がよかったかなとも思った。

 Scienthroughという学生団体の代表から活動の報告もあった。社会と科学者とのコミュニケーションを模索しそれを実践していくことは、これからの彼らの研究者としての人生の糧になるだろうし、その経験が蓄積され共有されるようになれば、社会全体の財産にもなるだろう。

 彼らの活動に文言としての「ニセ科学」は出てこない。発表の中でも最後に少しだけ出てきただけで、会場からの質疑では「最後の方にとってつけたように『ニセ科学』と絡ませられましたけども(笑)」と言われていたが、実はそんなことはない。
 「ニセ科学問題」として捉えられている問題のかなり重要なものの1つに、「どうして人はそんなものを信じてしまうのか?」という問題があり、これは一朝一夕で解決したり何か特効薬があるような話ではない。結局のところ社会自体が多かれ少なかれ変質するしかないのであって、とすれば彼らがやっているような地道な活動こそがかろうじて有効なのだと思う。つまり彼らの活動は「とってつけた」どころか、むしろ「ニセ科学問題」のもっとも王道的な(しかしかなり気の長い)解決法なのだ。

 このフォーラムのメイン講演は藤田一郎教授による「脳の迷信」。

 といっても「ゲーム脳」の話じゃない。
 最近流行の「脳科学」についての話。
 これが非常に良かった。

 藤田教授は『脳ブームの迷信』の著者。

 この本は教授が大学の授業でやっていることの延長(スピンオフ)としてできあがったものだそうだが、本にまとめて発表する動機には、最近の「脳科学」ブームの中で「脳科学」そのものがあまりに杜撰な理解をされており、近頃は脳科学=ウサン臭いという目ですら見られるようになったことがある。実際、マスメディアでは自称「脳科学者」が、脳科学者から見れば非常にいい加減な話をあたかも「脳科学」の成果であるように振りまいているのだという。そうではなく、脳科学は(あたりまえながら)ちゃんとした学問であるし、そのような誤解が世に蔓延するのであれば(自分のお父さんも脳トレを買っちゃったそうだ)、やはりこれは正すべきだと考えたという。

 今回の講演で藤田教授は、「脳トレ」ブームを初めとした脳科学にまつわる「迷信」について語った。
 「脳トレ」で言われる「脳を活性化する」という表現そのものが、脳科学で言う意味と世間一般に捉えられている意味とではズレがある。

脳の活性化が証明されたトレーニングのみを厳選して収録しています」(「脳を鍛える大人のDSトレーニング」のサイトより)

 とか

「計算問題を早くして、音読で本を読むと、脳が活性化する

 とか言われた場合、私たちは「脳の機能が向上した(回復した)」と受け止める。
 しかし脳科学で「脳の活性化」という時、それは単にある特定の脳の部位の「血流量が増加した」ことを指す。そこに「機能や性能が高まる」というような意味はない。

 このことを「脳トレ」を監修している川島教授が知らないはずはなく、それでも誤解を誘発する表現をそのままにしているのは......ねえ、と。


サイトの説明

 また、「脳トレ」が脳の機能向上に役立つ根拠の1つとされている論文(学習療法によって前頭葉機能テストの成績が上がったとするもの)にも、この結論を導くには致命的な問題があることが指摘されている。これについては御丁寧に「脳トレドリル」の注釈にそれをエクスキューズする内容の記述がある。これは川島教授が論文(根拠)の問題点に気付いているからこそ潜り込ませてあるのだろうし、だとしたらそもそもこんな論文を「根拠」にはできないだろう。(......だからこの論文を根拠にしては脳トレドリルのコンセプト自体が成立しない)

 藤田教授は落ち着いた話し方の中に知性とユーモアを感じさせる、語り手としても信頼感を与える人だった。

 このへんの話は知らなかったから非常に面白く、興味深かった。

 しかしまあ、びっくりするくらい盛況だった。

 あんど、懇親会も盛況だったようだ(私は最初の懇親会の閉会直前に合流)。

 皆様、お疲れ様でした。

ニセ科学フォーラム2009

・予告編

・MBS「VOICE」による報道

突然食いたくなったものリスト:

  • 冷蔵チョコバナナ

本日のBGM:
Machine Made Dog /ANTHEM

 こういうイベントがあるそうですわ。



EMサミット近畿 in 奈良

 凄いよなあ、この↓コピーも。


歴史と文化とEMと

 で、こんなことが書かれてる。


歴史と文化とEMと

 東大寺の池の浄化・松の素性に大活躍のEMだそうで。

 天橋立でもやってるみたい。あああああああ善意の無駄遣い。

 EMを知らない人は......

EM菌投入は河川の汚濁源
http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1205503037

突然食いたくなったものリスト:

  • 焼肉定食

本日のBGM:
幻夜 /チャゲ&飛鳥



 「残念」というのはいろんな意味でなんだけども。

町工場の夢「まいど1号」、来月運用停止へ 資金難から管理費工面できず
2009.9.5

地球を背景に撮影を成功させた「まいど1号」(宇宙航空研究開発機構、東大阪宇宙開発協同組合提供) 大阪府東大阪市内などの中小企業でつくる東大阪宇宙開発協同組合は今月末にも、今年1月に打ち上げられた人工衛星「まいど1号」の運用を打ち切ることを決めた。計画された実験が終わったことに加え、資金難から宇宙航空研究開発機構(JAXA)への管理委託料を工面できないのが理由。来月以降、役割を終えた衛星は制御不能となり、町工場の夢を乗せたまま宇宙空間に漂うことになる。

 組合は衛星をコントールする管制室を持っておらず、JAXAに衛星の制御や監視などを委託している。契約は今月末で切れるが、延長には月額150万円が必要。自治体などからの資金協力も難しく、契約延長は厳しくなった。

 まいど1号は、地球の撮影や雷予報の実用化に向けたデータ収集を目的に打ち上げられた。打ち上げ後も大きなトラブルはなく、次々と実験に成功。5月には地球を背景に衛星自身の撮影も成し遂げて予定の全実験を終えていた。

 いやいやいやいや。「成功裏に終わりましたよ!!」って話でしょこれ?

 「コントール」って何?みたいな話はいいとして、なんでこんな、ネガティブな印象の記事を書かねばならんのかと。
 産経さん、あなたが下野したのは別に大阪の中小企業のせいじゃないんだよ。そのへんのところ、客観的な事実に基づき、中立的な立場に立った上で、公正な報道をひとつ、よろしく頼むよ。

 
「B型の人」向け、マイペースな旅プラン 楽天トラベル

 旅行サイト大手の楽天トラベル(東京・品川、岡武公士社長)は8日から、血液型がB型の人向けをうたったホテル宿泊プランを販売する。周囲から「マイペース」と思われがちというB型を想定し、食事の選択幅を広げたり、チェックアウト時間を延長したりする。当初は全国約350施設のプランを用意する。血液型に着目したプランづくりは珍しい。

 8日から特集ページで予約を受け付ける。料金は1人1泊5000円前後のビジネスホテル級から、1泊4万円前後の高級旅館まで幅を持たせる。ホテルでは実際に血液型を提示する必要は原則ない。今後ほかの血液型にも広げるという。

 で、本家本元のサイトがこれ↓。

【楽天トラベル】血液型B型プラン特集

 例えば、こんなプランがございます~~~。

★B型ってアレですか?知れば知る程【血液型B型】が見逃せない!!B型革命★プラン♪ 【期間】2009年08月27日~2009年10月31日

ではB型について軽く説明しま~す♪(^^)
↓      ↓      ↓

全ての物事は一瞬にして好き・嫌い・どーでもいいに分類される。

変なこだわりがあってどうしても譲れない事がある。

熱しやすく冷めにくいが突然終了する。

突飛な行動をしている自分が好きだ。

団体行動に馴染まない。

強制されると自動的に反発モードに入る。

最初は寡黙だが慣れると毒舌が始まる。

実は繊細で傷つきやすい。

自分が世間からずれている時が度々ある。

むしろ世間が自分からずれている時が度々ある。

人から相談されるが人に相談しない。

ヘコむこともあるが自分を信じている。

基本自分大好き。

変人と言われると嬉しくなったりする。

中途半端が嫌いで白か黒か。

感情がストレートで思ったまま表に出る。

プライドが高い変人。
↑      ↑      ↑

とゆうわけで~~~~~~~~~~~~~~~~ (^^)/☆

どれかに該当してしまったそこのあなた★

自分はB型だっ★

B型最高っ★

彼女がB型だっ★

よく行くコンビニの店員がB型だっ★

B型の友達が周りに多いっ★

B型の友達と気が合うっ★

B型が世界を救うっ★


とゆう人はぜひご予約くださーい!!

B型について語りあいましょう~♪(^^)

とにかく(B)の付く美味しい食べ物&飲み物にこだわってみました!

========================

 (B) 夕食は豊後牛すき焼きをご用意♪
 (B) ビールを1本サービス♪
 (B) なぜかバナナを1本サービス?
 (C) Cat(キャット)も結構好きだ!  
 (B) Breakfast(朝食)は秋のオーガニック朝食を♪
 (B) お帰りの際、弁当サービス♪

========================

我こそはB型と言う方、B型の人が一人でもいたらOK★のこのプラン♪
9月・10月限定ですがオトクで楽しいゆふいんSTAYを満喫しましょう!

・・・ちなみに店主:中島久美子は相性の良いO型でーす♪(^^)

 そういうことだそうでーす♪ はい。

 まあこっちはお金儲けだからねえ。

突然食いたくなったものリスト:

  • 羽二重餅

本日のBGM:
白い一日 /井上陽水

♪この腕をさしのべて その肩を抱きしめて
♪ありふれた幸せに 持ち込めればいいのだけれど
♪今日も一日が過ぎてゆく~
陽水の聞き間違えからできた歌詩とはいえ、やっぱり「落ち込めれば」よりよっぽどいい。




 最近SSFS大先生の座敷牢と化しているYahoo!掲示板の「「マイナスイオン」監視室」。

 また大先生が一発やらかしてくれた。\(^O^)/

原理主義者たち(その5の1)

★やっぱり不思議 http://schutsengel.blog.so-net.ne.jp/2009-08-21

いろいろ書こうと思ったけど、このコメントにはぶっ飛びました。書いた当人の自己紹介みたいなものですから(例示部分は省略)。

  ●自分の間違いを絶対に認めない。
  ●平気で嘘をつく。
  ●相手の主張をねじ曲げる。
  ●勝手に定義を発明する。
  ●「証拠を示せ」とうるさい。
  ●証拠を示されると逆ギレする。
  ●そのくせ自分は証拠を示さない。
  ●どう見ても常識ではないことを「常識」と主張する。
  ●論破されていないことを「論破済み」と主張する。
  ●議論に負けているのに「勝った」と主張する。
  ●比喩になっていない比喩を持ち出す。
  ●都合の悪い質問には答えない。
  ●些細なことで「プライバシーの侵害」「名誉毀損」など
   と針小棒大に騒ぎ立てる。
  ●そのくせ、自分は人を中傷することを平気で言う。
  ●トラブルが起きると「自分は被害者だ」と主張する。
  ●法律に詳しいふりをする。
  ●科学に詳しいふりをする。
  ●態度がえらそう。
  ●とにかくしつこい。

これは自虐なのか?

 と、モロに自虐ギャグを消化してらっしゃる。(^O^)

 凄いものを見た。

 しかもリアルタイムで。(゚Д゚)

突然食いたくなったものリスト:

  • スパムおにぎり

本日のBGM:
夏の終わり /チャゲ&飛鳥






 電磁波なり食品添加物なり、とにかく不安な人たちがいる。
 とにかく不安でたまらない。
 それだけならいいが、それが「不安だ不安だ」と周りにまき散らす。

 そういう人の中には「そうか、これだけ危険なのかッ!」って言ってもらわないと安心できない人が多かれ少なかれいるようで。
 そういう人がコメント欄で頑張ってるエントリはココ↓ですか? (^O^)

2009-07-18 どうして日本は癌大国になってしまったのか?(NATROMの日記)

門真市全体での白血病数(kikulog)

 自分の出した不安情報が否定されたら「ああ、よかった」と思ったらいいのに、コメントから舌打ちが聞こえてくるのは何故だろう?

 結局不安を共有したいだけで、その解消は望んでないんじゃないかな。

突然食いたくなったものリスト:

  • カレーパン

本日のBGM:
Ride The Sky /HELLOWEEN






やはり、アポロは月へ行っていなかったのでしょうか。
http://q.hatena.ne.jp/1249361694

 kikulogでTAKESANさんが紹介していたが、いやはやこれはヒドい。(^^;;

 思い込んでる人ってのは凄いなあ。
 子供がかわいそうで。(^^;

 ツッコミどころ満載ながら、私が一番面白かったのは、質問者の「日本人が日本人をだますことはありません」という断定。(^O^)

 そこに「大日本帝國「大本営」の例を引くまでもないと思いますがね」という皮肉混じりのレスが付くのだけども、それに対してこの質問者、何を思ったか、「ありがとうございます。読んでみます」と答えてる。

(゚Д゚)ポカーン

 え? 「読んでみます」??

 えっと、これって......。

 大日本帝國さんの、「大本営」という本だと思ってるんだよ......ね、きっと。

 (^^;;;;;;;;;;

 ぜひ読んだ感想が知りたい。(^O^)

ラーメンの食べ方マナーってある?
http://blog.goo.ne.jp/oshiete_watcher/e/85311547112ab67d4cde723e0294815b

「知人のラーメンオタク(通称ラヲタ)をによれば、スープを飲み干すのは通でないとか」

 だって。

 へえ。

 こういうのはね、「通」とは言わないのね。「半可通」と言う。

 いや、「飲み干す」だろうと「飲み干さない」だろうとどっちであろうと。

 そもそものところで「通」って何よ?うぷぷ......という疑問を持たずに「通」なんて存在を相対化できてないヤツは、通でも何でもないよ。逆説的だけどさ。

 そんなもん人それぞれに決まってんじゃん。それ以外に答えがあるはずない。
 だから、「通は......」なんてモノイイができる時点でダメダメなんだわ。

 そういうこと言う人が「ラヲタ」だなんて、思わないでくれよ。

突然食いたくなったものリスト:

  • らぁめんたむらのつけ麺

本日のBGM:
Surfin' U.S.A. /THE BEACH BOYS






 大阪地方、曇り。

 雲の隙間からほんの少しだけ見ることができた。

 雲越しだったので、肉眼でも欠けているのがはっきり見えた。(ほんとはあかんのだろうけども)





サンルーフ越し

 本日、日食があるそうな。

 もちろん随分前からわかってたことで、追い追い日食グラスを手に入れようとのんびりしてたら、いつの間にか品切れだらけで全然手に入らない。prz

 しかし関西地方はどうやら曇りのち雨の予報で、どうも日食自体が見られそうにないとか。あらら。

 しかしそれでも不測の事態(^O^)があるかもしれない。準備はしておきたいところだ。
 ただ、日食グラスはない。(^^;

 というわけで、そういうのがなくてもできる観察法を2つ準備しておく。

1.手鏡を使う。

手鏡で映す
 
 大きさが10センチ程度までの鏡で太陽の光を反射させ、反射させた光を建物の壁などに映してみましょう。壁からは、鏡の大きさの約200倍以上離れてください。(鏡の大きさが10cmでしたら、壁からは20m以上離れる必要があります。)壁から十分に離れると、鏡がどんな形をしていても、壁に映った太陽の光が丸く見えるようになります。この丸い形が、太陽の形です。日食のときには、欠けた太陽の形が壁に映ります。
 
 この方法も、ピンホールの原理を使ったものです。
 
 小さな鏡が用意できない場合には、小さな穴を開けた厚紙で鏡を覆い、小さな鏡の代わりとして使うこともできます。
 
※ 反射した光をのぞき込まないようにしましょう。反射した光をのぞき込むと、太陽を肉眼で直接見たときと同じように、目を痛めてしまう危険性があります。
※ 反射した光が他の人に当たらないように注意しましょう。反射した光が目に当たると、光をのぞき込んだときと同じように、目を痛めてしまう危険性があります。

2.手製のピンホール観察器を作る。

 テレビでやってた。
 プリングルスとかラップの筒の両端を抜き、片側をアルミホイル、片側をコンビニ袋のような半透明なものでフタをする(輪ゴムなどで固定)。アルミホイル側に針などで小さな穴を1つ空けて完成。
 アルミの方を太陽に向けると、コンビニ袋の方に太陽が映るのでそれを観察する。
 長い方が太陽を大きく映せるらしい。

 これだけなら簡単にできるし、曇ってムダになってもいろんな意味でダメージも小さくてすみそう。(^O^)

 いい写真や動画はエロい人に任せた。

 見られるといいなー。

突然食いたくなったものリスト:

  • 薄皮饅頭

本日のBGM:
Rising Force /Yngwie Malmsteen's Rising Force






 知らなかった。

 NATROMさんのところのコメント欄で知ったこと。

イギリス:ホメオパシーによる代替療法を保険適応は不可能に(Medical News Japan)

NHS trusts 'reject homoeopathy'
病院運営団体のNHSトラストはホメオパシーを拒絶する BBC 2008/01/ 30

 イギリス国内で、ホメオパシー治療をNHSで受けることは困難になってきています。 ホメオパシー治療についての効果やコスト削減への動きについて議論の中で、NHSのプライマリーケアトラストはホメオパシー治療への支払いを削減していることが研究で示されました。

 開業医向けのPulse誌による調査によれば、1/4以上の支払いが停止あるいは削減されていました。

 イギリス最大のロンドン王立ホメオパシー病院は、一年間で8つの契約を失い、紹介が20%減少したことが確認されました。

 2008/01/30だからもう1年半前のニュースなんだなあ。
 ホメオパシーの本場(^O^)? イギリスでもホメオパシーが保険適用されないようになってきているという事実は、もっと周知されていい。

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  • 牛乳プリン

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