昔、夕方の再放送の学園ドラマで見たエピソードが今でも記憶に残っている。
主人公グループの一員の男子生徒Aがいる。同じクラスには、あまり目立たないタイプの男子生徒Bがいる。Bには友達もいない。だからAはBのことをほとんど知らない。
BはクラスメイトのAが青春を謳歌している(^O^)のを見ていて、憧れというか、好意というか ── あ、セクシャルな意味じゃなくね ── そういった感情を抱く。
ある日、BはAに勇気を振り絞って「友達になってください」と言う。
友達ってのは、「なる」といってなるものじゃないよと戸惑うA。それでもBに友達のいないことを知り、「わかった。今日から友達だ」と応じる。
しかし友達がいないBは、友達と何を話していいかわからない。
「友達って、どの女の子が好きか、なんて話をするんだろ? 教えてよ」
Aは調子狂うなあと戸惑いながらも、まあいいか、と優しさ?を見せて「Zさんだよ」と教える。
「誰にも言うなよ」
「ああ」
翌日、Aは驚きの光景を目にする。
登校途中のZさんをBが呼び止め、突然、「好きだ!」と告白したのだ。
えええええええええええええええええええ????
びっくりするA。
Zさん目をパチクリ。(^O^)
AはBを呼び出して問い詰める。
「どういうつもりなんだよ?」
「何だよ!?」
「俺がZさんのこと好きなの知ってるだろぉっ」
BはAの剣幕に驚きながら、叫ぶ。
「だ、だって、友達ってそういうもんだろっ。同じ女の子を好きになったり......」
脱力するA。
── ここまでしか覚えてない。
この後どうなったのかも知らない。
しかしこの部分だけは妙に覚えている。ディテールは違ってるかもしれないけども。最後のBのセリフがあまりにインパクトが強かった。
このエピソードをどうして思い出したかというと、先日の、「釣られてみた(ニセ科学批判が左派だった件)」を読み返してて。
あそこで、
結局、1年以上前のエントリを上げた時に自分が理解していなかった「ニセ科学」や、それを批判している「ニセ科学批判」について、(その場限りの「理解」の仕方として)「市民運動」という言葉に落とし込んでしまったが故の失敗じゃないかな。言葉のいいところでもあり悪いところでもあるというか。
と書いた。
ここで言いたかったのは、ある1つの事象を理解するために、ある既存の言葉を持ち出してしまうと、その事象の個性を見落とし、その言葉がもつ意味全体をおっ被せてしまう危険性がある、ということ。(確かに理解した気にはなりやすいのだけれど)
あくまでも集合の一部にしか過ぎないものを、その集合の一部だと認識したがゆえにその集合の特性が全部当てはまるかのように思うというか。ちょっと違うかな。
うーん、何と書いたらいいんだろう。
A君とB君の関係は、他にない、「AとBとの関係」に過ぎないのに、それにBが「友達」「友情」という名前を与えたばかりに、Bのイメージしている「友達」「友情」がもつ要素(好きな女の子を教え合う、同じ女の子を好きになる...)をこの関係に被せてしまったわけだ。
本来は個々の友情には様々な形がある(というか、どれ1つ同じものはない)にもかかわらず。
要は、f氏がやったのはB君がやったことと同じだなあと。
f氏の場合は、「ニセ科学批判」(A君B君の関係)を理解するのに、「市民運動」(友情)という言葉を見つけてきて、その場で理解した気になった。
そして次に「市民運動」(友情)に持っているイメージ「基本的に左派」(同じ女の子を好きになる)をそのまんま「ニセ科学批判」(A君B君の関係)におっ被せた。
「だって、市民運動ってそういうもんだろっ。朝日を批判できなかったり......」
この話がトリガーとなり、もう何十年も前に見た青春ドラマ(中村雅俊が出てた)の光景が脳裡に甦ったのだった。
これはあまりにお粗末な話であって、A君が怒る......というか、脱力するのも無理はない。
あのエントリにも書いたけど、こんなのわざとやるしかないと思うんだ。
このドラマのエピソードを書きとめておこうとエントリを起こしたけど、トリガーとなったあのエントリを読み直してあらためて嫌らしいなあと思ったよ、f氏のこと。(^^;;;
突然食いたくなったものリスト:
- もちもちきなこクリーム餅
本日のBGM:
She Bop - /Cindy Lauper

ステレオタイプ思考の滑稽さがよくわかる逸話ですね。
ぼくがいつも紋切型やばい、略語まずい、って騒いでるのも、このへんの話だったり。認識と思考の枠が規定されてしまうんですよねぇ。
>zorori さん
>pooh さん
これって、ほんとにネガティブな意味での「レッテル貼り」という言葉にそっくり当てはまることなんだと思うんですが、この言葉もあまりに一人歩きしてるので使いたくないなあと思って使いませんでした。(^O^)