先日上げた「偽下顎発見テスト 」というエントリのタイトルは、1年以上前にfinalventさんという方が上げた「偽科学発見テスト 」というエントリ名のパロディになっている(現在、元エントリは「■江戸時代から明治時代の脚気の原因はカビ毒によるものだったか」に改題)。
#このエントリについては、
・「偽科学」と「ニセ科学」?(追記あり) - 『digital ひえたろう』 編集長の日記★雑記★備忘録
で書いた。
この方はいわゆる「アルファブロガー」と言われる注目度の高い方で、別の分野ではかなりの博識の方だと聞く。
しかしことニセ科学の話になるとなぜか、「知らないなら絡まなけりゃいいのに」と思わせるようなことを書かれる。不思議だ。
で、このエントリのパロディ(題名だけだけど)を上げたその日(2010/02/15)、finalventさんのブログにまたニセ科学批判についてのエントリが上がった。
・朝日社説 米飯給食―「食の教育」のためにも : asahi.com(朝日新聞社) - finalventの日記
ニセ下顎問題に夢中になってるうちにすっかり出遅れてしまった。(^^;
きっと他の方と同じことしか書けないけど、書かずにおれん。
たくさんありすぎて、でもだいぶ削って、なんかまとまりがなくなってしまった。ハンパしちゃってごめん。
で、件のエントリ。
まず冒頭に朝日新聞の2010/02/15付の社説「米飯給食―「食の教育」のためにも 」の
「身土不二(しんどふじ)」という言葉がある。人間の体と土とは一体だという意味だ。明治時代に軍医の石塚左玄らが起こした「食養道運動」のスローガンに使われ、「自分の住む土地の四里(16キロ)四方以内でとれた旬のものを食べる」ことを理想とした。
という部分を引用したあと、finalventさんはこんなことを書かれている。
そこからマクロバイティクスになり、トンデモになる。
でも、この朝日新聞の社説などは、しかし、偽科学批判の対象にならないんだろう。偽科学批判は市民運動だし、市民運動は基本的に左派なので朝日批判はしづらいのだろう。
「マクロバイティクス」というのは「オ」がないが、おそらく普通は「マクロビオティック」「マクロ」「マクロビオティックス」「マクロバイオティック」「マクロバイオティックス」「マクロビ」と呼ばれるものを指していると思う(以下「マクロビ」と書く)。
#表記に関しては間違ってるとは限らない。finalventさんはコメント欄でもあまりメジャーな使い方ではない「ヴィトゲンシュタイン」という表記を使ってらっしゃるし、本によっては確かにそういう表記もある。標準的な表記よりも己のポリシーに合った表記を採用する方かもしれない。
確かにここに引用されている社説の部分はアレだ。厳しい。
地産地消の話をするのに石塚左玄の話が出てくるのは、上水道の話をするのに江本の名前が出てくるくらい筋が悪い。
#といっても、私もさっきどらねこさんに教えてもらったんだけど。
マクロビや「身土不二」については↓を参照のこと。
参考:
身土不二(1)~(3)
http://blogs.dion.ne.jp/doramao/archives/8187376.html
http://blogs.dion.ne.jp/doramao/archives/8190333.html
http://blogs.dion.ne.jp/doramao/archives/8195824.html
身土不二のやりたい放題
http://d.hatena.ne.jp/machida77/20090320
だからこの社説の該当部分は、確かに酷い。
しかし、finalvent氏は「この朝日新聞の社説などは、しかし、偽科学批判の対象にならないんだろう」と勝手に推測する 。「批判の対象にならない」という事実を示しているのではない 。だいたい、この社説は2/15付でこのエントリも同日付なのだから、「どうやら批判は出ないようだ」という観測を述べるには早すぎる。あくまでも勝手な推測。
で、勝手に推測して、勝手に原因を決めつける。
「偽科学批判は市民運動だし、市民運動は基本的に左派なので朝日批判はしづらいのだろう」
と。そういう構造の文章。
つまり、全部脳内の出来事 なのね。
うーむ。
で、その勝手に決めつけた理由だけども。
「ニセ科学批判」って左派? うぷぷ。
まず押さえておかないといけないのは、政治的に右、左と目されているいずれのフィールドでも「ニセ科学」への親和性はあるということ。これはこれまでニセ科学批判者が得た知見だと思う。
例えば「水からの伝言」であれば、提唱者(江本)は非常に「右」的な思想の持ち主だけども、受け入れている人はどちら側にもいる。
私も以前、「水からの伝言」について、そういった推測を立てたこともあった(「『水からの伝言』の2つの側面 」コメント欄)のだけども、少し観察して考えればそれは単なる観察不足だということがわかった。
つまりニセ科学を受容するのに、政治的立場は関係がない。
あ、別にこのことについてfinalvent氏が何か「『左派』はニセ科学にひっかりやすい」的なことを言っているわけではないよ。
finalvent氏が言っているのは、ニセ科学批判は特定の政治的立場に立脚しており、その政治的立場を「批判」より優先しているということだ。
偽科学批判は市民運動だし、市民運動は基本的に左派なので朝日批判はしづらいのだろう。
これどういうギャグなんすか? (^O^)
「無理解」「誤解」「不勉強」「失礼」......いろんな言葉が浮かぶけれど。
いやまあきっと釣りなんだと思うけど、引っかかるしかないじゃない。(^O^)
#finalvent氏はここでわざわざ「ニセ科学」ではなく「偽科学」という言葉を使っているが、ここ のコメント欄からも、別に使い分けているわけではなく、「ニセ科学」と同義で使っているようだ。ここにいたってまだこの表記を使うのは、きっと思うところがあるのだろう。
結局、1年以上前のエントリを上げた時に自分が理解していなかった「ニセ科学」や、それを批判している「ニセ科学批判」について、(その場限りの「理解」の仕方として)「市民運動」という言葉に落とし込んでしまった が故の失敗じゃないかな。言葉のいいところでもあり悪いところでもあるというか。
「ニセ科学批判」というのは、「科学か科学でないかという知識を問うもの、つまり、finalventってほんとにマイナスイオンのことわかってんの」という問題ではなく、水俣病訴訟やアスベスト被害者救出といった市民活動のようなものなのだと私は理解しました。それは、市民に不正義が課せられているときその解消を公的に問うといことは重要だと思います。ただ、率直にいうと、私が水俣病訴訟に関わらないように、「ニセ科学批判」には自分が市民としての利益に強く関わる問題ではないなと思います。卑近にいえば、すっこんでろfinalvent、というのはよくわかりました。
「市民運動か。だったら私にゃ関係ないね」となって、それ以降何の知識も仕入れていないのだろう。その方が知的には楽だろうし。
で、『市民運動』という言葉を媒介に、「ニセ科学批判」⇒「左派」のいかにも雑なつながりができたと。
ほんとは先の1文だけでも、
偽科学批判は市民運動(ええええええ?) だし、市民運動は基本的に左派(えええええ?) なので(えええええ?) 朝日批判はしづらいのだろう(えええ?)
というくらい、越えなければならない論理的関門があるのに。
それなりの思考訓練ができていれば、そういう短絡は厳に慎むべきという自戒ができるものだと思うけどなあ。(で、finalvent氏がそういう訓練が出来てないはずはなく、だからこそこれは釣りじゃないかとも思うわけだけど)
#しかし「市民運動は基本的に左派」って。(^^; これ何て80年代脳?
政治的立場とニセ科学批判をリンクさせて考えているのは単なる思考上の「クセ」なんだろうか? それとも本当にそう見えているんだろうか。
まあこの方にはそういうふうに世界が見えているということだけは分かった。そういう党派性を通してでしかものが見られない人がいるんだね。そういえば昔、そういう「騒動」があったなあ。(遠い目)
で、さらにこのエントリの「追記」にはこんなことが。
ただ、左派的な週刊金曜日による「買ってはいけない (『週刊金曜日』ブックレット)」には、偽科学としての批判も集まるようになったので、こうした傾向も薄らいできているのかもしれない。
「薄らいできている」という前に、まず「こうした傾向」とやらがあったこと をちゃんと示してほしい。
この前に書いていることは単なる1つのエピソードの紹介であって、「傾向」の話じゃない よね。
なんか、「追記」なのに、何の補強や補足にもなってない。
ヘンなの。
......とはいえ、実は私はこのエントリが「ニセ科学批判は左派」という確信?のもとで書かれたかどうかはアヤシイと思っている。むしろ「そんなことだと『左派』だと思われちゃうよ、こんな感じに」という機序で書かれたものではないかと。
そうとでも考えないと、この幼稚な論理展開の理由が理解できない。
じゃあどうしてそんなことをしたのかって?
そんなのわかんないよ。
いろいろ邪悪な(というか失礼な)推測はできるけど、まあそれは、単なる失礼なので書かないでおこう。私は以前のエントリから首尾一貫しているとは思うけどね。
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多分釣られた人には何かお返しが準備されてると思うのだけども、どういうのが来るのだろう。少し時期を外してしまったけど、お待ちします。
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突然食いたくなったものリスト:
本日のBGM:
ロール・オーヴァー・ゆらの助 /JACKS
有名な話だけども、「ゆらの助」というのは当時の大ヒットメーカー浜口庫之助のこと。もともと「浜口庫之助に捧げる詩」という題名で演奏されていたそうだ。この曲にはたくさんのテイクがあって、そのまんま「庫之助」と歌っているヴァージョンもある。早川義夫の叫びが生々しくていい。
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