上を向いて焼こう

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 先日、友人と話していて、

「すき焼きの『割り下』ってあれ、どうやって使うの?」

 と聞いたら、いろいろ教えてくれた。
 どうやら関西と関東ではすき焼きの作り方が違っていて、関東で使うのが『割り下』なのだと。

 むむむむ。
 なるほど。

 聞くと確かに関東のすき焼きの作り方はこちらとは全然違って、すき焼きというよりはという印象だった。
 まあネーミングに「焼き」が入るからといって必ず焼かなくちゃいけないということはなくて、もしそうならどて焼きはどうなるんだってことにもなるし。(^O^)

 で、「すき焼きの作り方」でググってみると、まさにその通りの記述を見つけた。

・関西風すき焼きは牛肉や具材を焼く作り方ですが、関東風すき焼きは牛肉や具材を煮る作り方をします。
・なぜ同じ料理なのに料理法が違うのかと言いうと元々は関西は「すき焼き」関東は「牛鍋」という別の料理だったらしいのです。
・それが歴史の悪戯で「牛鍋」が次第に食べられなくなり関東では「すき焼き」と「牛鍋」がミックスした「煮るすき焼き」が食べられるようになったようです。
http://loveyaki.seesaa.net/

 なるほど、やはり関東風は鍋「みたいなもん」じゃなく「牛鍋」そのものなのね。

 関東より関西の方がいい、みたいな言い方はしないけども、もしそういうことなのであれば、関東と関西が同じ「すき焼き用肉」を使う必要はないんじゃないかと思う。少なくとも関東風の作り方であれば、いわゆる「霜降り肉」で作るメリットはほとんどないようにも思うのだが、どうなんだろう?
 関東風の作り方であっても、さすがに長時間「煮込む」ことはしないと思う。実質的にはしゃぶしゃぶみたいな火の通し方になるかな? ならしゃぶしゃぶ用の肉を使った方がいいはず。
 違うかもしれないけど、いずれにせよ料理法によってそれに合った質の肉を使うべきであって、「すき焼きだから霜降り肉を使わなくちゃ」と思う必要はないような。
#......というか、実は霜降り肉使ってなかったりするのかな。勝手に使ってるはずだと思い込んでるだけかもしれん。そうだったらごめん。m(_ _)m

 それに、関東風ならきっと生玉子だって要らないだろう。関西風では水分は醤油(と酒)と野菜から出る水だけでやるから味が濃くなって、それをまろやかにするための生玉子じゃないのかな。鍋料理に生玉子を使っても味が薄すぎてマズいんじゃないかと思う。

 そういえば前に『秘密のケンミンショー』で、どこかの地方ではすき焼きにキウイを入れるというのをやっていた。肉が軟らかくなっていいのだそうだ。おそらく酢豚のパイナップルみたいに、酵素が肉のタンパク質を分解するとかそういうことなんだと思う。熱が入ってもそれが有効なのかどうかはよくわからないけど。

 煮込んじゃうのならこのやり方は非常に有効だと思う。そうやって安い肉で食べる方が霜降り肉を使うよりおいしいはずだし経済的だ。

 で、関西風のすき焼きの作り方をちゃんと紹介しているサイトを、「すき焼きの作り方」の検索結果の中から探してみたが、案外ないことがわかってショック。(^^;;

 関西風のすき焼きの最大のクライマックス(^O^)は一番最初の、

牛脂⇒ザラメ⇒肉⇒醤油

 をさらりと焼いて、さっと食べちゃうところだと思うのだが、その部分をきちんと記述しているサイトがなかなか見つからなかった。「関西風」と書いているサイトでも、このクライマックスを省略しているという悲しい話。prz
 お、おまえ、この瞬間のためにいい肉を使っているんじゃないのかッッ!? 歯を食いしばれぇええええ (^O^)
 ここを省略するのなら霜降り肉でなくてもいいだろうになぁ......。

 というわけで、見つけたのがこの↓サイト。

京都風 すき焼きの作り方
http://www.d3.dion.ne.jp/~sfuri/kobo/sukiyaki.html

 関東の方も是非一度、これで食べてみて下さいな。
 いい肉を使う甲斐もあろうというもの。
 後半は安い肉とキウイを使うといいと思う。(^O^)

 これ↓はクライマックスを省略している致命的ミス(^O^)以外はいい感じ。

すき焼きのレシピ
http://www.kobebeef-shop.com/recepi/suki.html

 これ↓は「本格割り下」「本物のすき焼き」とあるから、関東風なんだろうか? 違うような気もするけど......。

本格割り下で食す"本物のすき焼き"の作り方
http://recipe.gourmet.yahoo.co.jp/321801223343604/

 何が「本格」で「本物」なのか......よくわからなくなってくるね。(^^;

突然食いたくなったものリスト:

  • チキンタツタ

本日のBGM:
チューチューガタゴト /TIN PAN ALLEY
Choo Choo Train /ZOO
Boogie Woogie Train /Ann Lewis

さすがのYouTubeも、「チューチューガタゴト」はないみたい。




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コメント(10)

こんにちは。

すき焼きって言うと美味しんぼの海原雄山が糞味噌に貶してませんでしたっけ?美味しい牛肉を不味くして食べる方法だとか何とか・・・(ちょっと各方面へ召喚呪文)。

愛媛の祖父が作るすき焼きはココで言う「牛鍋」でしたねぇ。どこかお呼ばれでご馳走になった方法とかで、すき焼きだけは鍋奉行でした。それが砂糖てんこ盛りで、最後の方は鍋の底で糸引くような味付けでした。生卵もつけましたっていうか、つけないと味がくどくて私にはつらい代物でした。元々好きじゃないすき焼きが一層苦手になりました(笑)。

割り下って、そんなジャブジャブに入れます? 関東っていうか東日本でもいろいろなのかな。滅多にやらないんで記憶が定かでないですけど……。でm、タマゴがないとショッパクて食えません(^^;;

しかしそうか、ジンギスカンと同様、焼く地域と煮る地域があるんだなあ。
http://homepage.mac.com/kameo/iblog/C1079080077/E2081572874/index.html
http://mirukuramu.seesaa.net/article/10690762.html

ジンギスカンは、調理器具は「ジンギスカン鍋」なのだけど、鍋料理とは言われず、一般には焼肉っていう認識だよね。って、西の方々は、ジンギスカンは馴染みがないかしら(汗

こんにちは。
山形の私が昔ひいきにしていたお店では,最初,牛脂,砂糖,醤油,数枚のお肉ですき焼きを作り,野菜その他を入れ食べはじめます。以後は割り下を随時注ぎながら食べます。(最初関西風でその後関東風)もちろん肉は米沢牛です。(しかし,数万円が飛ぶ飛ぶ家も飛ぶ)
最初の焼いた肉(関西風)は好きですが,煮た肉(関東風)はあまり好きではありません。
ところで,年取るとこってりした高級霜降り肉は脂っこくて何枚も食べられません。赤みがおいしいお肉が恋しい今日この頃です。(甲州ワインビーフみたいなもの)

>うさぎ林檎さん


>>き焼きって言うと美味しんぼの海原雄山が糞味噌に貶してませんでしたっけ?美味しい牛肉を不味くして食べる方法だとか何とか・・・(ちょっと各方面へ召喚呪文)。


応召しました(笑)。そのエピソードは極初期の話で、ウチに収録巻がありませんでしたので、ちょっと検索してみました。シャブシャブを不味いと決め附けた理由は「旨味を湯の中に棄てているようなものだ」と覚えていたんですが、スキヤキのほうはやっぱり割り下の味が濃すぎて牛肉の風味を殺すと謂うのが主な理由でした。


ただ、初期の頃はやはり詰めの甘いところがあって、雄山が指摘したスキヤキの問題点はこれだけではなく、「煮えすぎている」「化学調味料が入っている(笑)」と謂うふうに論点が散漫です。つまり、その店のスキヤキのレシピがダメなのか技術がダメなのかスキヤキと謂う料理法がダメなのか、論点が絞り切れてないんですね。おそらく雁屋哲が従来のスキヤキに感じていた不満を全部ぶつけた結果、論点が散漫になったんでしょう。で、その料理屋を出るときに雄山が「どうせなら魯山人風スキヤキくらい出してみろ」と捨てぜりふを吐くわけですね。


これに対して士郎が出した答えが、魯山人風スキヤキを改良した「シャブスキー」なる料理(笑)で、シャブシャブとスキヤキの良いところをミックスした料理だと謂うんですね。それは醤油とだし汁で仕立てた煮汁を極弱火で沸騰させないように加熱し、そこに肉をサッと潜らせて、同じく醤油とだし汁のベースに、梅干しを加えた酒を煮詰めたものを加えたタレに漬けて食べると謂うものです。


このタレに漬けて喰うと謂うのが士郎のアレンジなんですが、要するに魯山人風スキヤキと謂うのは、極あっさりした甘味のない煮汁で半煮え加減で肉を引き揚げて喰うのが眼目のようです。やはり皆さん同様、砂糖をどっさり入れるあの強烈な甘さと、じっくり火を通す調理法が肉の味を殺していると謂う問題意識なんですな。で、hietaro さんが仰るように、最後に雄山が「士郎に伝えておけ、肉はもっとサシが少ないほうが美味い」と言ってオチですね。この料理法だと、脂身の美味さは要らないんですな。


一方、池波正太郎が「男の作法」で紹介した自己流スキヤキレシピでは、この問題を「醤油、味醂、だし汁の割り下」「具はぶつ切りのネギのみ」「割り下は一回投入した肉を喰ったら都度交換する」と謂う豪快な方法で解決していますね。味醂のあっさりした甘味、半煮え加減で引き揚げる、余計な具を加えて雑味を出さない、割り下は都度交換して雑味が煮詰まるのを防ぐ、この辺りがポイントのようです。


特徴的なのはネギを立てて鍋に並べるところで、これによって火の通りが良くなり、煮汁が染みやすいと謂うふうに言っていますね。これも、雑味の出ていない割り下の味だけが染みるのを良しとするわけで、肉の旨味が染み出た煮汁の味が染みた具が美味いと謂う感覚はないようです。汁が濁ったら棄ててしまう、非常に贅沢な作り方です。


ちなみに、ウチの実家では何故か関東風の牛鍋仕立てでしたかね。北陸地方は大概何でも関西風が多いんですが、だし汁を加えた牛鍋風の仕立てでしたから、皆さんが仰るように強烈に甘いと謂う記憶はありません。要するに松屋の牛丼みたいな方向性ですね(笑)。


あと、スキヤキの老舗として有名な浅草今半で一度だけ喰ったことがあるんですが、これはたしか小鍋にヘットを敷いて肉を一度焼く作り方でしたね。割り下もかなり強烈に甘かった覚えがあります。ただ、一人前だとかなり大きな肉が数枚皿に載ってくるだけですから、やっぱり肉がメインで煮汁が濁る前にすべて食べきってしまうイメージで、牛鍋と謂うイメージではないですね。これは関東風とも関西風とも言い難く、たしかにかなり味が濃くてそんなに量を喰えない感じです。

>みなさん
 
反応ありがとうございます。
結局、すき焼きというのは、海原雄山がケナしたように、一般に言われている材料を使っておいしく食べるにはかなりの困難が伴うというか(^^;、何も考えずに作ってもウマくなるという類のものではないようですね。
かなりの工夫とテクが要るものだと。それが認識されていないから悲劇を生むというか……。
勝手な想像で失礼しますが、ひょっとしたら関東の方では、すき焼きが好きじゃない人が意外と多いのではないかと思います。
すき焼きはよく「ご馳走」の代名詞として語られたりしますが、実際の支持率はそんなに高くないような気がします。
 
しかし面白いのは生玉子を使う理由で、
 
>うさぎ林檎さん
>砂糖てんこ盛りで、最後の方は鍋の底で糸引くような味付けでした。生卵もつけましたっていうか、つけないと味がくどくて私にはつらい代物でした。
>亀@渋研Xさん
>タマゴがないとショッパクて食えません(^^;;
 
と、なかなか対照的で。(^O^)
いずれにせよ何かが過剰で、それを和らげるために玉子が必要、ということのようです。
 
やはりすき焼きは作り方のブレを許さない料理なんだろうなあ。
 
>つんちゃんさん
>年取るとこってりした高級霜降り肉は脂っこくて何枚も食べられません。
 
いや、その1~2枚を味わう料理なんじゃないかなあと思います。
あとは野菜と牛の残り香でいいんですよ。(^O^)
いえ、それ以前に……、
 
>山形の私が昔ひいきにしていたお店では,……数万円が飛ぶ飛ぶ家も飛ぶ)
 
ですよ。そういう人はバチが当たればいいのです。(^O^)
 
>黒猫亭さん
 
応召御苦労様です。(うそですよ(^O^))
 
「シャブスキー」はとてもウマそうなんですが、結局すき焼きとは違う料理なんですね。まあメニューの固定性よりは肉をどうおいしく食うかというところが眼目ということなんでしょうが、だったら「改良品」にする理由すらないような気もしますねえ。(^O^)
 
>亀@渋研Xさん
>割り下って、そんなジャブジャブに入れます?
 
どうなんでしょう? >みなさん
私はよく判らないんですよ。何となく、普通の鍋くらいに液体がたくさん入っているイメージでして。
 
ジンギスカンはこちらでは馴染みがないですねえ。私個人は、北海道に旅行した時に食べたことがあるだけです。その時は焼肉だったなあ。
 
しかしこのジンギスカン鍋も旨そうですよねえ。
 
2つめのリンクは、「ジンギスカンにラムは禁じ手じゃないのか」と思いました。(^O^)
 
>うさぎ林檎 さん
>元々好きじゃないすき焼きが一層苦手になりました(笑)。
 
まさに「1週間後にここに来てくれ」という感じですね。(^O^)

>hietaroさん


>>すき焼きはよく「ご馳走」の代名詞として語られたりしますが、実際の支持率はそんなに高くないような気がします。


すき焼きがご馳走だったのは、多分昭和三十年代の頃までの感覚じゃないかなと睨んでおります。よく謂われるのは、関西のほうで「肉」と謂えば牛肉のことで、鶏肉は「かしわ」だし豚肉は「豚肉」と言わなければ通じないと謂うようなことですが、牛肉と謂うのはやっぱり昔から贅沢品の代名詞だったわけで、あれだけ巨大な生き物を人手を掛けて育てて、労働させるのではなく喰って消費してしまうと謂うのは物凄い贅沢だったわけですね。


その贅沢な牛肉に、これも贅沢品であった砂糖をたっぷり使って甘辛くして食すと謂うのは、昔は最高の贅沢だったんではないですかね。元々牛肉には脂の自然な甘味がありますから、豚肉よりも甘辛い味附けと合いますし。


また、牛肉ほどではないですが、卵も昔は病気のときに精を附ける為に口にするくらいの贅沢品だったわけで、「玉子屋(かしわ屋が兼ねている場合もありますが)」なんて今では想像も出来ない商売があって、一個二個単位でバラ売りしていましたね。


hietaro さんもご存じでしょうが、米朝版の「饅頭こわい」の前半の莫迦話に、若い衆の一人が挙げた好きな喰い物として「まだ埋めてない熱々の丼飯に鯛の刺身を混ぜ込んで卵を落としてもみ海苔を散らして醤油を垂らしたのを八杯喰う」とか謂うのがありましたが、この組み立てなら山葵を添えるくらいで卵は要らないだろうと思うのは現代人の感覚で、やっぱり昔の人は卵が贅沢と謂う感覚があったんだと思います。


ウィキによると、生卵に漬けて喰うやり方は関西発祥で、関西のすき焼きが「焼く」調理法だった為に、一旦生卵に漬けて冷まして喰っていたのが全国的に広まったのだと説明されていますが、肉を冷ます為だけに安くもない生卵を使うと謂うのも解せないので、要するに卵綴じと似たような味の組み立てで、「肉を甘辛く煮て卵を廻す」と謂う発想だったんではないかと思います。


これらの贅沢品の単純な足し算で、総体的にすき焼きは普段喰えないハレの料理と謂うことになっていたのでしょう。これは、別エントリの紅茶と砂糖の話と似たような理由じゃないかと思います。実際、明治期の牛鍋なんかも相当の高級食で、庶民が気軽に喰えるようなものではなかったと思います。


それが昭和三十年代くらいの大人の世代にとっては物凄いご馳走に思えたのは、彼らが戦中戦後の喰い物のない時代を通過しているからではないかと思います。ふかし芋や雑穀のすいとんみたいな不味いものを喰って一生懸命働いてきた戦後世代にとって、動物性タンパク質や脂の旨味、芋以上の甘味と謂うのは味わうべくもなかったわけですし、戦後復興の象徴としてそんな高級食が一般家庭でも味わえるようになったこと自体が満足を与えたのかもしれません。


今は、牛肉は逆に高級化が進んで安いものがあまりないですが、砂糖も卵も安価で供給されていますから、なんでわざわざあんなに甘く仕立てて牛肉だか豚肉だかわからない味にしてから、生卵に漬けて喰うのかわからなくなっていますが、或る時期の日本の一般大衆にとって、牛肉を物凄く甘くして卵に漬けて喰うと謂うのは最高の贅沢だったんだろうと思います。


多分、「すき焼きってそんなに言うほど美味いもんじゃないよな」と謂う感じになったのは、戦後世代の子供の世代が大人になったバブル期くらいに、日本人が自らの豊かさを自覚するようになって、贅沢品の足し算みたいな料理を有り難がらなくなったことがきっかけではないですかね。この頃には、例の素材至上主義みたいな考え方も普及してきて、素材の味を殺すような料理は一段劣ると謂う発想が出てきますし。


牛肉は今でもまだまだ贅沢品で、品種改良や流通技術の発達の結果昔よりも格段に美味くなっているわけで、塩胡椒と醤油バターくらいで十分美味い高級な牛肉を、罰当たりにもわざわざ肉の味がわからないくらい物凄く甘くして喰う意味がわからなくなった、そんなような事情ではないかと思います。

附け加えると、私見ですが、米と牛・豚の肉は現代のほうが昔より格段に美味くなっていて、逆に鶏肉・鶏卵と砂糖は昔のほうが美味かった(と謂うか美味いものしかなかった)んじゃないかと思うんですが、その辺が関係していると謂うこともあるのかな、と。


鶏肉・鶏卵が美味かっただろうと謂うのは、近代以前は軍鶏と近縁種の地鶏しか存在しなかったから総体的にブロイラーのそれより野趣があって美味いものしか存在しなかっただろうと謂う推定ですが、鶏肉の場合は、卵を採る目的で活きたまま流通していて、肉のほうは店の裏で絞めて捌けると謂う流通面の事情が大きいかな、と。鶏は四足獣ではないので、軍鶏鍋屋なんかが自ら捌いていたのではないかと思います。


牛・豚になりますと、品種的な問題も大きいですが流通の問題も相応に大きいでしょうね。宗教的・社会的な理由で、一般身分の者が店の裏で屠殺して捌くと謂うわけにはいかないので、どうしても食肉加工した状態で流通していたでしょうから、流通・保存の面で現代よりもハンディがあります。


濃い味附けになったのは、裏を返せば古い獣肉特有の臭み消しと謂う意味もあるでしょうし、現代の高級肉のように余計な味附けをせずにそのまま喰って美味いものでは決してなかったのかもしれません。鶏鍋は普通の鍋物としてあっさりした味附けで食すのが一般的だったことも、そのような違いが理由だと考えれば自然です。


つまり、すき焼きの味附けが過剰に濃いことには、昔はそれなりに合理的な理由があったのが、現代ではその理路が喪われて形骸化しているのではないかと謂う推定です。

>黒猫亭さん
>hietaro さんもご存じでしょうが、米朝版の「饅頭こわい」の……
 
ああなるほど、あの件にはそういう背景があったんですね。
 
>ウィキによると、生卵に漬けて喰うやり方は関西発祥で、関西のすき焼きが「焼く」調理法だった為に、一旦生卵に漬けて冷まして喰っていたのが全国的に広まったのだと説明されていますが、……卵綴じと似たような味の組み立てで、「肉を甘辛く煮て卵を廻す」と謂う発想だったんではないかと思います。
 
今でも牛丼に玉子を入れますし、単に「ウマい」というのが一番最初だったと思います。
 
>多分、「すき焼きってそんなに言うほど美味いもんじゃないよな」と謂う感じになったのは、戦後世代の子供の世代が大人になったバブル期くらいに、日本人が自らの豊かさを自覚するようになって、贅沢品の足し算みたいな料理を有り難がらなくなったことがきっかけではないですかね。
 
もちろん、「他にいろんな旨い食い物が出てきた」というのはあるのだと思うのですが、単純な話として、関西風のすき焼きは旨いと思うのですよ私は。
で、そういう感覚からすれば、確かに関東のすき焼きは「すき焼きってそんなに言うほど美味いもんじゃないよな」となっても仕方がない食べ方なんじゃないかと思ったりするんですね。
 
まあ「肉の味がわからないくらい」というのはそのとおりですね。
 
とはいえ肉の味を味わうには、やっぱり赤身ですよねえ。

>hietaro さん


>>もちろん、「他にいろんな旨い食い物が出てきた」というのはあるのだと思うのですが、単純な話として、関西風のすき焼きは旨いと思うのですよ私は。


まあ、突き詰めて謂えば和風の焼き肉ですから、良い肉を使えば美味いのが当たり前と謂うか(笑)。ただ、牛鍋も牛鍋で美味いとは思うんですが、そんなに高い肉を使う料理じゃないよね、くらいのバランスではないかと思います。牛肉の価格は一種脂の質や量やサシの入り方で決まるようなところがあるので、脂身の少ない安い肉を美味しく食べる料理法としては、牛鍋も悪くないんではないかと思います。すじ煮なんかと似たような方向性ではないですかね。


昨日、割合タイムリーに「世にも奇妙な物語」で泉昌之の「最後の晩餐」をアレンジしたショートストーリーを放映していましたが、懐かしい「かっこいいスキヤキ」の世界を、結構うまく「世にも奇妙」のテイストに摺り合わせていて、これが一番の良作でしたかね。


関西風のすき焼きをこよなく愛する男が、自らのポリシーに反するやり方に対して延々独白でツッコミを入れ続けると謂う体裁は同じなんですが、学生仲間のすき焼きパーティと謂う設定から、恋人の両親に結婚の許しを得ると謂うシチュエーションに変えて、「世にも奇妙」らしいオチを附けたところに工夫が見られました。


「世にも奇妙」では以前にも「夜行」を映像化していますが、まさか今頃になって「最後の晩餐」を映像化するとは思わなかったので、予告で見ていても泉昌之原作だとは思いませんでした。原作が刊行されたのは八三年のことですが、設定としてはさらにそれよりも一〇年以上過去の出来事として描いているので、やはりすき焼きがご馳走だったと謂うのは七〇年代くらいまでの感覚ですよね。


当時の感覚だと「ああ、あるある」と或る程度普遍性が感じられるような印象だったのが、リアルタイムの話として今語られると、個人の一嗜好のように感じられるのが時代の変化ですね。


>>とはいえ肉の味を味わうには、やっぱり赤身ですよねえ。


ウチでも美食考を書いたりしましたが、最近ちょっと考え方が一回りしてしまいまして(笑)、わかりやすい美味さを莫迦にしてはいかんなと思うので、誰でもわかる脂の美味さも否定するつもりはありません。

>黒猫亭さん
>まあ、突き詰めて謂えば和風の焼き肉ですから、良い肉を使えば美味いのが当たり前と謂うか(笑)。ただ、牛鍋も牛鍋で美味いとは思うんですが、そんなに高い肉を使う料理じゃないよね、くらいのバランスではないかと思います。
 
まったくその通りです。関西風は「和風の焼き肉ですから、良い肉を使えば美味いのが当たり前」で、関東風はまさに「美味いとは思うんですが、そんなに高い肉を使う料理じゃない」、というのが本エントリで言っていることです。
 
同じ「すき焼き用高級肉」みたいなものを使う必要は一切ないわけです。
 
>昨日、割合タイムリーに「世にも奇妙な物語」で泉昌之の「最後の晩餐」をアレンジしたショートストーリーを放映していましたが、
 
あー、これは原作そのものを知らないです。>_
 
>やはりすき焼きがご馳走だったと謂うのは七〇年代くらいまでの感覚ですよね。
 
セカンドインパクト世代のゼータクがステーキですから、その前ですね。(^O^)

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