浪漫ちっく

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 もうひとつ。

 大阪の難波から国道26号線を南下している時、左側に「昭和ホルモン」という焼肉屋の看板を見かける。

 ここだけじゃなくいくつか店があるようだ。十三でも見かけたので。

 で、その看板、「昭和ホルモン」ではなく、「ンモルホ和昭」って書いてるのよ。

 これがね、気になって気になって。(^^;

 この店は昭和30年代の「昭和ロマン」をイメージしているらしい。

 「昭和ロマン」ってうぷぷぷ......というのはおいといて、昭和30年代で「ンモルホ和昭」って何よ?

 戦前ならまだしも、昭和30年代なら横書き文字はみんな左から右だったはずだよなぁ。
 何というか、なぁんも考えてないって感じがしてねえ。

日本語における縦書きと横書き

太平洋戦争前、欧文併記文書以外の一般大衆を主対象とする新聞や広告などでは、1行1文字の縦書きと同順になる右横書きが優勢であった。しかし、1940年頃からは左横書きによる方向統一の動きが各所で散見されるようになり、文部省の諮問機関、国語審議会では1942年7月、左横書きを本則とする旨の答申を出すに至る[3]。しかしこれに対して反対論も強く、答申の同部分は閣議提案されなかった[4]。当時、陸軍はむしろ左横書き専用への移行を進めていた。しかし、国粋主義的な論調の高まりの中で、「米英崇拝」であるとして左横書き排除を唱える者も現れ、左横書きを用いる商店への投書運動も展開された[5]。このため、新聞社の中には左横書きの広告を拒否する社もあった[6][7]。

戦後、GHQ/SCAPによるアメリカ教育使節団報告書中のローマ字採用勧告や漢字の廃止運動(国語国字問題/漢字廃止論)などの社会運動により、西欧の記法に倣う左横書きが革新的、右横書きは保守的、というイメージは決定的なものとなり、右横書きは衰退の一途をたどることとなった。前出の屋名池の調査によれば、新聞の見出しの横書きは『読売報知新聞』(現在の『読売新聞』)が1946年1月1日号から左横書きに切り替わったのを初の例として、1948年までに『日本経済新聞』を除く全紙の見出しが切り替わっている。また紙幣では1948年3月のB50銭券を端緒として左横書き化されている[8]。

 あるいは看板が実は自動車だったというオチか。

 ......しかし「昭和ロマン」って。(^O^)(^O^)

 きっと「ロマン」って言葉も意味なんて考えてないよね。

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  • ハラミ&ツラミ&タン

本日のBGM:
Romantic がとまらない /C-C-B






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コメント(4)

 福岡に「昭和ホルモン食堂」という店があり、こちらは左から右のようです(http://www.horumonshokudou.com/)。「昭和レトロ」だそうです。銀座にも店があるようです。

>Ice さん
 
類似の名前で別資本という感じですね。
 
いいのかなあ? (^^;

26号線の【ンモルホ和昭】と左から右読みの昭和ホルモンは全然違うお店ですよ。。

その看板は多分「玉出店」です^^

是非、一度お立ち寄りください。。

>ンモルホ和昭さん
>その看板は多分「玉出店」です^^
 
そのようですね。昨日、通りがかった際に看板を見かけました。
 
>是非、一度お立ち寄りください。。
 
機会がありましたら、是非。m(_ _)m

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