Soy Sauce or Sauce Rules in Bento
ちょっと思った。
○○にソース、××に醤油......といった、その習慣を持たない人には「ええええ?」となってしまうような食べ方がある。
こういう食べ方が生まれる要因の1つに、「弁当」があるのではないか、と。
市販の弁当には、よく小さなポリ製の[醤油さし|ソースさし]がついている。
しかしだいたいついているのはそのどちらか1つだ。
ところが弁当のおかずはさまざまで、もしもそれを家で食べるならちゃんと使い分けるところを、その弁当を食べる時だけは添付されている1種類の[醤油|ソース]だけで食べ切らざるを得なくなる。
例えばフライものの横にダシ巻きがついているような弁当でも、調味料は[醤油|ソース]のどちらかだけだ。
弁当とは小世界である。
箱の中で完結した世界。
その小世界の中で許される調味料は、そこに添えられた[醤油|ソース]だけなのだ。そのたった1つの調味料が、その小世界を支配する。
つまり、そこに添えられた[醤油|ソース]こそが、その弁当の「世界観」だ。
人はそれに従うことしか選択肢はない。
そう、弁当とは小世界である。
だから、弁当を食べ終えれば、人はその小世界から抜け出すことができる。
はずなのだ。
しかし人はこの世界観を、弁当を食べ終わって日常世界に戻ってきてもまだ引きずってしまう。
......それが、こういう食べ方をしてしまう要因の1つなのではないか。(^O^)
ありそうな気がする。
ちなみに昔、ウスターソースは「西洋醤油」という扱いで、ご飯にかけて食べるという食べ方もさほど違和感なく行われていた模様。
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