そんな重要なことを!
コメント欄で裁判員の話題が出たからというわけでもないんだけど......。
裁判員制度が始まるのを期に作られた番組をいくつか見た。
で、その中で紹介された裁判員制度「反対」の理由に、「そんな重要な決断をさせないでほしい」というのがあった。
国民投票法の投票年齢を18歳に引き下げる時にも、「20歳でさえ頼りないのに」という20歳以上の人の意見があり、さらに20歳未満の人からも「そんな重要な決断をさせないでほしい」という意見が出ていた。
この人たちは国民投票(=憲法改正の是非を問う国民投票)の時、どうするんだろうね。
ままままさか、「そんな重要な決断をさせないでほしい」なんていって国民投票自体に反対するようなことはしないよね、ね?
突然食いたくなったものリスト:
- 綿麺のつけ麺
本日のBGM:
コンサート・ツアー /めんたんぴん
カテゴリ
いろいろトラックバック(0)
このブログ記事を参照しているブログ一覧: そんな重要なことを!
このブログ記事に対するトラックバックURL: http://taizo3.net/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/5776
トラックバックいただく場合は、本文に記事へのリンクを入れてください。



>>で、その中で紹介された裁判員制度「反対」の理由に、「そんな重要な決断をさせないでほしい」というのがあった。
これはまあ、わからないこともないです。専門の法曹家であれば、難関の国家試験に合格するほど勉強しているわけですし、司法試験に受かった後も実際に調査の実務や法廷に立った経験を積んでから人の一生を左右する決断を下す立場に立つわけですが、これまで何の経験も知識もなかった一般人がいきなり「これから経緯を説明するから、この人を死なせるかどうか相談して決めてくださいね」と言われても、「そんな無茶な」と感じるのもしょうがないでしょう。
専門の裁判官と一般人では、バックボーンとなる知識・経験はもとより裁判に参加するモチベーションも全然違うわけですから、裁判に市民を参加させると謂う流れにはどうも納得出来ないものがあります。何と謂うか、国家と謂う組織体には、刑罰と謂う合法的な暴力を個人ではなく権力が担うと謂う側面があると思うんですが、それに市民を参加させると謂うのは、権力の側の責任逃れのように感じるんですね。
こうやって、従来権力と謂う貌のない存在が担ってきた機能を私人でしかない一市民に分担させる流れが加速すると、じゃあ市民が相当のコストを払って権力を維持する必要が何処にあるんですか、と謂う話にならないかと思います。
>>この人たちは国民投票(=憲法改正の是非を問う国民投票)の時、どうするんだろうね。
ちょっとそれは、裁判員制度の問題とは違うような気がします。裁判員制度の問題で「そんな重要な決断を…」と謂う感じ方があるのは、普通この種の特定個人の人生を左右するような重要な決断には専門的な知識や経験が必要で、専門の法曹家はその知識や経験によって個人の内面における折り合いを附けているのだろうけれど、一般市民はそうではない、いきなり何の心構えも拠り所になるものがない状態でシビアな決断を迫られると謂う不公平感を感じている、そう謂うことなんではないかと思います。
>黒猫亭 さん
レイヤーが違う話であることは了解しております。
「そんな重要な決断をさせないでほしい」
確かにという共通性から引っ張り出してきた部分が多分にあって。(^^;
私は裁判員制度ではなく陪審員制度を支持してまして、量刑まで含めた判断を一般人に課すのは酷だと思ってます。
>こうやって、従来権力と謂う貌のない存在が担ってきた機能を私人でしかない一市民に分担させる流れが加速すると、じゃあ市民が相当のコストを払って権力を維持する必要が何処にあるんですか、と謂う話にならないかと思います。
現在の日本の法曹システムが冤罪を生みやすい状態になっているのは本当だと思っています。市民がコストを払ってるに見合った修正が、自力でできればいいんですけれど……。