藝術はテクノロジーに寄り添って
いや、ですからね、芸術っちゅーのはテクノロジーの進歩に寄り添うわけですよ。印象派が生まれたのはチューブ入りの絵の具が開発されて画家が屋外に出ることができるようになったから。そう、そう。
いやだからね、20世紀の中盤になってテレビが生まれましたね。最初は白黒だったのよ。日本では1953年に発売されて、1959年の皇太子ご成婚で普及して、1966年には世帯普及率95%を超えたわけですよ。
カラーテレビは1960年に発売されたんだけど、さすがに高かったから。白黒テレビの世帯普及率が下降しだすのは1969年あたり。つまりこの頃からカラーへの買い換えが本格化したと。まあ皇太子ご成婚で買ったとすれば10年目。もうそろそろ......という時期だわね。1964年の東京オリンピックでカラーテレビが普及したなんて俗説もあるけど、ありゃウソね。1964年のカラーテレビ世帯普及率なんて測定限界以下だし、その4年後のメキシコオリンピックの年(1968年)ですら5.4%だもの。
で、白黒とカラーが逆転するのがだいたい1972~3年頃。たいていの人は万博を白黒で見たってことね。で、カラーテレビの世帯普及率は90%を超えたのが1975年頃。
ちなみに先日も紹介した

「このチャンスにカラーに買いかえましょう」
の初出は1970年。この年のカラーテレビの普及率は26.3%だったそうで、わかるかな、この微妙さ。みんなが持ってるわけじゃないけど持ってる人は周りで確実に増えている、という時代感覚。1996年頃の携帯電話の普及率がだいたいそのくらい。ん? わからん? そうか。(^O^)
まあそれはいいよ。
とにかく、1970年代の前半に白黒からカラーへの大逆転が起きるわけですよ。
まさに「君は総天然色」。
このテクノロジーの進歩が芸術にもたらした変化というのはオソロシイもんで。
このカラーテレビの世帯普及率が90%を超えた1975年に、とうとう大革命が起きるわけですよ。大阪府の方言で言うとビッグバン。
さて、何でしょう? わかるよね、ね。
そう! そうですよそう。いやーさすが。
『秘密戦隊ゴレンジャー』の放映開始だあああ。
これはもう、カラー化がなければあり得ない番組で、いやむしろ、テレビのカラー化はこのためにあったと言っても過言ではありませんよ。
ゴレンジャーはいいな。テクニカラーだ。
うん。
......。
すごいよ。
ね。
......。
......え? え? それがどうしたって?
え?
......。
いや、その。
あ、やだなあ!
え? ......まぁたそんなこと聞くぅ。
突然食いたくなったものリスト:
- 栗入り蒸しパン
本日のBGM:
渡り鳥 /HIS
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最後のオチを全く予想できませんでした、、、
こんにちは。
私はどちらかと言えばもう少し前のレインボーマンですね。やはりというか家が白黒テレビだったので本当の色を知ったのはかなり後の話ですが。昔の新聞の番組欄には“カラー”の表示がありましたが我が家では意味がない表示であったことは言うまでもありません。(と言いつつしっかり言っている)
物心ついた時に、カラーテレビと白黒テレビの両方が家にありました。
どちらも、木製で足がついている筐体だった……。
じゃあ、七色仮面はどうなんだって。
あ、あれは七つの顔で七つの色じゃないですね。失礼しました。
カラー化を意識したのは「赤影」が嚆矢とWikipedaに書いてありました。
で、野暮な話ですがオチが分かりません。年代のせいでしょうか?
>SP さん
>zorori さん
いやまあ、ゴレンジャーが「オチ」といえばオチですが、さほど落とす意識もなかったので、どちらかといえばダラダラ起承転結のない文章だと思っていただいた方が……。(^^;
>つんちゃん さん
>zorori さん
確かに川内康範先生を無視してはいけませんね。まだまだでした。(^^;
「七色仮面」と「レインボーマン」って、ちょっと気の効いた翻訳といった感じですよね。(^O^)
>apj さん
おそらく天面にはレースが敷かれ、その上に硝子板が置かれていたことと思います。(^O^)
>SP さん
>zorori さん
いやまあ、ゴレンジャーが「オチ」といえばオチですが、さほど落とす意識もなかったので、どちらかといえばダラダラ起承転結のない文章だと思っていただいた方が……。(^^;
>つんちゃん さん
>zorori さん
確かに川内康範先生を無視してはいけませんね。まだまだでした。(^^;
「七色仮面」と「レインボーマン」って、ちょっと気の効いた翻訳といった感じですよね。(^O^)
>apj さん
おそらく天面にはレースが敷かれ、その上に硝子板が置かれていたことと思います。(^O^)
こんにちは。
レインボーマンに関しては悲しい記憶が・・・。
遠当ての術と言って石を投げたら窓ガラスを割ってしまった。orz
遠当ての術……とは?? (^^;
>>遠当ての術……とは?? (^^;
レインボーマンが技の名を叫んで「やあー」とかポーズを取るだけで勝手に敵が倒れてくれると謂う特撮要らずの便利な技です。
>黒猫亭 さん
なるほど。……言ってみれば外気功ですね。(^^;
「インドの山奥で修業」といい、その時代のヒーローモノは、「密教的呪術」「忍術」のような、「東洋の神秘」系のものが多かったんでしょうか。
その頃の番組は……ちょいとwikipedia見てみました。
特撮
ちょいと前だと、
ミラーマン 1971年12月5日から1972年11月26日
★レインボーマン 1972年(昭和47年)10月6日から1973年(昭和48年)9月28日
アイアンキング 1972年(昭和47年)10月8日から1973年(昭和48年)4月8日
仮面ライダー 1971年(昭和46年)4月3日から1973年(昭和48年)2月10日
ウルトラマンA 1972年(昭和47年)4月7日から1973年(昭和48年)3月30日
超人バロム・1 1972年(昭和47年)4月2日から同年11月26日
ジャンボーグA 1973年(昭和48年)1月17日-12月29日
ちょっと遅れて、
スーパーロボット レッドバロン 1973年7月4日から1974年3月27日
アニメ
デビルマン 1972年(昭和47年)7月8日から1973年(昭和48年)3月31日
マジンガーZ 1972年(昭和47年)12月3日から1974年(昭和49年)9月1日。
バビル2世 1973年(昭和48年)1月1日から同年9月24日
科学忍者隊ガッチャマン 1972年 - 1974年
このあとは、キューティーハニーとか新造人間キャシャーンとかタイムボカンとかが続きます。
東洋の神秘系はレインボーマンだけじゃないですかね。
>hietaroさん、apjさん
レインボーマンが…と謂うか、川内康範のヒーロー一般がなんでインドだったり東洋だったりするのかは、彼の思想に理由がありまして(笑)。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B7%9D%E5%86%85%E5%BA%B7%E7%AF%84
とりあえず川内康範は漢ですね。(^O^)