本気で実効性を考えてるのだろうか
先日、こういうニュースがあった。
麻生首相 集団的自衛権行使の解釈変更を本格検討へ (2009.4.24)
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/090424/plc0904240136001-n1.htm
安倍内閣の時に(政権短命のため)有耶無耶になった集団的自衛権の行使まで可能にする解釈改憲を行おうという動き。
もうすぐ憲法記念日だからねえ。
昔、私は「9条護憲派はオトモダチごっこを早く卒業しないと」というエントリを上げて、この中で、
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現在、9条護憲派の内部では、「9条護憲」というスローガンさえ一致すればそれ以上はあえて問わないという、ちょいと困ったことになっている。 一言に「9条護憲」といっても、昔と違い、今では様々なバリエーションがある。かつては社会党の「非武装中立」のような、9条と自衛隊は相容れないという判りやすい立場が多かったが、今では自衛隊容認はもちろん、9条のもとでの集団的自衛権の行使まで許容する「9条護憲」派すら存在する。 ...... もし仮に9条改憲案が発議されたとしよう。 「承認」された場合は自衛隊は晴れて「日本軍」となり、条文どおりの自衛権の範囲での行動が保障されることになる。(それが集団的自衛権まで踏み込むのかはちゃんと憲法に書けばいい) では「否認」された場合はどうなるか。 本当は、その場合についてはっきりさせておかないといけない。 9条の条文は変わりませんが、自衛隊も存続しますし、イラク派兵みたいなのも内閣の判断だけでやっちゃってオッケーです、集団的自衛権の行使もアリじゃないですか......という状況のまま続くなら、9条改憲派にとっては「○が出たらオレの勝ち、×が出たらお前の負け」みたいな、絶対に負けないジャイアン勝負になってしまう。 これまで9条護憲派は、憲法を語ること自体をタブーとし、その次は国民投票法を作ること自体に反対して改憲派との「真っ向勝負」を避けてきた。 しかしこれからの勝負はそういうわけにはいかない。 ......にもかかわらず、相変わらず実戦準備ができていないのが今の9条護憲派の姿だ。 |
と書いた。
ここで書いたのは、将来出てくるであろう9条改正案に対して9条護憲派は、(国民投票での「反対」投票運動よりもずっと以前の)改正案の発議の段階で、「もし国民投票で『反対』という結論が出れば、日本の防衛をどうするか」までを発議側にちゃんと突きつけておかないと、その時点(発議の段階)で実質的な敗北が決まるということ、そしてそれを9条護憲派は真剣に考えていない......ということだ。
もし本当に今回のニュースのように9条のもと集団的自衛権の行使まで合憲となったとしたら、憲法9条の存在意義というのは全くなくなることになる。
以前、コメント欄でFSMさんが「摩擦力」といった表現をされていたが、確かにこれまで60年以上、程度に対する評価はあるだろうが、それなりの「摩擦力」にはなったのだろう。しかしそれがとうとう伸びきってしまった、ということだ。
| 第9条 (1) 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。 (2) 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。 |
この条文のもと、集団的自衛権が認められるとすれば。
さて将来の国民投票で9条護憲派が守ろうとするものは一体何か。
「条文そのもの」でしかないわけだ。
しかしここで問われるべきは本当はそうじゃない。
戦争を認めるのか、軍隊を認めるのか、だ。
9条護憲派のほとんどは自衛隊の存在を認め、(積極的ではないにせよ)自衛戦争も認めている。
「憲法はこうだけど、『大人の知恵』として、現実はこうってことで、ひとつ」
ということになれば、9条護憲派の言ってることは「憲法を護れ」ではあっても「憲法を守れ」ではないわけだ。
憲法の規定に関わらず内閣が好き勝手に解釈改憲を行っている現状は、むしろ9条があることによって、いやつまりこの『大人の知恵』のタテマエとしてしか機能していないことで、かえって内閣にフリーハンドを与えることになる、と思う。少なくとも現在は。(前述したようにこれまで9条が果たしてきた「摩擦力」を否定するものじゃないけれど)
さて、本格的に「9条は集団的自衛権をも認めている」という世の中に入った時、9条護憲派はそれでもわが国の根本的な防衛問題についての議論を避けて、条文を残すことだけの一致で進もうというのだろうか。
結局、「9条を残す」と主張することで、まるで実効的な平和運動をやっているような気になっているのではないだろうか。
だって、(何度も言うが)もし9条が残っても「9条は集団的自衛権をも認めている」ということになれば、あなた方が言っている「平和」に、9条は何の貢献をするのだろう?
もっとも積極的なやり方は、9条をもっと厳格に(解釈改憲の余地を残さないように)改正することのはずだが、さすがにそれは運動論としてできないだろう。
となれば、やっぱり以前に書いたように、改憲の発議段階での一致は不可欠のはずなんだ。
ちゃんと効果的な運動をしようとするなら、そうするしかないように思えるが。
突然食いたくなったものリスト:
- 鰻丼
本日のBGM:
スラッシュ禅問答 /筋肉少女帯
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こんなニュースが……。
9条改正の日常 劇で警告/はえばるユース「憲法問題に関心を」 来月3日上演
けんかで銃・経済弱者に入隊勧誘(2009年04月29日 地域)
http://www.okinawatimes.co.jp/news/2009-04-29-M_1-018-1_001.html
prz
「改憲派は戦争したくてしょうがないんだよね~」
というイメージ操作(外部的にも内部的にも)は、もうやめたらどうだろう。
だったらどうして「自衛権もないと明記」「『前項の目的を達成するため』は削除」「『国際紛争を解決する手段としては』も削除」を実現する改憲運動に出ないのか。
結局、どっちも「自分こそが平和主義者」だって言いあってるんだよね。